アンダンテ




「すこし早いけど誕生日プレゼントよ。」
そう言って、ナミは笑った。




サンジは左の手足に軽い麻痺がある。
右側の脳みその血管にこぶがあり、それが、破れたのだという。5年前の話だ。
サンジはまだ現役の、名の知れたピアニストで、世界中を飛びまわっていた。年甲斐もなく根を詰めて働いてたせいだろうなとサンジは笑う。処置が早かったのが幸いしてこの程度ですんだのだ、と。いまは引退して、サンジいわくそれなりに、ゾロから見ればかなり、優雅な生活を送っている。
歩行時は杖を使う。不便がないようにと改装された家は、ほとんど一部屋しか使われていない。ゾロが以前住んでいたアパートの部屋の、5倍くらいは広いそこは、キッチンと寝室とリビングのすべてを兼ねていて、トイレと風呂以外は事足りるようになっている。
部屋の中央には黒々と光るグランドピアノが置いてある。リハビリ代わりだと言って、たまに、サンジが弾いてくれる。
繊細な指が、なめらかに動いて、美しい旋律を紡ぎだす。クラシックなどほとんど聞いたことがないゾロの耳にも、それが本物の音楽であることがわかる。音が生きている、と感じる。
「すげえ」
「昔はもっとすごかったんだがね」
聴かせてあげたかったよ。言いながら、ゾロの頭をぽんぽんと叩く。その乾いた掌の感触が、ゾロは、とても、好きだ。
サンジの手を両手でぎゅっと握る。そのまま、唇を合わせる。舌を絡ませたくて、前歯を舌先でノックするみたいに舐めると、サンジがくぐもった笑いをこぼす。
ゾロの若者らしい性急さを、サンジはこうしていつも笑うのだが、ゾロだって自分は淡白なほうだと思っていたのだから、こんなにもサンジが欲しくなるのはどうしてなのだろうと、不思議なくらいだ。
「今日はピアノを汚すんじゃないぞ」
からかうような口調に、昨日のことを思い出して、ゾロは顔を赤くする。
ピアノに片手をついて、もう片方の手で、自分の前をいじらされた。椅子に座ってじっと見つめているサンジの気配に、自然と声が漏れて止まらなかった。それでもいかないように気をつけていたのに、もうひくついてるな、と楽しげに言いながら、サンジが後ろに、鍵盤を弾くように触れたから、それで。
「あれはあんたが……」
言いかけて、でも後を続けられない。ゾロの頭を、サンジがよしよしと撫でる。
「いじわるがすぎたかな。すまないね。君があんまりかわいいものだから」
私はすきなものほどいじめたくなるんだよ。悪い癖は年を取っても抜けないものだね。
ゾロの機嫌を窺うように、顔を覗き込む。
薄い青の瞳。褪せた金の髪。ざわざわと、乱れる、乱される。
「来なさい」
サンジがゾロの手をとって、ゆっくりと立ち上がる。




ゾロの仕事はホームヘルパーだ。
高齢者や身体障害者の、日常生活の手助けをする。
けれど、迷子癖が災いして、どこもそう長く続かなかった。ご老人達には人気があったが、家までたどり着けなければ、会社としては使い物にならない。
誕生日を目前にして職にあぶれぶらぶらとしていたところ、古くからの友人であるナミに呼び出された。素敵なプレゼント用意したわよ、と。
ナミはあやしい、けれどやたらと儲かっているらしい、人材派遣会社(とナミは言う)、を経営している。お得意様は金持ちばかり。社長室にはなにやら怪しげな写真付のファイルが沢山あって、人身売買に近いんじゃないのか、とゾロは睨んでいる。
そしてなぜか。そのファイルの中にゾロの写真があった、のだそうだ。サンジから聞いた。
仕事はヘルパーの資格を生かしたサンジの身の回りの世話。給料は破格。住み込み。
たしかに、プレゼントと言えなくもない。

サンジは郊外の広い邸宅に一人暮らしをしていた。はじめて会った翌日に、ゾロはそこに引っ越した。
スーツケース一個で現れたゾロに、身軽でいいねますます気に入ったよとサンジは笑い、そのときに目尻と口元に深く刻まれた皺がとても好ましいものだったから、ゾロはしばしぼうっと見蕩れた。そのときすでに、落ちていたのだと思う。
だから三日とたたないうちにサンジと寝るようになったことだって、ゾロにとっては自然なことだった。
祖父といってもおかしくないくらい年が離れていることも、それまでは一度も男と寝たことなんかなかったことも、気にならなかった。なぜだか、まったく。
ゾロはこのまえ25歳になったばかりだ。
サンジより40年、遅く生まれた。




ベッドは自動でリクライニングが出来るようになっている。ほぼ垂直まで立て、そこにゆったりと背中を預けて、サンジはゾロを眺める。自慰をする、ゾロを眺める。
ふ、ふ、と小さく息を吐きながら、目をきつく閉じて、ゾロは後ろに差し込んだ二本の指を動かす。サンジの足を跨ぐ形で、膝立ちになって。
前は固く張りつめていて、とろとろと溢れている。サンジの湿度のない視線に、全身が包まれているのを感じる。そうすると泣きたいくらいきつい感覚が体を襲って、ほんとうに涙を流すこともある。
サンジはゾロの中に入る前に、ゾロを何度かいかせる。大抵は、自慰で。最初のときからからそうだった。
だって私は一回しかできないからね、君がいけなかったらかわいそうじゃないか。そうサンジは言う。
だけど、ゾロがサンジにいれられて、いかなかったことなんて、一度もない。それどころか、サンジが達する頃には、何度いったかわからないくらいの事が多い。サンジがそれに気付いていない訳はないから、たぶんこれも、「いじわる」の一つなのかもしれない。
「そのまま、いけるだろう?」
ゾロは首を横に振る。後ろでの行為には慣れたが、まだ自分でいくことはできなかった。前を擦らないと無理だ。
「いけるはずだよ。左手は、どうするんだった?」
空いている左手をゾロは前に回す。胸の突起をつまんで、いじる。サンジがしてくれるみたいに、優しく、でも執拗に。小さくぴんと尖ったそれが硬さを増す。いきたくて、腰が揺れる。
ペニスに触れてほしい。だけど、サンジは触ってくれない。口に出してねだっても駄目だ。
「ん、ふ、ァ、もっ、いき、て、」
「ゾロ。目を開けて私を見てごらん」
穏やかな低い声がゾロの耳をくすぐる。
閉じていた瞼を開けた。サンジの青い瞳が、ゾロのすべてを映している。逸らすことができない。吸い込まれてしまいたい、とゾロは思う。
「君をかわいがってるのは、私の指だと思いなさい」
ゾロは想像する。
サンジの白い指が、全身を這い回り、ゾロのいいところを的確に愛撫する。ゾロが今まで知らなかった、擦られると腰を振ってしまうほどに感じるそこを、なぶる。
知らず、ゾロは指を増やし動きを早めている。いつのまにか、頬は涙で、顎は唾液で、濡れている。
滲んでぼんやりとした視界の中、サンジが、ゾロのだいすきな顔で微笑むのがわかる。まだ昼間で、窓から差し込む淡い光を跳ね返して、サンジの銀に近い色の髪がきらきらと光っている。
「ほんとうに君はかわいいよ、ゾロ」
ぜんぶ、見ていてあげるからね。
「あ、あ、やあ、あ――」
がくりと足の力が抜け、上体をサンジに預ける形で、全身を震わせる。ゾロの顎をサンジが掴み、キスをする。舌を、歯でしごくようにされ、気持ちよくて、何度も弾ける。サンジの高そうなシャツが、ゾロの精液でぐちゃぐちゃに汚れる。
「たくさん出したな」
感心するように、サンジが言う。ぬぐって、それをゾロに見せる。これも、いじわる、だ。からだが熱くなる。ゾロはサンジにいじわるをされるのがすきだ。
余韻に震える手で、ゾロはサンジのボトムに手をかけた。片手をベッドについて、四つんばいになって、後ろにまた指を入れ動かしながら、唇と舌を使って熱心にサンジのそれを育てていく。むくむくと大きくなるそれを、ゾロは愛おしげに愛撫する。その間、サンジはずっと、ゾロの頭を撫でてくれる。
「もういいから、おいで」
サンジが首を少し傾けて、腕を広げる仕草をした。
ゾロは、ゆっくりと、サンジの上に沈みこむ。最初の何回かは、半分くらいまでしか入らなかった。何度もキスをしながら、少しずつ、サンジのペニスで狭い中を満たしていく。
「もっと奥まで、のみこめるね?」
ゾロの耳の穴を舌で犯しながら、サンジが囁く。
ゾロは小さく肯いて、両手で尻を割り開き、背骨をのけぞらせ、奥まで咥える。それから、自分で、腰を振る。
からだが何度も痙攣し、萎えたペニスがそれでもたらたらと液をこぼし、おねがいおねがいとゾロがうわ言のように繰り返すようになるころ。
「いやらしい子だな君は」
そう、またいじわるを言って、サンジはようやく、ゾロのからだを揺さぶり始めた。


うつぶせでぼんやりとしていたら、聞き覚えのあるメロディが耳に届いた。ときどき、サンジが弾いてくれる曲。今日のはオーケストラがついている。
「以前出したCDがあることを思い出してね」
「あんたが弾いてんのか」
「もちろん」
「ふうん」
サンジはいつのまにか服を着て、ベッドの端に座っている。目を閉じて、口元を綻ばせて、静かに音楽を聴いている。
実はサンジは身の回りのことはほとんど自分でできる。いくらナミさんの勧めでも、君の写真を見ていなかったら頼んでなかったよ、とサンジは言った。
ゾロもサンジを真似て、瞼を閉じ耳を澄ませてみる。心地よい音の集まりが、おいしい水のように、柔らかく体に沁みこむ。ゾロが知らない頃の、サンジの音。
ゾロはぱっと目を開けた。裸のまま、サンジの背中におぶさるようにしがみつく。肩の上に顎を乗せ、ぱさりとした感触のサンジの髪に鼻面をうずめる。くんくんと匂いをかいだ。満足そうに、ふう、と大きく息をつく。
「どうかな。現役時代の私は」
「大したことねえ」
「そうか?」
おう、大したことねえ。ゾロはえらそうに言う。
それからぐい、とサンジの顔を自分の方に向ける。
「今のあんたのピアノが、俺は一番すきだ」
ゾロが言うと、サンジはちょっとの間、黙った。
「君はすごいことをさらっと言うねえ」
目を細めてサンジがゾロを見つめる。ゾロも、サンジを見つめる。
しばらくそうやって見つめ合ったあと、サンジが、少し困ったような顔をした。
「やれやれ、これじゃどっちがプレゼントだったかわからないな」
そう言って皺を深めて笑う。
「あんたのその皺もすきだ」
ゾロが言うと、「寿命が縮まるからそれ以上はやめなさい」とサンジはまじめな顔で言う。
「ほんとうだからしょうがねえ。でも長生きしてくれ」
ゾロもまじめに言う。
こまった子だねえ、とサンジは眉を下げて、ゾロの唇を唇でそっと、塞いだ。



                                 (08.10.29)



ゾロはたぶんじじいに弱いんじゃないだろうか。めろめろですね。
20000hitリクのときにあるお方から、老人、というお言葉を頂き、もともと老人萌え体質なので、妄想が止まらなくなりました。かたっぽしか老人じゃないですけど…。
私としては65歳はじじいとしては若造(?)だと思うのですが、それ以上にするとあちらの方がどうかしら、と思いこのくらいで。


後日談。上記のあるお方、であるムムーの唯野さんが、ゾロ誕として、この話の続きを書いてくださいました。「モデラート」というお話です。うれしい。