*2012プレミアショーネタ絡みですが、その実ただの大学生サンゾロです。







はっきり言って、興味などなかった。夏休みも残りあと少し、できればぐうたら過ごしたかったというのに、こんな人混みに連れ出されるなど、ゾロには面倒以外のなにものでもない。
俺だって行きたかねえさ、しかもてめえとなんざ、でも他に空いてる暇人もいねえし、ナミさんのお願いとあっちゃしかたねえだろう。
そういかにも嫌々、という風情でゾロを誘った男は、いまは隣で身を乗り出して、見開いた目をきらきらと輝かせている。キャストがすぐ横の通路を通るたびに、中腰になってぱあん、とハイタッチまでしていた。はじまるギリギリまで、しつこくぶつくさ言っていたくせに、だ。ミーハーなところのある男だとは知っていたが、まさかここまでとは思わず驚いている。
「てめえノリノリじゃねえか」
「だってよ、こういうのは楽しんでなんぼ、だろ?」
まるきり、海賊王に憧れるガキみたいな顔で笑う。ゾロは思わず息を呑んで、そののちにむっとした。こんな笑顔が、ゾロに向けられることはめったにない。サンジを笑わせているのが、自分ではないことがおもしろくないのだ。
「んだよ、その顔」
「あ?」
「……お前は、おもしろくねえのかよ」
あからさまに不機嫌そうだったのだろう、考えを読んだようにそう言って、サンジは急に表情を曇らせた。音響と歓声に紛れたその声は、すぐそばからでもようやく聞こえるかどうかだ。どう答えていいかわからず、べつに、とゾロは答え、サンジは黙った。
場内が暗くなって、ライトが左右に走る。たっぷり張られた水面が、それをちかちかと反射した。前のほうの座席のやつらは、ことあるごとに水を派手にかぶっている。隣に座る女達の、浮ついた声がときおり大きく耳について、ストーリーなどちっとも頭に入って来やしなかった。
舌打ちが出そうになる。せっかく、楽しそうだった顔を台無しにした。二人で出かけるのなんてはじめてだ。同じ大学の学部違い、友達同士が友達で、たまたま飲み屋で一緒になったのがきっかけで、つるむようになったころはまだ春だった。
別にたいして意気投合、したわけじゃない。おもしろい組み合わせだと、周囲にはよく驚かれる。それもそうなのだろう、サンジは自分といても、たいていの場合は楽しそうじゃなく、むしろ喧嘩を繰り返してばかりだった。
どちらかと言わずとも、仲は険悪なのに、ゾロがサンジといる理由はしごく単純だ。気づくまではわれながら実に不可解だったが、気づいてしまえば、あまりに馬鹿みたいに単純な理由だった。
けれど、サンジのほうの理由は、いまだによくわからない。てめえとなんざ、と悪態をつき、それでも女ではなく、ゾロを誘った理由が、よくわからない。
ただ単に、自称ほどモテない、だけかもしれなかった。少なくともいま現在、つきあっている女はいないようである。けれど、少しでも違う理由ならいい、と、ゾロはつい思ってしまったのだ。
それで、興味などないのに、ひどく面倒だと思うのに、差し出されたチケットを、まるきり奪う勢いでゾロは受け取った。

ストーリーがよくわからないなりにも、ショー自体はなかなか見応えがあった。ゾロはまったく知らなかったが、例年夏にこのテーマパークでやっているショーで、国民的人気を誇る海賊漫画、が元なのだそうだ。
チケット取りも年々難しくなってんのよ、感謝しなさいね、と、自分と連れが用事で行けなくなったというナミが、なんでも言いなりのサンジに押しつけた。もちろん、金は払ったぜ、とそう言って、サンジはアホみたいにうれしそうにしていたものだ。
あの漫画、あんたたちにそっくりなキャラがいるのよ、しかも名前も一緒。そうおかしげに笑っていたが、そのナミと同じ名で、やはりそっくりな女もいて驚いた。ごうつくばりで、どうやらこっちのサンジとゾロも頭が上がらない、ようなのも同じだ。おもしろい偶然だろう。
「あれァ、鹿か」
帽子を被った動物を指差し、気を取り直して、ずっと気になっていたことをゾロが言うと、サンジはようやく表情をやわらげた。いつもならひっきりなしに煙草を吸っている男は、ポケットに手で触れてから、気がついたようにそれを下ろした。
「トナカイだろ」
「トナカイ?」
「たしか船医だ、チョッパーとかいう」
サンジも、ゾロ同様、ちゃんと読んだことはないと言っていたはずだ。それでもおおまかな設定を知っているほど、有名な漫画である、ということだろうか。
ふたたび少しゆるんだ、その横顔をゾロは見て、それから、さっきから足技中心の派手なアクションを繰り広げている、スーツの金髪をあらためてじっと見た。
名前やぱっと見ばかりでなく、さっき近くを通ったときよく見たら眉が巻いていた。コック、というのも、サンジが将来目指している職業であった。そして憎たらしい喋りかたや、女へのあの、くねくねした態度までも。
「ナミの言うとおり、たしかに似てるな、てめえとあのコック」
「おめえのほうも、な」
サンジが指差したのは、三本刀の剣士の緑頭だ。剣道を長くやっているゾロの目から見ても、なかなか堂に入った刀さばきである。
二人の見せ場が訪れるたびに、女達の黄色い歓声がすごかった。右に左に顔を動かし、録画をしたり、連れと騒いだり、まるきり打ちひしがれたように前のめりになってじたばたしたりと、実に忙しい。
そして、あちらの二人の関係も、どうやらこちらとほとんど変わらないようだった。顔を突き合わせては、口汚く罵り合い、小競り合いをしてばかりなのだ。
あんなふうに、自分たちも見えるのだろうな、と思う。一緒にいても、寄ると触ると喧嘩して、意地を張り合って、周囲が呆れるほどに。似ている、とナミが笑っていた理由が、よくわかるような気がした。
「しっかしよ、レディにすげえ人気だな、どっちも」
「そうだな、近づくとよけい騒ぐしな。うるせえったらねえ」
なぜかはわからないが、二人が小競り合いをはじめると女どもがよけいに騒ぐのでかなわない。歓声というよりは、むしろ悲痛、とも思えるような声をあげている。
眉をひそめて言ったゾロに、カワイ子ちゃんたちにうるせえはねえだろ、とサンジは青筋を立てた。そんなだからてめえはすぐフラれんだよ、と小馬鹿にしたように続け、それは事実ではないが、ゾロはあえて否定をしなかった。
大学に入ってから数人、ゾロにはその覚えはないけれど、つきあった、ことになっている女がいる。告白された時点で、興味がねえ、と断ったことはサンジには話していない。その元凶、ともいえる人物に、なんでだよ、と訊かれたら、ゾロには答えることができないからだ。
言ったらきっと、さぞ人にあらず、みたいに罵られるのだろう。ひとの気も知らねえで。サンジがどれほどの女好きか、などゾロはよく知っている。けれどあらためて、それでもほいほいと誘いに乗った自分が、ひどく間抜けに思えてきた。
だから、つい、言ってしまったのかもしれない。
「まあ、あの男のほうがだいぶ、てめえより男前だがな」
腕を組んで、顎で海賊のほうのサンジを示し、ふ、と鼻で笑ってやると、サンジは案の定血相を変えた。
「てめえだって、あっちのほうがニコニコしてだいぶ感じいいだろ。好青年だろ。てめえのがよっぽど海賊狩りの顔だろ」
「なんだ海賊狩りの顔ってのは」
「凶悪なツラだってことだ」
はん、と鼻で笑われ、あんだと、と条件反射のように額を突き合わせる。ああん、とお互いグリグリとやっていると、すぐ横から、ち、近い!と悲鳴じみた声があがった。
驚いて顔を離すと、女はこちらではなく、食い入るように前を見ていた。なにかと思い、ステージに顔を戻せば、あちらのサンジとゾロが、たったいま自分たちがやっていたようにぐりぐりとやっている。ゾロたちが座る場所から見ると、二人の顔は、まるきり重なっているようにも見えた。
そう、まるきり、喧嘩ではなくて。
「…………」
ぎくしゃくと隣を見ると、同じようにゆっくりと、サンジもゾロを見た。見合わせた顔が、じわじわと熱い。たかがこんなことで、とひどく悔しいしアホらしいしいたたまれないが、そのまま立ち上がらずに済んだのは、明るさの足らない場所でも、先に目を逸らしたサンジの顔も赤いのがわかったからだ。
クソ、こんなんで。ゾロが思ったのと同じことを、呻くように言って、サンジは舌打ちをして、わしわしと自分の髪を掻き乱した。
そのまましばらく、二人とも動かなかったし、喋りさえしなかった。そのあいだも、ゾロはただぼうっと、頑なにこちらを見ないサンジの横顔を見つめていた。
赤い頬はずっと赤いままだ。触れたら、きっと熱い。いまは褪せた色に見える髪が、それでもときおり、ちらりと光を跳ねてきれいだった。
「……なあ、てめえよ」
「ん」
「なんで、俺を誘った。女がいいんだろ」
ようやく唇を開けば、のどはカラカラに渇いて、声は掠れた。サンジは大きくため息をついて、訊くかね、それを、と小さく言う。
また歓声が大きくなって、見れば退場のときまで、あちらの二人はなにやら言い合っていた。それがやけに、やけに楽しげに見えてきたのは、都合のいい気のせい、なのだろうか。
「じゃあてめえは、なんで、来たの。興味ねえんだろ」
ふたたび顔を戻せば、ようやくこちらを見て、サンジは笑った。同じだよ、たぶんな、と困ったように笑っている。おそらく、本当に困っているのだろう。ゾロだって困っていた。
「おめえにデート断られたら、ちゃんと諦めるつもり、だったんだ」
デート、だったのか、とゾロはぼんやり考えた。鈍いんだよ、てめえ。笑ったままサンジが言う。顔から火が出そう、とは、まさにこのことだ。
いきなりで、どうしたらいいかわからない。あんなことで、こんなふうに、恥ずかしい気づきかたをして。興味などなかったのだ。面倒以外のなにものでもなかった。まさか、こんなことになるとは思いもしなかった。
気がついたら、彼らの姿はもう消えていた。興奮冷めやらぬ客たちが立ち上がりはじめても、二人はそこに並んで座っていた。急にひとの少なくなった場所は、涼しい夜風が吹いて、祭りのあとのような静けさが訪れる。
とりあえず、と、やがて、サンジが言った。
「パレードまで見て、どっかで酒でも買って、俺んち、行くか」
どうせ、この前買ったてめえのパンツまだあるし。
「すぐ捨てる、んじゃなかったのかよ」
「だーかーらーてめえはクソ鈍感、だっての」
そう言って、いつもの憎々しげな、けれどいまだ赤い顔でぞんざいに伸ばされた手を、あのときと同じように、ゾロは、まるきり奪う勢いで強く、握りしめた。








 (12.10.15)





12年10月14日開催ワンピオンリーGLC2にて配布したペーパー。