Adolescence 片手でポケットを探った。自販機に、硬貨を入れる。指先から離れたそれは、ちいさな音を立てて、細長い穴の向こうに吸いこまれていった。 夏服への衣がえは先週すんだばかりだった。梅雨入りもまだだけれど、ここしばらく暑い日が続いている。なのに透明なケース越し、並んだ缶のなかにはあったかいコーヒーがあった。微糖、の文字を眺めながら、海びらきまできっとこのままなんだろうとサンジは思う。 この辺りには海くらいしかない。数キロ離れた海岸は風が強く、真冬でもマリンスポーツに精をだすひとびとを見かけるが、ここの海はとてもおだやかだった。 海水浴客がやってくる、真夏以外は閑散としている。いまの時期、ここでジュースを買うのなんてたぶんサンジたちくらいのものだ。もしかしたら、自販機の中身は、冬からずっと入れ替えをされていないのかもしれない。 ジュースの賞味期限についてサンジはほんのすこしだけ考え、すぐに、まあいいや、という安易な結論に達した。考えなきゃいけない大切なことは他にあるのだ。 考えても、わかったためしなど、いちどだってないのだけれど。 ボタンを押すと、がこん、と鈍い音がして見慣れた赤い缶が出てくる。表面にはまんべんなく水滴が浮いていてとても冷たかった。てのひらとのあいだで、水がつぶれて流れ、底からぽたりと地面に垂れ落ちた。 もう陽はだいぶ傾いているが、風を通さない松林は蒸し暑い。半袖シャツの肩口で、サンジはこめかみの汗をぬぐった。そうしながら、片手の親指をプルタブの下に押し込む。じゅわ、と薄茶色をした泡があふれてきて慌ててすすった。乾ききったのどに、炭酸がちりちりと痛い。 木でできたベンチに腰かける。古いがあんがい頑丈なことは知っている。 コーラをごくごくと飲みほし、空になったのをこん、と横に置く。いちおう辺りを見渡してから、煙草に火をつけて吸いこんだ。今日も来るだろうか。 しばらく誰も通らない道のほうをぼうっと眺め、それから、上半身だけをねじって林の向こうに透ける海のほうを向いた。教室から見る青は平らかだったが、規則的に打ち寄せる波のしぶきが白く見えていた。 吸い終わるころに、ざり、と靴音がした。 サンジはふりむいた。 自販機の前に、ゾロが立っていた。 サンジはゾロがはじめてここに現れた日のことを思い出した。あのときも、煙草を吸っていたサンジの前に、ゾロはこうしていきなり現れた。 海沿いの小道からすこしはずれた、松林のなかのちいさな東屋だった。高校は県道に面していて、通学にはそちらを使うものがほとんどだ。 サンジにとっても、この道は遠回りだったけれど、隠れて煙草を吸うにはぴったりで、ゾロが現れるまでここはサンジだけの秘密の場所だった。 「よう」 短くなった煙草をくわえたまま、いつものように軽い口調でサンジは言う。 「おう」 ゾロもやはりいつものようにぶっきらぼうな調子で返し、そのまま、サンジの横に、どかりと座った。 サンジはまだ火のついた煙草を空き缶にねじこんだ。ゾロは鞄をベンチの下に投げるように乱暴に置いた。 顔をあげたら、同時に目があって、そしたらやっぱりもうだめだった。 おたがいの胸倉をぐしゃりと掴んで同時にひきよせる。 かぶりつくように唇をあわせると、ゾロの汗の塩からい味がした。 舌を絡める。すぐに唾液の味に変わる。波の音より、たがいの息遣いがよほど大きく響いている。 ああ、今日もまた、訊けやしねえんだろう。 熱くなるいっぽうの頭でぼんやりと、サンジはそんなことを考えている。 * 廊下に面した窓は、いつも開かれていた。 教科書を立てて置き、サンジは耳を机にくっつけるようにして、廊下のその向こうに見える中庭の若葉が揺れるのを見つめていた。 だらりと投げだした足先をぱたぱたと動かす。入学して間もないけれど、上靴のかかとはすでに潰れている。右耳から甲高い教師の声が、左耳からは、ごおお、とこもった低い音が聞こえている。 それは自分の血が流れる音なのだと、いつか聞いたような気がするな、と考えていたら、あざやかな新緑よりも薄い色がとうとつに視界に混ざりこんだ。 誰かの頭髪だ、そう気がついたのはすこし経ってからだ。 1限目がはじまってだいぶ経つというのに、男の歩調はずいぶんゆったりとしたものだった。まるで、彼の周りだけ、時間が違う速度で流れているようだった。 教科書が入っているとはとても思えない、ぺちゃんこな鞄を斜めがけにしている。天井にひっぱられているみたいに背すじがぴんと美しく伸びて、短い緑の髪は光に淡く輝いていた。 なぜだか顔をあげていた。彼も、サンジのほうを見た。 サンジのほうが先に目を逸らした。ふいと、なにごとも無かったかのように顔を戻した。窓枠ごし、手を伸ばせば届きそうな距離を、ペースを崩さずに彼がそのまま歩き去るのがわかった。 それが、ゾロだった。 * 口の奥までまさぐりあいながら、サンジはゾロのシャツのボタンをはずした。ぜんぶはずすまでなんてとうてい待てなくて、二つだけ開けて、そこから手をずぼりとつっこむ。 下着ごし、ゾロのぴんとたった乳首をつまむと、んう、とすこし甘えたような声を出す。いつもの掠れた、男くさい声とのちがいに、ずうん、と下腹はますます重くなった。 ゾロがサンジの股間に手を伸ばす。じじ、とジッパーを下ろす音がする。下を見ると、前立てからとびだした性器にゾロのがさついた無骨な指が絡みつき、先っぽからこぼれるのを塗りこめるように上下にゆるくしごきはじめた。 ゾロを見た。 顔がほんのり上気して、眉を苦しげに顰めている。 かっとサンジの頬も熱くなって、空いた手で、おかえしみたいにゾロのそこを掴んで揉みしだいた。サンジと同じくきんきんに張ったものを、ぎゅ、と握るたびに湿った感触が伝わって、ゾロの肩がびくんと震えた。 「――は、ゾロ」 ゾロのとび色の瞳を見つめたまま言う。 サンジ、とゾロも呼んだ。 背中を、汗がたえまなく流れている。目を開けたままキスをした。近すぎてゾロの表情がよくわからなかった、それがもどかしかった。 すごく気持ちがいいのに、なんだか、ひどく苛々する。 つんとくる松の香りや、磯くさい潮の匂いよりも、もう覚えてしまったゾロのそれを強く感じた。 * 二度めに会ったのは、数日後の風の強い日だった。まとわりつくような湿気はあるけれど、空をみあげてみても雨の気配はいまだなかった。 海風は潮まじりで、気まぐれに吹きつけては、サンジの髪をばさばさに乱してゆく。女の子によくほめられる自慢の金髪だ。自転車をこぎながら、サンジはときおりそれを指でほぐした。緩やかな勾配があり、ペダルを踏む足には自然と力が入る。 県道に入って二つめの角を曲がった。今週になって変えたばかりの、サンジの新しい帰宅ルートだった。 細い道を海がわに進み、つきあたりの三叉路を右に入れば、あとは右手にぽつぽつと住宅が並ぶばかりで、左手には味気ない防風林がどこまでも続いている。 めずらしく前を歩くやつがいて、目を細めたら見覚えのある髪色だった。 誰だかすぐにわかった。 そのとき、サンジはすでに、ゾロの名を知っていた。 クラスの女の子の一人に髪色を説明したら、ゾロの名前がすぐに返ってきたのだ。なんでも入学早々わりと人気があるのらしい。まあ俺ほどじゃねえだろうけどなと、それを聞いたとき瞬時にサンジは思った。 彼女はずっといないらしいの。剣道ひとすじで、あんまりそういうのには興味がないみたい。愛らしい顔をすこしだけしかめ、その女の子は残念そうに言った。 勝った、とサンジはほくそ笑んだ。サンジは中学のあいだ、彼女を切らしたことがほとんどなかった。タイミングとかその他いろいろの問題で、すべてキスどまりの清い交際に終わりはしたけれど。 優越感とともに、なぜだかかすかな安堵を感じて、それにサンジは一人首をかしげた。だいたい、男の名前を気にするなんて普段はまず考えられないことだった。 いったい、やつのなにがこんなに気になるのだろう。 サンジはここ数日考えていた。 あのときと同じように、ゾロの歩調はのんびりとしている。サンジとの距離はだんだんと近づき、やがて、とうとう真横に並んだ。 追い越しざま、ちらりと目をやった。 また、一瞬だけ、視線が絡まった。 ゾロの表情はぴくりとも動かなかったし、サンジもたぶん似たようなものだったろう。おたがい、なんのあいさつもしなかった。一度ああして目が合っただけだ、ゾロがサンジを覚えているかさえわからない。 ゾロのすぐそばを通り過ぎ、そのままサンジはペダルを踏み続けた。背中に視線を感じるような気がしたが、振り返ることはしなかった。グリップを握る手に、いつのまにか力が入っていた。 ほどなくして、サンジは自転車を減速させた。林のなかの、すこし前に見つけた東屋に向かうためだ。 落雷にでもあったのか、途中からぼきりと不自然に折れている松の木が一本あり、そこから入るのが目印になっていた。松ぼっくりがごろごろと落ちているのを、うまく避けながら進んでいく。 からからと車輪が回る音より波音が大きくなって、やがて水色の塗料があちこちはげた屋根が目に入ってくる。 サンジは四本立った柱のひとつに自転車を立てかけた。ちょうど目の高さを、蟻が行列を作り蛇行しながらのぼっていた。 自販機でコーラを買ってから、ベンチに腰を下ろした。鞄をあけ、奥をごそごそとさぐる。教科書に挟まれ、ぺしゃんこになった煙草の箱を取りだした。 ふと、来た道に目をやった。 はがれかけた鱗のような木肌の向こうを、ゾロがまっすぐ前を向いて歩き去るのがちいさく見える。姿が見えなくなるまで、そのまま、しばらくぼうっとしていた。 サンジは無意識に、深く息を吐いた。 それで、自分が息を詰めていたことを知った。 * 「腰、あげろよ」 苛立ちが声に混ざる。 「る、せえ、命令すんな、まゆげ」 ゾロも言い返す。 けれどその口調とは裏腹に、熱い息は乱れ、サンジを見つめる強いまなじりは潤みはじめている。ゾロも汗まみれだった。広い額にぷつぷつと水滴が浮いていた。 中腰になったゾロの、ベルトを乱暴にはずし、ずり、といっきに引きさげる。 下着は体液でべとべとにはりついていて脱がせにくい。太ももの途中までさげ、座ったままのサンジの足をまたがせた。 ゾロから出ているものを、後ろに塗りこめる。表面を触るだけで、そこはひくりと誘うようにうごめき、ん、ん、とゾロは噛みしめた唇の隙間からうめき声を漏らした。 ひだのなかに指先を埋めていく。ゾロは、自分の胸板にサンジの頭を押しつけるようにしている。ゆっくりと抜き差しをすると、背中に回った腕に、ぎゅうう、と力が込められた。 続けていると、尻がうわむいてくる。穴が開いてくるのがわかった。くちゅくちゅと、いやらしい音がしはじめる。触ってもいない前が、震えながらとろりとした液を垂らしはじめる。 「――は、あ、あ」 「そんなに気持ちいいのかよ」 興奮とともに、苛々は増すばかりだった。 ざけんな、ちがう、とゾロが首を振る。 「ちがわねえだろ」 指をいれたまま、シャツ越しにゾロの乳首を軽く噛むと、ゾロはサンジの髪に鼻先をうずめ、前をはじけさせた。 「ん、ん――ッ」 なかが指をきつく吸いあげ、サンジのシャツに白いのがぱたぱたと散る。 頭皮に、ゾロの唇があたっていた。 サンジを呼ぶ掠れた声が、じかに頭のなかに響くようだった。 * 一度会った日以来、サンジは毎日、その小道でゾロを見かけた。 自転車で追い越し、すれちがいざまだけ目を合わせる。サンジはいつもの東屋へと向かい、ゾロはそのままゆったりと歩き去る。それを何度か繰り返した。 その日もいつもと同じだった。サンジは林に入り、ジュースを飲んでから、海を見ながら煙草を吸っていた。 昨日の雨のせいなのか、海の色はいつもより黄味がかって濁っていた。小型の漁船が、波を立てながら沖のほうへと向かうのが見えていた。 漁船のエンジン音にまぎれて後ろから物音がして、振り向いたら、そこにはゾロがいた。 サンジは、思わず、煙草を落とした。 ゾロは白い煙をあげる煙草をちらりと見てから、サンジに目を戻した。 陽射しを遮る薄暗いこの場所で見るせいだろうか、その表情は、いつも追い越しざま見る精悍なものよりも、いくぶん柔らかいように見えた。 「……よう」 ようやく出た言葉がそれだった。われながら間抜けだと思ったけれど、ゾロはとくに気にする様子もなくおう、と返した。 はじめて聞くゾロの声だった。 低い天井に響いた低めの声は、ゾロの外見によく似合っているように思えた。 しゃがみこみ、ゾロはまだ燻っている煙草を拾った。そのまま何も言わず、サンジの横に腰かける。自分の鞄を無造作に下に置くと、フィルターぎりぎりになったそれをサンジのほうへすっと差し出した。 サンジは、短く切られた爪に挟まれた白い円筒をぼうっと見つめた。 「煙草の匂い」 ゾロが言い、サンジは視線をあげた。 「――え?」 「するからよ。吸ってんだろうな、と思ってた」 追い越すときに、とゾロが言う。それで、すっかり自分に染みついたこの匂いのことを言っているのだ、とわかった。 漁船が出す、ぼぼぼぼ、という音が遠ざかり、かわりに波音が大きくなってくる。何かの楽器の音色みたいな、とんびの高い鳴き声がときどき聞こえている。 サンジが動かないからだろう、ゾロは地面に置いていたジュースの缶を手に取った。軽く振って、中身がないことを確認すると、煙草を飲み口のところから落とした。火が消えても、煙たいような香りはちいさな東屋にしばらく漂っていた。 なんで、とサンジは言った。 「なんで、ここに来た?」 サンジが聞くと、さあな、とゾロは笑った。 眉間にしわを寄せたまま、だけど口元と目元はゆるやかに撓み、いたずらを思いついたこどもみたいな笑顔になった。 サンジは、急に空気が薄くなったように感じた。 俺もよくわかんねえけど、とゾロは続ける。 「ただ、お前が、」 「俺が?」 「お前がここで、俺を待ってるような気がした」 ゾロが言う。 そのまっすぐな目にすべて見透かされそうだった。 言われていま気づいたばかりの事実も、信じられないくらいの鼓動の早さも、どうしようもなく腹にこもるこの熱も。 ふざけんな、待ってねえよ。 言いながら、でも、手を伸ばしていた。 * べっとりとついたゾロの精液をぬぐい、もう一度、まだひくついているゾロの穴に塗りこめる。指をずるりと抜くと、それが合図のように、ゾロはサンジのものを自分であてがった。 ふ、ふ、と息を吐きながら、すこしずつ腰を沈めていく。あいかわらずゾロはサンジの顔を身体に押しつけるようにしていて、向かいあっているはずなのに、ゾロの顔はサンジからは見えなかった。 ゾロが言ったのだった。 男の顔なんか見たらてめえ萎えるだろうが、と。 ゾロがゆっくりと、腰を動かしはじめる。鼻を押しつけた肩口から、めまいがしそうなほどゾロの匂いがしている。 サンジはゾロの背中に回した手で、浮き出た背骨をなぞるように撫でた。手を滑らせ、割り広げるように、尻たぶを両手で掴み揺すってやる。そうすると、なかがうねるようにサンジに絡みついて、ゾロは押し殺した声を漏らしはじめた。 その甘い声を聞いて、首の後ろがじいんと痺れるようになった。サンジは繋がったままゾロをベンチの上に押し倒した。 ゾロはあらがおうとしたが、サンジはかまわず、制服が絡んだままのゾロの両足をまとめて抱えあげた。 片足で背もたれのないベンチをまたぎ、そのままつきあげる。動きにあわせて木の軋む音がして、それと同じ速さで、あ、あ、あ、とゾロがうわずった声をあげる。 顔を隠そうとした腕をサンジは片手で握った。 「や、め、見ん、なッ」 「なんでだよ」 「なんでって、てめえが、」 「俺が見てえんだ、見せろよ」 ゾロは驚いたような顔でサンジを見た。 顔は赤く染まっていた。見開いた瞳の表面はとろんと潤んでいる。いつもはひきしまった口元は緩んで、端に唾液が溜まりあふれそうになっているのが見えた。 汗が目に入って視界が滲んだ。いったいどこから出るんだろうと思うくらい、たえまなく噴きだしてくる。 ざん、とひときわ大きく、波が砂浜に砕ける音がした。 * はじめのうちは自慰の延長のようなものだった。向かいあって、顔をなるべく見ないようにして、おたがいの性器をしごきあう。 どっちが長持ちするか競うこともあった。早くいったほうが、終わったあとにジュースをおごるのだ。ゲームみたいな感覚でいるほうが楽に思えた。深く考えると、とんでもないことになる気がしたからだった。 こんなことに意味なんてあるわけない。性器をこすって、溜まったものを出すのに他人の手を借りているだけだ。自分でするより、誰かにしてもらったほうが気持ちいいに決まってる。男同士の不自然な行為を、サンジはそんなふうに理由づけた。 サンジがゾロを追い越し、さきに林に入る。ジュースを飲んで、煙草を吸っていると、ちょうど一本目を吸い終わるころにゾロがやってくる。 ゾロもベンチに座る。同時に手を伸ばす。性急に高めあって、おたがいが果てると、持ち込んだタオルで処理をする。 そうしてもう一本ジュースを飲んでから、来たときと反対にサンジが先にそこを去る。 一緒に東屋を出ることはなかったし、後ろを振り返ることもしなかった。 その繰り返しが、ひと月ほどのあいだ続いていた。 線を踏み越えてきたのはゾロのほうだ。 その日はゾロが先にいった。顔を横に背け、低く呻いて、サンジの手にゾロはとぷりと漏らした。 サンジはゾロがいくときの顔を盗み見ていた。苦しげにも見える表情、唇を開いて熱い息をゾロはこぼした。伏せ気味の睫毛が震え、耳たぶが赤く染まっている。自分がゾロを気持ちよくさせているのだ、と思うと、ゾロの手のなかで、まだ達していないものが硬さを増すのがわかった。 ゾロが息を整えて顔を戻す、そのときに目があってしまった。見ていたのがばれた、と思って、サンジは顔が熱くなるのを感じた。 ゾロは何か言いたげに、サンジをじっと見た。嘘やごまかしを許さないような、澄んだ眼差しにサンジは動揺した。 ゾロの片手が、サンジの太もものあたりに置かれた。 なんだよ、と言う前に、緑の頭が下にさがった。 「――う、あ」 敏感な部分にぬる、と何かが触れ、柔らかいものに包まれたと思ったら、サンジは射精していた。慌てて引きぬくと、ゾロの頬にぴしゃ、とまだ途中の白いのが跳ねた。 サンジはぼうぜんとして、ゾロの汚れた顔を見つめた。 ゾロも驚いたのか、なんだかぼうっとした表情をしていた。 「……顔、ついてる」 しばらくしてサンジが言うと、ああ、といま気がついたようにゾロは言い、ぐいとそこを手の甲でぬぐった。つやりと日に焼けた、すこやかな皮膚に精液がまだらに絡んでいる。 「はやく拭けよ」 サンジは急に恥ずかしくなり、鞄からタオルを出すと、それをゾロに投げつけるようにして渡した。薄い水色のタオルは、ぽたりと勢いなくゾロの膝のあたりにひっかかるように落ちた。 ゾロはタオルに視線をうつした。手に取り、軽く拭くと、汚れたところを内側に折りたたんでサンジに返した。 その落ち着いた様子を見て、サンジは怒りにも似た感情がわきあがるのを感じた。 自分でも何に怒っているのかわからなかったけれど、それは抑えることのできないとても強い感情だった。 「なに、お前、そういうのなの」 気がつけば、口を開いていた。 「――そういうの」 「お前、男が好きなの」 だから彼女ずっといなかったの、女の子好きになれねえの。 羞恥と混乱をごまかすように、矢継ぎ早にサンジは言った。ゾロは、サンジが受け取ろうとしないタオルを自分の横に置いてから、サンジのほうに向きなおった。 座ったまま、はじめて会ったときと同じに、ゾロは背すじをぴんと潔く伸ばしていた。 「女を、好きになったことはねえ」 ゾロは最後の質問に、最初に答えた。 でもそれでじゅうぶんだった。 頭が一瞬まっ白になって、それから、急激に腹の底が熱くなる気がした。 「俺は女の子が好きなんだけど」 サンジは思わず言った。自分でもびっくりするような、鋭い、突き放すような声を、他人のもののようだと思った。 だろうな、とゾロは静かに言った。 「なに、男としたかったから、俺に目えつけたの」 それは嫌だと思った。 だけど同時に、そう思う自分がとても怖かった。 「……サンジ、俺は、」 ゾロが何かを言いかけた。 その言葉をさえぎって、サンジはゾロのベルトに手を伸ばしていた。 サンジ、と咎めるようにゾロが手を掴む。それを振り払い、ゾロの肩を片手で掴んだ。厚みのある、どう考えても男の筋肉の感触がそこにはあった。 唇を重ねた。ゾロとするはじめてのキスだった。歯の隙間に強引に舌をねじこみ、夢中で深くなぶった。薄く目を開けた視界の端に、立てかけた自転車の後輪が見えていた。銀色のスポークが、鈍く頼りなく光っている。 続けていると、ゾロもあわせるように反応を返しはじめた。拙い動きに、内にこもって渦まく熱はどんどんあがっていった。 もう片方でゾロの前をくつろげる。隙間のできた後ろから、思いきり手をつっこむ。指をさしこんだ溝はじとりと湿っていた。穴のうえをなぞり、ほんのすこしだけいれると、ゾロがひゅ、とのどを鳴らした。 男同士だと、ここを使うことはなんとなく知っていた。汚いとは不思議と思わなかった。深めようとすると抵抗があったので、指を抜いて唾液で湿らせた。 もう一度、こんどはすこし奥までいれてみる。そこはすごく熱くて柔らかだった。 動かしてやると、ゾロが高い声をあげた。しごきあっているときには聞いたことのない、甘ったるい声だった。たまらなかった。 ここ、いれてえ、とサンジは言った。 ゾロは、何も言わずにただうなずいた。 自販機に手をつかせ、尻をつきださせた。こすりつけているだけで、サンジはまたいってしまった。濃い白濁がゾロの穴にかかり、そこから引き締まった太ももの後ろをつうと伝っていった。 感触がわかるのか、ゾロは足を震わせていた。その光景を見て、またすぐに、サンジのものははじけそうに硬くなった。 先端を押しあててから、サンジはためらった。狭いそこに入るとはとうてい思えなかったからだ。ひどいことはしたくなかった。そのままでいると、いいからやれ、とゾロは低く言った。 すこしずつ埋めて、最後まで満たしていく。ゾロのなかはすごい締めつけで、サンジは痛いのか気持ちいいのかよくわからなかったけれど、すくなくともゾロはまちがいなく痛そうだった。 短い襟足はうなじに貼りつき、背中を覆うシャツには汗の染みが出来ていた。はっ、はっ、とせわしなく荒い息をついて、自販機に押しつけた指は白く変色し、全身はがちがちにこわばっていた。 「大丈夫、かよ」 声をかけると、俺にかまうな、とゾロは吼えるように言った。 「てめえのすきに動けばいい」 「けどよ」 サンジがまだためらっていると、ゾロは自分で腰をぎこちなく動かしはじめた。 繋がっているところがサンジからはよく見えて、めくれあがったゾロのそこが、サンジを深く受けいれているのがわかった。そうしたらものすごく気持ちがよくなってきて、またすぐにでもいきそうになった。 サンジはゾロの前に手を回した。痛みのせいかすっかり萎えているそれを、よく知っているゾロの好きなやりかたでいじった。 やめろ、とゾロは首を横に振ったが、サンジはやめなかった。ゾロのものもぱんぱんに張りつめて、なかがいきものみたいにうねりはじめた。 「――ゾロ、も、やべ」 たまらずサンジがゾロのなかにぶちまけると、ゾロは鼻に抜ける声をあげ、すこし遅れて前をはじけさせた。一瞬、耳を塞がれたように、周りの音がすべて消えたような感じがした。 しばらくそのまま、二人で息を荒げて繋がったままでいた。だんだんと聞きなれた音が耳に戻ってくる。ゾロの尻を掴んでいた手を離すと、そこにはサンジの爪のあとが、指の数だけくっきりと残っていた。 「……はやく抜け」 掠れたゾロの声がして、サンジはわれに返った。 ずるりと引き抜いたものには、自分の精液とともに、すこしだけゾロの血液がへばりついていた。白に混ざるあざやかな赤にめまいがして、いまさらながら、俺はゾロにいれたんだ、と思った。もちろんはじめてだったし、たぶんゾロもそうだったのだろう。 ゾロはズボンをあげると、のろのろとその場にしゃがみこんだ。ベンチに置いてあるタオルに伸ばした、指先はかすかに震えていた。 サンジは後始末もせずに、ときどき大きくなる自販機の呻り声を聞きながら、ゾロの後ろに立ちつくしていた。 「ゾロ」 呼んでみたものの、そのさき、なんと言葉をつなげてよいものかまったくわからなかった。 それきり黙っていると、しばらくして、帰れ、とゾロはちいさく言った。 靴がすこし沈み込むくらい、柔らかい土の上をサンジは歩いた。小道に出て自転車を漕ぎだすと、風がまだ汗の浮いた肌を撫でていった。 どこかから揚げ物のような食べ物の匂いが漂っていた。太陽の沈みかけた空は、端のほうがきれいなピンク色をしていて、高いところにいくにつれ青みが深くなっている。 いつもよりも時間をかけて家に帰った。 そのあいだ、ずっとサンジは、ゾロの丸まった白い背中を思い出していた。 ぜったいに来ないと思っていたのに、次の日もゾロはまたやって来た。 よう、とはじめてのときと同じように言うと、おう、とゾロも同じように返した。昨日のことなんて、まるきりなかったみたいだった。それからは、学校のある日にはかならず、ろくな会話もせずに抱きあった。 セックスは前よりずっとうまくいくようになった。 だけど、刻まれた傷が日に日に膿んでいくみたいに、深まるばかりの得体のしれない感情をサンジはだんだんと持て余すようになっていった。 ちゃんと聞いておけばよかったのだと思った。 あのときゾロが言いかけて、サンジが聞くのを拒んだ言葉を、最後まで聞いていれば何か違ったのかもしれないと。 * 「ゾロも、俺の顔見てて」 両足を抱えあげたまま、思いきり奥まで入る。 ゾロはもう声を抑えられないようで、たくしあげた自分のシャツを噛んで声を殺していた。 サンジの動きにあわせるように、すりつけるように、ベンチから浮かせた尻がうごめいている。 「ゾロ、ゾロ」 顎を伝う汗がぽたぽたと、ゾロの腹の上あたりに落ちた。履いたままのゾロの靴を脱がせ、ズボンと下着を足から抜き取った。 ゾロの足を大きく左右に開かせる。そうして、サンジは身を曲げて、ゾロの身体に身体をくっつけた。 背中のほうから手をいれて両肩を掴む。ゾロもサンジの背中に腕を回した。これ以上ないくらいに深く繋がって、すぐそばで見つめあって、二人で、腰を動かした。 吸いがらを入れた空き缶がベンチから落ち、からからと高い音を立てて低いほうへと転がっていく。ゾロの口がとうとう開きっぱなしになって、唾液でぐしょりと濡れたシャツがそこからはずれた。 「――ア、あ、いッ」 つらそうにも見えるとろけた顔から目が離せなかった。いつもこんな顔をしてたんだ、と思った。知らなかった。知りたかった。胸がひどく苦しくなった。 さっきまでの苛立ちは、嘘のようにどこかに消えうせていた。 俺も、とサンジは言った。 「俺も、すげえ、気持ちいい」 ゾロが気持ちいいのがいい。 言葉は自然にあふれでた。指先でゾロの湿った髪を撫でてみる。考えてみたら、髪に触れたのははじめてだった。 そして、廊下でゾロを見かけたあのとき、見た目より柔らかそうな髪だなと思ったことを、いまになってサンジは思いだした。 なんだ、そうか。 惹かれていたのは、はじめからだったのだ。 いく、とゾロがのどを反らせた。 ぎゅうぎゅうと締めつけられる。 その甘い唇を吸いながら、サンジも、すべて吐きだしていた。 背中に回されたゾロの手は離れなかった。 ゾロの頬を両手で挟んで、なんどもキスをした。 汗はすこしずつ乾いていった。近くで寄せては返す波は、いつもとかわらずおだやかなようだった。 港に入る定期船が、汽笛を長く鳴らしている。低いその響きが海に吸いこまれるように消えるころ、ようやく、サンジは名残惜しげに唇を離した。 「……サンジ、俺は、」 ゾロがふたたび、何かを言いかける。 ゾロ、とサンジはそれを遮った。 さきに言いたかった。 「ゾロが好きだ」 ゾロもサンジの髪に指をさしいれた。 ずっと、触ってみたかった、とゾロは言った。 (10.06.28) シティでの無料配布本の再録です。 松林でふざけあってTシャツを脱がせあう高校生男子二人をたまたま目撃し、あおかんひゃっほい!となって書こうと思ったのに、書いたらなんかどシリアスになった自分にびっくりです。 しかも当初ペーパーの予定だった。 ダブルで驚きだよ。 |