■BIG SHOT

 

 



ガルル中尉が巨根だという噂がある。
ある時、ケロロ、タママ、クルルの間でその事が話題に上がった事があった。

「いや、それホント、我輩も聞いた事あるよ?」
「へぇー、でもそんな話、信憑性あるんですかぁ?」
全員が同じ体格、身長体重までがぴったり一致するケロン人に、果たして局所の差などというものが存在するのか。
彼等にとってもそれはもっともな疑問だったらしく、ちょっとした議論を呼ぶ事になった。
「そんな統計取ったって話は聞かねぇな。本国にゃイグ・ノーベル賞もないぜぇ」
「じゃ、三人で比べてみる? ホラ、『最大公約数』って言うじゃん」

三人共、好奇心には勝てなかったらしい。

「……」ゴソゴソ。
「……」ゴソゴソ。
「……」ゴソゴソ。
「我輩、一番じゃね?」
「えー、僕ですよぅ! ホラホラ、立派でしょ?」
「何なら正確に計ってみるか?」

元の話はどこへやら、すっかり話がズレている。


小一時間。
クルルの超精密定規で計測した結果、三人のサイズは寸分違わず同じであった。
ちなみに具体的な数字については、彼等の名誉のために伏せる事にする。

「……何か、がっかりですぅ」
「ま、三人とも大きめだった、って事で…… いーじゃん、ねー……」
「ヘタな気休めだぜェ」

ではこんな展開となった大元の、ガルル中尉巨根説の根拠とはどこにあるのか。


「何でも我輩が大雑把に聞いた所によると」
ケロロが話し始めるが、どうもエピソードはひとつではないらしい。

エピソード1。
『新兵をイビる機会を虎視眈々と狙っている古参兵に、尻を出せと言われてあまりに堂々と立派な生殖器を披露し、度胆を抜いた。以来その古参兵は二度と嫌がらせを仕掛けてこなくなった』
エピソード2。
『常人なら尻穴まで縮む作戦前の張りつめた空気の中で、身体が緊張して照準が狂ってはいけないという理由から、豪気にも自慰行為に励んだ。その勇姿、実に立派だったらしい』
エピソード3。
『初めて士官職に任じられた晩、連れていかれた上官の馴染みの店で、結果的に上官の囲っている女を寝取った。巨根云々はその女性の語るところ』
等、他にも真偽謎の武勇伝は山のように堀リ当てられた。

「しかもネ、すごいのは、この上官殿も懐の広い方だったってのがネ、我輩シビレルでありますよ! 中尉殿と今も親交厚いって噂でね」
「なんか、すごいですぅ……。意外と豪快キャラだったんですね〜……」
「……眉唾臭ぇな」
おそらく、虚実半々なのだろう。
混入した真実が奇妙な説得力を生み、流言が伝説へと変化し、その伝説が更に伝説を呼び、今のガルル中尉のカリスマ性を更に強固なものにしているのであった。

「何つか、我輩入隊してから山のように聞いたでありますよ。『中尉大砲』とか、替え歌まであったんだヨ? こんなのギロロの前じゃ絶対歌えないけど、『♪遠い明星ケロンスター、赤いあの娘に中尉戦艦、と・つ・げ・き・だ〜♪』なんつて」
腕を振りながら声を張り上げて歌ってみせたケロロに、タママは冷めた目を向ける。
「そこまで行くとなんか、大衆に玩ばれる中途半端な著名人、って感じですネ」
「ゲロォォ、現代っ子はどうしてロマンを理解しようとしないんダネ! 当時はこんなんでも、すげーもてはやされてたんでありますよ?」
「それ、ロマンじゃないですよぅ。本人だったら穴があったら入りたい恥ずかしさですぅ」
「そういう些末事を意に介さないトコが中尉殿のかっこいい所であって……」
タママとケロロの言い合いを他所に、クルルがぽつりと呟いた。
「……そんなに有名だったんなら、その弟もさぞかし悪目立ちしたんだろうな……クックックッ……」

そう、ギロロが入隊した当初。
彼が出向く先々で「ああ、あの」という目配せと、何か目に見えない存在を畏怖するような、曖昧な表情が見られた。
畏怖や羨望が自分の実力によって勝ち取れたものであれば、ギロロは堂々と胸を張る事ができただろう。
しかし、ただ兄の威光だけが周囲に掬い取られ、自分という存在がどんどん曖昧なものにされていく現実。
それがギロロには耐えがたく悔しかった。

「そりゃ複雑だったようでありますよ〜。それまで兄上べったりだったギロロが、急激に兄離れしたのがその頃なんだよね。後ろから指さされたリ、大砲だの戦艦だのの弟呼ばわりされたりする度に、目血走らせて怒ってたからサ」
「伍長さんはそういう噂、知ってたですかぁ?」
「面と向かって知らせる奴はいないでありますよ。ギロロ恐かったしネ。この前その手の話をフったら、意外なほど知らなかったし。わざと耳塞いでたっておかしくないであります」
ガルル中尉の武勇伝から離れ、座は少しだけしんみりした。
しかし、そう言ったケロロは、自分の発言の中に何かひっかかるものを覚え、言葉を反芻してみる。

 うしろからゆびさされたり、たいほうだのせんかんだの

『大砲』に『戦艦』。
何か聞き覚えのあるフレーズに、ケロロはしばし考え込む。

「あーっ! もしかして!」
「な、何ですか、軍曹さん!?」
「我輩、ひとつわかってしまったでありますよ!」

そう、ガルルの輝かしい栄光と、弟ギロロの羨望とコンプレックス。
超えたいと願い、超えるために弟が思い描いた圧倒的物量の夢。
兄が戦艦なら、弟は大艦。
兄が大砲なら、弟は巨砲。
複雑で悲痛な思いがその言葉の中に象徴的に折り込まれている事に、ケロロは初めて気付く。

「いつもの『大艦巨砲主義』、ってヤツかい?」
「あーもークルル、なんで先、言っちゃうの!」
「ええっ、その座右の銘って、もしかしてそんなとこから来てたんですか!?」
「しかし、オッサンはその『戦艦』や『大砲』の意味するところ、わかって言ってんのかね?」
「……うーん……、我輩、あまり伝えない方がいいと……」
「ですよね〜。まさか主義主張の大元がお兄さんのアレなんて知ったら、またコンプレックスの堂々めぐりですよね……」


結局巨根伝説の噂の真偽は謎のままである。
しかし彼等が行き着いた別の到達点もまた、実りのあるものであったと言える。

そして、その到達点と噂の関連性に気付かないギロロ伍長こそが、唯一真偽を確かめられる当人であるという事が、彼等三人には何とももどかしく、実に歯がゆいのであった。
しかし流石の彼等にも、ギロロにそれを訊ねる厚顔さはない。

おそらく、このまま噂は噂のまま封印される事になる…… のかどうか。
「神のみぞ、知る」である。


            

                     <終>






*『替え歌』はその時の階級に応じて微妙に変化する模様。