*『うつくしいもの』の続きです。ピクシブのおっさんじ愛で祭り企画さま用に書きました。 サンジーノとゾロ、それぞれ女性との関係があります(直接描写はないです)ので、大丈夫な方だけどうぞ。 しかたのない子供 冬の海は嫌いだ、とゾロが言い、その声で目覚めたサンジーノは、顔の前に片手をゆっくりかざした。まぶたを開けようとした瞬間、瞳孔を刺した光に耐えきれずのことだ。ゾロシア、カーテンを閉めろ、と出した声は、いつもより嗄れている、と自分で感じた。 ゾロからの返事はなかった。どうやら、閉める気はないのらしい。のどを鳴らすように、軽く咳払いをしてから、サンジーノは身じろいで、窓とは反対のほうに体を向けた。少しだけ、明るさが落ちた気がする。眸の色素が薄いせいか、ここの陽射しはサンジーノにはきついのだ。シーツに擦れる小さな音は、乾いて冷えた空気を、鋭く打つように響いて聞こえた。それが、消えるのに被さるように、波が砂浜で砕ける音がする。 薄目を開けて、ベッドサイドに置いた時計を見れば、朝、と呼んで差しつかえない時刻だった。サンジーノが運転する車で、ゆうべ二人はこのコテージに来た。もう、長いこと続いている、年に一度の習慣だった。遅くに着いて、ゆっくり眠って、昼ごろに食事を作ると約束していたのだ。まさかゾロのほうが、早く起きるとは思いもしない。 「ずいぶん、早いなゾロシア」 「……」 「まぶしいんだが、少し閉めないか」 サンジーノの提案に、やはり返事は聞こえてこなかった。まだ寝足りない、と訴える、ぎしりと軋む体を起こし、ようやく慣れてきた目で、気配のある窓のほうを見やる。 ゾロは外を向いていた。ふたたび身を捩り、葉巻とライターを手に取って、どこかかたくなな背中を、火をつけながらサンジーノは眺めた。 出会ったころは十二で、まだ幼さの残る体は、栄養不足のせいもあって、もっとずっと華奢だった。大きくなるだろう、とは予想していた、そのとおりゾロはすくすくと育って、いまや体格でサンジーノに並んでしまったようだ。 「嫌いなのに見てるのか」 「……まあな」 話題を変えると、ようやくゾロは言う。嫌いだからつい目が離せねえモンもある、と低く答えた。高かった声も、いまは大人びて掠れている。まあそうだ、あれから6年も経つのだ、とふいに、感慨を覚えた。 「春か秋がよかった。夏も、冬よりゃマシだ」 「詫びを入れただろう、ゾロシア」 「その呼びかたを止めろよ、ドン・サンジーノ」 吐き捨てるように言う。ドン、をつけて、ゾロがサンジーノを呼ぶのは、ビジネスが絡むときだけである。いまは短いバカンスの最中で、だから、そこに含まれているのは嫌味なのだろう。ゾロ、と呼べと。そう言っているのだとさすがにわかる。 まだ整えていない髪を、サンジーノは掻きあげた。ぱらぱらと指のあいだから落としながら、ゆっくりと煙を吐く。 「すっかり定着しちまってね」 「定着、ね」 「どうした、何を拗ねてる」 また無言、だ。反抗期にしては遅いだろう、と、いつもならつい出るからかいは、さすがに腹の底に押し込めた。 それくらいその背中からは、激しい憤りを感じたからだ。昨夜の車中でも、ゾロはほとんど口を利かなかった。たしかに、思春期に入ったのちは、昔に比べずいぶん寡黙になったものだが、それにしても近ごろのゾロは度を超えていた。 実は、思いあたる節、はいくつかある。 「予定より少し早いが、メシを作るよ」 何が食いたい、と言えば、なんでも、と突き放すようにゾロは言い、こちらを振り向いた。葉巻を銜えたまま起きあがり、室内履きに足を突っ込んで、寝巻の上にローブを羽織る。ふわりと、冬の空気が足元で混ざった。 窓枠に背をつけるようにして、腕を組んでこちらを見ている、その背後から朝陽が射している。黒っぽく翳になった顔は、よく知る少年のようでも、見知らぬ青年のようでもあって、不安定で、危うげな、熱に浮かされたような目が、サンジーノをじっと、見つめていた。 海を見たことがない。そう言ったゾロを、はじめてここに連れて来たのは、スラムで拾ってから一年に満たない、春の季節だった。 てっきりはしゃぐかと思っていたら、ゾロは浜辺で呆然としていた。もともと、海の近くで生まれ育ったサンジーノと違って、狭苦しく薄汚れた建物に長く囲まれていたゾロにとって、その雄大さは、想像をはるかに超えるものだったのだろう。思考の及ぶ範疇外のことに遭遇すると、ひとというのは言葉を失うものなのだ。 しばらく立ちつくし、やがて、履いていた靴を脱ぎ捨てると、ゾロは恐る恐る、という感じで波打ちぎわまで歩み寄った。よく晴れた日だった。黄色味がかった砂を、たしかめるような足取りで踏みしめて、濡れて色を落とした場所に来ると、ちょうど打ちよせた波を両手で掬った。 振り向いた笑顔を、いまでも覚えている。やっぱりあんたの色だ、と、ゾロは笑った。光が明るく満ちて、風が少しだけ吹いて、てのひらから零れた水が、斜めに水滴を散らしていた。 俺が、お前の海なら、お前は、俺のなんだろう? 「なぜ、嫌いなんだ?」 近づいてくるゾロに向けて、サンジーノは言った。そのまま、キッチンへ向かうつもりだったが、どうやらそれは許されないらしかった。 目の前に来ると、目線はほぼ並んだ。まだかろうじて、サンジーノのほうが高い、けれど体の厚みはまったく変わらないようだった。 「暗いからだ」 ゾロが言う。サンジーノはその肩越しに、窓のほうを見た。たしかに藍で塗り込めたような海は、見るからに寒々しく、あのときのような澄んだ色味をしていなかった。触れられた感触があって、視線を戻せば、ゾロはまるで水を掬うように、てのひらにサンジーノの髪を乗せていた。 その指はそのまま、耳の上を滑って、うなじを辿った。首の後ろの、突き出た骨に、ゾロの指の腹がこすれるのがわかった。やけに、しっとりとした指だ。そう感じるのは、もう若いとは言いがたい、サンジーノの肌が乾いているせいかもしれなかった。目の前の眸は、その中央にサンジーノを映している。こういうときも、少しも目を逸らさない、それを、ゾロらしい、と思う。サンジーノはわずかに視線をずらした。ふ、と漏れたのが、吐息なのか笑いなのかわからなかった。 去年、ここに来たのは秋だった。そのときからすでに、兆候はあったのだ。ゾロの、自分を見る目が違ってきている。日頃の血なまぐささから遠ざかった、短いが穏やかな二人の時間に、ごく細い糸くずが混ざり込んだかのように。 それで、遠ざけたのだ。これまで中途半端にしていたゾロの立場を、ファミリーの一員、部下の一人として位置づけ、新しい名を与え、極力それで呼ぶようになった。鈍感なようでいて、どこか勘の鋭いゾロは、サンジーノの意図をすぐに察したようだった。ゾロのほうからもやがて距離を取るようになって、だから、今回のバカンスも、断ってくるかとも思っていた。 どのみち、これで最後にするつもりだった。いつか来るとは思っていた、わかっていたことだった。らしくもなく、種を摘まずに先延ばしにしていたのは、他ならぬサンジーノ自身だ。 「彼女は、どうだった」 煙を吸い込んで、顔を横向けたまま、吐きながらサンジーノは言った。返事はなかった。ただ、繰り返し髪を梳いている。いい女だったろ、と続ければ、まあな、とゾロは、どうでもよさそうに答えた。いつぶりだろうか、声の響きが伝わるほどに、近くにいる。 「はじめての坊やにしては上出来だった。そう、褒めてたぞ」 「そうか」 「女くらい上手く抱けねえと、マフィオソの名折れだからな」 「別に、俺の名はそんなことじゃ折れねえが」 あんたが贔屓にしてる女だと、聞いたから抱いた。それだけだ。 そう言って、唇から葉巻を奪うと、ゾロはてのひらに落とし握り込んだ。サンジーノはそこに視線を落とした。じゅ、と音がして煙が立ち、独特の嫌な匂いがしたが、ゾロは、声一つあげず、眉一つ動かさなかった。 それから床に、振り払うように用済みのそれを落として、唇を重ねてくる。思ったよりずっと、荒っぽさのないキスだった。舌が、柔らかく絡みつき、吸ってくる。片手で髪を掻き乱しながら、もう片方でローブを落とすと、寝巻の上から体をまさぐりはじめた。 そうしながら、ゾロは息を乱していた。目を開けたまま、深いキスをしかけながら、サンジーノの腰を抱き寄せて、自分の腰を押しつけてきた。硬いものがあたる。尻を掴み、ゆっくり揺らしてくる。もう、女を知っている男のやりかただった。 朝まで寝せてもらえなかったわ、と彼女は、まんざらでもなさそうに笑い、サンジーノに、ゾロがどんなふうだったかを、身を持って教えてくれた。彼、あなたの名を呼んでた、あれは怖い男ね、可哀そうなドン・サンジーノ。 「ゾロ、やめろ」 くちづけのあいまに言う。制止のはずの言葉は、甘く掠れた。きつく抱かれたまま、不格好なダンスでも踊るように、数歩後ろのベッドまで押し戻される。 背中が沈むと、しっかりとした重みのある体が、腹にのしかかってきた。首筋を舐める、舌の熱さに震えるようだった。 「ふ、」 拒むこともしない両手は、シーツに投げ出されている。サンジーノ、サンジーノ、耳元で聞こえるその掠れた声を、女にも聞かせたのだろうか。ボタンを外される。肌を、じかに手が這った。 「……やめろと言っている」 「やめねえ」 「やめるんだ」 いい子だから。そう言うとようやく、ゾロは愛撫の手を止めた。俺はもうガキじゃねえ。そう、男くさい、欲情した顔で言った。 「あんただって、俺がガキじゃねえからこうなってんだろう」 だらりと脱力したままだった、手首を取られて導かれた。朝には反射のようにそうなる、という年ではすでにないはずで、けれどそこは、驚くほどに、恥ずかしげもなく張りつめていた。ゾロの重なった手が、上からこすりつける。ふたたび愛撫に戻った唇が、胸を食んだ。ひちゃり、と音がして、歯で、軽く挟まれる。 「――クソガキ、め」 声をあげて、腰を浮かせ、振りたてた。ベッドが軋んだ。やめろ、あ、あ、やめろ。拒否を繰り返しながら、けれど、片手はゾロの股間に伸びた。染みている。は、と熱い息に、濡れた肌がふわりと覆われた。 血を分けた弟のように、思っていたはずだった。いや、思いたかった。おそらく、こうなることはずっと前に知っていて、それでいてゾロを離すことをしなかった。 引きつけ、引き込んで、抜けられなくしたのはサンジーノだ。本当に怖いのは、可哀そうなのは、いったい、どちらのほうだろう。 「あの女が、いいことを言ってた」 「なに、を」 「やめて、いやよ。そう言っても、けしてやめないで、とさ」 「……なるほど」 「いまさら足掻くなんざらしくねえぜ、……サンジーノ」 頭が下がっていき、冷気に晒された先端を、ゾロが舌で包んだ。ぐるりとくびれを舐めるのに、吐息が漏れる。そのまま、深く呑んで、顔を動かしはじめた。どこか幼いような鼻声を出しながら、ゾロは自分のものを、自分でしごいている。 溶けはじめたその眸は、やはりサンジーノを見据えていた。開いた腿の隙間から、シーツに、とろりと垂れるものが見えた。 身を起こし、髪を撫でてやる。目の縁の赤をなぞってから、頭の後ろに手を添えた。うねるように、のど奥に突き込む動きをする。ゾロはくぐもった声をあげて、唇をすぼめた。じゅ、じゅ、と粘膜を犯す音がした。ゾロの腰が揺れ、幹をこする手が速まり、そこから、飛沫が小さく飛んでいる。 「は、あ、ァ」 ぶるりと震え吐き出せば、ゾロはそれをすべて飲んだ。残滓を出す穴に舌先を押しあてて、愛おしげに吸いあげさえした。背中が反り返り、細かく痙攣していて、見ればゾロは射精していた。 肩を押して、体を入れ替える。どれだけ溜まっていたのか、まだ穴がぱくぱくと開閉し、精液を吐き出しているそれを見下ろして、充血した先の丸みを握った。軽く揉みこめば、ひどい濁音が立って、まだ性器は震えてサンジーノのてのひらを汚し、やめろ、離せ、と、ゾロが潰れた声を出した。 「さっき、自分で言ったことを忘れたのか?」 「は、ァ、うあ」 「女一人抱いたくらいで、粋がられちゃ困る」 びくつく割れた腹から、腰骨を辿った。隆起した尻を掴んで、その谷間に指を滑らせると、じとりと汗ばんでいる。襞の上に、親指の腹を押しあてた。軽くこすれば、ひくついてくる。 ここに指は挿れられたか。顔を近づけ、そう尋ねると、ゾロはぶるり、と震え、首を横に振った。怯えているのではなく、感じているのだ、とわかる。その証拠に、たっぷりと吐き出したはずのものは、また頭をもたげはじめていた。たぶん、サンジーノが何をしても、ゾロは感じるのだろう。ため息が漏れた。 女を差し向けたのは、それで目が覚めるかとも思ったからだったが、どうやら甘かった。自分で手離すことがどうしてもできずに、ゾロから離れていくことを望んだのだ。小賢しい手口などものともしない。これほどまでに、と思い、笑うしかないような気分になる。 「まだお前は若い。その気になればどこへでも行ける」 これが最後通告だ、とサンジーノが言うと、行かせる気もねえくせに、とゾロは息混じりで笑い、首の後ろを引きつけて、サンジーノの睫毛を舐めた。どこにも行けないような気持ちになった。 指を、熱く狭い場所に埋め込んでいく。カーテンは開いたまま、まだ若く伸びやかな陽射しが、ゾロの短い髪にあたっている。目を細め、まぶしい、とサンジーノは思った。あの、はじめての海辺のように、思い知る。俺が、お前の海なら、お前は、俺の。 (12.11.30 ピクシブ掲載) |