マイボーイ マイガール





どれでもすきなものを選んでねとサンジは言い、フローリングの床のうえに、それらをひとつひとつ、丁寧に広げた。
ゾロはサンジを見て、陳列されたそのものたちをじっくりと見て、もう一度、サンジを見た。サンジはいつもの目が眩みそうな天使の笑顔でゾロを見つめている。
残念ながら、とゾロは思う。
どうやら、サンジは、本気らしい。

いまは春休みで、ここはゾロのアパートである。
どんなにただれた性生活を送っていても、ゾロにはゾロなりの節度というものがあって、卒業まではサンジを家にあげないとかたくこころに決めていた。だからサンジがここに来るのは今日が初めてだ。ものめずらしげに部屋を見渡したあと、じゃあさっそくだけど、と言いながら、サンジは持参していた怪しげな紙袋をどさりと床に置いたのだった。
「どれがすき?」
「どれもすきじゃねえ」
ゾロが断言すると、困ったなあ、とちっとも困ってなさそうにサンジは言った。
「手に入れるの、すっごく大変だったのに」
言って、憂いたような遠い目をする。ゾロはぶるりと身震いをした。どれもこれもどう見たって本物だ。こんなものを入手したいきさつなど聞けといわれたって聞きたくなかった。
「しょうがないなあゾロは。じゃあ俺が選んであげる」
ふたたび笑みを浮かべながらサンジが、そのうちの一つを手に取り、こぶしを握って立ちすくんだままのゾロの前にあてる。
「やっぱりこれかなー。いちばん似合いそう」
「……お前、あたま大丈夫か?」
ゾロはうなるように声を絞りだした。
「え?どうして?」
サンジのサドっけが強いことは、嫌というほど、じゅうじゅう知っている。先日の卒業式の日、サンジとゾロはようやくきちんと結ばれた。あのときもさんざん、思い出すのも恥ずかしいような目にあったが、これで引き出しはすべて開けたにちがいないと、ゾロはすっかり安心していたのだ。
甘かった。まさかこんな要望まで出してくるとは思ってもいなかった。サンジはブラックホールだ。深遠を覗きこんだような気がして、ゾロはまた寒気を覚える。
「こんなん俺に似合うわけねえだろうが!気色わりいだけだ!」
「なに言ってんの、ゾロの方こそぜんぜんわかってないよ。それに、リクエストには何でも答えるって言ったのはゾロなんだよ?」
うう、とゾロは呻いた。たしかにサンジの言うとおりだった。
サンジの誕生日は卒業式前のいろいろと忙しい時期だったから、春休みになって二人で祝おうと以前から約束をしていた。
プレゼントはそのときにリクエストするよ、とサンジはまた爽やかかつにこやかに言い、ゾロはゾロとてまたもや特に考えもせずにおう、と返事をした。なんでもいい?と問われ、年にいちどの特別な日だし俺にできる範囲ならな、ともたしかに答えた。あまりに浅はかなあのときの自分を、殴りつけたい気持ちでいっぱいだ。
ワックスの取れきったリビングの床には陽光がさんさんと注がれている。安普請だが、日当たりだけはいい。けれどいくら爽やかな春の日差しに照らされても、サンジが持ち込んだものたちのいかがわしさは、一向に、衰えていない。
ゾロの足元には左から、レースをふんだんにあしらった白いエプロン、ピンクのナース服、某大手航空会社客室乗務員の制服。そしてサンジの手には、どうみても、サンジがこれから通う高校の制服もちろん女子用。
サンジは手先が器用で、裁縫もうまい。前に服のほつれをあっという間につくろってくれたのをゾロは思い出す。知りつくしたゾロの体型にあわせ、服をリフォームすることなど造作もないだろう。
金銭的にも手間という面でも、あきらかにサンジの方に損失があるはずで、そこまでする熱意に空恐ろしいものを感じ、ゾロのてのひらはじとりと汗ばんだ。

サンジがじり、と一歩近づく。ゾロは一歩、後ずさる。なんどか繰り返し、とうとう部屋の隅まで追い込まれた。
サンジが小首を傾げてゾロを見上げる。陶器のようにすべすべと白い肌に、さくらんぼのような赤い唇。金髪がさらりと流れ、大きな目が宝石のようにきらきらと輝いている。
でた、まずい、この顔を直視してはいけない。わかっているのに、どうしても目が逸らせなかった。ゾロは、サンジのこの「とっておきのおねだり顔」にすごく、弱い。条件反射みたいに、からだがじんとしびれてしまい、なんだって、言うことを聞いてやりたくなる。
「今日だけだから、ね?」
おねだり顔のまま甘えた口調でサンジは言った。下からすくいあげるようにむに、と唇を押しあて、やわらかい舌でぺろりと表面をなぞられる。
「おねがい、ゾロ」
片手をゾロの背中にまわし、ゆっくりと撫でおろしていく。手の動きにあわせて背骨にぴりぴりと電気が走る。ああ、とゾロは嘆息した。しばらくは二日とおかず進路指導室にこもっていたのに、卒業式以来、サンジと寝ていなかった。すっかり作りかえられたゾロのからだは自慰ではとうてい満たされなくなっている。

恥ずかしいなら目隠ししてあげるから。
耳元で低くささやかれ、ほんとに今日だけだからな、とゾロは思わず答えていた。





「とりあえず目をつぶっててね」
サンジが言い、ゾロは瞼を閉じた。
繰り返しキスをしながら、サンジがゾロの服を脱がせていく。自分で着替えると主張してはみたが、サンジは取り合わず、俺のすきにさせてくれる?とゾロのすきな表情で、声で、言った。
サンジは、ずるい。
どんなときだってゾロのからだをすきにしているくせに。それにゾロがけして逆らえないのを知っているくせに。懇願するような言い方をして、ますますゾロを逆らえなくしてしまう。
はい、ばんざいして。言って、上の服をゾロの頭から引き抜いた。戯れのように舌先で乳首を舐めて転がす。片方は指先で、はじいたり、弱くひっかいたり、強くつまんだり、する。すっかり敏感になっているそこが、痛いくらいぴんととがって上を向くまで、サンジはそれを続ける。ゾロの息が走っているような荒いものに変わっていく。
「いつみてもいいおっぱいだよね」
言うと、そのままサンジは床にひざまずいた。ベルトをはずす音が聞こえ、ジッパーが下がる。足の皮膚をするりと布が滑りおちていく。
「たまってたんだ?」
ゾロの足に手を添えてボトムを抜きながらサンジは言った。
熱い息を、下腹あたりに感じる。
「もう滲みてる」
「う、あッ……!」
下着のうえからかぷりと先端を噛まれ、ゾロは腰を震わせとっさにサンジのちいさな頭をつかんだ。どくどくと放出する感覚があり、あんまりな早さに、顔にものすごい勢いで血がのぼった。これじゃあまるで、童貞のガキみたいだ。
「早いね。そんなに俺としたかった?」
サンジがなだめるようにゾロの腰をさすりながら、やさしい声で問う。
ちがう、と言いたくても、ゾロには言えなかった。

サンジと会えないあいだ毎日いやらしいことばかり考えていた。
細っこい体つきにそぐわないものが、自分のなかを満たしかき回してくれたあの日のことを、繰り返し思い出してはからだをほてらせた。
まえにサンジに言われたことがある。
ゾロは自分で思ってるよりずっとやらしいからだなんだよ、と。
あのときは笑った。でもいまは笑えない。
セックスなどめんどうくさいと思っていた昔が嘘のようだ。
いつのまに、こんな欲深いからだになってしまったのだろう。

濡れた下着はそのままで、サンジはゾロに制服を着せていく。
やわらかな布が目の上を覆い、後ろで結ばれる。制服についていたネクタイだ、とゾロは思った。スカートと、ご丁寧にハイソックスまではかされた。
そのままサンジがゾロの手を引いて、部屋のなかを移動する。目隠しのせいで方向感覚がなくなっていた。足を動かすたびに短い布がふとももに触れる感触、下半身がすうすうしてなんだかこころもとない。
「思った通り。すごく似合うよ、ゾロ」
サンジがゾロの後ろから、ブレザーに手を入れ、胸をまさぐりながら言う。片手はスカートの上から尻を撫ではじめる。息に声を混じらせて、ゾロは前のめりになった。支えようと思わず伸ばした、てのひらにあたる壁がやけにつるつると冷たい。
「あんまり力を入れると倒れちゃうから気をつけて」
サンジが首筋にちゅう、と吸いつきながら言う。探るように手を横に動かすと、木の感触の縁があり、姿見の前なのだとわかった。わかった瞬間、全身がかあっとほてり、それとともに前も、後ろも、熱く、とろけてしまう。
「ここ、い、やだ……」
くちばかりだった。サンジにはきっとばれている。そう思うとよけいに、熱くなる。
「だーめ。だって前からも後ろからもゾロの格好が見たいし」
ゾロもまんざらじゃないんでしょ、乳首すごくかたくなってるよ。くすくすと笑うと、サンジが下からスカートの中に手をさしこんだ。片手は乳首をいじりつづけている。太腿の後ろに指先をあて、ゆっくりと撫であげたあと、下着ごしに、後ろを割れ目にそってつう、となぞる。それを繰り返す。いちばん触って欲しいところには触れない、布をへだてた刺激が、ひどくじれったい。
「はっ、あ、ああっ」
「ほら、こうやって持っててね」
サンジがゾロの両手に布をにぎらせる。足にまとわりついていた感触が消える。自分でスカートをまくりあげる格好をとらされていた。
恥ずかしければ恥ずかしいほどゾロは感じるんだよ知ってるよね?
そう言って、サンジがゾロの下着を下ろし、尻を両手でぐいと開き、そこに舌を這わせる。ぴちゃぴちゃとみだらな音がして、ゾロはのどを反らせてあえいだ。口の端からよだれがあごを伝い落ちていく。床にぽたぽたと前からの液がしたたる。こんな服を着せられているだけでも恥ずかしいのに、鏡に映る自分はどんな醜態をさらしているのだろうと思うと、それだけで、いきそうだった。射精をこらえたいが、両手は塞がれている。
「サン、ジッ、また、い、くッ、あッ」
「いいよ、今日は何回いっても。空っぽになるまでつきあってあげる」
「……やッ、い、やだッ、サ、」
「いや?こんなにひくつかせて、なにがいやなの?せんせい」
サンジはセックスのときほど、せんせい、とゾロを呼ぶ。そうするとゾロがよけいに乱れるからだ。まったく容赦のない舌の動きに、周りの愛撫だけで、ゾロはまた果てた。それでも奥の刺激をもとめて、サンジの口にすりつけるように尻がはしたない動きをしてしまう。
「はや、く……」
「ひさしぶりだから、すこし慣らさないと」
細い指がつぷりと沈んでいく感覚に唇をわななかせた。きゅう、となかが締まるのが自分でもわかる。いつもどおり巧みなサンジの指の動きは、ゾロをさらに高ぶらせていく。だけどまだ足りなかった。あれを知ってしまったいまでは、指などでは、とても、満足ができない。
サンジが、欲しくてたまらなかった。
「たの、むッ、……もう、まて、ねえッ、」
「がまんできないんだね。いれてほしい?」
ゾロはスカートを握りしめたままがくがくと頭を振った。指がひき抜かれ、サンジが後ろにかたいものをあてる。ゾロも腰を突き出しいれてとねだった。手が空いていれば、自分ですぐにでもいれたいくらいだった。
「ねえゾロ、目隠し、取ってもいい?」
ゆるゆるとペニスで後ろをこすりながらサンジが言う。
「ゾロが俺でいく顔、ちゃんと見たいんだ。ゾロにも俺の顔見ててほしい」
いいよね?とサンジが訊く。
いやだ、なんて言っても聞き入れないくせに、サンジは訊く。
真っ赤になったまま震えるだけで返事ができないゾロの、目の周りの覆いがはずされていく。閉じた瞼の裏に光を感じ、ぎゅっと力を込めると、目尻から水が流れた。
「泣いてるの?ほんと、かわいいなあ」
サンジが先端をふくませる。指とは比べようのない質量のものがじわじわとなかを犯していく。待ちわびた快感に満たされて、甘く鳴きながらゾロは身をくねらせた。興奮で頭がくらくらした。
「目を開けて、俺の顔を見て?」
サンジがおだやかに命じる。逆らうすべはゾロにはない。ゾロはゆっくりと目を開けた。
「いいこだね」
鏡ごし、まだ幼さの残るサンジの欲情した顔と、あられもない自分の姿を認識した瞬間、ゾロは叫ぶように声をあげて三度目をかけあがった。足の力が抜けてよろめいたゾロを、サンジがしっかりと支える。達したばかりのゾロを休ませることなく、尻をつかんで、ゆるく、ときおりはげしく、突き上げはじめる。射精はもうしていないようなのに、なんども絶頂をつかんだ。ゾロは鏡から目が離せない。だけどそれもかすんできていた。卑猥な水音が絶え間なく聞こえてくる。
「スカートなんかはいて、こんな音がするくらい濡らしちゃって」
サンジがうっとりと言う声が、ゾロの耳には、だんだんとちいさく聞こえる。
「ゾロはほんとは、おんなのこなんだね」
俺だけのかわいいおんなのこだよ。
ああ意識が飛ぶのだ、と思った。





気がつくと、ベッドのなかだった。心地よい温度と慣れた匂い。すぐそばに、サンジが寝そべって、目を細めてゾロの顔を見つめている。
服はいつのまにか脱がされていたが、そんなのはどうでもいいくらい、全身が甘ったるい倦怠におおわれていた。セックスで気を失うなんてもちろんはじめてのことだ。
「……どんくらい落ちてた」
「たぶん、30分くらいかな」
サンジが微笑んで言う。ゾロよりも小さな手が、背中をおだやかな手つきで撫でている。
「ずっとここにいたのか」
「うん。寝顔があんまりかわいいから、離れらんなくて」
サンジはゾロによく、かわいい、という言葉を使う。かわいいなんて、サンジのためにあるようなものだろうに、ゾロがそう言えば、きっとサンジはまたいつもの調子で、わかってないなあゾロはとあきれた顔をするのだ。最初のころはいちいち反論していた。だがサンジのかわいい、はすき、と同等なのだと気がついてからは、そう悪い気はしなくなった。こうやってどんどん、サンジのペースにはまっていく。
「お前さ、なんかほかに、プレゼントとかいらねえのか」
あえぎすぎていつもより掠れた声でゾロが言うと、ほかに?とサンジは不思議そうな顔をする。
「ものとか、いらねえの」
「あー、俺ねえ、物欲あんまりないんだ」
「あんなおかしなプレイすんのが一番の望みかよ」
「そのおかしなプレイで感じすぎて、失神したのは誰だっけ?」
痛いところをつかれたゾロが、顔を赤くして黙り込んだのを見て、サンジはくすりと笑った。寝そべったままゾロのほうにすりよってくる。
「ほんとはね、ゾロさえいれば、他に欲しいものなんてないんだ。だけどこれまでみたいには会えなくなっちゃうからさ。ゾロは俺だけのおんなのこなんだよって、教え込んでおきたかったんだ」
だいすきだよ、ゾロ。うわき、しないでね。心底心配そうな顔でサンジは言う。
俺はおんなじゃねえとか、浮気なんて誰とするんだとか、いろいろと言いたいこともあるけれど、愛らしいその顔を見ていたらなんだかどうでもよくなってしまった。
天使のコスプレをした、これは悪魔だ。
だけど逃げようなんて気がちっとも起こらないのは、もうとうの昔に、魅入られてしまっているからなのだろう。

「あ、今日持ってきた服、もったいないから置いてくよ」
ゾロがその気になったらまた使おうねと、ゾロをその気にすることなんて朝飯前のサンジがささやいた。



                                          (09.03.11)



サン誕第2弾でした。「チャイムまであと10分、天使は笑う」のオフの書き下ろしの続きになりますが、読んでいなくてもなんら影響はないです。
どうしてもスカートをはいたゾロをはずかしめたいとサンジが言うもので…。こんなんでも、祝う気は満々なのです。