夏のせいだとか 「……あんの馬鹿、どこ行った」 ぼたぼたと降りだした大粒の雨は、あっというまに引くくらいのどしゃ降りになった。遠くで雷も鳴っていて、暗い空をときどき光らせている。たとえ傘を差したとしても、これでは、一瞬で濡れ鼠になってしまうだろう。そう考えてからそもそも、傘の持ち合わせなどないことを思い出した。 最近の夕立ちは、やけに激しい。少し気温が下がるのはいいけれど、予想がつかないのが困りものだった。晴れ渡っていた空が、いきなり黒くなる。まるで暴力みたいな雨が、通りすぎるのをじっと待つのが一番かしこい。 トイレから教室に戻ってきて、俺は顔をしかめた。ゾロの席には鞄が、乱雑に放置されたままで、肝心の本人の姿がどこにもないのだ。たしかに途中、ナミさんとばったり会って、廊下で少しだけ立ち話をしていた。俺のひとり言に気がついたウソップが、あーまた、体育倉庫裏じゃねえの、と苦笑いをした。 またかよ、と俺は悪態をついた。恒例の放課後お呼び出し。いまどき、あきれるほどクラシカルだ。新学期早々からご苦労なことだった。入学して、もう5ヶ月が経とうというのに、あいつは相も変わらず血の気の多いアホどもを惹きつけてやまないらしい。 だがまあ、それはやはり、ゾロも同じくらい血の気の多いアホだからだろう。 「何人だった?一年か」 しかめっ面の俺の質問に、ウソップは宙を見ながら指を折った。 「たしか六人。三年だな、いつもの」 「あー……あいつら懲りねえなァ」 「血が余ってんだろたぶん。あいつらもゾロもよ」 やはり、ウソップも俺と同じ見解のようである。献血にでも行けってんだ、と俺が言うと、そりゃいいなとウソップが笑いながら賛同する。ありがとな、と片手を上げれば、おめえも行くのかよ、と慌てたように肩を掴まれた。 「別に混ざらねえよ。迷子のお迎えに行くだけ」 言うと、ほっとしたように手を離す。俺が加わって、コトが大きくなるのを心配する(もちろんその心配は、三年のほうに向けられている)ウソップは本当にいいやつだ。 俺は、じゃあな、と言って、今度こそ教室を出た。廊下の窓ガラスには、ホースでじゃばじゃばやってるかのように雨が叩きつけている。耳が塞がれるような、っていうのは、こういうことを言うんだろうなと俺は思った。 どうあがいたってずぶ濡れになるのはわかっていたから、走りもせずに俺は体育館横を通って、目当ての場所に向かった。顔にあたる雨粒のでかさは痛いほどだ。どこを見ても灰色がかった、いつもの色彩を無くした風景を見ながら、俺は深く、ため息をついた。 「……面倒くせえ」 心底思う。ゾロは、目もあてられない方向音痴で、いまだたびたび校内でも遭難する。入学後しばらくしてから、俺はクラスでゾロ探し名人認定を受けており、いつのまにやらそれが俺の役目、みたいになっていた。 なんで俺が毎度毎度、筋肉マリモ捕獲に行かなきゃなんねえんだ。そう思いつつ、けれど一番面倒なのは俺自身だと知っている。いまだって、誰にも、ゾロにさえも、頼まれてなどいないのに、勝手に足が向かうのだ。あんな虫の好かない男を、放っておけない自分がとても面倒くさかった。こんなひどい雨降りのなか、やむのを待つこともできない俺も間違いなくアホだろう。 朝晩はだいぶ過ごしやすいが、9月になっても昼間の暑さは続いていた。そのうえ湿度が高いと、体がのたりと重くなる感じがする。体育倉庫に着くころには、制服が体に隙間なく張りついて、靴のなかにまでたっぷり水が入り込んでいた。かぽ、かぽ、と歩くたびに間抜けな足音がして、俺はなかばやけになって、水溜まりをあえて選んで歩いた。 「よう、迎えに来てやったぜ」 三年、の姿はどこにもなく、体育倉庫の壁にもたれ一人立っているゾロに、そう声をかける。倉庫裏と、学校を取り囲む塀のあいだには数メートルの距離があって、日あたりの悪いそこは、いつだってじめじめしている。よく見たら、地面にはキノコでも生えていそうだ。体育系の部活が無い日には、好き好んでこのあたりに寄りつくものなどいなかった。 平静を装うのには、成功したと自分では思えた。雨の音で聞こえなかったのか、それとも別の理由か、気配に気づいているだろうにゾロはこちらを見ない。 まばたきをしたら水が目に入り、俺は、いつものようにイライラした。男に気が短いほうなのは認めるけれど、これは、対ゾロ限定、ウソップには感じない種類の波立ちだ。 ゾロについて、なんだかんだ言って仲が良い、などと言われるたび、ムキになって否定するのはそのせいだった。友達、なんかじゃねえよ。じゃあなんだ、と言われたら俺も困る。 「聞こえてんだろ、クソマリモ」 「……」 「三年は?」 「とっくに逃げた」 「聞こえてんじゃねえか」 顔をしかめ、ゾロの横に、少し距離を置いて同じように背中をつけた。庇の下に入った途端、全身を叩くようだった雨がふいに遮られ、おかしなことに、俺はなんだか物足りなさを覚えた。無いよりマシだった、と思えたのだ。少なくとも、肌を打つ雨の勢いに、気を紛らすことくらいはできるだろう。 それきり、二人共黙った。雨音と遠雷のおかげで、BGMには事欠かない。顔は真正面、くすんだ塀に向けたまま、横のゾロを視線だけで伺う。ゾロは、目から発射されたビームで穴が空くんじゃないか、と思うくらい、強い視線をじっと塀へと向けていた。 そのときにようやく気がついたが、ゾロはあまり濡れていなかった。そのへんの苔みたいな色の髪が、湿ってぺしゃりとなっている程度で、俺の有りさまにくらべればずいぶんマシだ。あえて尋ねはしないけれど、早々と決着が着いてから、この夕立ちに見舞われたのかもしれない、とそれを見て俺は思った。 訊いてみたいことは、本当は山ほどある。なぜ黙っているのか、もしや俺を待っていたのか、俺にもまだ整理がついていないあのときのことを、いったい、お前は、どう思っているのか。 お前なら、すべての答えを持っているのかもしれない。そう思うのはなぜなんだろう。 顔を合わせなかったこのひと月半、ずっと、なかったことにしようとして、なにかのせいにしようとして、でもどうしてもできなくて、結局、馬鹿みたいに始終思い出していたことの答えを。 雨が、また激しくなった。 水の匂いが濃くして、あのときのゾロの、汗の匂いを思い出した。 終業式の日だった。あの日、迎えに来てやったぜ、と、俺はこの場所で、今日と同じように言ったはずだ。 やはり今日と同じように蒸し暑く、けれど、空は見事に晴れていた。セミがどこかでうるさく鳴いていて、青い視界に浮かぶ入道雲が白々と光り、ゾロの頭の後ろに見えるそれを、ああ、夏なんだな、と俺はぼんやり眺めたものだ。 頼んでねえ。あのときのゾロは笑いながらそう言った。頼まれてねえな、と俺は肩を竦め応じて、つむじをジリジリ焦がすような、あまりの日光の激しさに日陰に入った。それから、でもてめえ一人じゃ遭難すんだろ、と何気なく付け加えたのだ。 付け加えてから、ふいにふと、だからなんだってんだ、と思ったのがまずかった。なぜ急に、そんなことを思い立ったかもわからない。考えたこともなかった。こいつが遭難したからって、だからなんだってんだ、俺にいったいなんの関係がある? クソ暑いのに腹の底がきんと冷えるような感じがして、俺が口を開けないでいると、あちいな、とゾロが独りごとのように言い、額に浮いた汗をてのひらでぐいと雑に拭った。ひと暴れしたあとだからだろう、見ればゾロはたしかに汗だくだった。 その割には、ゾロの口調はどうでもよさげで、ただ事実を述べただけ、という感じだった。べつに、とか、どうでもいい、とか、面倒くせえ、とかは、ゾロが実際多用する言葉たちだ。その口癖どおり、ゾロは多くのことがどうでもよさそうに見えた。ひと握りの大事なもの以外は、たぶん、本当にどうでもいいのだろう。そしてそういうのが透けて見えるところが、絡まれやすい原因なのだと、本人に自覚はない。 俺があんまり黙っているからか、ゾロは不審げに眉を顰めて、それから、帰るぞ、と、お迎えつきの迷子のくせに偉そうな口調で言って、立ちつくした俺の前を通り過ぎた。 そのときに、匂いがしたのだ。一瞬で、たまらない気持ちになった。あとで何度も思い出して、男の汗に欲情する性癖が、自分にあるのか考えてみたがどう考えてもないはずだった。なのに、ゾロのはダメだった。その一瞬で、ゾロの匂いで、俺のすべてがダメになった。 帰さねえ、と言ったと思う。帰したくねえ、だったかもしれないけれど、正直よく覚えていない。掴んだ手首は、肘から流れてくるもので濡れていた。俺は庇の下にいて、逆光でゾロの表情がよく見えなくて、でもゾロには、俺の顔はきっとよく見えたと思う。 ゾロは立ち止まった。なにも言わなかった。どういう意味だ、とさえ、訊かれなかった。どこかに行く、なんて発想も余裕もまったく無くて、そのまま鍵の壊れた体育倉庫のなかに手を引っ張っていって、二人とも、ひとことも喋らないままやった。 灰色に汚れた、埃くさいマットを広げるのももどかしかった。折り畳んだその上で、閉め切ったアホみたいに暑いそこで、俺たちは汗と精液にまみれた。俺が、これまでで最高に充血したものを、尻にあてがったときさえゾロはなにも言わなかった。俺だって訊きたいくらいだったのに、だ。どういうつもりだ、と訊いて、べつに、といつものようにもし言われたら、ちゃんと頭は冷えていただろう。 でもやはり俺の口からも、けっきょくはなんの言葉も出なかった。じゃあお前はどういうつもりだ、と言われても、それにうまく答えることができないと思ったからだ。 やりたい、と思った。そうとしか言えない。なぜか、なんて、こちらが知りたい。女の子が心底好きだ。男相手なんざ気持ち悪い。この夏の暑さのせいで、あなたは頭がおかしくなったんですよ。医者にでも説明されれば納得がいき、俺はぽん、と明快に手を打っただろう。 ろくに慣らすものもなく、はいったなかはぎちぎちに狭かった。殴られても呻き声一つあげないゾロが、ぐ、と堪えるような声をあげて、けれど俺の腰に回された足には引きつけるように力が込められていた。 繋がったまま、しばらく動かなかった。ぼたぼたと俺の顎から落ちる汗が、目に入るのかゾロは頭の位置をずり、と動かした。薄暗くてよく見えなかった、ゾロの顔が見えるようになった。俺を見るそのときのゾロの表情を、なんて言っていいか俺にはわからない。ただおそらく、さっきゾロの腕を掴んだとき、俺もこんな顔をしていたんだろうな、と思った。 思ったら、顔を近づけていた。唇の端を舐めると、食いしばって切ったのだろうか、汗に混じって、鉄の味がかすかにした。動物が舐めて傷を治すみたいに、俺が無心にそこを舐めていると、ゾロが、じれたように唇にかぶりついてきた。ひどく熱い舌が、深くはいってきて、ゾロのなかの体温だ、と、俺はぼんやり考えて、またたまらない気持ちになった。ときどき冷えたような目をする、この男の深いなかの熱い温度。 そうしてキスしながら腰を動かすと、途端にゾロの、痛みのせいか萎えていたものが硬くなって、つらそうだったのとはうってかわった声をあげはじめた。こいつが、こんな声を出すんだ、と思った。俺で、こいつが、こんな声を。どろどろになったのをいじってやると、ゾロはぶるぶる震えて、なかがゆるんだり、締まったりして、俺はそれで、すぐにイッてしまった。 なんとか引き抜いて腹に出して、ふと見ればゾロも射精していた。俺は二人ぶんのがべったりついた、白く汚れた自分のてのひらを思わずじっと見た。青臭い匂いは、あからさまに男のそれだ。あらためて、俺がゾロにいれて、それで俺とゾロがイッたんだ、と思った。 そうしているうちに、やがてゾロがむくりと体を起こした。制服の下に着ていたTシャツをおもむろに脱いで、それを使って自分の下腹をぬぐって、丸めて手に持ってからベルトを締めて、ケツがいてえ、と眉をひそめ舌打ちをした。 俺は驚いた。俺の認識が間違っていないなら、俺たちがしたことはセックスだ。それについて唯一ゾロが口にした言葉が、ケツがいてえ、だったのだ、驚きもする。正気のときならば、他人事ならば、キレのよい蹴りとともにさぞ鋭いツッコミを入れていただろう。 呆然としている俺のほうを見ずに、ゾロはマットに手をついて立ちあがった。小窓からわずかに差し込む陽に、埃がちらちらと光って、そうだ、まだ、真っ昼間の、しかもここは学校だったと思い出した。 がら、と扉が開いてから、どこ行くんだよ、と俺はようやく声を出したが、自分の声じゃないみたいだったし、よく考えればずいぶん間抜けな質問だった。 帰るんだ、とゾロは答えた。送ってく、と言おうとしたけれど、その前にゾロが、俺は、一人でも帰れる、とやたらきっぱりした口調で言った。そうか、一人でも帰れるのか、とぼんやり思って、ゾロの気配が消えてからも、開いた場所から覗くやたら白く見える地面をしばらく見ていた。 そしてそのまま、長い、休みに入った。 おそらく遠回しに、もう俺に近づくな、と言われたのだと気づいたのは、なんとそれから数日を過ぎてからだった。あのときすぐに追いかけていれば、と考えて、けれど、そうしたらどうなっていたかについては、やはりわからなかった。 夏休みのあいだ、俺は、ゾロに会いたいような、会いたくないような気がずっとしていた。自分から連絡を取ることはできなかったし(取って、なにを話したらいいのか)、なにより、一人でも帰れる(関わるな、忘れろ、ということだろう)、と言われたことが気にかかっていた。 とくに外出を避けたわけではなかったけれど、けっきょく、新学期がはじまるまで、ゾロとは顔を合わせなかった。登校日は2回あったが、ゾロの姿は教室になく、ロロノアくんは剣道の合宿がなんとかで、と、担任が言っていたのをちらりと耳にした。 なにも語らないゾロと並んで、思い出にふけっているあいだに、雨は、少しずつ小降りになってきた。けれど、空の雲は変わらず厚い。いつやむのかわからなかったし、またふいに、雨足が強くなるかもしれなかった。ふと目線を下げると、ゾロの足元は、斜めに降り込む雨で俺と変わらないくらい濡れている。 「……帰るぞ」 あのときと逆に、今度は俺が言った。一歩踏み出そうと、壁から背中を離したとき、ゾロが俺の手首を握った。 俺は、ぎょっとしてゾロを見た。ゾロはまだ、塀のほうを見つめていた。ブロックを重ねてできたそれには、あちこちにひび割れや小さな破損があり、もうすぐ補修工事がはじまるのだと聞いている。そんな、いま思い出さなくていいことを考えないと、またダメになってしまいそうなくらいゾロの手は熱かった。 あのときの、俺をたまらなくさせた、ゾロの熱だった。 「ゾロ」 「考えてた」 「……なにを」 「ここ、だったからよ」 ごん、とゾロは、こちらを見ないまま、後頭部を壁に打ち当てた。そうだ、この壁の向こうで、俺たちはセックスをした。ゾロがどうだったかは知らないが、俺ははじめてだった。そういうのには夢を見るほうで、よくある雑誌の特集なんかを熟読して、やっぱり初体験は俺か彼女の部屋で、すごく丁寧に優しくしてやるんだと思っていた。なのに実際には、汗くさい体育倉庫で、やっぱり汗くさい男同士で、丁寧に優しくする余裕なんてみじんもなかった。 「帰さねえ」 ゾロは言って、ぐ、と強く手に力を込めた。その言葉と、この行動の意味がわからないわけがない。なんでだよ、と俺は思わず反射のように、どうしてもあのとき言えなかったことを、とうとう口にした。 「よくわからねえ。らしくもねえくらい、ずっと考えてたけどな。ただ、」 「ただ」 「あんときなんでか、急に、てめえとやりたくなった」 ゾロは小さく笑った。自分に呆れるような笑いだった。なんだ、と俺は思った。 なぜこいつが、すべての答えを持っている、なんて思ったのだろう。俺と、まったく変わらなかった。あれがなんだったのかわからないけれど、なかったことにはできないし、そうしたくもない、というのが、さんざん考えたすえの俺の結論だった。 ゾロの腕を掴んだときの、あの急な夕立ちみたいな強い気持ちが、たとえば夏のせいだとしても、俺のなかにあったものには違いないからだ。 そしていま、たぶんゾロも、同じ気持ちで俺の腕を掴んでいる。 「帰したく、ねえ」 ゾロが言って、俺をまっすぐ見た。塀にビームを出していたのと同じ強い目だった。俺はまんまと、いっそすがすがしいほど、それに心臓のど真ん中を射抜かれた。 二度目だというのに、俺もゾロもこの前より余裕がなくて、壁にゾロが手をついて俺は後ろからくっついてゾロをまさぐった。シャツの下の乳首は触れる前から勃っていて、ゾロ、と耳元で呼びながらいじると、ゾロはこの前と同じように、たぶん俺しか知らないくぐもった声をあげた。 雨はまだ強くなったり、弱くなったりを繰り返して、まとわりつくような湿気で、すぐに俺たちはまた汗にまみれた。ゾロが首をねじって、無理な体勢でキスをする。マリモ、とか、迷子、とか、茶化してばかりでめったに呼ばないゾロの名を、俺は、それしか知らないオウムみたいに何度も呼んだ。 「呼ぶ、なっ」 「なんで」 「たまんねえ、から、だ」 ちくしょう、とゾロは、悔しげに言って、俺が尻のあいだに硬いのをすりつけると、性急な動作でスボンのベルトを外し、自分で下着ごとずりさげた。今日ももちろん、濡らすものがない。俺はべちゃべちゃの地面に両膝をついた。 汚れるのなどいまさらだし、どうでもよかった。大きく開いて、晒した穴を舐める。信じらんねえ、とゾロが呻くように言い、舌を深く突っ込むと、あ、あ、あ、と耐え切れない、というふうに細切れに鳴いた。 信じらんねえ、なんてこっちも同じだった。だらだら流れる汗が目に沁みる。きつく反り返ったゾロのものが、シャツを押しあげてうごめいていて、ぎゅ、と上から握ってやると、ゾロは、あのときのようにぶるぶる震えて出した。 ゾロの体が震えるたび、まるで深いキスでもするみたいに、ゾロのなかは俺の舌を吸いあげる。横から指をいれた。ぼた、と雨だれのように、白いのが地面を打った。 「信じらんねえのは、こっちだ」 「俺だ」 「俺だろ」 「調子、でてきたじゃねえ、か」 「てめえもな」 俺が言い、ハハ、と二人して笑ったあと、立ちあがりゾロに俺を埋めた。髪が貼りついたうなじを舐めると、そこの毛がぞわぞわと逆立って、ゾロは息つぎでもするように顎を上げた。その口の端から薄く流れるものがある。 暑くて、熱くて、たまらねえ、と俺は思った。 夏が終わったら、俺たちはこれにどんな理由をつけるんだろう。 どちらかと言われれば、嫌いなのだと思っていた。そうでないと、いちいち腹の内を波立たせる、この感情に名前がつけられないからだ。はじめから、どうでもよい他のやつらとは違っていた。理解できない、まったく虫が好かない、けれどやたらに、腹立たしいほど目に留まる。 頼んでもいないのに探しに来ては、うろうろされると俺が困んだよ、と眉毛(端的にやつを表す、この言葉を俺はやつの呼称にしている)は顔をしかめる。適当に買ったコンビニパンがおもな昼メシの俺に、勝手に弁当をわけてうめえだろ、とニヤニヤ笑う。わけがわからない。友達、なんかじゃねえ。じゃあなんだ、と言われたら俺も困る。 もともとわけのわからない男が、あのとき、ますますわけのわからない男になった。手を掴み、俺を見たあの顔。夏休みのあいだ、何度も、すりきれるほど繰り返し思い出したものだ。手のつけられない女好きのはずの、俺を見るその、いつもは涼しげな青い目はいまにもとろりと溶けだしそうだった。 なんだその顔は、と思ったと同時に、やりてえ、と焦げるように思った。その流れの脈絡のなさに俺なりに驚いているうちに、気がつけば体育倉庫のなかで本当にやっていた。俺がこっちかよ、とは思ったが、またやつの顔を見たらどうでもよくなった。たしかにはじめに強い痛みはあったが、最後は頭のネジが飛びそうなほどよかった。 終わったあとはさすがに頭が冷えた。とにかく尻の痛みだけははっきりしていて、だからろくな言葉も出ずにそう言った。休みに入ってから、めったに使わない頭を使って考えたがやはりわからなかった。 わかったのはただ一つ、この眉毛じゃなければこんなことにはなっていない、ということだけだ。 「ゾロ、ゾロ」 「う、ァ、ッ」 「すげえ、お前、なんでこんな、」 ぐり、となかを深く穿たれて俺はまたイッた。俺のなかで、俺の名を呼びながら、エロ眉毛は、サンジは射精した。なんで、なんて、こっちが知りたい。ただ一つ、俺にわかるのはただ一つだ。 「てめえ、のせいだ」 顎から垂れた、よだれだか汗だかわからない水をぐいと手の甲で拭う。ふいに動きを止めたやつは、ああ、なんだ、と呻くように言った。不審に思い俺は顔を巡らせる。こめかみの汗をサンジは舐めて、笑った。 「そうか、そうだな、てめえのせい、だ」 理由が、できちまった。 また俺の、わからないことをこの男は言う。 (12.08.29) なんと4ヶ月以上ぶりの更新なんですね…… 夏になるとよけいに高校生が書きたくなる。 |