■Yellow Notice

 *この話は少し前に私の夢に出て来たマンガ同人誌、タイトル「yellow notice」が元になっています。

 

 



家の前を走る道路をずっと南に下ると、川に面した行き止まりにおばけ屋敷と呼ばれる大きな建物がある。
そこには昔、懐かしい友達が家族と共に住んでいた。
彼の名はクルル。
クルルとその家族はどこか遠くからやってきて、二年あまりをこの土地で過ごし、またどこかへ行ってしまった。
家は空家になり、そのまま荒れた。
クルル達の前に誰が住んでいたか、僕は知らない。
だけどやはり移民のyellow noticeの家族が住んでいた、ママがそう言ったのを聞いた事がある。



僕がyellow noticeと呼ばれる人々と仲良くなったのは、クルルの家族が初めてだった。
yellow noticeは温暖な地域で生活している人々というイメージで、僕らの州のような寒冷地ではあまり見ない。
クルルもその家族もやはりこの土地の寒さが辛かったと見えて、まだ冬にならない間からイヤーマッフルをつけたり、マフラーをしたりしていた。
yellow noticeと呼ばれる彼等にも昔は決まった土地があり、大規模な州を形成していたらしい。
が、ケロンが統一された時、一番肥沃な土地を陣取っていた彼等はそこを追われたのだという。
何だかその言い方が悪意に満ちているのは、yellow notice嫌いの歴史教師の説明だったからかも知れない。
初めは身を寄せあうように暮していたyellow noticeも、代が変わると共に各地に散り散りになり、混血が増え、様々な州の住人となった。
だから、クルルみたいに生っ粋のyellow noticeは、今では希少になってしまっている。

クルルの家はクルルのお祖母さんが家長で、とても厳しいyellow noticeの戒律を守る事を生き甲斐にしていた。
あまり外には出てこない人なのだが、僕も一度だけその姿を見た事がある。
修道女のように長いベールをかぶったその威厳ある老女は、僕を睨み付け、クルルを大声で呼んだ。
僕が大切な孫に何か悪い事を吹き込むとでも思ったのかも知れない。
根っこを持たないyellow notice の家庭では、子供の教育にとても熱心なのだという。
生きる上での困難に、頼るべき選択肢が限られているという事なのだろう。
いや、むしろ頼るべきは我が身だけ、という思想だろうか。
同じ理由で、子供を持たないyellow noticeは、貯蓄にとても熱心だという。
そういう部分が、歴史教師のようなyellow notice嫌いの人に言わせれば、「意地汚い」という事になるのかも知れない。
しかし、クルル達一家はちっとも意地汚くなかったし、どちらかと言えば善良な人々に見えた。

クルルが言うには、彼の家系はyellow noticeの伝統ある血筋という事だった。
毎日神様にお祈りをして、導書を読んで、暗唱して、ごはんを食べる前に山のような儀式を済ませなければならない。
だから僕の家へ遊びにきたクルルが、僕の姉が寝そべってお菓子を食べたりしているのを見て、すごく驚くのも無理はなかった。



僕たちは共に同じ学校へ通った。
町ではほとんどの子供は軍の幼年訓練所へ行く。
でも、僕はパパのような技術屋志望だったので、隣町にある職業訓練の専門学校まで一時間もかけて通っていた。
学校までのだらだらと続く一本道で、クルルに会った時は驚いた。
てっきり家から徒歩で十分ほどの場所にある、幼年訓練所へ入ったと思っていたからだ。
彼は言う。
yellow noticeはケロン軍になんか入らない、と。
声をかけたことがきっかけで、僕らは一緒に登下校するようになった。
宇宙砂糖楓の木の下で、休憩と称して食べるサンドイッチは最高だった。

僕らの学校は、同じような技術畑志望の子供達もいれば、普通の労働者階級の子供もいる。
城跡にある兵器工廠はケロン最大で、卒業後は皆一様にそこへ進む。
この寒冷で乾いた土地は、精密機械を扱う事にとても向いているのだ。
クルルはなかなか自分から志望を言おうとしなかった。
ケロンの新造国家に州を追われたyellow noticeが、軍に協力する訳にはいかない。
俺はクーデターを計画してるんだぜ。
そのうち研究所からPuを盗み出して、核兵器を作るんだ。
核って知ってるか? すげぇ原始的なのにタチの悪い兵器。
ちょっとした元素記号さえ知ってれば、子供にだって作れるぜぇ。
時にはそんな大胆な事を口に出してみたりして、聞いている僕に冷汗をかかせた。

普段のクルルは取り立てて目立たない子供だったけど、時々底知れない一面を見せる事がある。
僕は時々、厳しいお祖母さんとyellow noticeの戒律が彼を縛り付けているだけで、本来のクルルは別の所に存在するんじゃないかと思ったりした。
まるで、全然種類の違う宇宙人が息を潜めて僕らの中に紛れ込んでいるような。
凶暴な肉食獣が優しい顔をして草食動物の群れに混じっているような。
けれど、実際にyellow noticeという異邦人である彼にそれを疑ったり、指摘する事は、すごく良心のとがめる事だった。
僕は時々感じる違和感を黙殺する事にした。
どちらにしたって、クルルは僕の友達だったから。

技術系の学校を選ぶだけあって、彼は時折実験と称して色々なものを作ったり、壊したりしていた。
ロケットを組み立て、それにひとつずつyellow noticeの英雄の名をつけ、ケロン国家の要人の悪口や似顔絵を書いた。
こうすればもし失敗して墜落しても、それほどストレスにならない。
クルルはそう言って、クックックッと特徴のある笑い方をした。

それは息詰まるような厳格な家に育った彼の、唯一の憂さ晴らしだったのだと思う。
定住する土地のないyellow notice故の事なのか、それともクルルが基本的に何からも自由な精神を持っているからか、僕らはよく宇宙の絵を描いた。
どこか行ってみたい場所はあるかと聞かれて、僕は「地球」と答えた。
「何だ、ダセェ」
彼はそう言ったけど、僕は知ってる。
クルルがまだケロンに届いて間もない、地球の最新の音楽データを秘かにダウンロードして、家族に内緒で楽しんでいるのを。



そんなクルルが僕の年の離れた姉に傾倒していた時期がある。
姉は弟の僕が言うのも何だけど、よくできた人だった。
両親の出がらしみたいだった僕とは違い、美人で賢くて、それでいて優しい人だった。
yellow noticeの末裔だと知って、歴史を勉強していた彼女はクルルを質問責めにして閉口させたり、インドア派の彼を引っぱって山へ登ったり、僕らは短い一夏を三人でよく遊んだ。

クルルの姉への傾倒は、初恋とかいうよりは殆ど崇拝に近かった。
学校の帰りに僕の家に近付く度、クルルの態度がぎこちなくなるのがわかる。
傍目に見ておかしいほど彼が緊張してるのを見て、僕は気の毒になるほどだった。
yellow noticeの戒律では、他種との婚姻は認められない。
yellow noticeはyellow notice同士でしか結婚できない。
俺はそんな戒律糞食らえだが、俺の祖母さんは多分許さない。
そう言って苦悩するクルル。

僕は言えなかった。
姉には中央、そう、クルル達yellow noticeを追い出して成立した首都に、技術士官の恋人がいる事を。
そして数カ月後、結婚式を挙げるのが決まっている事を。

しかしその後、僕が告白しづらい事を苦悩する前に、姉は自らクルルや青春時代全てに別離を告げた。
そしてクルルの方も驚く程きっぱりと、幻想の姉に別離を告げた。
後を引かなかったかと言えば嘘になる。
神々しいまでの崇拝は急激に堕落し、家族としては聞くに耐えない罵倒発言もあった。
でも、クルルの悲しみを思えば不思議と許せてしまう。
傷付いたクルルは僕にこう言った。
「俺は二度と女なんか好きにならねぇ。女は裏切る。裏切らない女は俺の心の中にしかいない」
それはどう考えても八つ当たりだったけれど、僕はクルルの『心の中の裏切らない女』という言葉に、何だか大人びたものを感じて、無闇に胸が高鳴った。



二カ月後、クルルの家を長く専政君主として支配し続けていたお祖母さんが亡くなった。
僕はyellow noticeの葬式を初めて見た。
この町に坊さんがいなくて、クルルの親父さんが片道6キロもある町まで出かけ、やっとの思いで連れてきた。
洗車したばかりの車は道中何度も泥水を跳ねたようで、すっかり汚れてしまっていた。
一応その坊さんは、yellow noticeの流派もカバーしているという話だったけど、見た感じはとても怪しい。
亡くなったお祖母さんが怒り心頭で生き返って来そうな、たどたどしい式が済んだ後、僕は部屋の隅で導書や様々な本をひとまとめにしているクルルに気付く。
「それ、どうするの?」
「全部庭で燃やすから手伝ってくれよ」
口数少なくそう言い、ぽいとマッチを手渡す。
クルルは悲しそうにも見えなかったが、だからと言って不謹慎な事を考えている風でもなかった。

庭にはまだ参列者が集まって、口々に色々な話をしている。
参列者とは言っても、yellow noticeとか一族じゃなく、ただの数合わせの町の人々だ。
当然外へ滅多に出てこなかったお祖母さんの事など知るよしもなく、誰ひとり葬式らしい表情をしていない。
ざわざわと騒がしい人並みをすり抜け、クルルは早足で庭の裏側へ回り、ひとまとめにした本を煉瓦で囲んだ。
「マッチ」
クルルが焦れるように差し出した手に、僕はマッチを渡す。
空気が湿っているのか、なかなか火がつかず、ますますクルルは苛立つ。
一刻も早くこれらを燃やし、自由になりたい。
そんなクルルの叫びが聞こえるようだった。
しかし即席の竈に入れた何冊かの本は、お祖母さんの執念が込もっているのか、何度火をつけてもすぐに消えてしまう。
「チッ、油でもかけるか」
「今日は風があるから、よした方がいいよ」
そう言った瞬間、クルルの立っていた側から唐突に炎が上がった。

ぱちぱちと音を立て燃えてゆくのはyellow noticeの導書。
煙が立ち上ってゆくのを僕たちはじっと見ていた。
ずっと聞こえていた参列客たちのざわざわという声が途切れ、僕らはようやく清浄な場所へ来た気がした。

本が炭のように黒く変色し、何枚もの薄い灰になって舞い上がる。
クルルがそれを見上げながらぽつりと言うのを、僕は夢を見るような気持ちで聞いていた。
「祖母さん、悪いが、……yellow noticeは、俺の代で終わりにするぜぇ……」

降り注ぐ灰は風に舞い上がり、くるくると回るように飛んでゆく。
クルルの横顔が涙を堪えている事に、僕は気付いていた。
それでいて彼はあの灰のように自由に飛翔できるようになった事を、心から喜んでいるようだった。
yellow noticeである事の誇りと、喜びと、ジレンマと、束縛と、憎悪と、自己憐憫と、もっともっと沢山の何かがクルルの中にはある。
僕にはyellow noticeの末裔という枷を背負った彼の複雑な思いなど、きっと一生わからないだろう。
けれど、あの傲慢な程強気なクルルが泣いている事を、誰にも言わない事だけは約束できる。

僕らはずっとそこに立ち、早すぎる冬の訪れを待っていた。



僕らの土地の冬は厳しい。
雪に閉ざされ、外へ出るにも一苦労だ。
僕らの学年はまだ進路についてあまり焦っていない。
しかし、クルルは姉の事とお祖母さんの死を経て、いろいろ思う所があったようだ。
長い冬をずっと論文作成に費やし、二、三の品物の特許申請まで済ませ、遅い春が来る頃にはすっかり学校の有名人になっていた。

厳しいyellow noticeの戒律の下で押さえ付けられていたクルルの才能は、その年初めて見事に開花した。
あのyellow notice嫌いの歴史教師までもが、中央の権威ある科学雑誌に載った論文を褒め称えた。
しかしクルルの反応は冷ややかなものだった。
「意味もわかんねぇ癖に」
そう言われてしまうと僕も辛い。
読ませてもらったものの、その内容は結局半分も理解できなかった。
一緒に歩いていた筈の友人が、いつのまにか僕を離れ、何キロも先を歩いている事に気付いたような感覚。
いや、もしかするとずっとクルルはずっと先にいたのかも知れない。
僕という凡人をたやすく欺きながら、yellow noticeの戒律の下でずっと息を潜めていた天才。
一緒にロケットを作ったり、サンドイッチを食べたりした善良なクルルは、最初からどこにもいなかったのかも知れない。
僕の中で草食動物の中に潜む凶暴な肉食獣のイメージが甦る。

それは、クルルとの別れが近付いている事への、最初の胸騒ぎだった。



ある時、僕の家の前を見た事のない立派な車が通った。
町から町をつなぐデコボコした旧道を通って来たとは思えない、ピカピカと黒光りする大型車だった。
近所の子供が指差して大騒ぎをしている。
僕は何となく予感していた。
あの車はこの道を通って南へ下り、川に面した家へ行く。
その家には才能豊かな僕の友達が住んでいる。
謎めいた集団が突然訪ねても、文句を言うお祖母さんはもういない。
ドアを開けて、どこからともなくやって来た客は言うのだ。
「王子様、お迎えにあがりました」

いつかそんな日が来ると予想していた。
僕は引き寄せられるようにクルルの許へ向かう。
同じように妙な引力に当たった町の人々が、川べりの家に向かって歩いてゆく。
あそこはたしか。
移民の、ほら、何とか言う。
yellow notice。
その言葉はまるで合い言葉だった。
クルルはその皮肉に大笑いしただろうか。

yellow noticeを追い出した新生国家の軍人が、うやうやしくその末裔を王子のように迎えに来るなどと。



僕らは最後にいろいろな話をしながら懐かしい道を歩いた。
一緒に組み立てたロケット、宇宙の落書き、教師の悪口と、サンドイッチのメニューの事まで。
姉の事は一度も話題に上がらなかった。
クルルは明後日、首都にある軍の研究施設へ行くのだと言う。
「もっと小さい時に、知能指数で目をつけられてな。……既にそういう話はあったんだが、祖母さんが猛反対で、……仕方なく何年か待つ約束を取り付けたって訳だ」
「でも、君、yellow noticeは軍に協力なんかしないって……」
「両親に多額の助成金が出るんだってよ。今は止める祖母さんもいないしな。……頑張って馬鹿のフリしてたんだが、騙せなかったみたいだぜぇ」

「そんなの、君には関係ないよ。断ればいいんじゃないか!」
「相手は軍だぜ、断れるかヨ」
僕はムキになってクルルを止めようとしていた。
友達がそれまでの自分を裏切るような選択をする事が許せないだけの、僕は幼い子供だった。
脳裏に浮かぶのは善良そうなクルルの両親。
あの人達が助成金のために、息子を売ったなんて思いたくない。
何でクルルのお祖母さんはあんなに早く、亡くなったんだ。
今こそ彼を連れていってしまおうとする奴等に、あの威厳のある目で睨み付けてやってほしいのに。

「そんなに心配すんなよ。俺はどこにいたって俺だぜぇ」
クルルはそう言って笑った。
それが僕が聞いた最後のクルルの言葉だった。




その後、僕はすっかり平凡な大人になった。
この町で結婚して、息子がひとりいて、その息子もまた長い道のりを学校に通っている。
僕は結局兵器工廠に数年勤めた後、息子の学校の教官となった。
職業訓練学校である。今も怪しげな物を拵えては壊したり、あちこちに飛ばして迷惑をかける生徒を見る度、僕は少年時代の事を思い出す。

クルルの噂は少し前、学校へ優秀な生徒を引き抜きにやってきた技術士官から聞いたのが最後だ。
優秀な頭脳故に一足飛びに佐官にまで昇りつめ、その後手痛い降格を食らって、今はどこか辺境の星に左遷状態だという。
傲慢で取り付く島もない、いくら才能があろうが、あんな奴は大嫌いだとその士官は語った。
僕はそれを聞いて少し笑ってしまう。
手痛い降格、何をやらかしたのだろう。
まさか本気でクーデターを計画していた?
原始的でタチの悪い核兵器とやらを作って?
僕はもう笑いが止まらない。
クルルはあれ程解放される事を望んでいた、お祖母さんに似てしまったのかも知れない。

普通なら彼の現状を労る言葉も出てきそうなものだが、僕は少年の日のクルルの、あの不敵な表情を思い出すのだ。
yellow noticeは軍に協力する訳にはいかない、彼はそう言っていた。
それならば、天井知らずの優秀な頭脳をフルに役立てる事なく、悠々自適に閑職で左遷生活を送る方が彼の目的に適っているではないか。
ああ、確かに。
君はどこにいても、君だ。


クルルというイメージについて、僕が何か認識を変えたとすればこの一点だけ。
彼の本質は凶暴な肉食獣ではあったけれど、無理矢理に草を味わおうとする悪食だ。
僕は今度、クルルに手紙を書こうと思う。
きっと何からも自由になった、新しい純粋な彼に出会えるような気がする。




                    

                        <終>









*「yellow notice」がどんな話だったかは憶えていません。ただ、雰囲気が西洋風だった事くらい…
何となく記憶を頼りに組み上げてみたものの、後で読み返すと全然違うっぽい上に「頭大丈夫か!?」状態…
「yellow notice」に関してのモデルとか具体的なイメージは特にありません。
「どっかの伝統ある国が新生統一国家とやらの成立の犠牲になったんだな」くらいに思っていただければ。