■僕の中の獣

 

 



僕の中には獣が棲んでいる。
それは、ときどき外へ出て暴れだしそうになる、
制御できないほど元気な獣だ。
閉じ込めておかなければならない、僕の中へ。
だから、僕には強い鎧が必要だ。


文字はところどころ力が入り過ぎたり、明後日の方向へ引っぱり過ぎたり、まるで線画のようだ。
誰が書いたものなのかはわからない。
明白なのはそれが子供の字であるということだけ。
そして、そのたった数行の中に、理不尽なまでの暴力性が秘められている事。
書かれてからかなりの年月が過ぎたという事を、ノートの切れ端らしき紙の劣化が語っている。

「彼」はその紙片を、軍本部の会議室へ至る大回廊で拾った。


幼年訓練所の資料室。
成体のケロン人には縁遠い場所であるが、まだ尻尾の残った「彼」はフリーパスで入室可能である。
卒業生や在校生の記録の機密性は、まだそれほど重要視されていない。
だが、今後はセキュリティが強化されるだろう。「彼」の悪趣味な企てが明るみに出た暁には。

わざわざ書き文字が残されているという事は、どこかにコミュニケートの欲求があったという事だ。
吐き出すだけなら庭に掘った穴にでも叫べばいい。
これを書いた子供は、自分の存在をどこかへ知らしめようとしたのか。
それとも自分の秘められた狂暴性を恐れ、純粋に助けを求めていたのか。

普段は誰に対しても態度を変えない「彼」。しかし目的のためならば、別人のように振舞う事もできる。
「彼」は資料室を管理する女性係員に『純粋な子供』を演じ、身分証を見せ、部屋の奥にあるパソコンの前に座った。
軍の重要機密である事を告げ、人払いをした後で。

「彼」がキーボードを叩く音には澱みがない。
いくつか事前に調べがついた、謎の子供についての断片的なキーワードを入力する。
更に既に黄ばんだ紙を広げ、その筆跡をスキャンする。
数十件のHIT。
その子供は意外に目立つ存在であったらしい。
「彼」は唇を嘗めながら、ソートされていく画面を食い入るように見つめる。
スクロールを三度程くり返したところで「彼」の指が止まった。
「……!」

画面には「彼」がよく知っている人物の、幼年期の顔が映し出されていた。



「彼」の目的はただの覗き見趣味に過ぎない。
自分の無闇なエネルギーを消費するための、大きな謎解きパズルを用意したい。それだけであった。

「彼」のどこへ向かうのかわからない無闇な上昇志向は、出世とイコールではない。
目の上の瘤は何がなんでも叩き落としたいという、野蛮な欲求にのみ直結する、
例の子供がこの軍本部の大回廊を闊歩できる立場の、上層部の人間へと成長したのなら、その子供は近い将来、自分を阻む敵となるかも知れない。
それならば何者かを突き止めて、心に飼っているという獣が牙を剥くのを見たいと思う。
例え、奢りと怠惰に慣れ、ぶくぶくと肥満しただけの獣を見る事になっても、余興のひとつとして楽しむ事は不可能ではない。

「彼」は何者をも恐れない。
そして、同じような毎日の繰り返しに退屈している。

そんな地点から始まった「彼」の人探しは、意外な所に結末を見た。
紙片を見せて強請ろうにも、この人物に限っては意にも介さないだろう。
それどころか、ただ無差別に牙を剥くだけであった己の中の獣を飼い馴らし、近頃は洗練された武器へと成長させている。

「彼」は完敗を悟る。


―――――紙片を落とした『かつての子供』は、「彼」が唯一信頼を寄せる直属の上司であった。

 










**********



「何コレ? シリアス小説? 誰が書いたの!?」
「いや〜、参っちゃうですぅ、誰にでも『若気の至り』ってあるじゃないですかぁ! それ、僕がまだケロン軍へ入りたてで、無闇に野心家だった頃の日記なんですよぅ! この前荷物の中から見つけた時は、穴があったら入りたいほど恥ずかしかったですぅ。なんたって漢字だらけの『小説形式』で、しかも自分の事『彼』ですよぅ! どんな中二病だよお前って感じですぅ!」
「何だ〜、そうでありましたかぁ…… って、この『獣を飼ってる上司』って、もしかして我輩!? カッケー! ガルル中尉みたいじゃん!」
「そですよ? 軍曹さんが廊下で落とした物だって、僕必死で調べたですよぅ! だってあの頃は、本部の廊下を歩いてる人はみんな『上層部の偉い人』だと思ってたし〜」
「いや、確かにその文章、記憶にちびっと擦るものがあるんだけど…… ……って、あ! それ、子供の頃やってたRPGの『鎧のありか』についてのメモでありますヨー! どこへ紛れ込んだかと思ったら、そんな所へ落としてたとは……。タママ知らない?『ドラゴンネクスト』の2! 今はもう第8シリーズが出てる『ドラネク』も、あの頃はまだ2だったのであります。イヤ〜あの鎧探しには苦労したした! あんまりムカついて、スッゲきったねー字でメモったの覚えてるであります!」
「……青春時代の僕って、こんな人に敗北ってたんですね……」
「若い頃はいったん壁に当たって、自分の限界知る事も大切な事だヨ? タママ君」
「……僕当分立ち直れそうにないですぅ……」

既に衆知の事実であるとは思うが、タママは些細な勘違いから「自分の中にも獣を!」を合い言葉に、新たな人格を心に育て、それを武器とする事に成功した。

傍目には「結果よければ全てよし」と結びたい所だが、本人の心中は複雑な様である……


                    

                        <終>