そのふたり横暴につき 口を開けば阿呆だの馬鹿だの眉だの藻だのと、罵倒語ばかりであったというのにそういうことになったのだった。てめえだって男だからわかるだろ、船ではときどきあることなんだし、お互い死んでも他言はしねえだろうしと、そこのところを強調しつつなんのかんのと続けてきたのだ。 いつだって優しくしたいけれど、ゾロはそれを厭うとわかっている。それにこいつにだけは負けたくないと、同い年の意地やプライドも邪魔をする。遊戯じみた始まりは、けれどすぐに進展の一歩を辿り、もっとよくなるらしいぜとサンジは若さゆえの好奇心を装った。内なる大きな愛をひた隠して。 ゾロが無言で顎を動かした意味はわからない。時間をかけたが一度目はやはり痛みが勝ったようで、二度目以降をゾロが赦した理由はもっとわからない。ゾロのことがわかった試しなどそもそもあんまりない。わからないが、夢のようだと思ったのだけはたしかだ。記憶の宝箱の一番いい場所にそっと仕舞ってある。 それからは船でときどき人目を忍んで、陸にあがればこうして短い時間を捻り出して重なった。固かった身体は徐々に開かれ、執拗なほどに施す愛撫には敏感に反応を返すようになり、近ごろのゾロときたら昼間にうっかり思い出したらしゃがみこむくらいの態で、だからゾロの台詞はサンジにとっては晴天の霹靂というべきものだった。 「これで終いにする」 窓の外は重い曇天で、部屋は夕暮れどきのように薄暗く、まとわりつくような湿気が肌に絡み、換気をしても残る二人ぶんの雄の匂いがこってりとする。事後の甘い倦怠に水を差すように、腹巻をうえから被るようにして装着しながらゾロは言った。 は?と目を見開きサンジはその緑の毛糸の網目が広がるのを見た。ずいぶんと伸びる、と頭の片隅は勝手に平和なことを考えた。衝撃で呆けていたのだがゾロにはそうは映らなかったらしく、馬鹿にしやがって、と苦い横顔で悪態をつく。 「馬鹿になんざ」 「じゃあ、なんだ」 「なんだ、って、なにがだよ」 「てめえ、どういうつもりだ」 「どういう、って?」 「しらばっくれんのか」 「……おい、待て何の話だ」 慌てて煙草を消すのを尻目に、ゾロはすっくと立ち上がった。広い背を向け刀を腰に差す、そのまま迷い無くドアのほうへと向かう。ごつりごつりとブーツが荒く床を叩くのに、かき消されないようにゾロ、と名を呼べば立ちどまり、けれどこちらを振り向くことはしなかった。 短い襟足にはうっすらと赤い噛み痕、ひさしぶりの情事と白いシーツに少々盛りあがりすぎたのは事実だ。船ではやはり忙しない。声だってあげさせられないから、完全燃焼とはなかなかいかない。ゾロだってそれは同じだったはずで、胸の尖りをねちこく指先で弄びながら、濡れた先端を手で包んで動かして、いいところを突いては浅くしてやればもっと、とあられもなく鳴いたのだ。そうだ、たしかにゾロはもっとと言った。はじめて求められたうれしさについ調子に乗って、もうやめろと音をあげるまで揺さぶった。蕩けきった顔がかわいくてかわいくて、うっかり好きだと囁きそうになったほどなのに。 しばし思わず回想に耽って顔をあげると目が合った。いつのまにかこちらを見ていたのらしい、ちっと大きな舌打ちをすると、エロガッパがへらへらしやがってとまた吐き捨てるようにゾロは言う。こめかみには立派な青筋まで浮かんでいた。ずいぶんだ。あんまりだろう。あんなにかわいかった俺のゾロは何処へ。研いだばかりの刃のような、情など微塵も感じないその視線に、サンジは動揺を押し隠し負けじと顰め面をし返した。 そうするとゾロはいからせていた肩を揺らして、サンジはほんの少しだけ溜飲を下げた。こういう張りあうみたいなやりかたが悪いのはわかっている。けれどここで腕を広げて宥めるような関係でもないだろう、残念ながら。 「……男だからって、てめえ、はじめに言っただろうが。ありゃあ嘘か」 「えっ」 ゾロは今にも呻り声をあげんとする形相だ。男だからわかるだろ、は言った、たしかに言った。だが嘘か否かと言われれば返答に困る。男同士の処理の延長のふり、けれどはじめからサンジのほうはそうではなかったからだ。ただただゾロに触れてみたかった。向けられた遠い背中、剣士の清冽な誇り、心が届くなんて思ったことはないけれど。 変なところ素直なサンジはふらりと目が泳ぎ、それを見たゾロの神経をいたく逆撫でた。 「とにかく、終いだ」 「ゾ、」 言い終える前にばたんと音がして、ふいに耳が詰まったような静寂が訪れる。なんだよ、訳わかんねえ。自然に口からこぼれ、それから意識的にゆっくりと煙草を吸った。煙でけぶる部屋で三本目を吸い終わるころ、ふと外を見るとみぞれが降っていて、雨のような雪のような白銀のそれを見ていたらようやく理由に思い至った。 おそらくゾロは見破ったのだ。慎重に隠しこんだつもりでも、回を重ねるごと、触れる手つきに愛おしむ気持ちが滲んでくるのは自覚していた。情のある交わりは拒まれるとわかっていたのに油断したのだ。 近づいていると、思ってしまった。 「は、鈍感マリモにしちゃあ上出来じゃねえの」 唇の端があがり、ふう、と最後に長く煙を吐いた。灰皿にぐりぐりと押しつける。短い煙草は折れ曲がり、指先にまだ熱を残した灰がこびりついた。あーあ、とぼやきながらその指をシーツにすりつける。 「……好きって、言う前に終わっちまったなァ」 ゾロの言う通りだった。 俺はずっと、ゾロを、自分を、騙していたのだった。 前のめりでずんずんと歩いていると、頬にひやりと落ちてくるものがあった。雪になりそこなった氷が次々に降って来て、剥きだしのうなじを冷たく濡らしはじめる。拭おうとしたところ、刻まれた歯型を指の腹で感じてしまい、あろうことか体がかあと火照るのに、それを収めるように勢いよく頭を振った。痕を刻むなど馬鹿にしている。また知らず大きな舌打ちが漏れた。隣をゆきすぎる者がひ、と息を呑む、それを無視してゾロは歩き続けた。 見あげれば雲は厚いのにところどころ隙間があって、そこからは光が帯状に漏れて注いでいる。天気がいいのか悪いのか、どっちつかずの曖昧なのは腹立たしい。それがやつあたりに近いとわかっていてもだ。船に向かって歩いているはずなのに一向に辿りつかず、また同じような居酒屋の前に出て(じっさい同じかもしれないがゾロは認めない)、苛つきに紛れていた腹の虫がその拍子にぐううと鳴った。 「酒と、なんかつまめるもん出せ」 扉は開いていたから掛っていた札は無視してゾロはカウンター席にどかりと腰かけた。主人らしき小柄な男が、まだ開店前ですお客さん、と前掛けで手を拭きながら慌てて出て来る。ゾロは肘をついて、斜め下から主人をじっと見た、主人はぴきりと固まった。 「だから、何だ」 「……はい?」 「開店早めりゃあいいだろう」 「……はい」 「早くしろ」 表情ひとつ変えず言い放つとはい、ともう一度覇気の無い返事をし、けれどぴゅうと風のように主人は厨房のほうへと消えていった。すぐに酒の準備は為され、やれば出来るじゃねえかとゾロが言えば、何やらうれしげにへらりと笑いまたいそいそと奥へ戻った。 豆を茹でたものを摘みながら酒を飲む。少し茹ですぎているし塩も濃いが無いよりましだ。考えてから、てめえもそういうのわかるようになったか、と嫌味ったらしく笑う男の声が聞こえた気がしてゾロはさやをぺっと吐き出した。 不愉快きわまりない。あの男もだが、何よりあの男に、性欲の権化のようなやつにすっかり染められた自分がだ。だいたいもっと、って何だ。もういっちまう、とか言った気がする。阿呆か俺は。あんまり気持ちがよくて、常日頃はがちりとかけた自制が緩んだにしてもだ。 「があッ」 思い出して思わず吼えると厨房からがちゃんと音がした。凶悪な人相で顔を赤らめているのを、過度の怒りのためと思ったか主人がおかわりを訊いてくる。両手をすりあわせながらお味はどうで、と言ってくるから、悪かねえがうまかねえとゾロは思うそのままを言った。 「適当に食いもんと酒追加しろ。あと、ちょいちょいこっち顔見せんな、うぜえから」 言いたい放題言うと、ゾロは酒の残りをぐびぐびと飲みほし、やや寂しげな主人の後ろ姿から目を逸らしさっきの続きを考える。 はじめに拒まなかった理由は自分でもよくわからなかった。始めてしまえば存外に相性がいいのか、触れられるのが嫌だとはどうしても思えなかった。ただそれだけだと思っていたのだ。慣れるに従い、行為のときのサンジは優しくなった。まあねちこいのはねちこいのであるが。変化がどこに根ざしているのかはゾロには知る由もない。いつも向ける皮肉げなものと違う真摯な表情で、大切なものにするように触れてくるのがたまらなく厭わしかった。それでひどく感じる自分はなおのこと。 「……ほんと、阿呆か……」 がりがりと頭を掻きむしってから、ゾロはごん、とカウンターに額を打ちつけた。 男だとわかっていて、乱暴に抱かれるうちはまだよかった。 誰かの代わりなど嫌なのだと、そんなことが言えるはずもなかった。 けっきょく一箱吸いきってから宿の勘定を済ませ、重い気持ちで通りに出たらもうみぞれは止んでいた。べちゃりと濡れた道を歩くと泥が跳ね、ちっと舌打ちをすれば妙齢の女性が振り返ったからサンジはすぐさま微笑んだ。女性は実に素晴らしい。すべてをかけて守るべき愛おしい存在だ。それには何の偽りも変化も無いはずなのに、心底見たいのはあのクソ剣士の仏頂面ひとつなのだから重症だ。 考えていたら悲しみよりだんだんと腹が立ってくる。だいたいいつもあんな善がってたくせに。そりゃあ勘違いもするってもんだろう。何か、俺はてめえにとっていわゆる棒的な何かか、好きだったら悪ィってのか。こんなに好きなのに隠し通せるわきゃねえだろうが藻頭め。 悶々としながら大股で歩いていたら、どこかから食べ物の匂いが流れてくる。見渡せば三軒ほど先に居酒屋らしき店があり、看板はまだ出ていないから準備中かもしれない。船に戻ってもいいけれど、もし女性陣と顔を合わせたら、こんな陰鬱な様を女神たちに見せるわけにはいかなかった。それにゾロと鉢合わせたらまだ気まずい。こういうときはひたすら手を動かすに限ると、サンジは特に声を掛けることもせずその店の扉を乱暴に開けた。 カウンター席にはトイレにでも行っているのか、人の姿はないが食べかけの皿が三つ乗っていた。酒瓶がこちらはずいぶんたくさん並んでおり、酒に強い人物なのだと推察される。開店前なのに特別な客なのかは知らないが、なんにせよ食わせる相手がいるのは有難い。店の奥を見ると階段があり、どうやら二階もあるらしかった。この手の店には宿も兼ねているところがあるから、たぶんそういうことなのだろう。宿、という発想でまたさきほどの悶々を思い出し、サンジはため息をつき物音のする厨房へとつかつかと向かった。 「おい、親父。俺に何か作らせろ」 コンロの前にいる、主人らしき男に近づいて手元を覗き込む。主人は呆気に取られてサンジを見あげた。どうやら炒め物を作っているようだったが火加減も手つきもまるでなっていない。握られたフライパンを奪い取り、あんたは邪魔だからその辺座ってろと言うと、主人は煤けた天井をぼうと仰ぎ、今日は厄日なんだなとサンジにはわからないことを呟いた。 そのまま炒め物を仕上げてから冷蔵庫を検分し、追加であと二品ほど作ることにする。どうしてもゾロの好物ばかり思い浮かぶのが我ながら忌々しい。そうだ、好きなんだ、どうしようもねえ。こんな振られかたをした今だって馬鹿みたいに。 「ほらよ、もってけ」 椅子に座って小さくなっている脛を軽く蹴りつけると、主人がぱあっと顔を輝かせる。 「あんた、なんかうぜえな。冷めねえうちに早く行けよ」 サンジが言うとやっぱりですか、と主人はまた意味不明なことを言い、肩をがくりと落とし背中を丸めて出て行った。ともあれ気分は少し落ち着いた。生温かい椅子に座り煙草に火をつける。カウンターの人物はすでに帰ってきているようで、やがて主人と話をする声が聞こえてきた。 「――おい、待て」 明らかに聞き覚えのあるそれに、サンジは指に挟めた煙草を床に落とした。転がっていた玉ねぎの皮がじゅ、と焦げる音を立てる。このふてぶてしい声は。ゾロだ、間違いない、俺が間違うわけがない。サンジは慌てて換気扇を止め、カウンターと厨房を隔てる壁に背をつけて聞き耳を立てた。 「これ、てめえが作ったのか」 「……え?」 「てめえじゃねえよな。誰が作った」 「誰って、さあ……」 「さあ、じゃねえだろう。俺を馬鹿にしてんのか?」 「そ、そんな、滅相もない!」 「てめえなんぞに、この味が出せるわけねえだろうが」 初対面の人物に対してあまりの言い草ではあったが、サンジの琴線に触れたのはその部分ではもちろん無かった。食えるならなんでもいいと、味などよくわからないとゾロは言っていた。そういう無頓着さがいつもひどく癇に障って、けれど片時も目が離せないと思っていたのだった。変えられるなどと驕ったことはない。 だがゾロはいま、おそらく、俺の味がわかったのだ。 思った瞬間、これまでのもろもろすべてが鮮やかに繋がって、サンジは厨房から駈け出していた。顔が熱くてたまらない。ああ、なんてこった、もしかしなくてもこの男は。 「ゾロ!!てめえ来い!!」 「なっ、」 ゾロはフォークを宙に浮かせ大口を開けたまま目を見開いた。通路を塞いでいた主人を突き飛ばし、唖然としたゾロの反論を聞く前にその手首を掴む。そのままぐいぐいと引っ張るようにして奥の階段へと向かった。一段目に足を置いたままくるりと振り向き、まだ床にぼんやり尻をついたままの主人に向かってサンジは声をあげた。 「上、借りるぞ。しばらく店に誰も入れんなよ」 「あの、でも、もうすぐ開店時間……」 「だったら、何だ」 「……はい?」 「遅らせりゃいいだろう」 「……はい」 あと、あんた。指をびしりと差すと主人は立ち上がり、しゃきりと気合の入った気をつけをする。 「あんたは、厨房に籠って耳塞いでな。何も聞くんじゃねえぞ。聞いたら……わかるよなァ?」 片頬を引きあげ最後の台詞をことさらゆっくりとサンジは言った。こくこくと大きく頷くのを認めてから、一時間だ、と言い捨て引き続き階段を上る。その先が宿だとようやく気づいたか、なにしやがる離せ阿呆とゾロが大声で怒鳴った。一番手前の部屋の前で立ちどまり、強く握った手をサンジは離した。 「話があんだ」 「……俺のほうは、ねえ」 「俺にはある。――聞いてくれ」 頼むから。 目を見つめて静かに言えば、ゾロは息を詰めたように見えた。 「てめっ、話があるって、ん、――む、」 また言葉は舌に絡めとられた。部屋に入ったとたん扉に押しつけられて、ずっと深いくちづけを受けている。サンジの片手はふたたび手首を握り、もう片方はきつく背中を抱いていた。そうして隙なく体を触れあわせ、ひちゃりと水音をさせながら口内をなぶられれば、情けなくも力が抜けそうになり頭はぼうとぼやけていく。だからこの男とこうするのは嫌なのだ。自分が自分で無くなってしまう気がするからだ。 指のあいだに指が絡んで、耳元でゾロ、と呼ぶ声はひどく甘ったるい。恋人にでもするようなこんなことはさすがにはじめてで、のぼせた頭に冷水をかぶせられた気がした。もうやめろ、ときれぎれに言うとなんで、と目を細めてサンジは問うてくる。ほんのりと赤く色づいた頬、空色の瞳をふるりと潤ませて、ちくしょうその顔かわいんだよとゾロは密かに罵った。 「……終いだっつっただろう」 「なんで。訳を訊かせろよ。じゃねえと納得できねえ」 もうこんななくせによ、と押しつけられた前は痛いくらいで、そのまま腰を荒く動かされて息が跳ねる。なのに頬から首へゆっくりと辿る指先はやけに優しげで、そういうのが嫌だからだとゾロは声を絞りだした。 「そういうのって」 「お、いっ」 ちゅ、ちゅ、と肌を吸われながら服を脱がされる。立ったまま体を返され扉に手をついた。毛先の荒れた金の髪が首筋に、きつい煙草の噎せるような匂い、拒めと頭は思うのに突き放せばいいことなのにそれが出来ない。 慣れた手つきで先端をいじられれば、そこはすぐに濡れて音を立てた。見ろよ、と指でちいさな穴をサンジは開いて、そこからくぷりと丸く水が溢れるのをゾロは見た。短く切った爪の先が軽く食いこんで、ひ、ア、と腰が前後に揺れる。後ろにも指が潜りこんで、まだ柔らけえ、と囁かれ膝が震えた。 いつもこうだ、いつのまにかこいつのペースで、俺ばかりがこんなで。 「ちがう、だろうが、……こういう、の、んっ」 なにが?と優しげに尋ねながら猛った雄をゆっくりと埋めこまれた。ゾロ、とまた低く名を呼ぶ、そんな甘やかすような声は嫌だ、溶けてしまいそうになる。両手で大きく割り開かれた尻たぶの真ん中、ほころび赤く蕩けたそこはサンジを易々と受けいれる。何度か先だけ出し入れされて、そのたびくぷ、くぷ、と音がして、ゾロはあ、あ、と声をあげて知らず尻をくんと上向けた。 「なあ、ゾロ、何が違う?」 ず、と少し深く入ってくる。はやく、そのまま奥まで。望むようにひくつくのがわかるのにサンジは動きをそこでやめる。ゾロは歯を食いしばった。濡れつづける前を包んだサンジの手に手を重ね、動かそうとするとだめ、と耳朶を舐められじわりと涙が滲む。 「……こういうのは、惚れてるやつと、やれ」 俺なんぞ相手にてめえは馬鹿か。 言ってから息が苦しいような感じがしてゾロは扉にすがるように爪を立てた。馬鹿は俺のほうだ。男相手にこんなふうに尻など突き出して、あまつさえどうしようもなく感じている。白く変色した指をそっと引き剥がし、あー、やっぱ、そうかとサンジはわからないことを言った。声はかすかに笑みを含んで、ちくしょうと首をめぐらせればサンジはゾロを見ていて、その眼差しと赤く染まった顔にゾロは目を奪われた。重なった手は汗ばんで熱く、こめかみに柔らかなくちづけを落とされる。 「だから、お前とやってんだろ」 「……」 おめえがいんだ、他の誰でもなくて、おめえが。 こめかみに唇をつけたまま息を混じらせてサンジが言う。ゾロはしばし言葉を失った。わかったかよ、と泣き笑いのような顔をしているサンジを見てすとんと腑に落ちた。こいつも俺が、俺だけがいいのか、俺がこいつじゃなきゃ嫌なように、こいつだからこんなになるみたいに。 意味が掴めた、と思ったら急にぐるぐると全身に熱が駆けめぐった。それを悟ったようにサンジがじゅ、と奥まで入って、ゾロは声もなく背中をぴんと撓らせた。腰を使われて口が開きっぱなしになって、細切れの甘い声がいくらでも漏れてくる。 「わ、なんか、すげえ濡れてきたし」 後ろもすげえとサンジは言う。床にしたたるのは弾けそうな前からだ。後ろもぎゅうぎゅうと絡みつくように締まっている。こっち自分でしてと言われ朦朧とした頭で前を握った。乳首をはじかれながらしごいたらすぐに弾けた。木目にびゅくりと飛び散るのが霞んで見える。 もっと欲しい、もっと、奥に。前を溢れさせたまま後ろに手を回して、サンジの尻を掴みすりつけるようにして夢中で腰を振る。きいんと耳鳴りがして、繋がった場所から、泡だつような水音ばかりが大きい。二人ぶんの体液が混ざりあって、太ももをとろりと光らせながら流れ落ちていく。 「ちょ、えろすぎ、だろ、おめえ、なか、吸いついて、っ」 「だま、れ、言う、な、ち、くしょ」 「なあ、俺な、お前に惚れてんの」 「もっ、言うなっ、て、や、ああ、あ、あンっ」 「あ、いま、あんっ、つったかわいい、は、あ、ゾロ、やべ、え、いく」 突きあげられぎしぎしと木の床が軋む。鼻にかかったサンジの声、なかで幾度か熱く脈打つのがわかり、またゾロも全身をわななかせ高いところに登りつめて、それから、ゆっくりと落ちていった。遠ざかる意識の片隅で、俺もだ、と言ったような言わないような、わからないまま金色の丸っこい頭をゾロはただぎゅうと抱きしめた。 しばらくそのまま二人して昏倒していたけれど、窓から長く差す橙色の陽にサンジはようやく我に返った。空はいつのまにやら晴れあがっているようで、ゾロの手が首の後ろにきつく回って抱きこまれている。終わったらいつもさっさと背を向けるゾロであったのに。なんという幸せ空間。しばし名残を惜しんでから体をずらし、サンジはそこから苦労して頭を引き抜いた。ゾロが低く呻き声をあげる。 「ゾロ、おい、立てるか」 ゾロはすぐに目を開けたが焦点がいまひとつあっていない。めったに見ないとろんとしたような、無防備な表情はやけに幼い。 「大丈夫、だ」 起きあがろうとして、ふ、と湿った色っぽい息を吐く。その視線の先を見れば奥まった場所から、サンジが出したものがこぷりとこぼれている。手を後ろから回しゾロはそこに指を入れた。恥じらうように瞼を伏せ、は、は、と浅く息を吐きながらかきだす様を見て、サンジは自分の後始末もそこそこに勢いよく立ちあがった。目の毒だ、うっかりまた兆してしまいそうだ。 「ちょ、ちょっと待ってろ、すぐ、すぐ戻るから!」 「?……おう」 階段を駆け下りまっすぐ厨房に向かうと、主人は椅子に座って律義にも両手で耳を塞いでいた。サンジのほうに背を向けるようにして、物言わぬ冷蔵庫の辺りをじっと見ている。肩を叩くと振り向き、犬が尾を振らんばかりの顔をする、その眼前にサンジは指を一本突きつけた。 「あと、一時間」 「え」 「部屋借りんの、延長な。客はもう入れてもいいぜ」 「……はあ」 主人はぼんやりとした風情で力なく首を振り、サンジは待ってろハニーと勇み足でふたたび厨房を出た。いつのまにかベッドに横になっている、ゾロの隣にいそいそと潜りこむ。ゾロは健やかに寝息を立てている。その首の下に腕を差し込んで、秀でた額に唇をむちゅうと押しあてれば、ん、と低く声を漏らし、ゆっくりと瞼を開けてごく近い距離でサンジを見た。へへ、とサンジは笑った。ゾロは顰め面をしてサンジの髪をわしゃわしゃと掻きまわした。 「……恥ずかしいやつだな」 「てめえもな」 「う、るせえ」 「なあゾロ、このまんま、もちょっと、こうしてようぜ」 赤く染まった、湯気でも出そうに熱い頬にもくちづけを。心が通じあったとしても、事後のいちゃいちゃなど船では望むべくもないだろう。それにこんな有様のゾロに往来を歩かせるのは嫌だった。誰にも見せたくなどない。この顔は俺だけのもの、これからは、そう思ったってきっといいはずだ。 階下では主人が開店の準備をしながら頭を捻っている。緑頭の凶悪そうな剣士にはなにやら見覚えがある気がするのだ。どこかで見た手配書の記憶と、もうすこしで重なろうというときに、こちらも怒らせたら厄介そうな金髪スーツの顔が思い浮かび、ぶるりと悪寒を感じて主人は今日をいろいろと諦めた。 (11.03.31) はた迷惑なばかっぷる。 まあ、もうすぐ春なので許してやってください。 |