目に痛いほどの青だった。 サンジはぎゅう、と目を瞑った。睫毛の感触をまぶたに感じてから、ゆっくりと開き、焦点を遠く水平線にあわせる。 あいかわらず空と海の境界は曖昧にぼやけている。じっと見ていると、おかしな浮遊感に襲われて、後部甲板にへたりと座り込んだまま、サンジは気つけがわりの煙草を肺に深く吸いこんだ。 仕事に響くからとめったに深酒をしないサンジではあるが、さすがに昨夜は特別で、後片付けはまかせてと言うナミとロビンの言葉にありがたく甘えることにした。 昨日はサンジの誕生日だったのだ。 海賊らしく、ぞんぶんに飲んで、歌って、騒いだ。 ふわふわとしたこの感じはだから二日酔いと睡眠不足がある程度は影響しているのだろう。だがそれらよりも、たぶんもっと、ずっと、タチの悪いものが、サンジの体を蝕んでいる。 気がついたのは昨日だ。 そしていちど気がついてしまえば、白い布にぽつりとついた染みのように、ひどく目について頭から始終離れない。 「おい」 ふいに声をかけられサンジはゾロのほうを見た。 鍛錬をしていたゾロが、風を切るようにぶんぶんと振っていた錘を下ろしてこちらを見ている。陽気のせいかうっすらと汗の膜におおわれた、裸の上半身が視界に入りサンジはあわてて目を逸らした。 昨日までの俺なら、とサンジは思う。 むさいとか暑苦しいとか、なにがしかの嫌悪を表わす言葉を吐き出していたはずだ。 けれど俺はもう知ってしまった。 あの汗の甘さを、感じるほどに発する熟れた匂いを、ほのかに染まる肌の驚くようななめらかさを。 「辛気くせえのがうつるから、あっち行っとけ」 ゾロが眉をひそめて言い放つ。その様子はいつものゾロとなんら変わりはない。それに、サンジはなぜか失望する、いっそのこと憎む。 はあ、と大きく息を吐くと、ゾロの眉間の皺はさらに深くなった。 「お前さ、ああいうの、平気なわけ」 「ああいうの?」 「だからさあ、昨日、俺と、……あーー、クソッ!」 これ以上言わせんな!わかれよ! 苛立ちにまかせて吸いかけの煙草を甲板に投げつける。ゾロは表情を変えずにその軌跡を目で追い、ゆったりとした動作で近づくと、それを拾い上げそのまま海に投げこんだ。 「べつに。平気だ」 「相手は俺だぞ。男だぞ?」 「だからべつに。気にならねえな」 「……剣豪様は性的に解放されていらっしゃることで」 負けじと眉をひそめ、吐き捨てるようにサンジは言った。 「てめえは酔ってたんじゃねえのか」 「そうだけどよ、酔ってたけど、そうじゃなくて、」 「どっちだ」 ゾロはあきれたような顔でサンジを見下ろしている。 たしかに酔ってはいた。けれどあのとき、ゾロの腕を掴んだ瞬間に、そんなものはどこかに吹き飛んでいた。かわりにふつふつと底から湧きあがったのは、自分でも制御ができないほどの強い欲望だった。 もしかして慣れているのかもしれないとは思ったのだ。それくらい、サンジがゾロに手を伸ばしたあとの流れはスムーズだった。あのゾロが、男に組み敷かれて抵抗のそぶりも見せなかったのだから。そしてそのことは、サンジをなぜだかひどく苛立たせた。 淡白だとばかり思っていたゾロは、じつに奔放でいやらしくて、サンジはありえないくらいに興奮した。最後までは至らなかったけれど、それでも、あれは間違いなくセックスだった。 すくなくとも、サンジにとっては。 「酔っててもよ、男とあんなことしねえだろ普通……」 「まあ普通はしねえだろうな」 とくにお前はな。 肩にかけていたタオルで顔を拭きながら、ゾロがこともなげにとどめを刺す。サンジはうああ、と呻き声をあげて髪をわしわしとかきむしった。 「俺は女の子が好きなんだよ!柔らかくていい匂いがするのがいいんだよ!なんなんだよ、ちくしょう……」 最後はひとりごとのような呟きになった。自他ともに認める女好きだ。だんじてそちらの気はないはずだ。 それなのに、よりによってゾロ相手に、俺はいったい何回いった? 「――教えてやろうか?」 「あ?」 「まず一つ。俺だって女が好きだ。てめえほどじゃねえがな、男を相手にする趣味はねえし、したこともねえ」 「……は?」 ごつりごつりと、踵を鳴らしてゾロが大股で近づいてくる。サンジは目の前に立つゾロの顔をみあげた。 「で、二つめ。てめえは、頭でごちゃごちゃ考えすぎなんだよ」 言うと、ネクタイを掴んでぐいと引っ張り、力まかせにサンジを立ちあがらせる。 「なにしやが――ッ!」 言葉は唇に吸いこまれた。サンジの両頬をごつい手ががっしりと挟みこみ、熱く濡れた舌で、奥のほうまで思うさまなぶられる。気がつけば、夢中で応えていた。 ゾロが顔を離す。互いの唾液で口元が光っている。ぐいとそれを腕で拭うと、ぼうぜんとしている両手を取り、片方はサンジの胸に、もう片方は股間にあてさせる。 鼓動は激しく、下半身は硬く、ついでに、腹の奥がなんだかきゅんきゅんと痛い。 「簡単だろ?」 にやり、とゾロが笑った。 もっと教えてとサンジが言えば、いくらでもとゾロは答えて、真昼のバスルームにサンジを引きずり込んだ。 やられっぱなしは本意じゃない。いつから俺が好きだったの。キスの合間に囁いてみる。 それまでの強気が嘘のように、赤くなって黙り込んだゾロを見て、やっぱり最後はやられちまったとサンジはようやく負けを認めた。 (09.03.18) 09年3月春コミのペーパー再録。 これを私が爽やかだと言い張って、ものすごい集中砲火をあびたいわくつきの話。 えろ爽やかだと思うんだ、と言ったら、その概念がもうよくわからない、と言われた。 |