■我輩の王子様

 

 



ある日の会議室。
既にケロロとクルル以外のメンバーはいない。

「ねー、クルルくん」
ケロロが背中で手を組んで、ニコニコと近付いてくる。
用件は謎だが、重要度はそれほど高くなさそうだと判断できる。
話半分に聞くことを決めたクルルは、デジタルオーディオの音量を僅かに下げただけで、簡単な返事をした。
「何すか? 隊長」
「あのさ、ちょーーっと聞きたいんだけどサ」
背後から更に嬉しそうな顔で声をかけられ、クルルはうんざりしてプレイヤーを止めた。
「クルルって…… もしかして王子様?」
「はぁぁ!?」
いきなり何を言われたのか、唖然として口を開いたままのクルルに、ケロロは人さし指を振りながら更に近寄って来る。
「いや、隠さなきゃならない身分だってことはわかってるでありますよ? 我輩、部下にそんな身分のお方がいらっしゃった等、知るよしもなく……」
使い慣れない言葉に手こずってか、あちこちの語尾がおかしい。
「隊長、あんた脳にカビでも生えてんじゃねぇのか? 俺様がスキャンして、何なら頭開いてカビキラー撒いてやるぜぇ?」
「そうやってバックレなきゃならない不幸な身の上! 我輩心から同情するでありますよ! あー普通の小市民の家に生まれてよかったであります!」
一体どこからそんなとち狂った事を思いついたのか。
クルルは完全に自分の世界に入ってしまっているケロロにうんざりし、立ち上がって自室に戻ろうとする。
「クルルと言えば元少佐、元少佐と言えば左遷、左遷と言えば元王子様で赤い彗星に決まってるであります! 我輩、この際ジンバ・ラルとなって、立派にクルルをお育て……」

ケロロが言い終わる前にドアは閉ざされ、二度とその日は開かれる事がなかったという。



翌日。
再び会議室である。例によってケロロとクルルだけが残されている。

「ク・ル・ル・くーん」
懲りずにニコニコと満面の笑みを浮かべ近付いてくるケロロに、今度こそ返事をするまいとクルルは音楽プレイヤーの音量を上げた。
「今日は一体何なんだ隊長? 左遷王子様にコインでも投げに来たのかい?」
そんな嫌味もなんのその、更に嬉しそうに背後から近寄り、キスでもしそうな距離に顔を近付けた。
「まぁたまた〜、昨日は正直スマンかったでありますよ! 我輩、チト見込み違いをしていたようであります」
「やっと目が覚めたのかよ? 脳カビ駆除の必要はなかった様だな、クックックッ」
「そーであります。全くクルルの言う通り、元王子様がいくら何でもこんなところにいる訳がないでありますよ。我輩、先走り過ぎ?」
「全くだ。そんなんじゃ『アニメと現実の区別がついてない人』扱いされるぜェ、クックックッ…」
「それ、オタク犯罪者が出た時の枕詞だヨネ〜、20年前から変わってねェの! ハッハッハッ…」
はっはっはっ、くっくっくっ、とお互いにひとしきり大笑いした後。
「じゃもう行くからよ」
とクルルが立ち去ろうとする。
その顔を真顔になったケロロがじっと見詰めた。
再びクルルの脳裏を嫌な予感が翳めた瞬間。

「クルル、もしかして別の『元少佐』なんじゃないの? 陽電子砲をガンダムの盾で防いでない? ってか今記憶喪失なんじゃないの? 巨乳の恋人いた? ねーねークルルくぅん!」
クルルは振り返らず、堅く閉ざされたドアの中に消えた。


その後二、三日、クルルがケロロの前に姿を現す事はなかったという。
ケロロが脳カビ駆除を受けたかどうかは…… 誰も知らない。

                    

                      

                     <終>