■マニアの受難
           
           
          
            
            経緯は省く。
            ここは日向家のリビング。
            日向秋、日向冬樹と何故かタママが、お茶とお菓子を前に談笑しているという不思議なシチュエーションである。
            
            
            
            「今日はいっぱいごちそうになっちゃって、ありがとですぅ」
            そう言いつつ、空になったお菓子の皿を秋に差し出すタママ。その目は更なる「お代わり」を要求している。
            「どういたしまして。ごめんね、ちょっとケロちゃん達には用をお願いしちゃってて、無駄足させちゃったわね」
            「ハーイ、軍曹さんの分のお菓子、僕がもらっちゃうから別にいいですぅ! 代わりに軍曹さんには僕の愛情をいっぱい捧げるんですぅ」
            そう言って「お代わり」が盛られるのを待たず、自主的に別のお菓子の封を切るタママ。
            用を済ませたのに報酬のおやつも無いなんて、ちょっと可哀想かも……そう思いつつ冬樹は前からずっとタママに聞いてみたかった事を質問してみる。
            「ねえ、タママはどうしてそんなに軍曹の事が好きなの?」
            「えー? それはグモン、ってやつですよぉ、フッキー」
            口いっぱいに頬張ったクッキーを、オレンジジュースで流し込むようにして、タママは言う。
            「『あの頃の軍曹さん』がいかにカリスマか…… なんてのはみんなが知ってるとして、それ以上に軍曹さんは特別な人なんですぅ。どのくらい特別かって言うと…… うーんうーんえーと、チーズ味のカールの中に間違ってうす味のが入ってるくらい…… ですねぇ」
            そんな混入あるんだろうか。それに僕らはたった数人のケロン人しか知らない。軍曹がそんなに特別なケロン人だとしたら、一体普通のケロン人って……?
            冬樹も秋も急激に興味を引かれてタママの言葉に向き直る。
            「そ、そうなの? でもそれってどんな風に特別なの?」
            「エー? ……それはですねぇ……」
            一呼吸置いて、ちょっと勿体ぶった様子でタママが宣言した。
            「軍曹さんは我がケロン軍人の中でも、名立たる通人なんですよぉ」
            
            
            通人。
            そのイメージについて冬樹は考える。
            簡単に浮かぶのは「その道の通」という、骨董品等の目利きっぽい感じ。
            「ええーと、それはちょっとイメージが……」
            じゃ、地方の公民館で催される『第××回、○○市民文化祭』なんかで書画を出品したりするような?
            「ううーん……、地球人とは感覚が違うみたいですねぇ。えーと、どうやって説明しようかなぁ……」
            タママは新たにスナック菓子の袋を開け、その中に封入されたヒーローのカードを取り出しながら考え込んだ。
            「タマちゃんが難しいならいいのよ。私達ももしかしたら難しくてよくわからないかも知れないから」
            秋がグラスにジュースを注ぎながら微笑む。しかし、タママはどうしてもこの機会に『他とは違う通人で素敵な軍曹さん』について熱く主張したいと思っているのか、難しい顔で考え込んでいる。
            「……でも、確かに『軍人』と『通人』はちょっとジャンル違うよね」
            悩むタママの助けになればいいと思い、冬樹は軽く話をフってみた。
            「そう! そうなんですぅ。軍曹さんはだから特別で、僕にとってすごくまぶしい人なんですぅ」
            どうやらうまく突破口になったらしい。
            
            
            「ええと、僕らの故郷では『好ましい』って言われてる気質とか気風があって……」
            やっとわかりやすく説明できる言葉が見つかったのか、タママは語り出した。
            「ケロンは軍事国家だもんね。何となくわかるよ」
            「そうなんですぅ、だから小さい頃から訓練所でもしごかれるんですよぉ」
            「じゃ『好ましい』のはギロちゃんみたいな感じ?」
            「伍長さんは……なんか根っこがちょっとヘンだから…… あ、伍長さんのお兄さんなんか、理想的ですかねぇ」
            冬樹は一度だけ遭遇したギロロ伍長の兄、ガルル中尉を思い浮かべる。なるほど、冷徹で軍人らしい。
            「そうか、実利主義が尊ばれるんだ! 僕みたいにオカルトになんかハマってちゃ『非現実的な事に現を抜かしている場合ではない』って叱られそうだね」
            「そーう! まさしくそうなんですぅ!」
            タママは拳を作って振り上げる。
            「そんなクソ面白くもない四角四面なケロン軍にあって、軍曹さんはすっごい粋な人なんですぅ!」
            
            
            自分が所属する組織の事をそんな風に言っていいものかと冬樹は思う。しかし、そもそもこのタママが軍人らしいかと言われれば「うーん」と考え込まざるをえない。
            いや、それは小隊全員に言える事なのかも知れないけれど。
            
            
            「地球<ペコポン>は発展途上の惑星ですけどぉ、文化水準は高いって言われてるんですぅ」
            「そうなんだ? ありがとう」
            「でもそういう評価はケロン人の中では、どっちかと言うと『軟弱』とされてる文系の学者さんのもので、タカ派のえらい人の間ではあんまり価値を見い出してもらえないんですよね……」
            それは冬樹にもよくわかる話だ。戦争で多くの文化遺産はその価値を理解しない者たちに破壊され、略奪される。まるで大を征するために小の犠牲はやむを得ないと言わんばかりに。
            そしてケロン星も地球と同じに色々な価値観があり、それが許せないという考えも確かに存在するのだ。
            「タマちゃんの故郷にも、わたしたちの文化を大事に思ってくれてる人がいるのね」
            「そうなんですぅ」
            話の合間にお菓子が継ぎ足されていた筈のタママの皿は、既にからっぽになりつつある。
            「とはいえ、地球の文化はまだマイナーで、子供向けのおもちゃなんかは割と売られてるんですけどぉ、大人の趣味としては『知る人ぞ知るブーム』って感じですかねぇ」
            「何だかサブカルチャーみたいだなあ」
            自分の分のクッキーをタママの皿に乗せながら冬樹は考えてみた。
            ケロン星の大きなメディアはまだ取り上げない、口コミだけのブーム。そんな小さな流れの中に遠く離れた自分達の星のカルチャーが辿り着いている。
            意外にそれってすごい事かも知れない。
            「何だかわくわくするけど、その『ケロン星で秘かなブーム』って例えばどんななのかしら? ママの作ってるマンガ雑誌なんかも宇宙的だと嬉しいわねえ」
            「そう! そこから我らが軍曹さんが通人で、高感度なトレンドウォッチャーって話に入るんですぅ!」
            
            
            その話は冬樹にとっても秋にとっても意外なものであった。
            質実剛健を基とする軍事大国ケロン本国にも、音楽や映画や文学、マンガやアニメを愛する層が少なからずいる事。しかし、それらは一部の戦意高揚モノを除き軟弱で無駄な趣味とされ、あまり暖かい目では見られていない。物によっては取り締まりの対象にすらなるという。
            「なんか、華氏451の世界みたいだね」
            ……故にどんどんそういった趣味を持つ人々は地下へ潜る事になる。
            「どうですぅ? デカダンでしょー? アナーキーでしょー?」
            彼等は一般からは疎んじられるものの、一部の若者の間ではアウトローチックな英雄となり、密かに羨望の視線で見られていた。
            「軍曹さんは軍人でありながらそういう危険な場所にも出入りできる、すごい人なんですぅ!」
            それはいつも小隊の皆が主張している『あの頃の軍曹さん』とは別物なのだろうか?
            
            
            「地球産のアニメは、本国じゃ思想的にヤバい所は改変されて放映されたりするものなんですけど、軍曹さんは無修正版まで持ってたりするんですぅ。しかも、どこから手に入れたのかわからない『初期仕様の色塗りが大変なガンプラ』はもちろん、番組録画じゃなくて録音のための『1980年頃のアニメ雑誌付録のカセットレーベル』とか、『永井一郎が熱唱するバンダイのラジオCM』とか、『月刊OUT増刊の当時にして定価¥1800もしたガンダム・センチュリーの初版本』とか、不法所持満載の軍曹さんの危険なプロフィールに僕たち、どれ程震撼したことか!」
            なるほど、今の姿からも想像しやすい『あの頃』かも知れない。冬樹は深く納得する。
            「そういえば昔、プラモのカラーなんか持ってないからアクリル絵の具で塗ったことがあるわ。ちょっとコツがいるのよね」
            話に加わる事ができる秋には、何か共通する思い出があるのだろう。
            しかしタママは雑談には逸れず、あくまで『他とは違う通人で素敵な軍曹さん』の主張を続ける。
            「マニアからも先鋭的とされる地球のアイテム収集、そして人生のあらゆる場面でのウィットに富んだ『引用』の数々! なんてデンジャラスで教養深い軍曹さん!」
            「えっ『引用』?」
            引用、なんて改めて呼ばなきゃならないような、そんな場面があっただろうか?
            「ちっちっちっフッキー、オカルトだけじゃなくてもっとお勉強した方がいいですよぅ。教養深い人は偉大な先人への敬意を常に忘れないものじゃないですかー」
            「それは和歌に漢詩や古歌を引用するとか、そういう意味での引用の事なの? 『本歌取り』って言われてるような」
            「そーう、それ系なんですよぅ! さすが編集者さんですぅ。あとですね、歴史上の人物のためになる言葉で僕たちを鼓舞してくれたり、『戦場・ちょっといい話』を聞かせてくれたり……」
            
            それって。
            もしかして。
            冬樹には大いに思い当たる節があった。
            「あのさ、それって大人の余裕を見せたい時なんかに『坊やだからさ』とか、遠出して帰る先が見えて来た時に『僕にはまだ、帰れるところがあるんだ。こんなに嬉しいことはない……』って言うとか、そういうのの事?」
            それ、歴史上の人物の台詞じゃないし。
            「な、なんでフッキーそこまで軍曹さんの事を把握してるですかぁ!? 何だこの敗北感…… 意外な伏兵はこんな身近な場所に潜んでいたですぅ…… 恐るべしフッキー、相手にとって不足無しですぅ……」
            タママの嫉妬ボルテージが急激にアップした頃、庭の方から『デンジャラスで教養深い通人』の声が響き渡った。
            「タダイマでありますっ! ママ殿、お使い終了であります!」
            
            
            
            タママがケロロの前で尚、心ゆくまで『他とは違う通人で素敵な軍曹さん』を語り終えて帰宅した後。
            冬樹は自室でジュースを飲みながらくつろぐ渦中の人に話し掛けてみた。
            「ねえ軍曹、軍曹が地球であんなにガンプラに夢中なわけがわかったよ」
            「ゲロ?」
            「ケロン星じゃ大変な思いして手に入れてたんだね」
            「全くそうなんでありマスよー! 入手するために偽造の身分証を作り、海千山千のバイヤー達と渡りあい…… 我輩『人生に必要な知恵はすべてガンプラのブラックマーケットで学んだ』でありますよー」
            得意げに胸を張って見せるケロロ。タママが言う通り、やはり彼は軍人離れした軍人なのだろう。
            「何しろガンプラは地球が誇る文化でありますからなぁ。我輩、全地球占領の暁には文化の保護だけは約束したいってことでひとつ、どすか? 冬樹殿」
            「それはありがたいんだけど…… できたら僕らも占領されないようにしたいなぁ……」
            
            
            周囲からあまり理解されない異端の趣味、そして何の役にも立たなさそうなマニアの雑学。
            我が家へやって来た侵略宇宙人はフリークだった。
            ケロロとまっ先に打ち解けられた理由が、冬樹は少しわかったような気がする。
            
            僕たち、意外に似たもの同士だったのかもね、軍曹。
            
            今度ケロン星のアンダーグラウンド話、いろいろ聞かせてもらおう。
            この風変わりな友人との間に、また新たな楽しみが増えた事が、冬樹はとても嬉しかった。
          
                                   <終>
          
          
          
            
            
            
            
            
            
            
            
            
          余談:
            「クーックックックックッ……」
            一連の話を聞いていたらしいクルルが、わざわざケロロと冬樹の間から顔を突っ込み、いつもの笑い声を立てた。
            「あのブラックマーケットじゃいい目見させてもらったぜぇ。まさか注ぎ込んでたのがアンタだったとはよぉ。思わぬニアミスしてたって訳だ……」
            「ゲロォオオオオ! 何ですとぉ!?」
            「ま、お互いにいい思いしたんだから恨みっこなしだぜぇ」
            目を白黒させて卒倒しそうになっているケロロの背に腕を回し、ポンポンと肩を叩くクルル。
            「我輩の血と汗と涙の結晶がクルルの懐にぃ!? なんかすごく損した気分なのは何故!?」
            「地球産のカレールー代くらいにはなったかなァ、御馳走さん。クーックックックッ……」
            何だかものすごく納得のゆく話…… かも知れない。
            
            
            
            
            余談2:
            「クルル、貴様のそのブラックマーケットでの『ID』は何だ、言ってみろ」
            そこへ唐突に現れたギロロ伍長の言葉の意味する事は何なのだろう。
            話が見えず、冬樹は静観する事にする。
            「単刀直入にIDッスか? でも何で先輩がそれを知りたいんで?」
            「 The Cruel seaとかいう偽装IDで機密事項が流出した事件について、当時上層部に居た貴様が知らん訳ではあるまい」
            「そいつは俺じゃねぇな。犯人がIDからいかにも俺様を連想させたかったらしいがなぁ、そんなすぐに足がつくようなバカやるかよ」
            「そういえばクルルのIDは悪夢みたいに平和的だったよネ〜。こぉんなヒネクレ者が出るとは、我輩想像もしなかったであります、イヤハヤ。なんせその名も『Love 
            & Peace&justice』!」
            「それだけじゃないぜェ、他にも『Fancy pretty baby』だの『little lovely Angel』だの『Moe Moe 
            girl』だの、捨てIDなら山ほど持ってるからなァ〜」
            うわ〜……