■SCOUT
〜アニメ230話『ゼロロ キカカがやって来た であります』より〜







「で、結果は」
そう問いかけた上司、とはいってもほぼ友人に近い存在であった「彼」相手に、部下は簡単な報告をする。
「いや、すごい。あの子は実にすごい。何しろまだ尻尾つき、いや赤ん坊だぞ? あちこちの部署が目を付けているだろうから、早いところ引き抜いちまえよ。あんなすげぇ赤ん坊は初めて見た」
それでは「報告」ではなくただの「感想」だろう。「彼」は半ば呆れながら部下に再度質問する。
「おい…… 何がすごいのかちゃんと説明しないと、俺にはさっぱりわからんよ」
「ああ、そうだったな。……ええと、何から説明したらいいんだっけな。そう、名前は……」
「『クルル』だったかな」
「そう! そのクルルだ。あいつ赤ん坊の癖に、分子構造を変換させる液体を自作しやがったんだ!」
その興奮した叫びは上司の必死の目配せをもものともせず、四角い部屋に響き渡る。今話している内容が極秘であることすら部下は忘れている……





国家が軍そのものに組み込まれているケロンにおいて、最も尊しとされるのは階級の高い軍人を目指す事とも言える。
優秀な人材は軍令指揮官を目指して精進し、軍もまた精鋭となるべき候補生を、広く門戸を開いて受け入れる。まさに究極のギブ&テイクであり、損をする者はどこにもいない。
「……それに比べて末端の技術屋は華がねぇな」
それは部署全員の嘆きだった。
兵器開発において、ケロンは既に外部植民地に巨大なラインや兵器廠を持っている。お抱えの民間企業も存在する。本星に留まったままの人員は限られている上に、中央直属以外はほぼ下請け扱いで、いまひとつ部署としてぱっとしない。
「だからこそ優秀なルーキーがいるんだ。先越される前に早いところ採っちまえよ」
そんな興奮した部下の言葉を、上司である「彼」は慎重に整理している。

詳しい話はいましがた聞いたばかりだ。
その尻尾つきの天才児とやらは、物質を兵器に変換する薬液を作り、あまつさえ近所の子供を使って実験まで済ませたという。
確かにそんな子供が本当に存在するならば、おそらく早々と中央が目を付けていることだろう。もしかすると技術部どころではない幹部候補生として、スカウトが行っている可能性すらある。
「しかし、もしその子供を『入閣』させるとなりゃ……」
「ああ、最年少だ。だがケロンの飛躍と前進のためならいくらだって前例なんざ更新されるぜ。だから急げと言ってるんだ」
もう少しで「何なら俺が」と飛び出して行きそうな部下をやんわりと制止しながら、「彼」はテーブルの上の紙コップを手にする。
「確かにな……」
もちろん、その天才児が欲しくないわけではない。その子供一人が入るだけで、これまであまり日の当たらなかったこの部署が、輝かしい業績によるスポットライトを浴びる可能性もあるのだ。
「な? な? もう頭を下げて開発費の交渉をするのも、薄給にも飽き飽きだ!」
しかし、上司である「彼」は、部下が言うほどには楽観的には考えられずにいた。
何よりも、その子供が呟いたという言葉が心に焼き付いていた。





兵器に変えられた玩具の人形は近郊の子供の手に渡り、その後軍で開発中の試作品『キルル』と戦い、戦闘不能にまで追いやったらしい。
それはまるで「ここに我あり」との華々しいデモンストレーションのようにも見える。
何しろ天才児である。そのくらいの計算があってもおかしくはない。
しかし、そのたぐいまれな子供『クルル』は言ったという。

―――――まだ完全じゃない。

これはどういう事か。
少なくとも改良の余地があるというプロトタイプは、彼のような子供にとっては決して誇れる内容ではなかった筈だ。不完全なものを自作として広く公開するのは、技術者としてのプライドに関わる。
「デモなんかできない。この子はおそろしく完全主義なんだ」
「……でも、試作品とはいえ『キルル』を一体ダメにしやがったんだぜ?」
「上から目線で見てやるなよ。こいつは『子供にしちゃよくやった』なんて褒め言葉は喜ばない相手なんだ」
「考え過ぎだ。完全主義ったって、第一こいつの様子じゃどっちかってぇと『暇つぶしの発明』っぽくて……」
いや、それは違う。それは見せかけだ。
そういう子供は皆一様にそういう態度を取ってみせる。常人には量れないほどの高みに理想があるからだ。「完全」を目指す事が、途方もない時間と労力と勇気を必要とする事を知っているからこそ、軽率には語れない。

「おそらくこの子は解ったんだ。……考えてもみろ、兵器になる筈だった人形だぞ。作ったのは抱いて寝るためのぬいぐるみじゃない」
「いや、ロボットがどこかの子供に可愛がられてたってのは、偶然の産物で……」
「偶然なら余計にまずい。戦場で妙な仏心を起こす兵器なんか作ってみろ。俺たちの部署はおしまいだ」
手にしていたカップをテーブルに置き、「彼」は戸惑う部下に宣言する。
「この子は採らない」
「正気かよ! 日の目を見るチャンスなんだぞ!」
「いや、もう決めた。この子は採らない」
きっぱりと言い切った「彼」に部下が手にしたカップを取り落とす。




それから、何度問いかけられ、哀願され、説得されても「彼」の意志は変わらなかった。
―――――何でだよ? こっちが採りに行かなくたって他所が狙ってる!
―――――他は好きにすればいい。俺は採らない。
―――――じゃせめて何故か説明しろよ!
―――――兵器開発をしていたはずが、出来上がったら可愛らしいサンドイッチ人形だった…… なんてことになっちゃ困るだろ?
―――――あのガキがそんなタマかよ!
数時間の押し問答の末、部下が疲れ果てて部屋を出ていくまで、その応酬は続いた。

そう、おそらくナイーブな天才児は、自身の奥底に塗り込めようとしている子供らしい心を、兵器変換したロボットの中に出現させてしまった事で、人知れず傷ついている。
周囲の同年齢の子供を軽く飛び越え、誰より早く大人の世界へ到達していた筈が、無意識下で優しい友達を欲していた事に戸惑っている。
失敗作を自覚した彼は、更に自分を鎧で覆うだろう。普段は隠し仰せている幼いウエットな内面が、作る物の中にとろとろと流れ出して来ないように。
そして「彼」はそんな孤独な天才児に、少し哀れむ視線を寄越してしまう。

 俺の時は赤ん坊の君よりは大人だったんだろうが
 それでも他人に無慈悲なあれこれを作るために、たくさんのものを捨てた

 君は心の奥で欲しかった優しい友達を作って、一生懸命遊ぶといい
 俺も本当はそうしたかった

先刻出て行った部下は、「彼」が幼年訓練所時代から軍の専門機関で開発に携わっていた事を知らない。
いや、そもそも「彼」の過去や生い立ちすら聞かされてはいなかった。






結局「例の赤ん坊」は程なくして、中央の訓練機関へと収まった。
引き抜きを考えていた各々では落胆の声が上がった。しかしそれは瞬間的なものだった。
皆が奥底では感じていた。ケロン始まって以来の天才児は、収まるべき場所へ収まったと。

数年後、技術部から出向した「彼」は初めて「例の子供」クルルと話す機会を得た。

「君を引き抜こうと思ったことがある」
「へえ?」
「その後『ナノラ』とかいう装置は完成したのかい?」
「クックックッ…… 俺としたことが不純物混入させて、こっ恥ずかしいモン作っちまったぜぇ」

短い対話だった。しかし有意義なひとときだった。
質問の意図を瞬間的に理解したらしいクルルは答えた。
「……前後しちまうけどよ、ダチ作って遊ぶとか下んねぇ悪戯したりってのは別にガキだけの特権じゃねぇよな」
―――――だから俺は先に大人になる事にしたぜェ。

まさに「彼」の完敗だった。
クルルは幼くして、自分の生き方を決定し、迷いなく前を向いてそこに佇んでいた。





「だから採っとけって言ったんだ。可愛気のないガキだ」
未だに部下はそう言って笑う。
しかし「彼」に後悔はない。
「彼」もまた、クルルを使いこなす自信には欠けていた。
そんな「彼」を、部下という名の友人はまたからかう。
「お前もガキの頃はあんなだったのかね?」
「彼」も笑う。そうかも知れない。だからこそ「彼」はこの場で友となる存在を作り、語らい、側近のように傍に置く事になった。
部下は自分が何者なのかを知らない。
ただ「彼」の部下であり、友人である経験だけがその存在の全てであった。
「彼」もまた友人としての「部下」が、既に己の感傷から生まれた事を忘れるほどに、価値ある相棒になったのを喜ばしく思っていた。
「ああ。だから栄光の『天才児』もすぐに壁際に追いやられて、冷や飯食いになってしまうかもな」
「彼」はまた笑う。部下は拳を作って「彼」を軽く殴る真似をする。
そう、そういう人生も思ったよりは悪くない。


それからしばらくの期間。
ケロンは新たな人材によってこれまでにない方向への躍進を遂げた。 その恐るべき推進力は爛熟期の到来さえ彼方に追いやり、ただ遥かな高みへの上昇を続けた。
中央直属の部署にて静かにその身を潜めていた天才児が、ようやく子供らしい悪戯に目覚めるのは、そんな時代の中間地点。
―――――まだ幾許か後の事になる。

                        
                       <終>






2008/09/29