■宇宙逆立ちハンマー娘
〜 はじまりのはじまり





冬樹と二人、「宇宙逆立ちハンマー娘」のリバイバル上映を観に行った帰り、ケロロはほとんどの受け答えに上の空だった。
行きと打って変わってほとんど人が乗っていない電車に揺られながら、駅を出て住み慣れた街を行きながら、ケロロの中には懐かしい一人の地球人の姿が蘇っていた。

「ねえ、どうしたの? 軍曹」
「……まさか、そんな筈ないであります……」
「何言ってるの? ねえ、軍曹!」
「あー、うん……」
「軍曹! さっきからなんかおかしいよ!」
「え! ……イヤ、冬樹殿、何でも……」

咄嗟にごまかしたものの、この返事では冬樹の疑いは深まる一方だろう。リュックの中で顔が見えないとはいえ、明らかに何かを隠している挙動だと自分でも思う。
仕方がない、正直に話すかと決心した瞬間、背中越しに冬樹の声が聞こえた。
「あの話って、実話がモデルになってるらしいよね。僕が生まれる前の事だけど、どこかの山に落ちた宇宙船に連れ去られた女の子がいたって話」
「やっぱり」
「やっぱり、って……」
ケロロは観念した。冬樹には隠せない。
「冬樹殿。……我輩、あの映画のモデルになった地球人を、知ってるかも知れないであります」
そう、まだ記憶に新しい。時間の流れに逆らう不思議な出会いと「彼女」。「彼女」の旅立ちはあまりに唐突で乱暴だった。宇宙からの来訪者の痕跡と、森の中に残されたスクーター、そして私物の残骸は、確かにデジャ・ヴュのように脳裏に蘇る。
「知ってる、って?」
「あの地球人が宇宙へ旅立った経緯とその後であります」





映画「宇宙逆立ちハンマー娘」の主なストーリーは、宇宙船に攫われた少女がその後宇宙人を従え、あちこちの惑星を冒険して回るという筋だった。荒唐無稽ながらもその特撮技術や脚本の面白さ等、上映時の評価は高かったが、実話を元にしているという理由で一部からクレームがつき、三十五年という長きに渡って上映が自粛されてきたのだった。

「なんだか宇宙って広いようで狭いよね」
冬樹が呟くように言う。その言葉にはケロロも異論はない。
「我輩もそう思うでありますよ。でもあの画面の忠実な再現っぷりから考えて、間違いないであります」
やはりあの出発の場面には、地面に散らばった「彼女」の私物がこれでもかと言わんばかりに散乱していた。
「その人がまさかケロン軍に入っていたなんて……」
「運命の悪戯でありますなあ…… ゲロロ艦長にも影響を与えたって、まさかあのスケッチがそうだったとか……」
後にケロン軍のメカデザイナーとなり得た「彼女」の残したスケッチブックは、おそらく比類なき完成度だったに違いない。
「それで、その人は今どうしてるの?」
「ああ…… 確か」
「彼女」はその後ケロロ達が地球に降り立ったのと入れ替わりに、身代わりのコピーロボットを残してケロンへと帰った筈だった。 もし、「彼女」がこの映画を見たら何と言うか。想像しただけでも奇妙な話だった。

「ケロン軍って地球人も入れるんだね」
「まあ、特例ってやつでありますなあ。『彼女』の場合は特別な才能が物を言ったでありますから」
「何だか不思議だよね。宇宙って身近なのか遠いんだか、最近すっかりわからなくなっちゃった」
冬樹の言葉にケロロも大きく頷く。
―――――宇宙は思ったより身近にあるでありますよ。





三十五年の時を経て、いかなる経緯をもって「宇宙逆立ちハンマー娘」が上映される事になったのか、彼等はまだ知らない。
そして「彼女」キコ・カトヤマのその後が語られるのも、まだ先の事であった。





                          <終>




アニメ302話『ケロロ&冬樹大都会の小さな冒険であります』
/303話『故郷はペコポンであります』
/305話『ノビビが来たであります』
(2010/3/28発行ペーパーより)

2010/7/05