two spoonfuls of sugar




――魂には重さがあるらしいの。
ロビンが秘密を打ち明けるような口調で言った。

気温も湿度も高く、不快な海域だった。
ゾロはいつものように甲板で横になったが、珍しく眠れなかった。
強い日差しを避けるために立てたパラソルの下、傍らで彼女が本を読んでいた。
影の色が随分と濃く、日光の過酷さを物語っている。細く白い手でハンカチを首元に当てているのを目にし、ああこいつも汗をかくのだと当たり前のことに感心した。
そういう細部は記憶しているのに、どういう流れでそんな話になったのかを、どうしても思い出せない。

「人が死ぬ瞬間に重さを量った人がいてね。死ぬ前と後で、変わるんだそうよ」
「悪趣味な話だな」
「ええ。それで、性別年齢問わず、その重さは4分の3オンス。20グラムと少し。砂糖でいうと大さじ2杯と、ちょっと」

ぴんとこなかった。
ただ、軽すぎるような気はした。
額に浮き出た汗が、こめかみを伝う。

「まあ、実験自体かなりずさんなものだったらしいけれど。完全に否定できる学説も、出ていないみたい」
言って、ロビンは密やかに笑う。それでも、以前は時折覗かせていた陰のようなものは、もう認めない。
「魂の有る無しはいいとしても、その数字はぴんとこねぇ」
「私もだわ」
ロビンはほんの少しの間、考える仕草をした。
「150人で人間の新生児一人分、三キロちょっとね」

150人で、赤ん坊一人。

ゾロが黙っていると、ロビンが尋ねる。
「あなたは、何キロ位、背負ってるの?」
「お前は」
「さあ、数えたことがないから」
「俺もだ」
――そうね、数えるなんて、死にそうな人を秤に乗せるくらい、悪趣味な話ね。
ロビンが呟いてその話は終わり、ゾロはようやく浅い眠りについた。

150人目を殺し、くいなが赤ん坊として生まれ変わる夢をみた。
目が醒めると薄いシャツがぐっしょりと湿っている。傍らの、白い刀に目をやった。
和道の重み、砂糖大さじ2杯の重み。
一瞬考えてから、馬鹿馬鹿しい、と頭を振った。








たまたま上陸した島で、いつものように目的も無く歩いていたら海賊くずれの輩に囲まれた。
最近はすっかり名を上げたゾロに挑んでくるような馬鹿な同業者は少ない。
特に殺すつもりもなかったが、自分の力量を知らず突っ込んでくる相手には手加減が難しいものだ。
気がつくと周りは骸の山で、月の光が黒々とした血液を照らしていた。

背後から固い革靴の足音がして、それと共に馴染んだ煙草の香りが漂う。
専用の探知機がついているかのように、この男は正確にゾロの居場所を探り当てる。
「あーあー、こりゃまた派手にやったなあ」
耳元で囁かれると、ゾロを腰からぐずぐずと溶かしてしまう、低く甘い声だ。
「これ、何人いるんだ。結構多くねぇ?」
「……200グラムと、少し」
ゾロがゆっくりと向き直る。
唐突に聞きなれない数字を耳にし、サンジは眉を顰めた。
「何だよ?それ」
「魂には重さがあるんだと。ロビンが言ってた。一人、砂糖大さじ2杯分」
そう言うと、ゾロはサンジの方へ歩み寄った。
闇色のスーツが暗がりに馴染み、白い顔と金の髪だけが浮き上がって見えた。近づいたゾロに向け、サンジが
一つ笑って大きく腕を広げる。特に逆らうことも無く、ゾロはその身を預けた。
ゾロより細く長い腕が、がっしりとした背中を緩やかに包む。

「大さじ2杯か。そりゃあ、重いな」
「――重いか」
「だってお前、紅茶に砂糖大さじ2杯も入れてみろよ。甘すぎて飲めたもんじゃねぇ」
だから、重いよ。
そう言うと、触れるだけの口付けを落とす。
「そうだな」
ゾロは答える。

人を生かす手を持ち、人の為に戦う男は、砂糖大さじ2杯分の魂を重いと言う。

口付けを返しながら、甘ったるい紅茶の味を想像する。
この男が淹れたものならば、それも悪く無い、と思えた。


                                                   (08.04.28)


21グラム、という映画もありましたね。
常日頃、人の死に接していると、死の瞬間を境に決定的に変化する何かがあることに気付く。
死んでしまった肉体は、その人であってもうその人ではなくなってしまう。
肉体と、その人を繋いでいたものが何だったかを考え出すと、魂、なんて言葉が浮かびます。