キウイ キッチンで俺はジャムを煮る。 ちいさな鍋から立ちのぼる、甘ったるくって、濃い香り。 とろりとした流動物を瓶に注いで蓋をする。 甘酸っぱくて、緑色の、お前の全てを、味わいたいんだ。 船番は陸に用がないと言うゾロに決まった。 とくに不満もないらしく、おう、と返事をして、そのままゾロはごろりと甲板に寝ころんだ。すぐに寝息をたてはじめる。一瞬で寝付いてしまうその技は、さいきんめっきり不眠症気味の俺からすれば、うらやましいかぎりだった。 港のほど近く、それなりに栄えた町があった。春島の夏、湿度が低くてからりとした、気持ちの良い天候だ。 道沿いの露店には色とりどりの野菜や果物が並んでいる。温暖な気候のもと、太陽の光をぞんぶんに浴びて育ったそれらは、見るからに生命力に溢れ輝きを放っている。 吟味して野菜を選んでから、果物へと目を向けた。 乾物やジャムにすると保存が利くうえ、食物繊維とビタミンを同時に取れるので、長い船上生活ではとてもありがたい存在だ。煙草をかみながら慎重に品定めをする。 ふと、見慣れた頭によく似た形状のものが、かごに盛ってあるのを目に留めた。 卵より少し大きく、緑がかった茶色の皮に、びっしりと同じ色の短い毛が生えている、それ。 店の主人に声をかけ値切りに値切って一山買った。 これだって、かわいい航海士のための、大切な仕事なのだ。 船に戻るとゾロはまだいびきをかいて眠っていた。 何も遮るものの無い甲板で、日光をさんさんと浴びて光合成をしている。 こんなでも、敵襲の気配にならば誰よりも敏い男だ。俺が乗船して間もない頃は、近づくと必ず、目を覚ましていた。 慣れてくれたのは、正直嬉しい。 でも少しくらいは、警戒もして欲しい。 はあ、とため息をつきながらキッチンに入る。先ほど買った果物を取り出して、皮を剥く。緑の毛がちくちくした。 ゾロの頭もこんな感触なんだろうか。 果肉を小さく刻んで小鍋に入れる。 弱火にかけて、ことことと煮始める。 酒の勢いを借りて気持ちを伝えた。 ぶっきらぼうだが実は優しいゾロだから、本気で伝えればからかったり気持ち悪がったりはしないと分かっていた。 たぶんきっちり聞いてくれたあとで、未練が残らないようなふり方をしてくれるだろう。基本的に、律儀な男だ。 だけど。 事態は俺の予想を軽く超えていた。 ゾロは一言、そうか、と答えた後に、こちらを見て、俺もだ、と言った。 あきらめるために告白したようなもので、叶ったときのことは全く考えていなかった。 頭がまっ白になって口をぱくぱくさせているまに、じゃあ眠いから寝る、とゾロはさっさと男部屋に帰っていった。 ええー?とつっこむひまも無かった。 それから一か月。 一か月だ。何も起こっていない。何も。あろうことか、手すら握っていない。 時間をかけてゆっくりとジャムを煮詰めながら、俺は真剣に考える。 自分に正直に言えば、とりあえず俺はゾロとやりたい。できれば突っ込みたいが、この際ぜいたくは言っていられない。何回かやってから、どうにかしてひっくり返してもいい。問題は、ゾロ相手に、そういう雰囲気に持ち込むにはどうするか、だった。 女性相手なら手持ちのカードはいくつもある。でも、相手がゾロだと、すべて逆効果にしかならない気がしてしまう。 夜も眠れないほど色々考えすぎた挙句、どうしたらいいか全くわからなくなってしまった。 そしてさらに最悪なことに。 奴は、そんな俺を見て、面白がっているフシがあるのだった。 果肉がどろりと蕩け、甘い香りが室内に充満してきた。まだ形状は残っているがこのくらいが食べ甲斐がある。 俺は煮沸消毒した保存用の瓶に、緑色の流動物を流し込んだ。手についた分を舌先で舐めてみる。甘味と酸味のバランスが良く、われながら美味い。 光に透かしてゾロの色を堪能していたら、ドアを乱暴に開けて本人が入ってきた。 広い額にうっすらと汗をかいている。暑かったのかいつもの腹巻は外されていた。シャツを引っ張りあげて顔を拭くので、無防備にも引き締まった腹があらわになる。 俺は慌てて瓶を調理台に下ろした。ゾロがちらりと目をやる。 「それ」 「……な、なに?」 「それ、何だ」 瓶を指して尋ねる。 「ジャム。キウイの」 「へえ。苺とかしか食べたことねえ」 ゾロが興味を示す。珍しいことだ。 「あ、なら味見してみねえ?」 「いいのか」 宝物を見つけた子供みたいにゾロの目が輝いた。ガキくさいその顔が、俺の心臓をぎゅうと鷲掴みにする。 「ほら、舐めてみな」 スプーンでひと掬いして、ゾロに渡す。ぱくりとくわえて、うめえ、と感心した顔で言った。 「あたり前だ。俺を誰だと思ってやがる」 と、ちょっと優位に立てたような気持ちになった。すると、ゾロはおもしろそうに、俺の顔をじっと見ている。 「なんだよ」 「これよ、」 俺の色、だよな。 言ってから、にやにやと笑う。 俺がゾロを思いながらこれを作っていたことなど、お見通しなのだ。 「明日の朝飯で出すのかよ?」 語尾をあげてそう言って、ご丁寧に、俺の顔を覗き込みまでした。 それを見て、そのからかうような表情を見て、俺の頭の中で、相当太い何かがぷちんと音を立てて切れた。 人の純情もてあそんで余裕かましやがって! ああ確かにな、お前のこと思い浮かべて買ったさ、乙女で悪かったな! こいつ相手にセオリーだの手順だの考えた、俺が馬鹿だった! 「出さねえよ」 俺はあえて静かに言った。 「これは誰にもやんねえ。誰にもだ。俺だけで、ゆっくり、じっくり、ねっとり味わうんだ。瓶洗う必要もねえくらい、ぜんぶ、舐め尽くしてやるよ」 そんでお前は、うっとおしいほどの俺の愛を思い知れ! ゾロはぽかんとした表情のまま固まった。 それから、耳の際から始まって、顔中を、真っ赤に染めた。ば、ばか、お前、何言って、なんて呟いて下を向く。 驚いた。 やけになっただけだったのに、こんなゾロが拝めるとは思わなかった。 いつも不遜な仏頂面のあのゾロが、顔を赤らめて、なんか、もごもご言っている。 すごく、かわいくて、愛しい。 俺は怒っていたのも忘れて、自然に顔を近付けていた。そっと、唇を合わせ、開いたままの口の中にすばやく舌を差し込む。ついでに丸い後頭部を触ると、思っていたよりずいぶん柔らかい感触で、気持ちがよくてすりすりと撫で回した。 暖かいものがじわりと胸の中に広がった。これまでの積もり積もったもやもやなんかを、一瞬にしてなぎ払っていく。本当に好きな人との身体の触れ合いは、すごい力を持っているんだ。 長いキスを終えて顔を離すと、ゾロはまだ赤いままだった。 お前、かなり恥ずかしい奴だな、予想はしてたけど想像以上だ。 俯いたまま、ゾロが言う。 予想、してたんだ。そうか、そうか。 嬉しい気持ちが込み上げて調子に乗った俺は、もっと恥ずかしいことしようかと、ゾロの耳元でキメ声で囁いた。 最中に、初めて聞く弱々しい声で、ゾロは俺をヘンタイヘンタイと罵った。 ノープロブレム、変態上等。 開き直った俺に、怖いものなどない。 一ヶ月の間に妄想が膨らみきっていた俺は、少々暴走してしまったかもしれない。 だけどゾロだって、文句を言いながらもその目は潤んで、身体は熱くとろけていて、俺をますます、図に乗らせたのだった。 作りたてのみずみずしいジャムはあらぬことに使われ、予告どおりに全部、俺が舐め尽くしてやった。 (08.04.28) 09.07.03に修正。 へたれ乙女サンジ。あまりに続編の「レモネード」と文体とかリズムがちがいすぎるので、ちょっと手を入れました。 すこしは読みやすくなったかな。 |