※サンジとゾロが両方ともバニーボーイです ※二人ともレイリーさんに軽いおさわり程度されてます be my バニー 「おかわりは、いる?」 少しだけ酒の残ったグラスを手に取った。氷がずいぶん溶けて、底に溜まった褐色の液体はすでに色薄い。 サンジが尋ねると、ええ、と隣で小さく彼女は頷いた。ちらと視線を流す。こんな夜の店で遊ぶには、控えめ過ぎる服装と化粧の女性に思えた。年齢は二十台後半だろうか。緊張をほぐすためか、さきほどからウィスキーを空けるペースが速い。 その隣には、こちらは遊びなれた風情の女性が一人。横で相手をしている別のバニーボーイにしなだれかかっている。おそらくこの子に連れてこられたのだろうなとサンジは推測した。女の子につまらない思いをさせたくは無いから、先ほどからサンジは少しずつ距離を測って会話を続けている。 大丈夫? 無理はしねえでな。一点を見つめる顔を覗き込み笑いかけると、ようやく目が合い、彼女はぱっと頬を赤らめた。 「ごめんなさい、慣れてなくて。こういう店は初めてなの。……その、男の人が相手をしてくれるようなお店」 「そっか。おれを指名してくれてありがとう」 「……あんまり似合ってたから」 顔を赤らめたままつぶやくように言う彼女に、サンジはもう一度ありがとうと微笑んだ。 店の入り口にはサンジも含めバニーボーイたちの写真がずらりと飾ってある。それを見て客は誰を指名するか決めるわけだ。特有の白く長い耳は金髪によく映えて、サンジは頼まれバイトながらこの店で高い指名率を誇っていた。特に女性からの指名が多く、それはサンジの嗜好にも合っていてとても助かっている。 サンジは別の学部の、大学一の美女であるナミにこのバイトにスカウトされたのだ。店のオーナー、こちらもとびぬけて美しいロビンとナミは友人で、バイトに欠員が出たのに困ったロビンが誰か探してきてとナミに頼んだのらしい。 ここは一風変わったクラブで、客層は男女比が1対2というところだった。値段は時間制でテーブルについて接客という、いわばキャバクラのようなものだが、接客するのは女性ではなく男性、しかもバニーボーイの衣装なのが売りだ。 カチューシャのウサ耳、白いノースリーブシャツに黒の蝶ネクタイ、手首にはカフス、膝下の編上げブーツ、黒のホットパンツにはもちろんもこもことした愛らしい尻尾。 店名はそのまま「バーニィ・バニー」で、バニーガールのいる姉妹店もあるのだという。 ナミに初めてここに連れて来られたときにはめまいがしたものだが、慣れとは実に怖いものだ。 「気に入ったなら、また来て欲しいな」 酒を作って渡す、そのときに指が触れ、彼女はますます頬を赤く染めて頷いた。サンジは笑みを崩さずに思う。こんな内気な女の子があいつにあたらなくてよかった。きっと、あの無愛想さですっかり怯えさせてしまうに違いない。無愛想なだけでなく要領まで悪く、しかも鈍いときているから世話が焼ける。ふいに日頃のもろもろを思い出し、サンジは思わず顔を顰めそうになった。 何気ない素振りで隣のボックス席を見る。ゾロは今日、常連の男性客についていた。長い銀髪の老人はかなりの大物らしく、日頃は表に出てこないロビンも毎回あいさつをしにくるほどだ。たしか名をレイリーと言った。 サンジも指名されたことがあるが、巧みな手つきで尻を撫でられて以来警戒している。レイリーではなくゾロをだ。あの馬鹿はおれが見ていないと駄目なのだ。さきほどゾロがレイリーに呼ばれ、サンジが控え室で忠告をしたとき、男が尻を撫でられるくらいなんだ、とゾロは平然と言い放った。何もわかってねえ。 「何を見てるの?」 ふいに声をかけられ、サンジははっとした。ごめんねとしおらしく言うと、もう、と彼女は唇を尖らせた。表情が出てくれば元はきれいな顔をしているのがわかる。酔いも手伝ってか、サンジの剥きだしの腕に腕を絡ませ顔を寄せてきた。まあこれくらいはいつものことだ。 視線を感じて振り向くとゾロが見ていた。サンジと同じバニーボーイの衣装で、ぎらりと目つき鋭く睨みつけてくる。これもいつものことだった。相手が男か女かは関係なく、ゾロはサンジに客がつくとああして不愉快そうな顔を隠そうともしない。 ひらりと手を振ると、ゾロは周りにも聞こえるくらいに大きな舌打ちをした。気づいたレイリーがゾロの視線の先、こちらを見て意味深な笑みを浮かべる、それにサンジは軽く頭を下げた。 「……馬鹿が」 「え?」 「いや、こっちの話。もう少し飲む?」 ボトルを傾けながら、思わずため息が出そうになる。こちらこそ舌打ちしたいくらいだった。 あれで自覚が無いらしいのだから、まったくゾロは始末に負えない。 そもそもナミがサンジに声をかけたとき、ナミの隣にいたのがゾロだった。剣道の推薦で入学したというゾロは割合有名人で、サンジも名前くらいは聞いたことがあったがいかんせん男には興味が薄い。顔の認識はそれまでなかった。第一印象としては、とっつきにくそうな野郎だな、という程度だ。ナミがサンジと話をする間、ゾロはその横で一言も発さずただ話を聞いていた。 美女の頼まれごととなれば嫌と言えるわけもなく、サンジは二つ返事でこのバイトを引き受けた。それから何度かナミは店に遊びに来てくれたが、その都度ゾロを共に連れていた。 つきあってるの? と尋ねたらまさかとナミはあっさり否定した。ただの腐れ縁よ、それに私、好きなひとちゃんといるしと、サンジへの牽制もナミは忘れなかった。もちろんサンジはバニーボーイの衣装を着ていた。初めて来たとき、ゾロがやたらじろじろと見るから、馬鹿にしてんのかと凄んだらべつに、とぶっきらぼうに返された。 酒を飲んでも酔うことはないし、サンジと話していて特別楽しそうというのでもない。けれどゾロはそのうち、一人でもここにやって来てサンジを指名するようになった。 「……お前さ、なんつうの、他に男友達とかいねえの?」 いつだったかサンジが尋ねると、あァ? とゾロは凶悪な面相をしたものだ。あんまり熱心に通ってくるしその都度指名を受けるから、自分と仲良くなりたいのかとてっきりサンジは思ったのだった。だってあまり友達がいなさそうだ。ゾロはけして饒舌なほうではないし、普段の顔がわりと怒っているように見えるのだ。ときどきとてもいい顔で笑うのにと、いつの間にか覚えてしまったゾロの表情をサンジは思い出した。 「別に、普通にいる」 「ふうん」 遊んだりすんのか? と訊くとまあなと答える。なんとなくもやっとしたがそれは気にしないことにする。 「じゃあ、友達が欲しいわけじゃねえんだな?」 「何が」 「ここに来るのがだよ。金だってかかるだろ」 「ロビンにツケにしてもらってる」 「ツケっておめえ、場末の飲み屋じゃねえんだから」 「おれが来たら駄目なのか」 いやそういうわけじゃねえけど、と言えば、じゃあいいじゃねえかグダグダ言うなとゾロは偉そうだ。実際男は嫌いなはずだし、ゾロといると苛々させられることもかなり多い。けれど迷惑だと思ったことは無く、それが自分でも不思議だった。 そのうちとうとうツケが嵩んで、ゾロもここで働くことになってしまった。お金が無いなら身体で返しなさい。ロビンがテーブルに催促に来たとき、ナミはゾロに向け美しく微笑んだものだ。そうしてロビンがサンジの肩をぽんと叩き、指導をよろしく頼むわねとやはり魅惑的な笑みを浮かべた。 異状にようやく気がついたのはそれからすぐ、ゾロの初出勤のときだった。控え室に案内して着替えをさせる。サンジは椅子に腰掛け煙草を吸いながら待っていた。ゾロはとてもよく鍛えられた身体をしていて、笑ってやろうと思っていたバニーボーイの衣装も笑えないくらい似合っていた。強面には絶対に浮くはず、と予想していたウサ耳や尻尾つきホットパンツも絶妙にしっくりきている。というかしっくりきすぎていた。 これはたぶん、その手の男の客がつく。女性客と違って男は遠慮が無く、きわどい触れ方をしてくる者も多い。ゾロがそうされるのを想像したらむかっとして、むかっとしたことに首を傾げつつ、サンジは店のシステムについてゾロに説明をしていった。 「――で、お触りはキャバクラとかでは基本NGだけど、おれらは男だろ?ある程度は目を瞑ることになってる」 「ある程度って、どういうことだ」 「うーん、ボーダーは曖昧だけどよ。性的な含みのある触りかたは駄目ってことかな。もしそういうふうに自分が感じたら、って主観でいいってロビンちゃんは言ってたぜ。そのときは客に注意をしていいし、それで聞かなきゃ追い出してもいい」 抱きついたりとか、軽く触ったりとかはまあいいんじゃねえの。サンジが言うとゾロは急にむっつりと黙り込んだ。眉間の皺を深くして、あからさまに不機嫌な空気を滲ませている。 「どうしたよ」 「おれはしてねえぞ」 「……は?」 「おれはこの前まで客だったが、触ってねえぞ」 「……おれに?」 たっぷり数秒は呆気に取られてからサンジが言うと、そうだ、とゾロは深く頷いた。 「はあ……うん、まあ……触ってねえな」 「でも他の客は触っていいわけか」 「……だから?」 「なんで早く言わねえ」 「えーと……どうして怒ってるのかな?」 「そんなん知るか。何か腹立つんだよ、おれはてめえに触ってねえのに、他の奴には触らせんのか」 ゾロは相変わらず怒った表情で何やらひどくかわいいように思えることを言っている。 「……つまり、おれに触りたかったのか?」 「そうなのか?」 「いや、こっちが聞いてんだけどな……」 ゾロとの会話は中々噛みあわないが、考えれば思い当たる節はいくつかあって、サンジは急速に顔が熱くなるのを感じた。 もしかして、こいつ。 「なあ、おめえ、おれのこと前から知ってた?」 熱い顔のまま尋ねると、ゾロはそれに気づかず前って、と訊き返してくる。 「ナミさんがおれに話しかける前」 「ああ。学食とかで見かけるしな。いっつも違う女連れてるし、その髪、ちらちらすっから」 「……そっか」 「おれがナミに言った。バイト、お前がいいんじゃねえかって」 「え」 「その格好、似合いそうだったからよ」 サンジは煙草を消して立ち上がった。ゾロの蝶ネクタイの歪みを直してやる。サンジの指が首元にかかると、ゾロがわずかに肩を揺らすのがわかった。やっぱり、自分では気がついていないのだ。 馬鹿だな。呆れるというよりは、くすぐったいような感情が湧きあがる。 「とりあえず、仕事がんばれよ。ロビンちゃんへの借金はちゃんと返さねえとな」 「おう」 よろしくな。 ゾロがにかりと笑う。無防備な満面のその笑顔に不覚にもきゅんときてしまった。 あーまじいな、これ。 浮かんだ言葉をサンジは口にはしなかったが、早鐘のように打つ心臓は何よりも正直だった。 それから一ヶ月ほどが経って今に至る。はじめはグラスを割ったり酒をこぼしたりとミスが多かったゾロも、サンジの指導の甲斐あってずいぶん仕事ぶりは様になってきた。だが問題はそこではなかった。 サンジが最初に感じたとおり、ゾロには男性の固定客がつきだした。女性客ももちろんついているが、頻繁に来てはゾロを指名するのは男のほうだ。しかも彼らは一人で来ることが多い。つまり、ボックス席で二人きり、という状況である。 ゾロの無頓着というか鈍感っぷりはそういうところでもいかんなく発揮されていて、サンジなどから見ればあからさまな含みのある触り方をされていても気にしていない。触りてえならいくらでも触れ、とでもいわんばかりだ。客からしてみればサービス満点、ロビンは男性客が増えたと喜んでいるから微妙な気分だった。 はあ、ととうとうため息を吐くと、隣でナミがくすりと笑う。先ほどの女性二人連れは帰り、今は遊びに来たナミについていた。ゾロはといえばまだレイリーの席だ。先ほどさりげなく腰を抱かれているのを見てサンジは思わず声をあげそうになった。 「サンジくん、悪いけどすごい顔よ」 「……ナミさん」 どこまで気づいてるの、と尋ねると相思相愛だけどもじもじしてるとこ、とナミは言い、手酌でどぼどぼと酒を注いだ。おれがやるよと何度言っても、自分のペースで飲みたいのとナミは譲らない。サンジは頭を抱えた。 そうなのだ。ゾロから好かれているのはわかっているし、どうやらそれは自分もだと今は認めている。けれど肝心のゾロにその自覚が無いから、次にどう出たらいいのかがわからない。 ゾロが男なのもその一因だった。女の子相手なら慣れている、プレゼントにおいしい食事に甘い言葉、そういうのはサンジの得意とするところだ。けれど、あのゾロが興味を示すとも思えないのだった。 「まあゾロがあれだから、サンジくんも苦労するでしょうね」 心を読んだようにナミが言う。女性に泣き言など言いたくないから、サンジはただ苦く笑うに留めた。 「あら、ナミ」 来てたのね。フロアに顔を見せたロビンがナミに気がついた。黒ずくめの身体のラインを強調した服、艶やかに髪を揺らしてロビンは微笑みナミの隣に腰掛ける。 「悪ィ」 ちょうどそのときだ、ゾロの声がした。全感覚が聴覚になったように感じる。サンジの周りの空気が変わったのが伝わったのか、ナミととロビンが目を合わせ、どうぞ、というようにロビンが肩をすくめた。どうやらロビンにも筒抜けらしい。サンジは目の前で手を合わせてから、首を伸ばすようにして隣の席を窺った。グラスが倒れ、氷と酒がテーブルにこぼれている。ゾロがおしぼりでそれを拭いていた。 「私は大丈夫だ。それより君が濡れてる」 レイリーは言い、自分の手元にあるおしぼりを手に取った。そのままその手がテーブルの下にもぐっていく。ゾロはその二の腕の辺りを握った。至近距離で視線が絡み合った、ようにサンジには見える。 「自分でやる」 「いいから」 ほら、こんなところまで濡らして。レイリーが小声で言うのが聞こえた。テーブルの下で何をしているのか、サンジからは死角になっていて見えない、だから想像するしかない。 引き締まった太ももを拭う布が、何度かそこを撫でるように動き、やがて中心へと移動していく―― 「うあああ」 思わず唇から心の声が小さく漏れた。本格的に頭を抱えたサンジのウサ耳をナミは摘まんだ。 「ねえロビン、これじゃ仕事にならないわよ」 ナミが言い、まったくねとロビンが頷く。 「ナミは私が相手をするから、あなたもレイリーについてちょうだい」 「……ありがとう、ロビンちゃん。恩に着るよ」 サンジはすぐさま立ち上がり隣のボックス席に移動した。ゾロがめずらしく驚いた顔でサンジを見ている。まだテーブルの下にあるレイリーの手元は暗く翳って見えるようで見えない。レイリーがふ、と口の端をあげて笑った。 「君もここに?」 「オーナーが、おれにもついてくれと」 ふむ、両手に花か、それもいいね。レイリーは言い、微笑んだまま空いたほうの手で手招きをした。サンジはソファのほうへと移動する。立ったままちらと視線をやると、レイリーの手はやはりゾロの内腿のきわどいところにのびかけていた。 なんでこれがわかんねえんだこの馬鹿マリモ! 罵倒を抑えて立ち尽くしていると、レイリーの手がするりとサンジの腰に回された。ぎくりとしてサンジはレイリーを見た。レイリーは微笑を深め首を傾ける。 「座らないのかい?」 そのまま尻を撫で、太腿の裏をゆっくりと滑っていく。 「この前も思ったが、君の肌はとても手触りがいいな。それに細く見えるが質のいい筋肉がついてる。……いい身体だ」 ぞくぞくと悪寒に似た感覚がせりあがり、仕事を忘れて怒鳴り声をあげようとした、その前にがたりと音を立ててゾロがおもむろに立ち上がった。 「てめえッ、来い!」 「ゾ、ゾロ?」 手首を掴まれ強引に引かれる。ちらとレイリーを振り返ると、行きなさい、というように手で合図をされた。顔は笑ったままだ。なんだ、わざとかよ、とそのときにわかった。食えねえじいさんだ。 ゾロは振り返ることもなく大股でずんずんと歩き、サンジは半ば引き摺られるようにしてフロアを小走りで歩いた。背後からはロビンとナミ、それからおそらくレイリーの、楽しげな笑い声が聞こえていた。 控室のドアを開けると手を離し、ゾロは右手でサンジの肩の辺りを乱暴に押した。ロッカーにそのまま背中を押しつけるようにされる。腕の付け根にあてられたゾロのてのひらはひどく熱い。 「痛えだろうが」 「うるせえ」 「……何でそんなに怒ってんだよ」 「てめえが簡単に触らせるからだ!」 「そりゃあこっちの台詞だ馬鹿が!」 「何でおれが馬鹿だ!」 「ちっとは考えろよその頭ん中空っぽかよ! 藻か! 藻が入ってんのか!」 「あんだとこのアホ眉毛! 考えてもわかんねえから余計腹立つんだろうが! とにかくな、てめえを誰にも触らせたくねえんだよ!」 あァ駄目だ、こいつほんとに駄目だ。こんなに大声で、自分がどれほど熱い愛の告白をしてるのかもわかっちゃいない。顔が一気に火照るのを感じる。 「……畜生、かわいんだよてめえ」 絞りだすように言うと、かわいいのはてめえのほうだろうとゾロは平然と返す。サンジは笑うしかなくて眉を下げて笑った。ゾロがそれを見て、かすかに目尻の辺りを赤くした。 肩におかれたゾロの手に手を重ね、指を絡めるとゾロの力が少し抜ける。握ったままそこから離し、あらためてぐいと引っ張った。ふいうちにゾロが前のめりになる、その背に腕を回した。 「――ッ」 「……ほんとにわかんねえのかよ」 額と額を合わせて低く言うと、ゾロが震えるのがわかった。指先で汗の浮いたシャツを撫でおろせば、背骨は軽く反りかえる。身体はこんなに素直に反応を返すのに。 「おれだっておめえが他の奴に触られんの嫌だよ。でもおれは、その理由わかってるぜ」 「な、に」 「お前が好きだから」 おれが触りてえんだ。 囁いて唇を重ねた。 「……ん」 硬く閉じた歯を舌先で舐めればそこは緩く開き、サンジはゾロと舌を絡ませた。音を立てて吸うと湿った息がこぼれ、ゾロの力がさらに抜けていく。そうしながら丸く隆起した尻をサンジは包んだ。黒い革で出来たそれはぴんと張っている。両手で優しく揉むと、ゾロが鼻から声を漏らし丸い尻尾がふるりと震えた。 「他の奴に触られてもこうなる?」 片手を前に滑らせる。そこはすでに兆している。 「すげえ硬いけど」 「な、るわけッ、ね、――んっ」 「おれだけなんだろ、ゾロ」 短い裾から指を差しいれ尻たぶをたどった。ふと気づけばゾロは倒れかかるように前のめりになっている。胸のとがりがシャツを押しあげていて、サンジはそれを布越し摘んだ。 「ここもすげえ」 「やめ、サン、ジ」 「やめねえよ」 きゅ、としこりを引っ張るようにしながら、ぶ厚い布越しに昂ぶりを押しつけた。ゾロはしがみつくようにサンジの背中に腕を回している。お互いの汗の匂いがしていて、頭の芯がぼうっとなるようだった。ゾロの顔は赤く目は潤みはじめている。とろけたようなその表情に、サンジの顔も赤くなった。もっとこういう顔を見たいと思う。 まだわかんねえ? 耳に吹き込むように言い腰を揺らせば、きゅ、きゅ、と布がこすれる音がする。 「あ、あ、」 ゾロは驚いたような短い声をあげた。サンジの肩に唇を押しつける、そこから唾液がじわりと染みていく。 「ふう、うッ」 ひときわ大きくゾロが震える。拍動がサンジにも伝わって、後ろに置いたままの指に、前から流れてきたとろりとしたものが触れる。 「たくさん出たな」 「う、るせ」 「なあゾロ。おれも気持ちよくなりてえ。ここ、していい?」 「ここって、」 反論を聞く前にそこに指を浅くいれた。くちゅりと音をさせながら探っていくとゾロの尻がくんと上向いた。中はとても熱くて、とても柔らかい。 「な、どこ、ばッ」 「気持ちよくない?こことか」 指の腹で押すと少し硬いところがあって、そこをいじるとゾロの反応が激しくなる。ひくひくと物欲しげに指に吸いついてきて、前からは水が流れてきた。 触れているサンジの太ももが濡れていて、それがゾロのホットパンツの隙間から漏れて来たものだとわかった。ゾロの内腿を、いまも出ているさらりとしたのと、さっき出した濁りのある液体が混ざり筋になって垂れている。 「やらし」 「どっちが、ア、――ん、」 やらしいことされてる自覚はあんだ。笑うと馬鹿野郎、と涙目で睨みつけられた。かわいい、好きだ。思ったことをそのまま口に出せば、ゾロはますます顔を赤くして指を締めつけてくる。 何だ、ぐだぐだ考える前に早くこうしてればよかった。こんなゾロを見れるんなら、意地なんか早く捨てればよかった。 「ゾロ、あっち向いて」 ロッカーに手をつかせて指を増やした。服を着たまま、こちらに腰を突き出した格好はやけに卑猥だ。サンジの指を含んだそこだけがよく見えた。 「音してる」 「ク、ソっ、言う、な」 前をぎゅ、と握り三本目を入れたときゾロがまたいった。指をひときわきつく吸いあげ、尻尾を揺らしながらゾロはサンジ、と名を呼んだ。唾液が薄く顎を伝い落ちていく。 「……いれていい?」 わかっているのか、もうわかっていないのか、焦点のあっていないような目でサンジを見つめゾロは頷いた。ホットパンツをずり下ろすと中は大変な有様で、うわ、と思わず言ったらゾロは恥じいるように身を震わせ、先端からまた透明な水をぽたりとこぼした。 少しずつ、ゆっくりと入りながら痛いかと尋ねる。ゾロは黙ったまま首を横に振った。耳朶は真っ赤だ。カチューシャがずれて、ウサギの耳も垂れたようになっている。 すべて収めてから、ゾロのネクタイを解き、シャツのボタンをはずしてはだけさせていく。さきほどいじっていた胸の突起は色づいて腫れている。弾くようにするとますます硬くなった。とれちまいそう、気持ちいい?ゾロは答えないけれどねだるように腰が揺れる。 ぜんぶ触りたいと思った。少しずつ揺れながら汗の浮いた肌に手を這わせていたら、ずりい、とゾロが掠れた声を出す。首を捩ってサンジのほうを見ている。ちゅ、と音を立ててくちづけてから尋ねた。 「どした?」 「てめえばっか、触っ、て、ずりい、ん、う」 おれだって触りてえのに。 言ったゾロの、幼いような顔がたまらなかった。 「は――ッ、や、べ」 てめえそれ反則。慌てて抜こうとしたけれど間に合わず、ゾロの中に出してしまう。誘いこむようにゾロの尻ががくがくと揺れて、サンジの唇からも声が漏れた。そのくらい気持ちがよかったのだ。 「う、あ、ゾロ」 「あ、ああッ――」 ゾロも少し遅れてぼたぼたとこぼした。繋がったままずるりとロッカーについていた手を滑らせ、腰を高くあげるようにして何度か震えたかと思うと力が抜けていく。サンジも濡れた床にへたりこんだ。二人とも、走ったあとのように息が荒い。 後ろから抱きしめたまま、濡れて貼りついた襟足に唇をあてると、そこがふつりと粟立った。塩からい、ゾロの汗の味。きれいに浮き上がった背骨の丸みにもキスをする。 「さすがに、もうわかったか?」 「……」 「ゾロ?」 顔を覗きこめばぱしんと額をはたかれた。 「もう、こういうのはすんな」 「えっ」 「顔が見えねえし、おれが好きに触れねえ」 「あーー……」 うん、ごめんな、今度は前からしようぜ、何なら今からでも。囁けば照れ隠しなのか、ゾロはばーか、と甘い悪態を吐く。そうしてサンジのほうに向き直ると、カチューシャを取って金髪をくしゃりと掻き回した。頬を、首筋を、肩から腕をぺたぺたと触って、それから最後にサンジの手を握った。めずらしいもののように指先を見ている。 「なあ」 「ん?」 「おれもお前が好きなのか?」 首を傾げている。サンジはさすがに愕然とした。 落ち込んでいいかなおれ。 「ゾロ……おめえよ……」 「冗談だ」 にやりと笑い、今度はゾロのほうからキスを仕掛けてきた。サンジに乗り上げるようにして深く、ゾロもこうなると積極的らしく、それはサンジとしてもやぶさかでないところだ。 「やべえ、ほんとにまたしたくなってきた」 サンジが笑うと、おれも、とゾロも笑う。 このまま第二ラウンド突入かと思っていたらノックの音がして、もういいかしら、とドアの外からロビンの声がした。 「あと三十分」 ゾロがそれに答えるのにサンジは慌てて口を塞いだ。 「馬鹿てめえ、このまま続ける気かよっ!」 小声で諭し、すいませんあと十分ください、とサンジは鍵を閉めたドアの向こうに声をあげる。さすがにこの床とロッカーの有様をそのままにはしておけない。 わかったわ、と落ち着いた声がして気配が遠ざかった。ゾロはむっつりとした表情で続きは、となおも言う。まったく状況がわかっていない。どうやらこれからもおれは苦労しそうだ。長く吐いた溜め息は、けれど今はひどく甘かった。 「仕事終わったらうちに行こう。それからゆっくり、な」 「待てねえ」 「待てよ、駄々っ子か」 だってよ、とゾロは言った。 「ずっと触りたかったからな。てめえなんかより前からだ」 偉そうに言うのだから参ってしまう。 元々好きになると独占欲は強いほうだ。ゾロを誰かに触れさせるのは二度とごめんだとサンジは思った。 ロビンに頼み込んで、自分がゾロの借金を返すことに決める。バイトでは無い日に店を訪れてそれを話すと、ごめんなさい、実はもう返済は終わっているのよ、とロビンは言った。 「……終わってる?」 「ええ。もともとナミのお友だちだから、料金設定はお酒代くらいのものだったの。だからとっくに」 「じゃあ何で、――あ、」 ロビンの意味ありげな笑顔を見てサンジは赤くなった。なるほど、そうか、そういうことか。 「ナミの考えなの、ゾロには内緒よ」 サンジは頷いた。腐れ縁などと言っていたのに。ナミの存在が無かったら、きっともっと時間がかかっていただろう。 「……それとロビンちゃん、おれなんだけど、フロアじゃないところにしてもらっていいかな。できれば表に出ない、裏方的な仕事がいい」 「そっちはゾロの希望?」 「まあ、うん、そう」 「かわいいわね」 「まあ……うん」 仕事を止めて欲しいと言ったとき、てめえはそのままかよ、とゾロはぶすくれた。それをサンジなりに解釈すると、お前もおれ以外のやつには触らせんな、ということだ。口元がへらりと緩むのを感じる。 もったいないけど、人の恋路を邪魔したくはないものね。ロビンはサンジを見てくすくすと笑った。 店の前で待っていたゾロと一緒にアパートに帰る。寒波が来ているらしく、北風の吹きつける外はものすごく寒い。ゾロは鼻を赤くしていたが、サンジが寒い寒いと言うと、修行が足りねえなとあきれた顔をした。何の修行だろう、剣道の修行だろうか、それはたしかに足りないが。 ゾロは相変わらずのマイペースな天然で、よくわからないところもたくさんある。でもそこもまた魅力なのだった。知りたいと思う、もっと近づきたいと願う、飽きっぽい恋を繰り返していたサンジにとっては初めてのことだ。 「裏方やることになったよ」 「裏方?」 「ちょっとした料理作ったり、カクテル作ったりとか。客にはもうつかねえ」 「へえ」 「うれしい?」 人通りが少なくなってから手を握って訊くと、まあな、と素っ気なくゾロは答える。こういう反応ももはや慣れっこだ。ゾロの手はぽかぽかと温かい。 「なら、あれはもう着ねえのか」 「あれって、バニーの衣装?」 「ああ」 「着ないみてえだな」 「似合ってたけどな」 「お前もな」 でもほら、もらってきたぜ、二人分。 頼んだわけではないがロビンから渡された紙袋を見せる。記念にどうぞ、とおかしそうにロビンは言ったものだ。ゾロ、これを着たあなたをずいぶん気に入ってたみたいだから、と。 アパートが近づいてくる。夕飯何にしようかと言うと、鍋がいいとゾロは即答した。あとビールと焼酎、と続けるから、それは飯じゃねえだろうとサンジは苦笑いした。 ゾロが唇をむうと尖らせる。今すぐキスがしてえ。あと少しの距離すらも惜しくて、とりあえず階段は手を繋いだまま駆け上った。 「なあ、今日はこれ着てやろうか」 靴を脱ぎながら顔を寄せて声を低めれば、横から拳が飛んでくる。 だけどそれもサンジは気にしない。 優しくキスをして、触れながら甘く請えば、ゾロがけして抗えないことをサンジはもう知っているのだった。 (11.01.09発行) 渦炎さんと連動で出したバニー本。 内容はまったく話しあったりしてないので、もうただ単に二人がバニーというだけの共通点です。 コピ本だったんですが表紙も描いてもらってよい思い出です。そのイラストは、サイトのgiftに載せてます。 |