どうして、忘れられるなんて思えたのだろう。





雪の降る町
 






家を出たらサンジが待っていた。
いつものように、煙草を吸いながら、塀にその背中を預けるようにしてサンジが待っていた。
「いまから、帰んの?」
「……おう」
狭い町だ、ゾロが帰ってきたという噂を聞きつけて、サンジはすぐに連絡をしてきた。
卒業してからいちども田舎に顔を見せなかったゾロに、てめえは薄情だよなあ、とサンジは顔をしかめて言ったものだった。
休み中はなんどか会ったけれど、帰る予定は話してはいなかった。ウソップに訊かれたときには答えたから、サンジは彼に聞いたのかもしれない。
ひまだから見送りに行くとサンジは言い張った。
断るうまい口実も思いつかずゾロは黙りこんだ。
それを肯定とみなしたのらしい、母親に持たされた紙袋を、サンジはゾロの手から奪うように取った。そのままずんずんと大股で歩きはじめる。ゾロはちいさく息をつき、それに続いた。
後ろから、すこし丸まったサンジの背中を眺めながら、ゾロは歩く。
強い北風が、最後の記憶よりもすこしだけ長くなったサンジの髪をばさばさと揺らしていた。


駅につくと、雪が降りはじめた。
灰色にところどころ白を混ぜこんだような低い空をゾロは見あげた。
年中わりあい暖かな海辺のこの町では、真冬でもめったに雪が降ることはない。音も無く降りしきる雪は視界をぼうと霞ませるほどのはげしさで、色の褪せた黄色いベンチの隣に座ったサンジがすげえ、と声をあげる。
ゾロがその横顔を見ると、自分の幼い反応に照れたようにサンジは笑った。鼻の頭がこすったように赤くなっている。ゾロも笑ったつもりだけれど、うまく笑い返すことができたかどうかは、あまり自信が持てなかった。
松林に囲まれた駅はさびれていて、正月の帰省ラッシュも過ぎた平日のホームには誰もいない。改札で駅員に会ったのを最後に、サンジとゾロは二人きりになった。
かさりと音がして、サンジがポケットから煙草を取り出し火をつける。高校のころと銘柄は変わっていなかった。吐きだした煙がいつもより白いのは寒さのせいなのだろう。
ゾロは、サンジと反対のほうに置いていた缶コーヒーに口をつけた。まだ熱い。ききすぎた砂糖と半端な苦味が舌に残った。
無糖を買いたかったのに間違えたゾロに、そういうとこ変わらねえなあ、とサンジはあきれたように、だがどこかしらうれしそうに言った。悪かったな、とゾロは、サンジのその顔から目を逸らしていつものように仏頂面で答えた。
サンジの言うとおりだった。
じっさい、あきれるほど、ゾロは変わっていないのだった。
それから二人で、すこし動いただけで足のところがぎいぎいと鳴る年季の入ったベンチに腰を下ろした。
ゾロの電車が来るまでサンジはここで一緒に待つのだという。
いいよな?
そう尋ねられて、ゾロは、ぎこちなくうなずくしかなかった。

「悪くねえよ」
むしろ、ほっとした。
サンジが唐突に言う。
なにが、とゾロは尋ねる。
「いや、さっきの話、さ。お前、あっち行ったっきりぜんぜん顔見せねえしよ。メール打っても返ってこねえし、なんか都会にすれて帰ってくんじゃねえかなって、心配してたから」
変わってなくて安心したよ、とサンジは言った。それこそ昔とすこしも変わらない幼馴染みの顔で。
「そうかよ」
ゾロは答えた。
うまいとも思えないコーヒーをすする。ふわふわとしたぼたん雪がホームに落ちるのを眺める。
「なあ」
ゾロと同じように、雪を眺めていたサンジが言う。覚えていないほど幼いころから、こうして同じ景色を、おそらく二人は見てきたのだった。
当たり前のように横に並んで。
それが続くのだと思っていた。
「彼女とか、できた?」
「……なんでだ」
「なんでって、だから帰ってこねえのかなって、ウソップが」
ウソップが。ゾロは繰り返す。他意などあるわけもない言葉に、みっともないほど感情はみだされる。昔からそうだった。サンジだけに、ゾロはみだされる。
しばらく黙り込んでから、いねえよ、とゾロは静かに答えた。サンジがこちらを見る気配がする。
ゾロは握りこんだ赤いコーヒーの缶に視線を落とした。
はじめは温かだった、それはすでに冷えはじめている。
「――お前は?」
「え?」
「お前はいるのか」
こんどはサンジが黙りこんだ。
ゾロはまっすぐに伸びた線路の先を目で追った。先のほうはやはり白く霞んでいて見えなかった。
もうすぐ電車が来る。そうすれば、ふたたびサンジと遠く離れた地にゾロは運ばれる。
離れれば、顔さえ見なければと、ずっと、そう思っていた。
違っていた。
「俺は、」
サンジが口を開く。
サンジの答えはどちらでもよかった。
どちらでも、変わりはないからだ。


構内にアナウンスが流れる。
雪のために運行が遅れているのだという。
雪は積もりもせずに降りつづけている。
向こうがわの景色が塗りつぶされそうなほどなのに、不思議と雪は積もることなく落ちては溶けて降りつづけている。




                                          (10.01.11)





インテのペーパー再録です。
どうして雪と絡めるとなんかしんみりした話を書いちゃうんだろう。
「傘がない」にちょっと毛色が似てるかな、と思って、歌謡曲からまた題名を借りました。