ジュ・トゥ・ヴー





髪を、撫でている。
猫の背を、やさしく撫でるように、眠っている年若い恋人の、ぴんと寝癖のついた短い髪を。
「ん、」
鼻にかかった声を出した。ゾロがサンジの首に腕を伸ばす。
手さぐりでサンジのうなじを掴むと、うっすらと目を開け、サンジであることを確認するみたいにじいっと、見る。安心した顔になって、ふたたびゾロは瞼を閉じた。すうすうと寝息が聞こえてくる。眠りが深くなるにつれ、彼の眉間のしわがゆるんでいくのを、口元をほころばせサンジは眺めた。朝晩めっきり冷え込むようになってきたけれど、ゾロといるベッドのなかは春のひだまりのような温かさだ。
朝、ゾロが完全に目を覚ますのには、ずいぶんと時間がかかる。起きる、うつらうつらする、また起きる、のを繰り返すから。とくに季節の変わり目はその傾向がつよくなる。
以前はいちど一緒に朝早く起きて、それからまたゾロだけ二度寝をすることが多かったのだけれど、近ごろはこんなふうに二人して怠惰な午前を過ごすことも増えている。贅沢で、幸せな時間だ。そしてこういうとき、半分眠っているゾロにいたずらをしかけることが、新しく加わったサンジの楽しみのひとつだった。
いれることはめったにしない。指だけを使うゆるゆるとした愛撫で、長いことゾロをかわいがってやる。静かな湖面にちいさな石を投げ入れるような愛撫だ。さざなみが立ち、音もなく広がり、やがてそれは消え去る。消え去ったのを見届けてから、また石を投げ入れる。ちょっとずつ、石を大きくしていく。
サンジは毛布のなかに手をいれた。色違いのパジャマごし、片手をゾロの胸にあてると、ゆるい曲線を描く胸の感触、硬くなった乳首がつるりとした布地を押し上げている。てのひらで、サンジはそっと、なにかの実のようなちいさなそれを転がした。たまに、布地ごしに軽く、こする。続けているとゾロの唇が開いてくる。そろそろおなかが空いてきたから、起こしてやることにしようとサンジは思う。
もう片方の手をゾロの前にあてた。そちらもじゅうぶんに硬くなって、水がしみてきているのを確かめる。そのまま腰に手をすべらせ下着のなかに手をいれた。胸と同じ動きで形のよい尻を撫でていると、ゾロの息があがってくる。
「ゾロ」
サンジが名を呼ぶと、ゾロがふたたび、ゆっくりと目を開けた。まだ焦点があっていない。前からのしたたりを指につける。
「朝だよ。もう起きて」
あ、と短い声をあげて、ゾロが目を見開いて、サンジの顔を見た。
サンジの指はゾロの後ろに深くはいっていて、ゾロのなかは断続的にうごめいている。もぞもぞとした腰の動きとともに、ゾロのくちからは、あ、あ、と驚いたような声が漏れつづけた。声にあわせて指に吸いついてくる。指をいれた瞬間に、ゾロは、いってしまったらしい。若いせいもあるのだろうが朝のゾロはひどく敏感だ。
「おはよう」
声をかけると同時に、胸に置いていた手を下ろして射精したばかりのゾロの前にあてた。
「濡れてる」
低く囁き、ぐしゅり、と音を立てて握ってやる。
「もらしたの?」
見開かれたままのゾロの瞳のなかでサンジはやさしく笑った。
「君はもう大人なのに、恥ずかしいね」
いけない子だ。
ゾロの唇がかすかにわなないて、顔が真っ赤にそまっていく。指がはいったままの後ろが、またひくりと息づき、つかまれたままの前はむくりと大きくなった。
「サン、ジ」
ゾロはサンジを見つめ、湿った息をこぼした。サンジはその顔をなかば感心して見つめた。こんなにみだらな身体をして、なにも知らない処女のような表情を、ときどき、ゾロはする。そうして無意識にサンジを誘うのだ。もっと、奥までかき回してくれと。いれたまま泣きだすまでじらしてくれと。
その望みのすべてを、サンジは叶えてやりたくなる。
「――おしおきがいるかな?」
赤くなったままでゾロはそっと目を伏せた。どんなときでもしっかりとサンジの目を見てくるゾロが。まっすぐなまつげが、傷ついた小鳥の羽みたいに震えている。たまらない気持ちになる。
「返事は?」
答えはわかりきっていて、けれど、サンジはあえて訊く。
ゾロの前も後ろも、ひくひくと動いておねだりをしている。
ちゃんと、声にだして、ゾロ。

「みゃあ」

サンジとゾロは顔を見合わせた。
同時に、声のした枕もとのほうを見る。
「……ヴィトー」
サンジはため息まじりに、きれいな発音で、その声の主に声をかけた。

してほしい、とゾロが言う前に。
いつからか、そこでじっと二人を見ていた、子猫が愛らしい鳴き声をあげた。



     *



猫を拾ったのは5日前だ。とくにいつもと変わりない朝だった。
のんびりと起きて、ベッドでじゃれあって、それから、遅めの朝食をとる。季節の果物とヨーグルト、それにコーヒー。昼も近いので、朝は軽くすませることが多い。二人で片づけを終えてから、やはりいつものように、手をつないで庭を散歩した。うすい水色の空は高く澄んで、さらさらと吹く風は金木犀の匂いがしていた。
その数日前から、サンジが庭の手入れを頼んでいて、庭師が芝を刈るモーター音が聞こえていた。二人がそばを通りかかると庭師は手を止め頭をさげる。ゾロは立ち止まり、彼と他愛もない会話をかわした。天気のこととか、あの花はいつごろ咲くとか、そんなことだ。著名なピアニストだったというサンジは、彼にとってはどことなく近寄りがたい雰囲気があるのだろう。剪定や植え替えの話などもゾロを通してすることが多い。二人が話しているのを、すこし離れたところからサンジは見ていた。
「わりい」
ゾロが謝ると、もういいのかい?とサンジはにっこりと笑った。おう、と答える声がすこしうわずった。サンジと暮らしだしてそろそろ一年になるというのに、ゾロはいまだ、サンジの笑顔を見るたびぽうっとなってしまう。くしゃっとなる目尻のあたりがとてもすきなのだ。見るたびに、なんどでも、恋に落ちる。
行こうか。サンジがふたたびゾロの手を取った。ゾロはきゅっと握りかえす。夜でもないのにどこかで鳴いている、秋虫の音を聞きながらゆっくりと歩いた。
門扉近くまで来たときに、サンジが、それを見つけた。
「あれ」
なにかな?と首をかしげるサンジの長い指の先、茶色い箱のようなものが見えた。門にくっつけて置いてある。近づくとそれはありきたりな段ボール箱で、ゾロはなんの警戒もせずに、すこしだけ開いていたその蓋を左右に開けた。
あ、と二人して声をあげた。
「……猫だ」
のぞきこんだゾロはそのいきものと目があった。敷かれたふかふかのタオルケットのうえ、つぶらな瞳でゾロをみあげているのは、茶色っぽい色をした縞模様の子猫だった。
ゾロはそのままそっと抱えあげた。やわらかくちいさなそれは、ゾロの大きめの両てのひらにちょうどすっぽりとおさまった。箱の隅のほうに、かわいがってあげてください、と丁寧な字でかかれた紙切れが入っていた。捨て猫だ。
「キジトラだな」
腹のほうまで眺めてからゾロは言った。雄だった。
「キジトラって?」
「この縞。全身にあるやつをキジトラって言う」
「へえ。はじめて聞いたよ」
「飼ったことねえの?」
子猫を抱きなおしてゾロは訊いた。ゴルフボールよりは大きく、テニスボールよりはちいさい、丸っこい頭をサンジが指先ですうっと撫でた。おとなしくしている。に、と気持ちよさそうに目を閉じた。
サンジのその様子を見ながら、どうやら動物ぎらいではなさそうだ、とゾロは判断する。
「家を空けることが多かったからね。植物も含めて、いきものは飼わないようにしてたんだ。君は?」
「俺もない」
でも、飼ってみたかった。
ゾロは言って、子猫をしっかりと抱いたまま、サンジの顔をじっと、見た。サンジもゾロの顔をじっと見る。無言でしばらく見つめあったあと、ゾロがけしてゆずりそうにないのを悟ったのか、サンジがふう、と息を吐いた。
「ちゃんと君が面倒を見ると約束するかい?」
サンジが言った。ゾロは大きくうなずいて、サンジにすばやくくちづけた。
「だいすきだ」
ゾロが笑うと、サンジは軽く目を細めた。それから、現金だねえと苦笑いをして、ステッキを持っていないほうの手で子猫ごとゾロをそっと抱きしめた。
私もだよ、とサンジは言った。

名前はどうする?と訊かれたので、ゾロはすぐさま答えた。
猫をひとめ見たとき、もうその名にすると決めていた。
「ヴィトー」
「ヴィトー?」
サンジが繰り返す。
「いい名前だけど、変わってるね。イタリア人みたいだ」
まあ、君が決めたのなら、それでいいよ。
「ヴィトー」
ゾロが呼ぶと、僕もそれでいいよというふうに、子猫がのんきにあくびをした。



     *



サンジが弾いている、ピアノの音が聞こえていた。
ゆったりとした曲調、美しいけれど、どこか不思議な印象の曲だった。ゾロが尋ねると、サティだよとサンジは教えてくれた。変わり者で有名だったフランス人、秋になると彼の曲を弾きたくなるんだとサンジは言った。すこしもの悲しい感じのそのメロディは、たしかにこの季節によく似合っているような気がする。
ゾロは音楽のことはまるでわからない。けれど、サンジの音は、柔らかくて優しいといつも思う。昔の演奏を聴いてもそうは思わないので、サンジが病気で倒れたことや、年齢を重ねたことと、なにか関係があるのかもしれない。いずれにせよゾロはいまのサンジのピアノが気に入っている。目を閉じて聴いていると、あの長い腕に抱かれているような気がして、ゾロはいつも安心して、いつのまにかうとうとしてしまう。
ゾロは窓際に置かれた長椅子に横たわっていた。深いえんじ色をした、布張りの、どうみてもものすごく高そうなこの椅子は、ピアノの下と同じように、ゾロの気に入りの場所のひとつなのだった。
ゾロの腹のうえにはヴィトーが丸まっている。
ときどき瞼をうすく開けると、もやがかった陽射しの向こうに、ピアノに向かうサンジの白い背中がかすんで見えた。


ナミが前に猫を飼っていたことを思い出し、ヴィトーを拾った日、ゾロはナミに電話をかけた。しつけや食べ物のことを訊くためだ。
猫といえばかつおぶし、くらいのイメージしかなかったゾロは、人間と同じものはあまり食べさせないほうがいい、というナミの言葉にとても驚いた。おなかを壊すこともあるのだそうだ。
「ミルクでもなんでも、ちゃんと猫用をやるのよ?」
「わかった」
内心、めんどうだな、と思いつつ、ゾロはそう返事をした。寿命にも関係すると脅されれば仕方がない。
「それにしてもサンジくんも大変ね。猫が、二匹なんて」
ずいぶん年上なのに、ナミはサンジのことをくんづけで呼ぶ。
「……二匹?」
ゾロが訊くと、ナミのほがらかな笑い声が聞こえた。
「自覚ないのねえ。あんただって猫みたいなもんでしょう。サンジくんの、かわいいかわいい、子猫ちゃん。それこそ、いろんな意味で」
まあ方向感覚は猫のほうが断然うえだろうけどね?
ゾロが反論をする前に、ナミはぶちりと電話を切った。ゾロは届くことのない悪態をつき、女性にそんなことを言うものではないよ、とサンジにたしなめられた。


ふと、ピアノの音が止んでいることに気がついた。
腹のうえの温かなかたまりがふいに消え、そのかわり、よく知った重みと温度がそこに乗る。サンジの、てのひら。
下のほうでことりと音がして見ると、サンジがミルクの入った浅い皿を床に置くところだった。そのすぐそばにヴィトーを下ろす。のどが渇いていたのか音を立てて飲みはじめる。どうやらこれはくちにあうらしかった。さきほど、昼食のあとに、庭師が持ってきてくれたものだ。
今朝、世間話のついで子猫を拾ったことを話した。彼もずいぶん前から猫を飼っているのだという。買ってきたものをあまり飲まないので困っている、とゾロが言うと、猫用ミルクなら余ってますよ、ちがうものをためしに持ってきてみましょうか、と庭師はゾロに向かって愛想よく微笑んだのだった。二人が話をするあいだ、サンジはその様子を穏やかな表情で見守っていた。
ゾロの視界は逆光でぼんやりとしている。椅子に浅く腰かけたサンジが、口元に笑みを浮かべてこちらを見ている。サンジはゆっくりとした動作で、自分のシャツの首元、アスコットスカーフに指をかけた。
しゅる。それをほどく音がして、その瞬間、ゾロはざわりと全身の肌があわだつのを感じた。
「サンジ、」
「し」
サンジの匂いのする肌触りのいいグレーのスカーフが、ゾロの口元にやんわりと押し当てられる。そのままサンジは顔を近づけた。今日の空を思わせる、きれいな薄青の瞳にはゾロがくっきりと映りこんでいる。
「大きな声を、だしてはいけないよ、ゾロ」
耳元に低い声が落ちた。
開いたままの窓から気持ちのよい風が吹き込んでいる。
名を知らない鳥のさえずりが遠く、庭師の陽気な口笛がごく近く、聞こえている。
「朝の続きをしてあげよう」
おしおきが、まだだったからね。サンジは抑えた声で言った。
サンジはこうして、言葉だけでも、ゾロを上手に愛撫することができる。そして、そうされるとゾロは、ひなたに置かれたチョコレートみたいに、身体の輪郭がとろりと外側から溶けていくような気がする。目に見えない丈夫な紐が全身に絡みつき、きつく、甘く食い込んで、すべての自由を奪い取ってしまうのがわかる。
白い指がゾロの頭の後ろにのびる。
口元を覆ったスカーフがそこでゆるく、結ばれた。

「開いて」
サンジが言い、ゾロは、従った。
震える指をそこにひたりとあてる。
ソファをどろどろにされてはかなわないからと、服は着たまま、うつぶせで下着をずらして、そこだけをサンジの目の前に晒していた。横向きにした顔を長椅子に押し付け、尻を高く上げて、後ろに回した人さし指と中指で、左右にすこしだけ開いた。
「もっとだよ、ゾロ」
サンジがしゃべるたび、息がゾロのとても感じやすいそのぶぶんにあたり、なかのほうまですうすうとするのが恥ずかしくて、でもそれが気持ちよくて、まだなにもされていないのにゾロは下着のなかをぐっしょりと濡らした。それこそ、もらしたみたいに。
ゾロはサンジのスカーフを噛みしめて、サンジの言ったとおりに、広げる。
「よく見える」
熟れたいちじくみたいな色だ、とサンジが言う。おいしそうだ、と。
突き出すようにしたゾロの腰が揺れ、声が漏れる。
「ふ、う、」
「ひくついてる」
かわいいね。そう言って、まるで唇にするみたいにそこにくちづけられ、ゾロは全身をぶるぶると震わせた。ちゅ、と音を立ててやさしく、表面を吸う。もっと、と請うように、湿ったひだがわななく。くりかえし、なんども、けれどそれ以上の刺激はない。
ゾロは低くうめき声をあげながら、無意識にそこを大きく広げて、サンジの唇にすりつけるように尻をうごめかせた。おねだりがうまいなとサンジが褒めてくれる。だが待ち焦がれている奥のほうにやわらかく熱い舌が入りこむことはない。
「ん、う、う――」
長いことそれをサンジは続けた。達するには足りないけれど、ゾロを乱れさせ理性を剥ぎ取るにはじゅうぶんのそれを。こもったあえぎ声と、サンジがゾロのもうひとつのくちに吸いつく音と、ヴィトーがミルクを舐めるぴちゃぴちゃという音が、ひとつの音楽を奏でるように絶え間なく聞こえている。それにときおり、庭師の口笛のメロディが乗る。
ゾロがこらえきれず手を伸ばし自分で慰めようとすると、サンジはその指に指を絡めて制した。
「それじゃあ、おしおきにならないだろう?」
サンジが笑いながら言い、ゾロはいやいやをするように、首を左右になんども振った。これ以上続けられたら頭がおかしくなりそうだった。あふれる涙とよだれをサンジのスカーフが吸っている。
「いきたいかい?」
ゾロのうなじのところを、なだめるように上下にさすりながら、サンジは微笑んだ。ゾロはすがるようにサンジを見つめたまま頷いた。
「ちゃんと言える?」
ゾロがもういちど頷く。じゃあ聞かせて。サンジが濡れたスカーフをはずす。べとべとになっているゾロの唇の周りと、目尻を、指でぬぐった。
「もう、いきてえ――」
ゾロはちいさな声で言った。聞こえないよ、とサンジは言う。口笛の音がだんだんと近づいている。庭師の気配が、すぐそこにあるのがわかった。そしてサンジがゾロをじらし高めながら、彼がここに来るまで待っていたのだということも。
「い、かせて、くれ」
ゾロはもういちど、掠れた声で言った。さっきよりも大きい声で。それとともに口笛がぴたりと止む。聞かれた、と思った。かあっと全身が熱くなって、先っぽからまた水がとろりとあふれた。
「つぎは、どうしてほしい?」
サンジはもう声を抑えていない。ゾロは答えられない。庭師が聞いている。ゾロが赤い顔のまま黙り込んだのを見て、サンジが腕を下に伸ばす。ゾロはそれをぼんやりと目で追った。ヴィトーが熱心に飲み続けている、ミルクに、指先をひたす。ぽたぽたと白いしずくが落ちた。
これを、とサンジが言う。
「これをここに塗ったら、ヴィトーが舐めてくれるかもしれないね」
サンジが濡れた指で、すっかり柔らかくほころんだ、穴のふちをなぞる。
きいん、と耳鳴りがした。
「や、やめ、」
「じゃあ、どうしてほしいんだい?」
ゆっくりと、円をえがくようにそこをなぞりながら、サンジが訊く。いつもどおりの落ち着いたやさしい声だ、なのに逆らえない。後ろが、女みたいに、じゅんと潤んでくるような気がした。
声に出してと言ったのを覚えているね?

「――サンジに、奥まで、舐めてほしい」

かたん、と、窓の外で物音がした。



「こうだね」
そう言って、深く、舌をさしこんだ。
わざと湿った音を立ててぬるぬると出し入れをする。続けていると、はじめは歯を食いしばっていたゾロのくちがゆるんできて、高く短い声が漏れはじめる。なかは熱くてとろとろだった。饒舌な身体だ。
指もいれてやる。中指の腹にあたる、こりこりとしたところをこすると、ヴィトーがのびをするときみたいにゾロの背中が大きくしなった。尻がいっそう高くあがり、自分でも絶頂に導くように、くねらせている。かわいい尻たぶを軽く噛んだら、ゾロがああ、とひときわ大きな声をあげた。がくがくと震える。
「いくときは、教えるんだよ、ゾロ」
「う、あ、あっ、も、い、いって、ッ――」
「ああ、ほんとうだ。服を着たままだからわからなかったよ」
ゾロの股間に手をやると、窮屈な場所で、けなげなペニスがびくびくとうごめいて、はげしく射精しているのがわかる。下着のなかはさぞとんでもない事態になっていることだろう。すべてが終わったあとで、目の前で脱がせてやろうとサンジは思う。きっと、ゾロはとてもいい顔をするはずだ。
ゾロを仰向けにして、どろどろの顔を見下ろしながら、ゆっくりと、高ぶりきったものを沈めていく。サンジ、とせつなげに、繰り返し名を呼ぶ、いつもよりかれた甘い声がサンジを満たした。なんていやらしい声を出すんだろうか、いつだって煽られてばかりいる。
口笛は止んだままだった。男は動いていない、動けないのかもしれない。子猫と同じ名を持つ顔も知らない男にも、できればこの声を聞かせてやりたかった。
「私だけのものだ」
自分がこんなに嫉妬ぶかいなんて思いもしなかったな。
そうつぶやいたサンジの言葉は、ゾロにはすでに聞こえていないようだった。



     *



害虫駆除には成功したらしい。
舐めまわすようにゾロを見ていたあのろくでもない庭師は、あれ以来、節度ある態度を取るようになった。なかなか利口だ、世の中の道理がよくわかっている。今後も、もし虫を見つけたときには、迅速かつ徹底的に処理をしなければならない。鋭いようでどこか鈍いところのあるゾロは、そういう面でのガードががら空きなのだ。サンジとのはじまりもしごくスムーズだった。もちろんゾロを信じてはいるが、なにごとにも万が一、ということがある。
ヴィトーを膝のうえに乗せ、そんなことを考えながら、サンジは、新聞を読んでいた。向かいの椅子に座ったゾロがとろんとした顔つきでこちらを見ている。視線は目元、というより、眼鏡に注がれているようだった。老眼が出てきて、細かい字を読むのがつらくなってきたので、さいきん、サンジは老眼鏡を買ったのだ。なんとなく悔しいので、めったにかけることはないのだが、たしかこれを買いに行ったときもゾロは、老眼鏡、となんだかうっとりとしていた。
サンジがくちを開きかけたとき、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「行ってくる。たぶん俺の荷物だ」
そう言ってゾロが立ちあがる。頼むよ、とサンジは微笑んだ。ゾロはサンジをふたたびぼうっと見つめてから、頬に軽くくちづけると、玄関のほうへと向かった。
話し声が聞こえ、ほどなく、ゾロが戻ってくる。ちいさな箱を持っている。テーブルに乗っていた、まだ湯気を立てているコーヒーカップを脇にどけ、そこに置いて、梱包をときはじめた。
なかから取り出したのはDVDが数組はいったボックスセットだった。サンジもなんどか見たことのある、かなり有名なマフィア映画だ。
「これ、もう持ってるよね?」
ゾロが持ち込んだ数少ない荷物のなかにあったので、よく覚えている。一緒に住みだしてからも、ときどき熱心に観ているのを見かけ、よほどすきなんだな、と思ったものだ。
「デジタルリマスター版が出たんだ」
ついこの前、とゾロは言う。そう、とサンジはうなずいた。やはりよほどすきなのだ。ゾロは中身を確認しながら満足げな顔をしている。サンジも、その一巻目のパッケージを手に取って眺める。見ているだけでテーマ曲が頭のなかで流れた。あ、と気が付く。膝のうえを見下ろした。
「……ヴィトー・コルレオーネ?」
サンジがつぶやくと、ゾロが、いま気がついたのか?という顔をする。その映画の主人公の父親で、はじめのドンだった老人の名だ。
「膝のうえに猫抱いてるシーンがあんだろ。その猫にそっくりだったから」
とても有名なシーンだった。そういえば、ゾロはその初代ドンが出てくるはじめのほうばかりを繰り返し見ている。
「すきなの?ヴィトー・コルレオーネが」
サンジが訊くと、ものすごく、とゾロは答える。これまで見た映画の登場人物でいちばんすきだ、と。
「他にも、映画の登場人物ですきなひとはいる?」
ゾロはこれも名をしらないものがいないだろう、元精神科医の殺人鬼が出てくる映画を挙げた。
「レクター博士?」
「映画ははじめのがおもしろいけど、レクター博士は、三作目のやつがすきだ」
「俳優が、年を取ってからのほう」
「そうだ」
ゾロはしっかりとうなずく。
「……そうだな、じゃあその二人を演じた俳優の他に、すきな映画俳優なんかは?」
それにもゾロはすぐに答えた。
「缶コーヒーのコマーシャルに出てる、宇宙人役やってるじいさん」
「……」
サンジはゾロをじっと見つめながら、開きっぱなしの新聞をたたんだ。そのうえに老眼鏡を置くと、ゾロが残念そうな顔をする。
「老眼鏡もすきなんだね?」
「なんか、じいさん、って感じがするじゃねえか」
「……そうか」
サンジは手まねきしてゾロを呼び寄せた。
ゾロは眼鏡を手に取り、じっくりと眺めてから、もういちど、サンジにかけなおした。またうっとりしている。
なるほど、よくわかったよ、とサンジは言った。

すくなくとも、自分より年下の若造に、ゾロをさらわれる心配はしなくてもよさそうだ。



                                         (09.10.15)



50000カウントリクエストです。
リクエストくださっためもるさま、読みたいと言ってくださったすべてのかたがた、ありがとうございました!とても、とても、楽しんで書かせていただきました。
アンダンテ→モデラート(唯野さんのやつ。左のタイトルから飛べます)→木蓮の花ひらくころ→この話、の順に、つながっています。
年甲斐もなくやきもちをやくじじい萌え。そしてじじいフェチなゾロの、映画や俳優のこのみが誰と同じかは…言うまでもない。
タイトルはエリック・サティの曲名から。邦訳は「きみがほしい」。あなた、とか、おまえ、とか訳してある場合もあるけれど。サンジが弾いているのもこの曲です。
猫を拾う設定は、トリ汚さんの、猫を拾った日記がおかしくて思いついて、ご本人にネタ使うよ!と宣言して使いました。