きみと暮らせたら 恋に落ちた瞬間を、覚えている。 じんわりと温かな春の光が、そのひとの緑の髪を照らしていた。窓の外は、ちょうど目の高さに満開の桜。風が吹くたび、桃色の雪のように、開ききった花びらが、ひらひらと散っていく。その向こうにはまだ入学式が行われているはずの、体育館のくすんだ壁が見えていた。 やけに静かな部屋、なまぬるい南風、おだやかな呼吸、子供のような寝顔から、なぜだか、目が離せなかった。 小さく開いた窓から、花びらがひとつ舞い込んで、彼の頬にふわりと落ちた。そっと、指を伸ばしてみる。彼は起きない、ゆったりと、息をしている。吸い寄せられるように、そこに唇をつけた。ちゅ、と小さく音がして、顔を離すと、眠っていたはずの彼の瞼が開いていた。 薄い色の、きれいな瞳がこちらを見つめている。涼しげな目元が淡くほころび、笑った、ように見えた。 サンジは駆けだしていた。 心臓が、体から飛び出してきそうな勢いで鳴っていた。 「あーあれ、てめえだったのか」 「覚えてるんですか?」 「まあな。誰かはわかんなかったが」 固形のパルメザンを削りながら、サンジはゾロと話をする。濃厚な香りとコクは、粉チーズではとうてい味わえないから、サンジはかならずこうして、ひと手間かけるようにしているのだった。ゾロが食べるとなれば、なおさらだ。 向かいの椅子に座ったゾロは、サンジの手つきをおもしろそうに眺めていた。今日は、とても天気がいい。リビングの大きな窓から見える、木々の緑がひときわ鮮やかだった。 土曜日の、遅めの昼食はゾロのリクエストで、ミートソースのパスタ。はい、どうぞ、と皿を渡すと、ゾロが受け取り、いただきます、と手を合わせた。長く剣道をしているせいなのか、ゾロは意外とお行儀がいい。 「てめえは昔っから、ストーカーみてえな奴だったわけか」 呆れたようにゾロは言い、大きく口を開け、どう見ても多すぎる量のパスタを押し込んだ。頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼するその様子を、サンジはぼうっと眺めた。 サンジがゾロに一目ぼれをしたのは、高校の入学式の日だった。ちょうどこんなうららかな春の日、保健室、運命の出会いだ。 「でもよ、なんで主役のはずのお前が、保健室にいたんだ?」 「……たちくらみ」 サンジが答えると、ぶほ、とゾロが噴き出す。飲み込んだばかりで、口の中がからっぽだったのは幸いだった。昔、サンジはわりあい体が弱かったのだ。でもいまは違う。ゾロにふさわしい男になりたくて、ずいぶんと鍛えた。高校の三年間で身長もぐんと伸びたし、もし、ゾロがあのときのサンジを認識していても、再会のとき気づいたかどうか、あやしいものだと思っている。 人の気も知らずにゾロは、女子中学生かよ!と笑い続けた。腹を抱えて、だ。それにむっとしないわけではないけれど、こんなに近くでゾロの笑顔を見れるだけでも、サンジにとっては奇跡みたいに幸せなことなのだった。 「ゾロ、口、汚れてるよ」 言いながら身を乗り出して、親指で、ゾロの唇の横についたミートソースを拭い、その指をぺろりと舐めた。無意識だった。途端、ゾロの顔があからさまに強張り、しまった、とサンジは思う。 和やかな雰囲気は一瞬で消え去り、かわりに、ひどくぎくしゃくとした空気が流れた。 「あ、えっと、ごめん、なさい」 つい、とサンジが言うと、ゾロはべつに、となんでもないように言い、残ったパスタを掻き込むように食べ出した。もうこちらを見ようとしない、その短い髪を眺めながら、サンジはひそかに息をつく。 ゾロを抱いた、サンジにとっては夢のようなあの夜のあと、はじめのうち、ゾロはものすごく怒っていたようで、口もきいてくれようとしなかった。けれど、どんなに無視されても、めげずにゾロにつきまとい続けているうち、やがて、ゾロの態度が軟化してきたのだ。 そのあいだもちろん、ゾロには指一本、触れなかった。そうして、一か月ほど前、ゾロが住んでいたぼろアパートが、取り壊しになる予定だと聞きつけた。 急な話で、次に住む場所も決まっていないという。ここだ、と思ったサンジは、自分のマンションに来ることを提案した。どうせ部屋は余っているから家賃はいらない、料理も洗濯も掃除も、よろこんで自分がする。もちろん、ずっとというわけじゃなく、新しい住居が決まるまでのとりあえずで。いうことのない好条件を、ゾロは呑んだ。 ただし、約束事が一つ。 サンジから、けして、ゾロに触れないこと。 「約束なのに、ごめん」 サンジがもう一度謝ると、こんなん触ったうちに入んねえだろ、とゾロは後ろ頭を掻きながら、気まずそうに答えた。 あのときはつい夢中になって、ゾロが気を失うまで抱いてしまった。ゾロは男が好きだけど、自分が抱くほう専門で、抱かれたのは、あれが初めてだったらしい。 いくら気持ち良さそうだったとはいえ、実際、最後のあたりは泣きながらおねだりしていたとはいえ、あとになってみれば、ゾロにとっては屈辱以外のなにものでもなかったのだろう。サンジが必要以上に近づくだけで、ゾロはこうして警戒する。 ずっと、ずっと、好きだった。何度も諦めようとした、他のひととつきあってみたこともある、でも、ダメだった。 絶対に叶わないと思っていたことが一度は叶った。おまけに、こうして一緒に暮らし、すぐそばで笑ってくれるようになった。どんなに触れたくても、近づきたくても、これ以上を望むなんてぜいたくな話だ。 そう、サンジはいつも、自分に言い聞かせている。 「おかわり、まだありますよ」 サンジは笑顔を作って、さりげなく話を変えた。 ゾロはほっとしたように、じゃあもらう、と言って、ソースで赤くなった空の皿をサンジに渡した。 * 最近、どうも、調子が悪い。 グラスに入った酒を、ゾロはぐいぐいと呷った。ひと息に飲んで、どんと大きな音を立てて置く。少しだけ残っていた中身が跳ねて、黒光りするカウンターテーブルに水滴を作った。 「おーおー、荒れてるね」 「るせえ黙れ」 「あれえ?俺にそんな口きいていいのかな?」 シャンクスが、ゾロの肩に腕を回し、にやけた顔を近づけてきた。バーテンが、やれやれといった表情で、カウンターの酒を拭き取っている。 「ずいぶん、よさそうだったよなァ、ゾロ」 まあ安心しな、誰にも言う気はねえからよ。 耳元で、小声でそう言って、シャンクスはゾロの背中を強く叩き、声をあげて笑った。ゾロはグラスを握った手に割れんばかりの力を込める。 あの日、トイレに入ってきたのは、シャンクスとその連れだったらしい。シャンクスが相手に口止めをしてくれ、そのおかげで助かったのは確かだ。そのかわり、ことあるごと、こうしてからかわれる。うんざりだった。今のところサンジと暮らしていることは知らないようだが、もしバレた日には、と思うと、心からげんなりする。 「だからさー、俺が前から言ってたろ?お前はね、本来タチじゃ、」 言いかけたシャンクスに、男が一人、横からすっと近づいた。隣に座ってもいいか?と尋ねている。 シャンクスがとても好みそうなタイプだった。つきあいが長いので、よくわかるのだ。立派な髭を生やした、目つきが尋常じゃなく鋭い男は、そのまま椅子に座りシャンクスと話をしだした。ミホーク、と名乗っている。都合よく会話が中断され、ゾロは息をついた。 「同じのを」 バーテンがグラスに、褐色の液体をなみなみと注ぐ。ゾロはカウンターの端に座って飲んでいて、さきほどからいくつか、まとわりつくような視線を、背中に感じていた。 その気になれば、たぶん入れ食いだ。ゾロは基本的に、抱く相手に苦労したことはないし、自分から仕掛けることもほとんどない。その必要もなく、向こうからやってくるからだった。けれど肝心の、その気、が起きない。ここのところずっと、こんな調子だ。 そういえば、サンジのときは、めずらしく自分から声をかけたのだった、と、思い出してゾロはまた深く息を吐いた。こいつは楽しませてくれそうだ、そう教えた直感は、あながち間違ってはいなかったわけだが。 あー、と無意味な声が出る。これが、飲まずにいられるわけがねえ。 やがてシャンクスが立ち上がった。どうやら、隣の物騒な雰囲気の男とどこかへ消えるらしい。去りぎわ、身体は正直だぜゾロ、とまた一言からかい、頭をぐりぐりと撫でていくから、思わず、低い呻り声が出た。 何杯目かわからない、度数の高い酒を一気に呷る。ちりちりとのどが焼ける感じがした。いつもなら自尊心を心地よく満たす、背後からの誘う視線は、わずらわしいだけだった。 「今日は、少し飲みすぎですよ」 グラスを引きながら、バーテンが苦笑いで言う。 そういう気分なんだよ、とゾロは言い返した。 エレベーターを降りると、ポーチにはオレンジ色の灯りが点っていた。暗闇をぼうっと照らす丸い光を、ゾロは見つめた。ゾロが夜に出かけたとき、サンジは必ずこうして、灯りをつけたままにしておいてくれる。 合鍵をポケットから取り出し、玄関の鍵を開けた。ほてった手に金属が、ひやりと冷たく感じる。 なんとなく予想はしていたが、サンジはかなりのおぼっちゃんらしい。なんでも、チェーンを持つ有名なレストランの息子だそうで、大学生のくせに、一人暮らしにはもったいないほどの広いマンションに住んでいた。高卒で道場の手伝いとアルバイトで生活しているゾロの、前のアパートとは雲泥の差で、どこか品がある、と感じた印象が、それで裏付けられた。 玄関を入ってすぐ左の部屋がゾロ、右がサンジの寝室だ。立ったまま、壁に手をついて靴を脱いだ。サンジの革靴は、きれいに揃えられている。ゾロは、ドアとドアの間に立った。廊下は静かで、サンジの部屋からは、物音一つしない。 ゾロがここに住みだしてから、サンジはバーに現れなくなった。 うろうろと周りをうろつかれるのは迷惑だ。そう言ったのはたしかにゾロだ。でもそのときの、サンジの顔を思い出すたび、ゾロは胸のあたりが、もやもやと重苦しくなるのを感じる。 サンジの部屋のノブを掴むと、ドアは、なめらかに開いた。部屋に入れば、壁際にクローゼットがあり、ベッドの他には家具は何もない。 中は暗く、適度に湿っていて、サンジの匂いが濃く、する。そう思ったら、体の奥のほうから熱がこみあげる感じがした。あのとき、めまいがするほど嗅いだ、しみついた煙草と、サンジの肌の匂い。 ベッドに近づくと、サンジの息づかいがわずかに乱れた。起きている。もしかすると待っていたのかもしれない、とゾロは、はじめて思った。いつも、ゾロの帰りを、眠れずに、サンジは待っているのかもしれない。 「……おかえりなさい」 ゾロに背を向ける形で、横向きで寝たまま、サンジは言った。身じろいだ拍子に流れた金髪の、指のあいだを滑る、さらさらとした感触を思い出す。 「起きてたのか?」 「……」 「眠れねえのか」 「……ゾロが、誰かと寝てるかと思ったら、眠れないよ」 眠れるわけない。サンジが言う。その声を聞いて、また、ゾロは胸が苦しくなる。これが、なんなのかわからない、わからないが、サンジのせいには間違いなかった。 ぐいと肩をひっぱって、サンジを仰向けにする。布団を乱暴に剥ぎ落とし、上着を脱いで床に投げ、そのまま、腹の上にまたがった。 「ゾロ?」 手を伸ばし、ベッドサイドの小さな灯りをつけた。サンジは、驚いた顔をしてゾロを見あげている。パジャマの開いた襟元から、白い肌と、まっすぐな鎖骨が見えていた。 バーではまったくそんな気にならなかったのに、服の下で痛いくらい、前が張っている。ひどく、興奮していた。動物みたいに荒く息をついた。 ゾロの様子に、すぐに、サンジも気がついたようだった。 「俺を抱きたいの?ゾロ」 サンジが訊く。そうだ、はじめはそのつもりで声をかけたはずだ、なのに。 サンジが下から腕を伸ばし、ゾロの頬をてのひらで、大事そうに包んだ。びくり、とゾロは震えた。サンジに触れられると、そこから電気が走るみたいな感じがする。こんなことは初めてで、自分じゃないような気がして、だから、あんな約束を。 「……それとも、抱いていいの?」 答えることは、どうしてもできなかった。静かな部屋では、お互いがわずかに動く音さえ、大きく耳に届く。心臓の音が、うるさい。アホみてえだ、と思う。 黙り込んだゾロに、また約束やぶっちゃいましたね、とサンジは言い、手を離そうとした。その腕を、強く掴んだ。 「触って、いい」 ゾロは、大きく息を吸った。こう言うのが、精一杯だった。 「今日だけだ。今日、俺は酔ってる。だから、」 言い終える前にサンジが、ゾロの頭をぐいと引き寄せ、下から唇に吸いついた。深く入ってきた舌を、ゾロは夢中で吸い返した。サンジの匂い、サンジの味がする。 音を立てて、舌を絡めながら、合間にサンジが何度も、好きだよ、と低く囁く。そのたびに、背中がぞくぞくとする。サンジのそこに、自分の硬いものを押しつけて、すりつけるようにゾロは動いた。 「酔ってるせいでもいいよ」 サンジは言う。ゾロに触れるなら、なんだっていい。 やけに静かな声に、ゾロはいたたまれない気持ちになって、顔を背けた。サンジの両手が、円を描くように胸の上を這い、薄いシャツごしにもわかるくらい尖った乳首を、親指と人差し指でつまんだ。 「勃ってるね」 両方を一緒に、きゅうっと強くつままれただけで、ゾロは胸をのけぞらせて果てた。バカな、と思った。驚いたような声が出て、思わず目を閉じる。服は、まるで乱れていない。下着のなかで、漏らしたものが、じわりと広がるのがわかって、シーツについた拳を握りしめた。 「たまってたんですか?」 サンジが片手で、シャツのボタンを外していく。服を脱がせながら、もう一方の手で、ゾロの前を下から掴み、やわやわと揉んだ。その動きでまたすぐに熱が集まり、形を変えていくのを楽しむような手つきで、サンジはそこを揉みこむ。う、う、と呻いて、ゾロは、腰を動かした。下着のなかの、粘った液が音を立てている。 体勢を逆にされ、ゾロのほうが下になった。ボトムを、下着ごとずるりと脱がされる。足の間にサンジが入り、閉じれないようにし、ゾロの腰の下に枕を入れると、膝の裏をすくって足を大きく開いた。どろどろの股間を晒され、正面から、すべてを見られてしまう。顔が熱い。 子供に用を足させるような格好を強いたまま、サンジが、汚れたペニスを舐めてきれいにする。サンジの舌が、先端から付け根までを、何度も這った。 下の膨らみを食まれ、ゾロは声をあげる。勃ちきった自分のものが、腹をぴしゃりと打った。 「ふ、……う、ァ」 「ゾロ、後ろ、ひくひくしてる」 「だ、めだッ、そこは、あっ」 「こんなに欲しそうなのに?」 ゾロの出したものと、サンジの唾液が流れて濡れた穴を、サンジが指の腹で優しくこする。じりじりとゆるやかに、一定の速さでこすられ、動きに合わせて声が漏れ、腰が揺れる。 自分から差し出すように、尻が枕から浮いていった。サンジの空いた手は、その尻をあやすように撫でている。 「ここ、自分でいじってたんですね」 前のときよりずっと、柔らかい。 言われ、頭の中が、真っ白になった。 バーに行っても、男を抱く気が起きなくなった。あのトイレの、あの個室で、あのときのことを思い出しながら、ゾロは自分で、後ろを慰めていた。指をサンジのペニスに見立て、じらす動きまでも真似て、イくときには堪えきれず、サンジの名を呼んだ。今日も、だ。 「し、して、ねえ、」 「じゃあどうして、こんな」 少し笑みを含んだ声で、サンジが訊く。ゆるゆるとした後ろへの刺激はやむことがない。だめだ、だめ、だめだ、何度も口にしながら尻を揺らした。拒絶するふりでねだっている。こんなところをいじられて、こんな声をあげて。 全身に、サンジの視線を感じた。抱かれたいと請うような、あの媚びた、慣れた視線ではなく、抱きたいと望む男の視線に犯されている。セックスに羞恥を感じたことはない。感じさせる側だったはずだ。サンジと、目を合わせることは出来なかった。きっと見透かされる。恥ずかしくて、気持ちがよくて、頭が沸きそうだった。 「ゾロ、大好き」 全部好き。そこをいじり続けながら、サンジが体を折って、ゾロの口から溢れる唾液を吸った。俺の顔見てください、と言うのに、断る、とゾロは、頑なに背けた。顔など、見たらダメに決まっている。本当なら、耳栓までしたいくらいだ。 「ほんとに、だめ?」 首筋を音を立て、強く、吸う。爪の先がほんの少し、穴に食いこんで、すぐに抜けてしまう。それをくりかえす。 「て、めえっ、いじが、わりいッ、」 眼尻に涙が滲むのがわかった。たぶん、顔はまっ赤だ。ほんとうにだめか、なんて。そんなのはわかりきっている。 「聞きたいんです。あなたの口から」 「……」 「俺だって、欲しがられたいよ。なにも望まねえ、なんて嘘だ」 バカが、と思った。俺もバカだがこいつもバカだ。言いたくねえ、察しろ、とだけゾロは言った。サンジはほんの少し黙って、それから、俺のいいように考えますよ、いいんですか、と言ってくる、それには、答えないことで答えた。 胸に、腹に、触れていないところがないように、サンジが唇を押しつけ、痕をつけていく。吸われるたび、あ、あ、とゾロはのけぞって声をあげた。唾液で濡れたところが、すうすうとして、だけど、ひどく熱い。 「俺を、いれてもいいんですね」 ここに、と言って、サンジがそこにも唇をつけ吸う。ゾロはまた、前を弾けさせた。叫ぶようにぽかりと空いた、口のなかに、自分の苦い精液が散った。 射精が終わりきっていないのに、サンジはゾロの痙攣する両足を持って、腰を高く上げ、穴を舐めはじめた。まだ液を飛ばしながら、目を強く瞑り、全身を強張らせた。ぬるぬるとなぶられる、その感覚で、体中がいっぱいになる。 「そんなにここ、好きですか」 指を、じわりと沈めながらサンジが訊く。耳からも辱められる。いったい、どこまで、入ってくる気なのだとぼんやり考えた。 「とろとろで、赤くなって、開いてる」 「あ、ああッ、や、めっ、いう、なッ、あっ、」 「すごくおいしそうだ」 ほら、わかりますか。言いながら、サンジはゾロの手首を掴むと、指をそこに導いた。ふわりと柔らかく、じっとりと濡れた、火照って熱い、自分の、粘膜の感触。ゾロは指を深く挿れて、なかを犯した。もう片方の手で、前をこすった。それでも、足りない。 「そんなふうにいじってたの?」 ほんとうはずっと、サンジに、こうしてほしかった。舌では、指では、届かない場所を、あのときのように、サンジの硬いペニスでこうしてほしかった。なのにサンジは手を出してこなかった。自分から、ゾロが言えるはずもない。 これじゃ、足りねえんだ、足りねえ。思わず、口に出していた。濡れている頬に指が触れて、目を開けてください、お願いだから、と困ったような声がする。 細められた薄青が、あのときと同じように熱っぽく、ゾロを見ていた。ぶわり、と感覚が膨れあがり、なぜか止まらない涙を見られたくなくて、けれど目を逸らすこともできず、畜生、とゾロは、悪態をつくことしかできなかった。俺を、こんなにしやがって。 「また泣かせちゃったな。ゾロがあんまりかわいいから」 「かわいい、とか、ばか、ッ、か、」 自分に与えられる形容詞とは、とうてい思えない。実際、言ったことはあっても、他のやつには言われたこともない。それならばサンジのほうがよほどだろう。けれどサンジは、ゾロはかわいいけどな、としごく真剣に言う。髪を撫でながら、顔中に、音を立てて、キスをする。何度も名を呼ぶ、甘ったるい囁きが、ゾロの体をいっそう震わせる。 「見せてあげるよ」 キスを続けながら、サンジは、とろけるような声を耳に垂らした。 「ゾロのここが、どんなにおいしそうに俺を食べるか」 ライトをつけたままの、昼間のように明るい洗面台の前で、サンジは、ゾロを抱いた。よく磨かれた大きな鏡が、ゾロのそこを、男のものを深くくわえこみ、果実のように色づいて、サンジが掻きまわすたびに泡と音を立てるそこを、映している。 消えてなくなっちまいてえ。そう思うほどの羞恥が、考えられないくらいの快感を呼んで、ゾロは震えた。それしか知らないように名を呼ぶと、サンジは、やはり困ったように、愛おしげに笑う。そんな顔、しないでください。それはこっちの台詞だったが、もう、ろくに他の言葉も出なかった。 「ちゃんと見て、ゾロ」 頭がぼうっと霞んで、ただ全身で、サンジを感じて、サンジを求めていた。サンジはじっくりと味わうように、じらすようにゆるやかに、ゾロを揺らしつづける。 「そんなにおいしい?」 ゾロの口元から唾液が流れる。サンジが出したものが、穴から溢れて、太腿の間をどろりと伝っていく。 ぴかぴかに光っていた鏡を、ゾロは白い液で、何度も汚した。 * 目が覚めても、ゾロは、腕の中にいた。 ゆっくりと慎重に、頭の下に敷いていた腕を抜く。じーんとむずがゆく指先が痺れて、手首を何度かぷらぷらと振った。 ゾロはまだ、安らかな寝息を立てている。初めて会った日のことを思い出し、横になったまま、しばらくぼんやりと、サンジはゾロを見つめた。その顔は、あのときとちっとも変っていないように見えて、時間が戻ったかのような錯覚に陥ってしまう。 遮光カーテン越しにも部屋はうっすら明るい。時計を見ると、もう昼に近い時間だった。名残り惜しかったけれど、サンジはゾロを起こさないよう、静かに、ベッドを出た。煙草が吸いたかった。熱いコーヒーが飲みたい。それから、食事の準備も。 リビングのカーテンを開けると、今日も空は晴れ渡っていて、寝不足の目には陽射しがきつい。キッチンに行き、コーヒーを淹れる湯を沸かしながら、煙草に火をつけた。起きぬけの煙草が、すっかり習慣になってしまっている。煙が、じわりと肺にしみわたるのを感じながら、サンジは、昨夜のゾロのことを考えた。 くりかえし、サンジの名を呼んで、愛撫を、キスをねだる姿を思い出す。好きだと、かわいいと、囁くたびに、吸いあげるようになかを締めつけて、全身を震わせた。 あれほど頑なだったというのに、いったいなにがあったのか、見た目にはわからなかったが、よほど酔っていたのだろうか。目を覚ましたゾロが、どこまで覚えているかはわからない。だがもし、少しでも覚えていたら、昨日までの態度を思い出すと、ここを出て行くと言い出す可能性は高い、ように思えた。 それに、とサンジは、換気扇に向け煙を吐きながら思う。あんな風に抱きあってしまえば、俺だってこれから先、いままでみたいにゾロと適度な距離を保てる自信なんかない。 はあ、と大きく、ため息と一緒に、もう一度煙を吐く。フィルターぎりぎりまで吸って灰皿に押しつけていると、キッチンカウンターの向こうから、ゾロが顔を覗かせた。 裸で寝ていたはずのゾロだったが、着るものが他に見当たらなかったのだろう、サンジが脱いで置いてきたパジャマの上を着ていた。これぞ、男のロマンというものだ。もちろん、女の子がするようにダボダボ、とはいかない。ゾロのほうが体格がいいから、むしろぴっちりとしている。けれどそんなことより、あまりにも無防備なゾロに、めまいがしそうになった。下はなにも履いていないはずで、それだけで動揺する自分に、つくづく、これは無理だな、と思う。 ゾロはひどく不機嫌そうな顔で、腹減った、とサンジを見もせずに言った。たぶん、すべて覚えているのだろう。機嫌が悪そうなのは、そのせいか。 「……なんか、リクエストあります?」 コップに水を注ぎ、ゾロに渡す。 「パン、フライパンで焼く、甘いやつ」 ぶっきらぼうに言って、ゾロは、ごくごくと飲みほした。 「フレンチトーストだね」 コップを受け取りながら確認する。それ、とひとこと言い、そのまま、椅子にどすんと腰かけた。なんともいえない、微妙な空気が流れている。せめてパンツは履いてほしいな、と思ったが言える雰囲気ではなかった。サンジはバケットを厚めに切って、卵と牛乳と砂糖を準備した。ゾロは無言のまま、じっと、窓のほうを眺めている。 悲観的な考えがかわるがわる浮かんで、サンジは沈痛な面持ちで、フライパンにバターを溶かした。こうばしい香りがむわりと立ちのぼる。とりあえずは、目の前のことに集中して気を逸らした。焦がさないように、両面にじっくりと、焼き目をつける。 「おまたせ」 作り置いたサラダと一緒に皿に移し、コーヒーを淹れ、テーブルへと運んだ。ゾロの前に置き、サンジも席につく。 おう、と答えたものの、ゾロは料理に手をつけようとせずに、じっと皿の上を睨んでいる。まるで、積年の宿敵がそこにいるかのようだ。そういえば、はじめてゾロに作った朝食がこれだったことを、サンジはふと、思い出した。 「……サンジ」 「はい」 「お前に、言わなきゃならねえことがある」 ゾロが言う。来た、と思い、サンジは、拳にぐっと力を入れた。 「悪ィが」 肩がびくんと震え、目の前が、暗くなりかける。できれば、その先は聞きたくなかった。うなだれたサンジに、こっち見ろ、とゾロが言い、しかたなく顔を上げた。 さっきまでフレンチトーストを射抜くように見ていたゾロは、いまはまっすぐ、サンジのほうを見ている。はじめのときから変わらない、薄茶の眸だ。ああ、やっぱり、すごく好きだ。そう思って、いよいよ泣きたいような気持ちになった。だが、泣くわけにはいかない。たとえ一緒にいられなくても、こんな男に、と絶対に思われたくない、だから、泣くわけにはいかない。 「酔ってたっつうのは、嘘だ」 俺は昨日、酔ってなかった。 ゾロが、やけにはっきりとした口調で言う。すっかり拒絶の言葉を予想して、身構えていたサンジは、一瞬、よく意味がわからなかった。 「……え?」 「それから、あの約束も、例の主義も、なしだ」 「……へ?」 「わかったか!」 つられるように思わず、はい!とサンジは返事をした。よし、ならいい、とゾロは厳かに言って、おもむろにバゲットにかじりつく。腹が空いていたのか、そのまま、ものすごい勢いで食べ出した。 サンジもぼんやりとしたまま、トマトを口に運んだ。まだ熟しきっていないのか、甘みより少し酸っぱみが勝るようだった。濃い目に淹れたコーヒーをず、とすすり、いまだぼうっとしたまま、ふと、ゾロのほうを見たときにようやく、気がついた。 ゾロの耳たぶが、トマトなみに、赤い。 「…………あれ?」 さっきの、もしかして、と。考える前に、口に出していた。 「いま、……俺のこと、好きって言った?」 ゾロは弾かれたように顔を上げ、ぎょっとした表情で、サンジを見た。な、という形で開いた口の端から、食べかけのフレンチトーストが、ぼろりとテーブルにこぼれた。それから、みるみるうちに、首のあたりまで赤くする。 「ゾロ!!」 もちろん、サンジはコーヒーを放り出し、有無を言わさずゾロに飛びついた。ぎゅうぎゅうと、思いきりきつく抱きしめる。ゾロは、やめろ暑苦しい、と悪態をつきながらも、サンジの腕を振り払おうとはしなかった。 たぶん今日からは、と、サンジは思う。あの寝顔を、きっと毎朝、隣で見ることができるのだ。 抱きついたままでいると、ゾロの片手が髪のなかに沈んだ。指で、一度さらりと梳くようにする。そのまま掴み、ぐ、と乱暴に引っ張られた。バターの味のする唇が、サンジのそれに重なって、頭に血がのぼって、思わず腰が抜けて、床に尻もちをついた。 呆然と見あげる、サンジを見て、声を立てて笑う。 「ハ、ひでえ顔だな」 「……ゾロだって」 「うるせえ。わかってねえみてえだからよ」 「なに、を」 あんなことさせんのは、てめえにだけだ。 真っ赤な顔のまま、それでも、男らしく、ゾロは言い放った。 こちらもちょっと加筆修正。 |