ドルチェ・ドルチェ




低く心地よい声。
柔らかく名を呼ばれ、ゾロシアは目を開けた。

「待たせたな、すまなかった」
「待ってはいないが、腹がへった」
言えば、目を細めて、サンジーノが笑う。
いつ身支度を整えたのか。最後の記憶では幼くみだれていた髪が、ぴしりと撫でつけられている。確かにあの髪型では、ボスの威厳も何もあったものではない。
精緻な細工の施された天蓋付きの、持て余すほど大きなベッドに、ゾロシアは寝そべっている。身に着けているのは白いシャツ一枚。ゾロシアの逞しい腕と肩を、申し訳程度に隠していた。シャツはサンジーノのものだ。一度脱いでしまえば、ここにいる間、ゾロシアは自分の服を着ない。所有欲の強い、サンジーノの望みだった。服を着る暇もないほどに抱き合うのは、ゾロシアの望みでもあるのだが。

サンジーノが数多く持つ、ここはヴィラの一つだ。小高い丘の上にぽつりと建っている。窓からは広大なブドウ畑と、シチリアの強い日差しを跳ね返して光る、どこまでも濃い青の海が見渡せる。
この辺りのワインは美味い。何気なくゾロシアがそう漏らした翌日に、サンジーノはここを畑ごと買い取っていた。ゾロシアの気に入るものすべてに、サンジーノは嫉妬する。表立って束縛をしてこないのはプライドの問題なのだろう。しても無駄だと、わかっているのかもしれない。
「お前の好物を作ってきた。許してくれるか?」
俺の、テゾーロ。
どこまでも甘い声で、恥ずかしげもなく。宝物、という意味の、愛する者への呼称をサンジーノは使う。ゾロシアは特に反論するでもなく、ただ、眉を少しばかり上げた。慣れているのだ。
サンジーノが用意してきたのはカンノーロだった。シチリア、とくにここパレルモではよく見かけるドルチェ。からりと揚げた、筒型の、薄いビスケット生地のなかにリコッタチーズのクリーム。サンジーノの作るものはなんでも美味いが、これは格別だった。
ベッドサイドに置いたテーブルに、サンジーノが手際よくサーブする。ワインをグラスに注いだ。血のような、情熱的な、ロッソ。まるでお前のようだと、サンジーノは言う。
ゾロシアは寝そべったまま、その様子を眺めていた。食べ物に関わっているときのサンジーノは、幸福そうな顔をしている。視線に気付いたサンジーノが、ゾロシアの方へ穏やかな笑みを向けた。
だがゾロシアは、マフィアのボスとしての、ドン・サンジーノの顔も知っている。
時折見せる、ゾロシアを昂ぶらせてならない、ひどく冷たい光を放つ眼差しを。






二人で過ごすのは久しぶりだった。明け方近くまで熱心に抱き合った。ゾロシアを腕の中におさめ、うとうととまどろんでいたサンジーノに、緊急の連絡が入った。
バカンスの名目でここに滞在している。誰にも邪魔されないためだ。会話を始めた途端、サンジーノの顔つきが変わった。何か問題事だろう。
昼までには帰ってくる、ゆっくり休んでいてくれ。
ゾロシアの額に軽く口づけ、髪を撫でてから、サンジーノは部屋を出て行った。背中が強張っている。それを見れば、おおよそは予測がついた。
マフィア、とりわけシチリアマフィアにはいくつかの固い掟がある。破った者には見せしめの制裁を。中でも、最も禁忌とされるのが、裏切りだ。手酷い拷問を受けた後、あとかたもなく処理される。時には、その家族ごと。そうすることで、他の者への牽制にもなる。
ゾロシアには連絡がない。ということは、ルフィオーネが絡んでいるのだろう。
それにしても。

――タイミングが悪いな、お前。

ゾロシアは、誰かもわからない、その人間に心から同情した。






「さあ、できた。おいで、ゾロシア」
呼びかけに、ゾロシアは上体をゆっくりと起こした。上等な布地が肌の上をするりとすべる。
「食わせろ」
ゾロシアが言う。サンジーノは頬を緩ませた。
皿ごとベッドの上に載せ、少しずつちぎる。ぱり、と皮のさける音がして、たっぷりとクリームの乗ったそれを、サンジーノがゾロシアの口元へ運ぶ。汚れた指ごと、口内に含んだ。
甘ったるい匂いに混じって、わずかに刺激臭。
サンジーノの手首を掴み、指に舌を這わせ舐めながら、ゾロシアは尋ねる。
「硫酸か」
「ああ」
「放り込んだ?」
「いや、足から順に。少しずつ」
「そんな死に方だけはごめんだな」
「お前とのバカンスを邪魔した報いだよ」
穏やかにゾロシアを、その白く汚れた唇と濡れた赤い舌を見つめたまま、サンジーノはなんでもない風に答えた。
やはり運の悪いやつだ、とゾロシアは思う。硫酸は肉を溶かす。生きたまま、自分の体が溶ける感覚はどんなものなのだろう。たとえ蜂の巣にされても、銃で撃たれる方が数段ましな死に方だ。
眉一つ動かさず、やってのけたに違いない。
唾液がわきあがり、ごくり、とゾロシアの咽喉がはしたなく鳴った。
動脈血のように赤いワインを、サンジーノが呷る。ゾロシアの口内に含ませた指を抜くと、唇を寄せた。むせるように濃く豊潤な味わいが広がる。口角からあふれ、ゾロシアの顎を、首を、胸を、伝った。体温が低いサンジーノの、そこだけはひどく熱い舌が、それを追う。
サンジーノの手が、肩先を滑り、赤い染みのできたシャツを落とした。冷たくしっとりとした掌が、全身を這う。胸の尖りに強く歯をたてられる。ゾロシアは身を震わせた。もう片方も抓るようにされ、ペニスが頭をもたげるのがわかる。突き出すように、体を弓なりにする。
「ゾロシア。俺がどんな風にお前を殺したいか、知っているか」
「さあな」
息を荒げながら答える。サンジーノのボトムに指を伸ばした。はっきりと形を成しているそれを、掌で上から擦る。ふ、と笑うように一つ、サンジーノが息を漏らした。
「急所を外して、だが血管の多いところを狙って、撃つ」
「そ、れじゃ死なねえだろう」
サンジーノの左手はゾロシアの前を、右手は後ろを、かわいがっている。昨夜の余韻を残すそこは、ぐずぐずと溶けてサンジーノを求める。
「真っ赤な血に染まったお前を、死ぬ瞬間まで、犯し続けるよ」
なあ、お前にぴったりの、死に方だろう?
「ハ、言って、ろ」
整わない息で言えば、サンジーノはうっすらと笑った。先ほどの、甘いクリームを指先に取ると、ゾロシアのほぐれたアナルに塗りこむ。うつぶせで腰を高く掲げさせ、そこから強く吸った。時折舌をねじ込んで、味わう。ゾロシアは伏せた顔をシーツに擦りつけ、腰を揺らしてよがった。
「あ、ア、」
「今度、ここにピアスを開けてやろう。きっと、似合う」
張りつめて液を垂らす先端に爪が食い込み、ゾロシアのペニスが弾ける。それに構わず、サンジーノが後ろからゾロシアをゆっくりと、深く、貫いていく。
「お前が最後の瞬間に見るのが、俺の顔だと思うと、それだけで射精しそうだよ」
とろけるような声で、サンジーノが囁いた。
白熱するゾロシアの脳裏に、血に塗れて犯され続ける自分の姿が浮かぶ。
絶頂の快楽と、肉体の苦痛と、死の恐怖。
そのすべてを与えられながら、悶え、乱れる、自分の姿。

たしかに、悪くない死に方だ。お前に、ならば。
そう思う俺は、お前以上に、いかれているのかもしれない。

思わず声を出して笑ったゾロシアの口に、サンジーノが指を突き入れた。口内を蹂躙する動きには容赦がない。
ゾロシアはその指を強く噛んだ。じわり、と鉄くさい味が舌に乗る。
苦いはずの血液さえも。
ドルチェのように、甘い。
それはたぶんこの男のものだからなのだと、ともすれば飛びそうになる意識の中、ゾロシアはもう一度、声をあげて笑った。



                                            (08.10.03)



20000hitリク第2弾、マフィアでした。
海賊ではわたしがぜったい書けないサンジがここに。
シチリア州パレルモは、イタリアマフィア発祥の地です。いまでもマフィアがごろごろいる町。
わたしがこれまで10回以上は見ている映画、ゴッドファーザーにも出てきます。
硫酸の話はほんとう。硫酸風呂に入れて処理するらしい。こわいよ!
リクエストくださった数名の方々、ありがとうございました!