サンジーノとこぞろ。ピクシブのちびぞろ企画さま用に書きました。





うつくしいもの





きらきらしてきれいだ、そう言うとサンジーノは、自分のほうがよほどまぶしそうに目を細め、俺はそんな上等なものじゃない、と、あまり楽しそうにではなく笑った。さらりとした感触の髪を、ゾロは、指で手まぜのようにつまんでみる。
そうやって浮かして、陽のあたるところで透けさせると、金色の糸はちらちらと光を跳ねさせ、それはそれは美しく光った。少なくともこんな色を、ゾロは他に知らなかったから、目にするたびつい手を伸ばして、それに触れたくなってしまう。
サンジーノはじっとしている。ときどき、持て余すように、は、とため息をついたりもする。ドンもチビにかかっちゃ型なしだな。誰かがからかい混じりで言っていたのを前に聞いた。ドン、と呼ばれるときのサンジーノを、あまり見たことがない。
ゾロにとってはまだ、サンジーノは、ただのサンジーノだ。 
「じょうとう」
「ああ」
「意味がわかんねえ」
お前が思うほど俺は良いものじゃない、ってことだ。そう言って、指先で紙の端をとん、と叩いた。集中しろ、ということだろう。ゾロはちっと舌打ちをした。サンジーノが眉をひそめる。
「ガラが悪いな、ゾロ。誰にならった」
「みんなやってる。あんたの部下、とかいうやつらも」
「……あいつらの真似はするな。ろくな大人になれん」
「あんたは、ろくな大人なの」
「そんなわけがないだろう。あいつらのボスだぞ」
ろくでなしの代表だ、とサンジーノは、またさっきとは違う笑みを見せた。皮肉げ、というやつだろうか。ここに来てからゾロは、笑顔にはいくつもの種類があることを知った。
「それはいいから、ほら、早く書け」
頭を小突かれて、ゾロはペンを握り直した。持ちかたが違う、と言われる。こうだ、とサンジーノがお手本を見せてくれても、ゾロにはなかなか上手くできない。業を煮やしたらしいサンジーノが、手を取って握らせてくれた。サンジーノの手は、ゾロよりずいぶん大きく、ひんやりと冷たく感じる。
「字なんか」
「なんだ」
「字なんか覚えてどうすんだ。俺はべつに、いまのままでも困んねえけど」
「本や雑誌を、読みたいとは思わねえか」
「読めなくても、俺は生きてた」
十二になるまでスラムで育った。親は知らない。大人は周りにたくさんいたが、教えてくれたのは、死なないように生きるすべだけだった。生きる意味も知らずに、ただ、生きた。
「まあ、そうだな、生きてた」
一番大事なことだ、とサンジーノは言い、それからゾロのペンの持ちかたを見て、それで合ってる、と、今度こそいつもの笑みを見せた。ゾロが、もっとも好きな顔だ。ついじっと見てしまう。
これをはじめに見たから、マフィアだと言われてもぴんと来なかったし、いまもあまりぴんと来てはいない。これをはじめに見たから、だろうか、会ったそのときに、このひとのそばにいたい、と思った。
ともにねぐらを移り歩いていた、周りの孤児たちはどんどん死んでいって、気がついたらたった一人で、それでも平気で生きた。なのに差し伸べられた手を、あっさり握ってしまったのはそのせいだ。警戒心を無くしたら死ぬ、そう、周りの大人からは言われていたのに。
誘うように伸ばされた、長く白い指を見たとき、自分の黒ずんだ手を、はじめて、恥ずかしいと思った。
「字の勉強には興味がないか?」
書いてくれたお手本どおりに、その下に真似て書いていると、やる気がないのが見え見えなのだろう、サンジーノが尋ねてくる。ねえ、とはっきり答えると、そうか、と言って思案げな顔をした。
「なにに興味がある?」
「あんた」
本音をはっきり言うと、そうか、とまた、さらに思案げな顔をする。それから葉巻の灰を落として、じゃあ、と言った。深い色の机に、ほんの少し灰が落ちて、ゾロはそれを目で追った。
「手紙を」
「手紙」
「俺に手紙を書いてくれ。字が書けるようになったら、伝えたいことを」
「口で言えばいいんじゃねえ?」
「本当に伝えたいことは、口ではなかなか言えないもんだ」
「ふうん」
そうかもしれない、と、思いあたるフシも無くもなかったから、そうゾロは答えた。生きる意味を、またひとつ学んだ、と思う。
手紙を書いて、伝えたいことを、サンジーノに伝えること。
お前が思うほど俺は良いものじゃない。そうサンジーノは言ったが、ゾロにはとてもそうは思えない。髪も、眸も、肌も、ゾロが知らなかった色をして、ゾロの知らなかったことを、サンジーノは教えてくれる。
「いい子だな」
ゾロ、とサンジーノが言う。そう呼ばれると、骨がぶるり、と震えるようだった。たぶん、よろこび、なのだと思う。青い目がゾロを見ている。
見たことがないけれど、海の色だ、と思った。



黒っぽい汚れは、バスタブに入れてみれば垢だけでなく血のせいだった。暗がりで、眼球だけがぎらぎらと光って、周りの惨状など気にも留めていない様子で、その子供は、はじめて人間を見た、というようにこちらを伺っていた。
なにかトラブルに巻き込まれたのだろう。ナイフを痩せた両手で、しっかと握っている。その指は、震えていなかった。踏みしめた両足は、死に囲まれてさえ、生きる力にあふれて見えた。
興を引かれたから、凶暴な子虎でも手なずけるつもりで連れ帰ったのだ。おいで、と手を伸ばし笑えば、存外にあっさりと子供はうなずいた。名は、と尋ねると、ゾロ、と答える。部下にはずいぶん、物好きだとたしなめられた。女に飽きたんですかとも言われたが、男の、しかも子供に、いまのところそういう興味はない。
洗ってやると出てきたのは、はじめわからなかった緑の髪と、まだ残る丸みには不似合いなほど硬く無表情な顔だ。暮らしはじめるうち、それが、少しずつやわらいでいる。ほんのときどきだが、サンジーノにだけは、笑顔を見せるようになった。
どうするつもりなのか、とよく訊かれるが、どうするつもりもない。選ぶのはゾロだろう。ただ思いのほか、この子供が、自分のなかで大きな位置を占めていることに、近ごろよく気づかされる。
きれいだ、とゾロは言う。
俺がしていることをすべて知っても、まだ、ゾロはそう言うだろうか。
「なにが食いたい」
「平たいやつ、パスタの、リボンみてえな」
「ファルファッレだな」
「名前知らねえけど、それ」
たしか、前にも作ってやったことがあるから覚えていたのだろう。自宅では極力、自分で食事を作る。パンチェッタを、向こうが透けるくらい薄くスライスして、鮮やかな色をしたブロッコリーをゆでる。オリーブオイルに、にんにくを入れると、じゅっ、と音がして濃厚な香りが立って、ゾロが近づいてきた。
サンジーノの、斜め後ろあたりに立つ。ゾロは、サンジーノが料理をしているのを、見るのが好きらしかった。横から腕を伸ばしつまみ食いをして、たしなめられるのもどうやら好きらしい。
痩せ細っていた体は、すこやかに育ちはじめた。出会ったときより背も伸びている。陽にやけた、サンジーノとは違う色の肌。あんがい、俺より大きくなるのかもしれない。丸い頭の、つむじを見おろしながらサンジーノは思った。
パスタをゆでる湯を準備して、空になったワインを注いで、飲みながら、サラダを作る。
「字は、覚えたか?」
「少し。あんたがいないあいだも、教えてもらってた」
「それはいいが、汚い言葉を覚えるなよ」
「汚い言葉なんて、とっくに覚えてる」
ゾロが言い、それもそうか、とサンジーノは思った。スラムで大人に囲まれて育ったのだ。汚いことなど、腐るほど見ているだろう。過保護だ、と周囲に言われるのはおそらくこういうところで、これは、親のような心境なのだろうかと考えて、ため息が漏れた。この年で父親がわりなどと。
そばにいるあいだは、その世界を美しいもので、満たしてやりたい。
「そういえば、書いた。一通だけ」
ゾロがふいに言い、皿に取り分けていたサンジーノは、トングからパスタを落とした。反射的に片方のてのひらを出し、それを受けとめる。オイルを絡ませたファルファッレは、体温のようになまぬるかった。
「手紙、か?」
「おう」
「あとで、楽しみに読むよ」
見あげる目は大きい。それでも目元は涼やかで強く、きっとそのうち、たくさんの女を泣かせるのだろう。パスタがそのままになっていることに気がついたとき、ゾロが、手首を掴んだ。
思ったよりずっと、強い力だった。大きく開けた口を寄せて、唇を押しあて、それを飲み込んで、それから、オイルで光る、サンジーノのてのひらをべろりと舐めた。
ゾロの舌は、ひどく熱かった。
「うめ」
感心したように言い、ゆっくりと笑う。少年というよりも、男の顔だった。
どちらのことを言ったのかは、わからなかった。
なにに興味があるかと尋ねたとき、あんた、と言われたことを、思い出した。



のちほど、サンジーノはゾロからの手紙を読んだ。ごく短く、拙い字だったが、なんとか読める。ゾロらしい、しっかりとした筆圧だ。
たった一行のそれを、繰り返し読んでから、スーツのポケットにしまう。なにを笑ってるんですかドン・サンジーノ。そう訊かれ、なんでもないさ、と答えた。誰にも話す気はない。次は、なにを書いてくれるのだろうと思う。

あなたは おれの うみ

くどかれているのだろうか?
とりあえず、次の休暇には、ゾロと海を見に行く。









                                      (12.08.16 ピクシブ掲載)