かみさまの声が聞こえる





あの日サンジには、神さまの声がたしかに聞こえた。
彼が、きみの運命のひとだよ、と。



片手でゾロの手首を掴み、もう片方の手にはたくさんの花束を抱えて、黙ったままずんずんとサンジは廊下を歩く。
目指しているのはもちろん進路指導室。ゾロが後ろから大声で不平を並べ立てているけれど、そんなのは知ったこっちゃない。
「おい、待てって!」
「待たない!」
まだちらほらと残っている生徒たちが驚いた顔で二人を見ている。何と思われようが、それもサンジにはどうだってよかった。
それどころか、拡声器とか、校内放送とかで宣言したいくらいなのだ。高らかに。

俺はロロノア・ゾロが好きです!つきあっています!

誰にばれたってぜんぜん、はずかしくなんかない。もし変なふうに思う奴がいたらそいつが変なのだ。そうサンジは考えている。
だけど、ゾロは。
ゾロは、はずかしいんだろう。誰にもばれたくないんだろう。この関係を、サンジの一時の気の迷いだと、きっときっと思っているんだろう。
サンジは唇をぎゅうと噛みしめた。

不機嫌の原因をつくったのはゾロだ。
あんなことを言うなんて、ガキだと思って、ばかにしている。



ゾロを半ば無理やり部屋に引っ張り込む。後ろ手にドアの鍵を閉めた。かちゃりと硬い金属の音がして、狭い空間には目いっぱい気づまりな空気が満ちる。
3月はまだ寒い。暖房の入っていない部屋は冷えていたはずだけれど、サンジは腹立たしさのあまり寒さなんか感じなかった。
じろりとゾロを睨みつける。
ゾロも人を殺せそうな顔つきでこちらを見ていた。
「何のつもりだよ、てめえ!」
「何のつもりも何も、せんせいは、俺になんか言うことないわけ」
「別に。ねえな」
横を向いてむっつりと横柄にゾロは答えた。
ゾロのこういう強情なところも、サンジはこころから愛しいと思っている。いつもだったら、その少し膨れた頬にやさしくくちづけて、機嫌をとってあげてもいい。
でも、今日ばかりは。
「悪いと思ってないの」
「俺は思ったことを言っただけだ」
「じゃあ、あやまる気はないんだね」
「なんで俺が」
あやまれと言われればよけいに頑なになるタイプだ。それにもしかすると、ゾロはほんとうに悪いと思ってないのかもしれなかった。
だけどそれなら、なおさら悪い。
サンジは怒っているのだ。すごく悲しかったし、なんだかもうがっかりしたのだ。
「今のうちにあやまっといた方がいいんじゃない」
サンジは声のトーンを少し落とした。
そっぽを向いたままのゾロの肩がぴくりと動く。
「……どういう意味だよ」
ゾロがサンジの方をちらりと見た。不穏な空気を感じ取ったらしく、先ほどまでの勢いはすでに少し削がれている。ゾロに言うことを聞かせる方法なんか、いくらだって、知っている。そういう身体に、サンジがしたのだ。
制服のボタンを片手ではずしながら、ゾロに近づいた。後ずさるゾロをじりじりと壁際に追い詰める。
「意地っ張りもかわいいけどね、ゾロ。度がすぎるとどうなるか、教えてあげるよ」
花束を脇に置くと、サンジはゾロに向かって、とっておきの笑顔を披露した。





昔から、サンジはとてもよくもてる子供だった。
金髪碧眼の天使みたいな外見、異性にはひたすらやさしく、勉強も運動も、おまけに料理だってできる。もてない、わけがない。
この三年間でも、それはたくさんの女の子に告白された。はっきりとした数なんか覚えてないくらいだ。でもゾロしか眼中にないサンジは、もちろんみんな断った。
彼女達にはいつも、こう、事実を説明した。
――ごめんね。俺、もう運命の人に出会ってしまったんだ。
一途なところも素敵。
サンジの評価はさらに高まった。

卒業式の今日、サンジは朝からものすごい攻撃を受けていた。どの子も最後のチャンスとばかりに目の色が変わっている。式典のあとゾロを見つけ、うきうきと駆けよろうとしたところをまた囲まれた。
花束をもらった、ボタンを下さいと言われた、泣き出す子もいた。女の子は大切にしなくちゃいけない。そう教えられて育ったサンジはとても胸が痛んだ。だけど半端なやさしさが、かえって残酷だということくらいは知っている。サンジの中身はゾロでいっぱい、彼女たちのつけいる隙なんて、どう考えてもみじんもないのだから。
一人一人にふかぶかと頭を下げ、心からの謝罪をしてから、サンジは、ゾロの元へ走った。

ゾロは立ち止まってこちらの様子を見ていたようだった。
いつもジャージ姿のゾロが、スーツを着ている。一緒に選んだ細身のシックなもので、ゾロの均整のとれた体型を際立たせていた。そういえばあのときは、試着室から出てきたゾロにとびかかりたい衝動を抑えるのが大変だった。
サンジの心臓は高鳴った。今日は二人がようやく本当に結ばれる、記念日になるはずなのだ。いっこくも早く、あれを、ひんむきたい。
幸せとよこしまな期待で胸を一杯にしていたサンジに、開口一番、誰よりも愛しい人はため息混じりにこう言った。

「お前ちょっとくらい、女にも目え向けてみたらどうだ」

――怒らないやつなんて、傷つかないやつなんて、いないと思う。





思い出したらまたむかむかと腹が立ってきて、サンジはゾロのぬるりとした先端に軽く爪をたてた。ふうっ、と息をもらし、ゾロの体がびくりと震える。
「ほら、ゾロ。ごめんなさい、は?」
ぬめりを広げるように、小さな穴の上に指の腹をあて、くちゅくちゅと音を立てて動かす。
「ん、くっ、そ、だ、れがっ……」
声にはかなり余裕がないけれど、今日のゾロはなかなかしぶとい。歯を食いしばって、眦を赤く染めて、屈しない強い瞳でサンジを見ている。
そういうの、よけい燃えちゃうんだけどな。
いれてとか舐めてとかいかせてとかは、よく言わせている。もう許して、だって言えるくせに、ごめんなさい、だけは嫌らしい。どうやら、ゾロのプライドを一番刺激する言葉のようなのだ。
と、なれば意地でも言わせたくなるのがサンジである。
遠慮なく、もうすこし追い詰めることに決めた。

見た目を裏切るやわらかさを持つゾロの体をきつく折り曲げ、顔の真上に腰がくるようにする。ぱんぱんに張り詰めた自分のものが、目の前で見える体勢だ。手首は下ろしたてのネクタイでちゃんと固定してある。
「や、やめろ!」
体を捩って最後の抵抗をこころみる、ゾロの唇に人差し指をそっとあてた。
「し。大きい声だすと、外に聞こえちゃうよ。いい子だから静かに、ね」
そのまま指を口内に差し入れる。舌をじっくり弄んでから上顎のへこみをこすると、うう、と呻いてゾロが唾液をあふれさせた。
さっき胸をいじり、じらしてじらして、一度だけいかせた。
そのあとも何度かいきかけている性器は濡れて糸を引いていた。とろりと垂れて、精悍なゾロの顔をいかがわしく汚している。
すごくいい眺めだ。ぞくぞくする。
「これからが、本番だよ」
ゾロの瞳にわずかな怯えとたしかな期待の色が浮かぶのを、とうぜん、サンジは見逃さない。

これみよがしに舌を伸ばし、すぼまりに顔を近付けた。すこしでもゾロから見やすいよう、両足を大きく広げさせ手で固定する。
後ろを舐められるのをゾロはひどく嫌がる。それが恥ずかしさのためだと、サンジはよく知っていた。この格好だとのどが圧迫されるから、息もすこし苦しいはずだ。
そしてゾロがほんとうは、恥ずかしいのもすこし苦しいのもだいすきなことだって、サンジはとてもよく知っている。
舌をとがらせ、ひたりとそこに押し当てる。それだけで、ゾロのものが頭を振り、ぴしゃ、と水のような液体がこぼれてまたゾロの顔を汚した。
「い、やだ、サン、あッ」
わざと湿った音を立てて強く吸い付くと、思わずと言ったふうにゾロが喘ぐ。反応のよさに感心しながら容赦なく責め立てた。
ぐいとねじこむと、中はとても熱い。奥まで深く入れ、広げるように動かした。前歯と唇で、周りを刺激するのも忘れない。ひだがもっと引き込もうとうごめき、入り口がひくひくとわななく。
さきほどまでとは打ってかわり、かすれたあえぎ声を止められない、ゾロの表情はどんどんとろけていく。
「すごーく、やらしい顔してる、せんせい。はずかしいの、気持ちいいんだ?」
ゾロがちがう、という風に必死で頭を振る。
「素直じゃないね」
十分ほぐれたそこを指で犯した。すでに湿った音がしていて、ゾロがちいさく悲鳴のような声をあげる。浅いところで動かし、ときどき深くいれていいところを掠めてやる。ゾロがいつもよろこんで乱れる、じらすやり方だ。
根本をいけないよう手できゅっと締め付けると、ゾロの全身が硬くこわばった。かまわず指をふやしていく。
「早くいわないと、いつまでもいけないよ?」
「あ、は、も、ゆる、し、いき、て、」
「だーめ。許して、じゃなくて、ごめんなさい、でしょ。言わないと、いかせません」
「――っ、や、」
まとわりついた粘膜が招き入れる動きをしはじめた。そろそろ、ゾロは限界みたいだ。
指を抜いて、サンジは張りつめた自分のものをそこに押し当てた。
ゾロの戒めはとかずに、ぬるぬるとこすりつけるように腰を揺らす。これだけでも、すごく気持ちがいい。動きに合わせてゾロの腰も求めるように揺らいだ。
「強情だなあ。じゃあもう、このままいれちゃうからね」
ゾロが弱々しい声でやめろ、という。ゾロの「やめろ」は「して」だとサンジは解釈している。
先のほうだけつぷりと含ませた。ひっかけるように抜く、またいれる、抜く、その度にゾロの足が跳ねる。一年かけて慣らしたそこは、抜くたびに名残惜しそうにサンジを締めてきてたまらなかった。
しばらく繰り返していると、ゾロの目は完全に焦点を失ってしまった。開きっぱなしの口から、唾液と共に意味をなさない声が途切れなくこぼれて止まらない。
「ね、早く言おうよ」
少しだけ深く入れて、いいところを刺激しながら、ひときわゆっくりと引き抜いた。
ゾロの体が大きく痙攣する。
「も、だ、ッ、」
「ここ、だいすきでしょ、ゾロ」
今度はちょうどその部分で腰を止めて、小さくこするように動かした。
何度も、何度も。
「すごいね。ぬれてきてる」
言葉でも、追い詰める。縛られた両手が、なにかを掴もうとするように伸ばされた。
いいこだから、ごめんなさい、言って?
「ひあっ、さん、じ、ごめ、ごめんな、さ、あ、あ」
もう自分が何を言っているかもわかってないだろう。サンジをすがるように見る瞳から涙があふれる。ぐしょぐしょの顔は真っ赤で、足のつま先はぴんと内側を向いている。
ああもう、なんていい顔をするんだろうか。ほんとうに、かわいいったらない。
「おりこうだね。よくできました。いっていいよ」
ごほうび、あげる。
一気に突き入れて、同時に前を解放した。
たくさんの白濁が、数回にわけてゾロ自身の顔にふりかかった。その間にもサンジが構わず腰を打ちつけ、性器は何度も大きくふるえる。
中のしめつけがすごくて、サンジもあまりもたなかった。寸前でひきぬき、いつものようにゾロの顔にかける。無意識なのか、ゾロが口を開けてねだるように舌をのばしたから、最後はそこに押し込んで飲ませた。
恍惚としかいえない表情でゾロはそれを受け容れ、おいしそうに、すべて、飲みこんだ。



結局はこうなることなんてわかってただろうに、ゾロはすこしおばかさんだ。
くったりと力が抜けている、二人分の精液にまみれたゾロの顔を、ハンカチできれいにふいた。まだとろんとした顔のまま、ゾロはされるがままになっていた。
抵抗する気はもう失せたらしい。今なら、正直に答えそうだった。
「なんで、あんなこと言ったの?」
「……だってお前、まだ、女しらねえだろ」
ゾロは横を向いて、言いにくそうに答えた。
「それが?」
「俺は女ともつきあったことあるけどよ。お前、俺が最初で、なんつーか、その」
それきり黙ってしまう。
サンジは続きを辛抱強く待った。
「……フェアじゃ、ねえし」
フェア、ねえ。サンジは心の中でためいきをつく。
「俺がもし女の子としたら、心変わりするかもって、思ってる?」
「そ、うじゃねえよ。ただ、お前まだガキだし、女にもちゃんともてんのに、こんな早いうちから男なんかに走っちまってよ」
「責任、かんじてるの?」
ゾロはまた黙りこんだ。

やっぱりゾロはばかだ、とサンジは思う。そんなの、気にする必要なんてまったくない。ていうかまったくの見当違いってものだ。
だって、俺にとって、ゾロは。

「あのね、ゾロ」
「ん」
「ゾロはね、俺のうんめいのひとなんだ。俺は確かにまだガキだけど、人より早く、そういう人に出会えただけなんだよ」
ゾロの手を握りしめながら、サンジは言った。
大きくてあったかい、皮のあつい手のひらだ。あちこちに剣ダコがあるどうみても男の手。だけど、サンジはこの手がだいすきだ。
「だから、あんなこと、もうぜったい言わないで。すごく、悲しかった」
自分より一回り大きな身体を、ぎゅうと力を込めて抱きしめる。
あのときのかみさまの声を、サンジは今でもはっきり覚えている。これまでだって、これからだって、心が動くことなんて、サンジには想像もできない。
どんなにゾロのことがすきか、はい、と見せることができたらいいのに。
「……わかった。すまねえ」
ゾロもサンジの背中におずおずと腕を回す。単純で素直なところも、ゾロの数多くある長所のひとつだ。
「だいすき、ゾロ」
顔をぺたりとくっつけて囁くと、ゾロの頬が熱くなった。
頬に、額に、鼻に、唇に。何度もキスを落とす。
くすぐったそうにしながらも、ゾロはだまってそれを受け入れてくれた。

「それにね、ゾロ。俺、もともと、童貞じゃないんだ」
キスを続けながら、思い出したようにサンジは言った。
「へ?」
「筆おろし、11んとき」
「じ、じゅういち?」
呆然とした顔でゾロがくりかえす。じゅういち?
ともだちの家に泊まりに行ったときに、そこのお姉さんに誘われて。そのあとはとっかえひっかえ、くるものはまったくこばまずに。
もちろん、ゾロに出会うまでの話。
「だから何も心配いらないんだ。ゾロはどんな女の子より素敵だよ」
言いながら、まだ素っ裸でぼんやりしているゾロの体をサンジはくるりとひっくりかえした。きれいな筋肉のついたお尻をわしわしと揉む。
「な、なにす、」
「え?だって、さっきは怒ってたから、十分楽しめなかったし」
「まさか、まだやる気……、!」
いきなり三本、指を入れられてゾロの体が弓なりにそりかえる。
ぐずぐずに溶けたままのそこで、激しく動かした。
「やめ、ちくしょ、鬼かてめっ、アアッ」
「今度は入れてから、じっくりかわいがってあげる。今日からはもう、チャイムを気にする必要もないしね」

どれだけ俺がゾロのことすきか、きっと、わかるよ。

もう片方の手で浮き出た背骨をやさしく撫でながら、サンジは言った。
それから、ゾロの中にゆっくりと自分をうめこんでいく。
悪態をつきながらも、口では嫌だといいながらも、犯されるのと同じ速さで、ゾロの腰が高くあがっていく。
ほんとうに、ゾロはおねだりがうまい。
そんなゾロに、いつだって、サンジは夢中なのだ。





                                              End.





書き下ろしぶんの再録です。このサンジは、書くのがとてもとても楽しかった。
このゾロはわりと乙女じゃね?(当サイト比)と読み返して思いました。
それにしても文章けっこう変わってる気がする。