なんだよ、まだ足らねえの、と、にやける唇をゾロは塞いだ。舌を深く挿し込んで掻き混ぜると、ふ、とサンジの熱い息が漏れた。ずいぶんと煙草くさいはずのそれにはとうに慣れてしまって、いつのまにか、海の匂いと同じくらい馴染み深いものになっている。
顔を離せばサンジの口は、油ものを食べたあとのようにぎらりと光っていた。俺の唾液だ、とゾロは思う。あれは、俺の欲なのだ。つばつけた、って言葉はなるほどこういうことかと、霞んだようになった頭で埒もないことを考えたりもする。
「なあ、ゾロ」
「うるせえ」
「どうし、」
「別にどうもねえ」
「でもよ」
「おかしいか」
「……」
「俺が、こうなっちゃおかしいかよ」
サンジがなにか言いたげに唇を開きかけたが、ゾロは、それを阻むようにてのひらを押しつけた。もご、と反論したげなのは無視をする。口ではそうそう勝てはしないと知っているし、この男に好きに喋らせるとどうなるかも身に染みている。そうして、顔を下げていく。そこにはついさっきまで自分の中に入っていたものがある。
まだ赤く、芯を残しているそれは、先端を舌で包むとびくりと素直に震えた。それから、とろりと弱く白の混じった水をあふれさせる。躊躇なく奥まで含めば、すぐに大きく、硬くなった。
「お、イ」
咎めるように言いはするが、存外に大きなてのひらは、それとは裏腹にゾロの頭を押しつけた。クソ、いいのかよ。掠れた声はうわずって、着痩せする腰は、前後にうごめきはじめている。
ゾロはほんの少し、いい気分になった。ざまあみろ、というような気持ちだ。たっぷりと含ませた唾液も混ざって、繋がったところはずいぶんと大きな水音が立った。さっき、は、これでイかされたのだ。前もさわれ、と命令のような懇願は聞き入れられず、だっておめえ、もう覚えたろ、と甘さを帯びた低い声にそのままほだされた。
ひさびさの陸である。宿を借りれば、慌ただしい交わりが多い船上と違って、サンジが時間をかけたがるのはいつものことだ。シーツを破りそうになるほどの感覚は、回を増すごとに強く、激しくなって、近ごろは射精しないまま深い絶頂を感じることもある。
吐きだすものがないのだから悟られないかと思いきや、中でわかるぜ、すげえから、と囁かれたときは終わってから思わず力任せに殴りつけて、歯を一本飛ばしてしまいチョッパーにずいぶんと注意を受けた。
喧嘩の理由は。
そう訊かれたが答えられるわけもない。
だいたいが気は合わないし小競り合いばかりで、いったいなんでこんなことになっているのか。はじめてみればどうにも体の相性がよく、かといって、体ばかりかと考えるとふいに無性にイラついたりもする。
「……は、ァ、なあ、って」
「ん、だよ」
「口も、すげえイイけど」
「……」
「――お前ん中で」
チクショウ、こういうときに髪をそうやって撫でてくるのは反則だろう。そう考えてから、なにが反則だってんだ、と自分の考えにめまいがする。
黙り込んだのは、正しく了承と取られたらしく、おいで、と脇の下に両手を入れて引っ張りあげられた。まるきりガキみてえに、女みてえに扱うんじゃねえ。思うのに、そのとろけた青い目を見たら欲で頭が霞む。
ああ、ひでえもんだ。
こいつに関しちゃ、とても禁欲的でなどいられねえ。
「ほんとさ、急にどうした」
お前から求められんの正直うれしいけど、なんか機嫌悪ィし、と抱きすくめるようにして唇に吸いついてきながら、サンジはそう言った。ちゅ、と甘ったるい音が出るのがやけに腹立たしかった。
腹の奥が、絞られるように熱い。
なぜ、と言われるとわからない、それがよけいにゾロをムキにさせる。
「だからどうもしてねえ。急でもねえ。あと、前から言おう言おうと思ってたがな、その上からの態度はやめろ」
「……上から……」
「だろうが」
「どこが?」
「全部だ」
「…………あー……なんとなくだけどわかったぜ」
ふへ、と、口の端がゆるんで空気と一緒にサンジは笑う。妙に能天気、かつ幸せそうなそれにまた腹が立ち、拳を振りあげると暴力反対、と暴力コックは慌てて言った。
「おめえにはわかんねえんだなァ」
「なにが」
「なに、なんつうか落ち着かねえわけか」
「まあ、そうだな。つか、なにがだって訊いてんだろ」
「うん、まあそのうちな、そのうち」
「そのうちって」
まあまあ、どうどう、と暴れ馬でも落ち着かせるようにサンジは言った。こういうときのこいつはほんとうに掛け値なしに腹立たしい、とゾロはしみじみ思う。だが振りあげた拳は結局、下ろされることはなかった。その前に、器用な手が、内腿をするりと辿ったからだ。
汗やらなにやらで、まだ湿っている場所を、奥まったところへと。
「これだけ言っとくけどな……上から、とかじゃねえよ」
「……ふ、」
そのまま指が遊ぶ。広げて、つぷりと入って、たしかめるようにくるりと回してから抜けた。まだ、柔らけえからこのまま、な。耳元で聞こえた声が、中に残る余韻をゾロに教えて、ぞくりとする。
弛緩した態で寝転がっていた男は勢いをつけて起きあがり、嬉々としてゾロを組み敷いた。まったく脈絡がわからないが、調子に乗らせたのだけはわかる。足を、片方だけ肩に乗せていきなりずぶずぶと深く入ってくる。ああ、と思わずといった調子で声を漏らしながら。
ゾロは顔を背けた。見下ろされるこの体位はあまり好みじゃなかった。
ふと気を抜いてしまったときに、汗で濡れた金髪や、眇められた目、快感を耐えるように顰められた眉、呼吸に応じてくっきりと浮きあがる腹筋、そんなものを目にするといつも頭がバカになるほど感じるからだ。
「ゾロ、ゾロ」
名を呼んでサンジが腰を使う。すっかりぬかるんだ場所は、いきなり激しいその動きを容易に受け入れた。声が止まらなくなる。尻が浮きあがって促すように動く。
こっち、見ろよ。顎を掴まれた。まだ真昼だ。カーテンを閉めていても十分に明るい。いやだ、見たくねえ、と出た声にめまいがする。なんだこりゃあ。これが俺の声だってのか。かわいいこと言うなって、たまんなくなんだろ、とサンジがため息混じりに漏らし、ゾロは、ついそれに反論しようと目線を向けてしまった。
目が、合った。
赤くなった眦を細めて、ゾロ、と名を呼ばれた。
「ば、」
バカ野郎が、と怒鳴ったあと、うあ、あ、あ、と体がびくびく跳ねる。腹が、何度かに分けてたっぷりと濡れるのがわかる。白いものが飛び散った。クソ、アホ、眉毛、と拙いような罵倒も耳を塞ぎたい甘さだ。ちょ、てめえ、なにそれ反則、とサンジは呻いた。ゾロの腰を持ちあげるように掴んで、ぶるり、と胴震いをしながら射精する。
開かれた口の中の、やけにくっきりと赤い粘膜が見えた。食い込んだ指の力は恐ろしく強く、ゾロでなければ痛みに顔を歪ませたかもしれない。
遠慮のない、求める力だった。
「…………はー……もう、お前さァ」
中で出しちまったろ、しかも二回目なのにもたねえし、とサンジは赤い顔のままうなだれた。さっき掴まれていた場所は、まだ痺れたようにじんと熱かった。きっとこいつは、俺でないとこうはしねえんだろう、そう思った。思ったら、さっきまでのモヤつきが少し薄れていくように感じた。
わしゃ、と目の前をちらつく、乱れた髪を掻き混ぜる。なかば無意識にそうしていた。んだよ、ほら、早く風呂いかねえとあとで大変だぞ、とサンジは目を逸らす。
どうも、ふいな射精が気まずいの、らしい。
「へえ」
「……なに」
「別に」
「なんで笑ってんだよ」
「笑ってねえよ。そりゃ被害妄想だろ」
「んだと……てめえ被害妄想、って意味ちゃんとわかってんのか」
「バカにすんじゃねえ!」
「だってバカだろ!」
ぎゃあぎゃあ言い合っていると、すっかり調子が出てきて、ゾロは、怒鳴りながらも笑いだしたいような気分になった。
合意の上の行為とはいえ、近ごろはいつもこちらばかり翻弄されているような気がしていた。それは、この男と自分の在りようとして、あまり認めたいものではなかった。いつだって競いあっている。こいつにだけは、絶対に負けたくねえんだと。
だが、さっきの必死そうな声は、恥ずかしそうな顔は、遠慮のない力は悪くなかった、思う。
こういうのは、悪くねえ。
「まったくよォ」
事後にムードの欠片もねえ、と、ついさっき罵声を浴びせてきたサンジも、とうとう噴きだして笑った。ムードなんざ俺に求めるな。そうゾロが言ったら、はじめから求めてねえし! と、矛盾することをサンジは言う。
「じゃあ」
「ん?」
「なにを求めてんだ」
ゾロが何気なく尋ねると、ふは、と、サンジはまた笑い声を漏らす。
「そうだなァ」
もう、もらってっから、とこっちの気が抜けるような幸せそうな顔をする。だからなにを、とさっきと同じように問い詰めると、うん、そのうち、そのうちな、と、やはりさっきと同じ答えを、笑いながらサンジは返した。
そのうち、ということは、少なくともしばらくはこいつとこういう関係なんだろう。悪くねえな、とまたゾロは思う。
いったいなんでこんなことになっているのか、なんだってこっちが抱かれる側なのか、やっぱり、まったくわからねえが、てめえがそういう顔してんのは、少しも、悪くねえよ。