嗅ぎなれたほのかな香りが鼻腔を刺激した。 硝煙と血液、ひやりと冷たい金属の感触は、サンジーノの眠りを妨げる。 目を開けるまでもなかった。マフィアのボスの屋敷に堂々と入りこんで、寝込みを襲うような人間を、サンジーノは一人しか知らない。 腹の上に跨った男の、荒い息遣いと衣擦れの音が、広い寝室の静寂を脅かしている。 このまま寝たふりを決め込もうかとも思ったが。 どうやら、それは許してもらえないようだ。 「サンジーノ、寝たふりはよせ」 「その物騒なものをどけてくれないか、ゾロシア」 サンジーノの首筋には銃口がひたりとあてられている。弾は入っているはずだ。おそらくは、さきほど込められたばかりだろう。一発は確実に使われている。 「また窓から入ってきたのか?」 あきれた声でサンジーノは言う。 閉めていたはずの窓が大きく外に開き、豪奢なカーテンが風を含んでふわりと揺らいでいた。 「鍵が開いてたからな」 ゾロシアが静かに笑う。そうだったか、とサンジーノも笑った。 窓の鍵はいつも開けてある。玄関から入ったのでは、ゾロシアは何時間かかってもこの部屋にたどり着けないだろう。敵対するファミリーのボスが、手下に歓迎される訳もない。 「それにしても珍しいな。こんな時間にお前が出るような揉め事とは」 「内輪の問題でな。俺がやらないと筋が通らなかった」 ゾロシアは言う。それ以上は話さない。 「それで、どうしてここにいる?」 サンジーノが首をかしげながら尋ねる。 わかっているくせにつれない男だ。言って、ゾロシアは低く笑った。 薄暗い室内には月明かりがわずかに入り込むだけだ。それでも、細められた瞼の間、ゾロシアの瞳が常とは違う光を帯びているのがわかる。 血の匂いを嗅いだゾロシアはいつもこうだ。殺しの高揚感は性的な高ぶりを引き起こす。サンジーノにも覚えはあった。 ゾロシア。ささやくような声で名を呼びながら、ゾロシアの頬に手を伸ばす。ゾロシアはサンジーノの手首を握ると、てのひらに唇を押しあてた。ひどく熱い。 「お前に抱かれたがっている女なんかいくらでもいるだろう?」 「お前もほんとうに人が悪いな」 サンジーノの手首を離すと、首に押し付けた銃にゾロシアが顔を寄せる。唇を開き、濡れた光る舌を、銃身にゆっくりと這わせていった。先端を、サンジーノの白い首筋ごと音を立てて吸うと、そのまま耳たぶに齧りつく。 「ゾロシア――」 「めちゃくちゃにしてくれ」 お前にしかできないことだろうサンジーノ? 耳元で、蕩けるような声で言われれば、あらがうすべはもうない。もとよりサンジーノもそのつもりだった。 ただ聞きたかっただけだ。 自分を求める、ゾロシアの言葉を。 「素直でいい子だな。おいで。俺がお前の望みを叶えてやらなかったことがあるか?」 寝そべったまま腕を広げる仕草をする。ゾロシアの手からゆっくりと銃が滑り落ちる。次に会う時には、まさしく自分に向けられているかもしれないそれが、ごとり、とにぶい音を立てた。 着くずした仕立ての良いジャケットを投げ捨てる。ゾロシアはシャツの胸元を掴むと、サンジーノを見おろしたまま、勢いよくそれを左右に裂いた。ボタンがいくつか弾け飛び、引き締まった上半身があらわになる。 ボトムの前は形を変えている。指先でつう、と下から撫でてやると、はやくしろ、と欲に掠れた声を唇がつむいだ。 存在自体が卑猥な男だと、つくづく思った。 「お、まえを殺す、のは、殺して、いいのは、俺、だけ、だ」 息を荒げ、サンジーノの上で腰をくねらせながら、愉悦の濃く滲んだ声で、ゾロシアが言う。鍛え抜かれた美しい身体がいやらしく跳ねる姿は、めまいがするほどに扇情的だ。 さきほどからよろこんで水のように液をあふれさせている、彼のペニスの先端には、リング状の金のピアスが光っている。ゾロシアはサンジーノとの性交のときにだけそれを着ける。サンジーノが開けた、所有の証だった。 「それは俺の台詞だよゾロシア」 ピアスを指で弾くように弄びながら下からつよく突き上げてやれば、精液を撒き散らしてゾロシアは、意識を飛ばした。 ぐったりと力を失くしたゾロシアを、柔らかく抱きとめベッドに横たえた。快楽の名残か、ときおり手足がぴくりぴくりと痙攣している。 破れたシャツを丁寧に脱がせる。たたんでベッドサイドのローテーブルに置いた。 ふと、床に転がったままの銃身が、サンジーノの視界に入る。 ――あんな金属の塊など俺にはまったく必要がない。 ゾロシアの頬に口づけを落としながら、サンジーノはかすかな笑みを浮かべた。 俺だけだ、なんて。 そんな酷い愛の言葉を軽々しく吐かないでくれゾロシア。 愛しさだけで、俺はお前を殺せそうだ。 (09.06.28) 08年8月ごろに拍手文にあげたもの。 一発書きでいろいろと訂正したいとこがあったので、再アップを機にちょびっと加筆修正しました。 |