朝が来るまでは




どすりと肩口に頭が乗って金の髪が首筋をくすぐった。
深くゆっくりとした呼吸とともに肩に掛かる重みが増して、サンジの体から力が抜けていくのがわかる。
目の前に転がった酒瓶の数はゾロにとっては大したものではないが、サンジにとってはやや多すぎる。もたれかかった体を動かさないよう気を使いながら、ゾロはそれを一か所にまとめた。
つまみとアルコールと煙草の匂いに混じって、甘い香りがかすかに鼻にとどく。
体の触れあいなどこんな時しかないのに、すっかり覚えてしまった、サンジの匂い。


今日のように雨も風もない日には甲板で、天候の悪い日にはラウンジで。
二人して酒を飲むことが最近では珍しくない。
張り合うように酒を呷ってはサンジがつぶれてしまうのもいつものことだ。
斜め上から、しげしげとサンジの顔をながめる。
髪よりも少し茶の強い長い睫毛が細かく震えている。夢を見ているのだろうか。
閉じた瞼には青味がかった細い血管が透けて見えた。
明らかに睡眠の足りていないはずの男が、こうして自分に付きあって夜更かしをしようとする意味を、今ではゾロも知っている。
ゾロが知っていることを、サンジは、知らない。


うーん、と一声呻って、眠っていると思ったサンジが身じろいだ。目はつぶったまま、ゾロの両腕ごと抱き込むように腕をまわす。それから、ぎゅうぎゅうとつよく抱きしめてくる。
始まったな。
ゾロはあきらめるように小さく息をついた。
サンジは、軽そうな(実際たぶん中身は軽い)頭をゾロの肩に押し付けながら、回らない口でろくでもない言葉を紡ぐ。

「ぞろぉ」
「なんだ」
「すきなんらよ」
「おう」
「おめえじゃなきゃ、いやなんらよぉ」
「そうかよ」
いつものようにそっけなく答えると、サンジが一瞬口ごもった。
「お、おまえはすきなやつ、とかいんのか」
「いる」
「ちくしょおー、だれだよ!教えろよ」
「教えらんねぇ」
いまは、まだ。
口には出さない。
「ひでえ、おればっかり、ひでえよぉ」
そうしてよよよ、といわんばかりにみじめったらしく泣きはじめる。

酔っぱらったサンジとの、何度も繰り返された不毛なやりとり。
女相手にあれだけの美辞麗句を即座に思いつく男が、語彙の少ない子供のように、毎度同じ台詞を繰り返す。
そのことの意味だって、ゾロは取り違えたりしない。できっこない。
けれど当のサンジは朝になればすべて忘れて、夜に縮めた距離をまた広げなおしてしまう。

ゾロは仕方なく、不器用な手つきでサンジの頭を撫でてやる。しばらくそうしていると落ち着いたのか、サンジの呼吸がまた穏やかなものになってきた。


たぶんサンジは言わないことに決めているのだろう。
自分の夢と、なによりもゾロの夢を守るために。
それでも自制が外れればこうして口に出さずにいられない程度には、思いは溢れかかっているのだろうか。
そうだといい、とゾロは思う。


「いつか、」
ゾロは半分夢の世界に足を突っ込んでいるサンジに話しかける。
んー、とサンジが鈍く返事を返した。

「いつかお前の覚悟ができたら。そんときは、教えてやる」

俺だって、お前でなくては嫌なのだ、と。俺ばかり、なんて、こっちの台詞だ。

「えーなにぃ、聞こえねぇよう」
サンジが甘えた声を出して抱きしめる腕をまた強くする。
「いいからてめえはもう寝ろ」
その頭をぼすりと乱暴に自分の膝に押し付けながらゾロは言った。
所作とは裏腹に声に甘いものが滲んだのを自覚し、クソ、俺もけっこうきてるな、とひとりごちる。



とりあえず朝が来るまでは、この臆病で心優しいアホは俺のものだ。
いつもは男部屋まで抱えていって寝かせてやるのだが、今日はこのまま寝てやろう、とゾロは思った。
膝枕で目覚めた時のサンジの様子が見ものだ。
それを想像するとほんの少しだけすっきりとした気持ちになって、ゾロはゆっくりと目を閉じた。


                                                 

                                           (08.7.8)