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「……というわけで、これまでの短期集中地球侵略作戦からがらっと趣向を変えてみようかと、我輩そう思った次第……って、ちょっと、聞いてんの?」
会議室には乾いた空気が漂っている。
欠伸をかみ殺しているタママ、腕を組んだまま目を閉じているギロロ、ノートパソコンで怪しい内職中のクルル。ドロロは端からこの場にいない。

「何つか皆サン、やる気ないね……」
そういうケロロも定例会議という事で、昨夜寝る前に大慌てで立てた『作戦にもなっていない作戦』を提案しただけであった。
「だって〜地球人スーツで開くお店って、うまくいったためしがないじゃないですかぁ。そんなのばっかだと、そのうちヤッターマンの悪者みたいって言われちゃいますよぅ。僕らはケチな小悪党じゃなくて、はるかな大宇宙から来た侵略者なんですから!」
「ウ、キミ嫌なトコ突くね。でもさ、ヤッターマンの悪役は毎回、やられメカ分の金額は稼いでたんだし、あんま過少評価しちゃダミだよ?」
「エー、それだと僕ら、ヤッターマンの悪役以下って事になるじゃないですか〜」
一体何の話をしているのか。
既に議題から外れてしまったケロロの横で、一生懸命電卓を叩いていたモアが唐突に挙手し、発言した。
「ハイおじさま、発言します! とても言いにくいことなんですが、今月はもうそのための資金がありません。ってゆーか、財政困難?」
そう、確かに今月は様々な赤字が重なり、作戦行動のための元手すらが底をついていた。現在の残高では、大抵の作戦は実行不可能であろう。

再び対話もない乾いた空気漂う会議室。しかし雰囲気は間違いなく悪化している。

「なんつかねー、もうこうなったら今月は作戦とかやめて、来月のためにリフレッシュ休暇にするとか、どーヨ?」
「貴様、確か先々月もその前もそんな事を言っていなかったか?」
「やぱ……ダメすか……」

乾いた空気にとてつもない重量感がプラスされる。これは崩壊の予兆かも知れない。

ケロロはふとクルルが熱中している謎の作業に気付いた。
ケロロにしてみれば、この空気を打破するために、何か別の突破口を探さなくては……、という意図。しかしクルルの行動に口を挟むのは得策かどうか。
結果如何では、更なる空気の過重が予想される。
しかし、ケロロは既に行動を起こしていた。
クルルのパソコンを覗き込み、わざと明るく声をかける。
「クルル君、それなに?」
「あ〜? コレか?」
クルルは顔を上げ、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる。
そして一声。
「全宇宙に捧げるズ・リ・ネ・タ、だぜェ〜」

―――――作戦失敗。
乾いた空気は遂に大きくひび割れ、がらがらと崩れ落ちた。



モアを引っぱって別室へ連れていき、慌てて戻ってドアを後ろ手に閉めたケロロは、部屋の中の空気が名状しがたいものになっている事に気付く。
さっきまで腕組みして目を閉じていたギロロは、座った目をして自分の前に置かれたコーヒーの空き缶をぐるぐる回したり、貧乏ゆすりをしたりしてあからさまに落ちつかない。
タママはケロロと目が合う度にハッとして逸らし、それなのに隊長の視線が外れると、そちらを赤面しながら凝視するという動作を繰り返していた。
「クルル曹長! 唐突に一体何でありますか! ホラこの雰囲気、会議が台なしでありますよ!」
「そうだ! し、神聖な作戦会議に、貴様一体何をやっとるか!」
ケロロとギロロの抗議を他所に、クルルは依然として作業を続けている。
クルルが言うには、ポケットマネー獲得のため鋭意作成計画中のアダルトグッズらしい。
「何だょ、あんたらだってヤるだろぉ? オナニー」
崩れ落ちた後の空気は修復不可能な様である。
「いや、ヤるとかヤらないとかじゃなくって!」
そのケロロの発言を聞いたタママがハッとして顔を上げる。

ぐ、軍曹さんの、オ、オナ……!!
それ、それって一体、何をネタにするですかぁ!?
も、もしかして、もしかして……
タママの奥底から黒いものが沸き上がる瞬間。
あ・の・お・ん・な!?
沸き上がった暗黒の憎悪はタママの中をぐるぐると巡り、身体中の熱情を奪い、胸の奥の切なさをも拾って、雪だるま式にどんどん増幅されてゆく。
……そんなの嫌ですぅ。
僕はいつだって、軍曹さんのことを考えてるのに。
可愛く喘ぐ軍曹さん。
優しく囁いてくれる軍曹さん。
時には逞しく、時には優しく、時には荒々しく、僕を貪る軍曹さん。
どんな軍曹さんも超セクシー&キュートですぅ。
僕は軍曹さんの事を考えただけで、いくらでも尽きせぬ泉のように……!!

背後で感極まっているタママを他所に、クルルは別方向を容赦なく攻めてきた。
「それとも、隊長と先輩はもう枯れちまってんのかい?」
「し、しつれーな!」
「そうとも! こいつはともかく俺は充分現役だ!」
その物言いが既にオヤジ臭い二人であったが、クルルは面白そうに続ける。
「何かお好みがあれば調達するぜぇ。コレはそれぞれの理想が具現化できる装置なんだ」
また人知れずそんな趣味臭い研究を……、とツッコもうとしたケロロは、横にいるギロロの様子が俄におかしくなった事に気付いた。
「り、理想を……、具現化……」
ギロロは既に何ごとをかぶつぶつと呟きながら、完全に自分の世界に入ってしまっている。
ああいつものアレが始まった……と思う間もなく、基地の冷房すら役に立たなくなる熱放射が来た。
「めちゃくちゃわかりやすい反応でありますな、ギロロ……」
クルルは背中を丸めて、クとキの中間のような、ほとんど悲鳴のような笑い声を発している。

「で、隊長はどうなんだ? 地球人も快楽追求には目がねぇ種族だから、こいつを使えば案外簡単に侵略できちまうかも知れねぇぜぇ」
「わ、我輩?」
背後のタママの黒いオーラが反応した。
「我輩より、クルルでしょー。我輩、意外とクルルのそういうのは、途方もなさすぎて想像がつかないでありますヨー」
慌てて話を逸らそうとしたケロロ。
クルルは少し首をかしげるようにして、再びクックックッ……と笑い出した。
「俺かい? ……そだな、俺は『何にも知らねぇ』『14才から17才までの』『カボチャパンツにペチコート』か『微妙な丈の』『プリーツスカートの』『制服の』『美乳』『メガネっこ美少女』になって、『大柄な熊親父に』『足先舐められ』たり『緊縛され』ながら『鞭でグリグリやられた』り『あちこちくすぐられた』りして『喘ぎまくり』てぇよなぁ。……それでいて『目線は両方とも感じられる』とかそういうのがcoolだぜェ……」
「……聞くんじゃなかった……」

気がつくとあれ程乾いていた空気が、いつしか湿度を含み、じっとりと温んでいる。
しかも場所によってピンク色や暗黒色、そして暑苦しいまでの燃える赤色であったり。
「確かに地球侵略に使えない事もないでありますが……、この雰囲気はチト気味が悪いでありますよ」
ケロロがそう呟くと、既に妙な色になっている三人がこちらを振り向いた。
「そういう軍曹さんはどうなんですぅ? ここは是非ゆっくり腹割って聞かせてほしぃもんですねぇ」
「そうだ! ま、まままさか貴様、例えばものすごく身近な、例えば一つ屋根の下に住んでいる地球人をネタにしたりしている訳ではあるまいな!?」
「クックックッ……、隊長案外とんでもねぇ変態気質だったりするかもだぜェ〜」
いつもの三割増強の禍々しいオーラを纏った三人が、ケロロに追求の一斉射撃を食らわせる。
「わ、我輩、嗜好は極めてノーマルでありますよ! ホラ、ここ最近はふつーに『小説版ガンダム』の二巻目でアムロとセイラさんが結ばれるトコとか、今となっては入手困難な『角川ノベルス・リーンの翼』とか、あとは筒井康隆の『農協・月へ行く』の文庫とか!」
「イマドキ活字ですかぁ? 何だか軍曹さん、昭和の中学生みたいですぅ」
「イヤー、オヤジになるとだんだん過激モノより、結構こういう原点モノに回帰しちゃったりするんでありますよ…… オハズカ!」
三色の怪しい空気には、更に謎の青春発酵色が追加される。
既に乾いた空気はどこにもない。
互いの恥部と秘密を暴露しあった小隊のメンバーは、更に結束を固め、濡れた共鳴を交すのであった。



さて、実は会議が始まった頃から天井裏に潜んでいたドロロである。
彼はずっと出ていくべきか行くまいかを迷い続けていた。
今出ていけば、このまたとない不思議な連帯感を共有する事ができるだろう。
何となく今日の皆の結束は、いつものそれとは違う気がする。
それは余りにも甘い誘惑であったが、その代償として当然ドロロにも、自身の「@@ネタ」の提供を求められる事であろう。
それを葛藤し、躊躇し、苦悩し、煩悶し、ようやくドロロがトンネルから抜け出た頃。


既に会議室には誰も居らず、きれいに片付けられた部屋にひとり残されたドロロは、皆の残した淫猥色の空気だけを身に纏い、深く項垂れたという……

                    

                      

                     <終>