indexへ novelsトップへ

クリスマス企画SS-purify編 …………



「今年のクリスマスイブはどうするの?」
 と、何気なく蕗原廉に尋ねられ、日向夏野は丸付けをしていた手をピタリと止めた。ふ、と顔を上げると、じっと自分を見つめてくる蕗原と目が合ってしまう。
 夏野は蕗原に見つめられるのが、どうも苦手だった。苦手、と言うなら幼馴染というか、セフレというか、取り合えず未だに恋人と呼ぶことだけは認めていない七瀬徹に見つめられるのも苦手だが。
 なぜ苦手かというと、何もかも見透かしているくせに、ワザと分かっていないフリをして、夏野を追い詰めて楽しんでいるような気がするからだ。蕗原と徹は、実際は犬猿の仲と言ってもいいような険悪な間柄なのに、なぜだか、夏野に関することだけは奇妙な繋がり方をしている。例えば、夏野が蕗原とセックスをした日は絶対に徹にはばれてしまうし、逆に徹とセックスした日は蕗原に分かってしまう。裏で密通しているのではないかと、思わず夏野が疑ってしまうほどだ。
 だが、実際は全く、何の連絡も取っていないらしい。単に、この二人に対しては夏野は隠し事が出来ず、何でも顔に出てしまっているからなのだが、その事実に夏野は未だに気がついてない。どうして分かってしまうのだろうかと、グルグル悩み続けている。
 今回もそうだ。つい先日、徹にクリスマスの予定を空けるように半ば強引に約束させられたばかりだった。だから、蕗原にこの話題を振られるのは、夏野としては非常に決まりが悪い。悪いけれど、蕗原は当然、容赦が無かった。
 にっこりと、人当たりの良い笑いを浮かべて夏野の腕を引き、チュッと音を立てて軽くキスを落とす。
「毎日勉強ばかりで、ストレスが溜まってる受験生に、息抜きさせて欲しいんだけど? 先生?」
 と、肩を抱かれたまま耳元で囁かれ、夏野はビクリと体を震わせて、それから眉間に皺を寄せた。春からずっと、夏野は蕗原の家庭教師代わりを買って出ている。最初は、週に一回の蕗原のリハビリに付き合い、その後で勉強を見ていたのだが、蕗原の受験が近づいて来たので、秋口からは週3回、に回数を増やしていた。必然的に、蕗原とセックスする回数は増えた。もちろん、会うたびに、という訳ではないが、夏野は蕗原に求められると絶対に断ることが出来ない。自分が蕗原に、後遺症が残るほどの傷を負わせてしまったという負い目が表面上の理由だけれど、本当のところ、夏野自身が蕗原を必要としていて、離れたくないと思っているからだと、最近、夏野は気がつき始めた。
 だが、夏野は蕗原に一切の恋愛感情を持っていない。そういう意味で夏野の気持ちを全部持って行ってしまっているのは、幼馴染の徹だ。だが、徹とは別の意味で、夏野は蕗原を求めてしまうのだ。
 夏野はもうずっと、徹のことが好きだったし、今でもどうにもならないくらい好きだと思っているけれど、徹と一緒にいると、息が出来ないような窮屈さや苦しさを時々感じる。それを蕗原は、
「日向は七瀬と近すぎるから、時々、そう思うんだろう」
 と分析するけれど、とにかく、好きで好きで仕方が無いはずなのに、時々、夏野は徹から逃げたくなることがある。そんな時、ふっと、息を吐かせてくれるのが蕗原の存在だった。セックスを要求されることは、非常に気まずく、そこだけはどうしても慣れることが出来ないけれど、それ以外において、蕗原といるのが夏野はとても楽だった。一切、肩の力を入れなくて良い。普段はいつも、『良い子でいなくてはならない』と強迫観念のように気負っている夏野だが、蕗原の前ではなぜか取り繕わなくても良い、と安心できるのだ。
 でも、蕗原は時々意地悪で、こんな風に夏野を困らせる。案の定、夏野は返事に窮し、その形の良い、細い眉をキュッと顰めた。
「何? ダメ? 予定でも入ってる?」
 入っていることを明らかに知っていながら尋ねているとしか思えない。その証拠に、蕗原の眼鏡の奥のローズグレイの瞳は、面白がるように笑っている。
「入って…無い…」
 そして、結局、夏野は全ての約束を反故にする。きっと、徹はかんかんに怒るだろう。それをどうやって窘めればいいか考えて、夏野は、青くなったり、赤くなったり、を繰り返した。
「じゃ、俺の為に空けておいて。ケーキとか買っておくし」
 確信犯的に言う蕗原を恨めしげに睨み上げて、けれども、それ以上の抵抗も出来ずに、結局夏野は渋々と頷く羽目に陥った。







「で? 何で、お前がいるの? 俺は七瀬を呼んだ覚えは無いけど?」
 と、呆れかえった様に、蕗原は夏野の後ろに、鬼のように立っている徹を見ている。その視線は夏野を素通りしているので、気がついていないかもしれないけれど、夏野は非常に困ったような、居た堪れないような表情で、いつになく体を縮込ませていた。
「俺だって、お前のうちになんて来たくねーんだよ。でも、夏野がここに来るって言ってきかねーから、仕方なく来たんだ」
 徹の横柄な言い方は、割と蕗原に対してはいつものことだが、それでも、今は格別に苛立っているらしい。それもそうだろう。夏野は気がついていないかもしれないが、そもそも、徹と夏野が一緒にクリスマスを過ごすことなど、あの事件以来、初めてのことだったのだから。普段は大人びている徹が、実はその内心で、子供のようにそれを楽しみにしていたことを、残念ながら、殊、こういったことには鈍感な夏野は全く知らない。
 イブの約束がダメになったと夏野が言ったら、徹は怒りまくって、どうせ蕗原だろう、いつだってお前は蕗原を優先してるんだから、こんな時くらい、自分を優先しろと言い張った。それでも夏野は決して首を縦に振らず、更に徹の勘気を買い、気を失うまで激しいセックスを強要されたけれど、やっぱり最後まで夏野は陥落しなかった。
 仕舞いには、徹は、
「夏野。お前が本当に一番好きなのは俺だろう?」
 という、いつもの、そして一番答えられない質問で夏野を困らせた。
 実際、夏野は今でも一番徹が好きだし、そもそも、恋愛感情、ということで言うなら徹以外の人間を好きになったことすらない。けれども、夏野は徹に好きだとは言えない。多分、一生言えないだろうと思う。もし言えるときが来るとすれば、徹が別の人を好きになって夏野から離れていった時か、でなければ、蕗原が恋人を作って夏野を邪魔だといった時だ。だが、今現在、そんな兆候は見られない。夏野自身は決してそんなつもりはなくとも、やっていることを客観的に考えてみると『二股』という言葉でしか表現できない。どうしてそんなことになったのか、夏野にはイマイチ分からない。何が悪いのかもさっぱり分からなかった。だが、徹も蕗原もそれで良いという。二人が良いというのなら、夏野にはどうしようもないから、結局、現状に甘んじている。

「まあ、上がれよ。玄関で喧嘩しても仕方ない。ダメだって言ってもどうせ、七瀬は勝手に上がりこむだろうし?」
 どこか投げやりに蕗原は言う。自分が悪いわけでもないのに、夏野は何だか申し訳ないような気持ちになって、体を小さくしながら、
「お邪魔します」
 と家に上がり、徹はひたすらムッとした表情で何も言わないまま勝手に上がった。
 リビングにはケーキやら、オードブルやらが並んでいて、もちろん、蕗原が自分で作ったわけでは無いだろうが、まめな性格が窺える。だが、そこに並んでいる、皿とコップの数に気がつき、夏野は首を傾げた。コップも三つ。皿も三つ。『二人きりで』と蕗原は最初言っていたはずではなかったか。
「…ンだよ。最初から、分かってたなら、イチイチ嫌味言うんじゃねーよ」
 と、夏野の疑問を徹が口にし、蕗原は眼鏡の奥のローズグレーの瞳で苦笑した。
「ま。こうなるだろうと思って」
 背中を軽く押され、促されて夏野は席に着く。
「あ、蕗原。これ」
 座る前に、手に持っていた紙袋を蕗原に夏野が差し出すと、蕗原はその中身を覗き込み、
「コレ、選んだの七瀬だろ?」
 と、声を立てて笑った。
「え? なんで分かるの? ってか、お金も半分ずつ出したんだけど。でも、シャンパンってそんなに高いと思わなかった」
 と、夏野があどけない表情で言うと、今度は、徹も蕗原も同時に苦笑を漏らした。
「ま、良いんじゃないの? たまには三人ってのも」
 と、蕗原が言って、
「今日だけだ」
 と徹が言ったので、夏野はほっとしたのだけれど。
 その『三人』が、とんでもない意味も含まれていたことに夏野は、全く気がついていなかった。




「それでね、結局、その学会のレジュメの準備が終わった後に、その助教授の先生にお礼だって言われて、食事に連れて行ってもらったんだけど」
 何が楽しいのか、ただひたすらニコニコとしながら夏野は一人で話し続ける。話の合間に、美味しそうにシャンパンを口にして、
「シャンパンって、美味しいんだねえ。俺、シャンパンなんて、初めて飲んだよ?」
 と言う。もう、これで、同じ台詞を言うのが三度目だ。頬がほんのり赤く染まっていて、呂律もどうやら怪しかった。舌足らずにしゃべるので、いつもよりもずっと幼く感じる。それを可愛いと思ってしまうのは、徹も蕗原も同じだったけれど。
「…なあ、日向って、もしかして、酒飲んだこと無いの?」
 夏野ではなく、敢えて徹に、こっそりと蕗原は尋ねる。徹は非常に複雑そうな表情で、
「無い。20歳になるまで飲酒はしちゃいけないって本気で思ってるクソ真面目な奴だから」
と答えた。それは、夏野の、強迫観念のように『良い子』でいようとしている一端ではあったのだけれど。
 それにしても、今時、大学生にもなって飲酒の経験が無いと言うのは、『良い子』も度が過ぎるのではないかと、蕗原は些か憐れなような、それでいて夏野らしくておかしいような気がした。
「でも、大学ってコンパとかあるんじゃね?」
「まだ1年だからゼミにも研究室にも参加してないし。サークルも入ってないからな」
「何で?」
「……お前の家庭教師してるからだろ?」
 ぶっきらぼうに徹は言ったが、蕗原はピンとくる。半分は事実だろうが、恐らく、半分は嘘だ。夏野は案外と、頑固で意固地なところがあるけれど、決して蕗原にはNOと言わない。それが時折、寂しいような、腹立たしいような複雑な心境に陥るけれど、それを押し殺してでも蕗原は、夏野の隣にいたいのだから仕方がない。そんな夏野がもう一人、逆らい切れない相手が徹なのだが、恐らく、徹もそのことについては複雑な気持ちを抱いているのだろう。けれども、やはり、徹も夏野を縛り付ける。縛り付けなくてはいられない気持ちもまた、蕗原は痛いほど理解できるのだ。
 同属嫌悪、とは、全くこの事ではないのだろうか。夏野を間に挟まなければ、恐らく、もっとましな関係を築けただろうが、そんな事は言っても仕方のないことだ。結局は、お互いに疎ましく思いながらも徹と蕗原は、夏野を介して繋がってしまっているのだから。
「七瀬。お前、日向に何か言っただろ?」
 恐らく、サークルに参加するなだとか、そんな類のことを。
「…ウルセエ」
 投げやりに答え、グラスを呷る徹に蕗原は心底呆れたような溜息を零した。
「お前、ちょっと、独占欲が過ぎるんじゃないの? 日向にだって、普通に大学生活を送る権利はあるだろ?」
 と、説教じみたことを蕗原が言うのと、
「なあ! 二人とも聞いてる! ?」
 と、夏野がグイと二人分の襟を引っ張るのは、ほぼ同時だった。夏野の頬は真っ赤だ。ついでに耳も赤い。セックスしている最中のようだと思ってしまうのも、やっぱり蕗原と徹は同じだった。だが、行動が著しく、普段の夏野から逸脱している。夏野はどちらかといえば、自分のことを話すタイプではなく、むしろ聞き役に回るほうが多い。しかも控えめで、こんな風に人の間に割ってはいることなど決してしない。
「それでね、一緒に食事に行ったら、その先生、何て言ったと思う? 『君は僕の死んだ妻に似てる。君が女の子だったらプロポーズするのに』だって! おっかしいよね!」
 夏野は一人で捲くし立て、一人でケラケラと声を立てて笑った。ここまで夏野が無邪気に笑うのは非常に珍しい。蕗原も徹も、その笑顔に一瞬だけ見蕩れ、だが、その言葉の内容に思い切り顔を顰めた。
「……だから、サークルなんてダメなんだよ。学科の付き合いだけでこれだぜ?」
 面白くなさそうに徹が唸ると、今度は蕗原も、ハアと、溜息をついただけで反論はしなかった。多分、聞かされてないだけで、もっと、他にも色々とあるのだろう。蕗原が言うのも何だが、四月に戻ってきてからこのかた、夏野は酷く表情が豊かになった。それが自分だけのせいでは無いのが少しばかり癪だけれど、それでも、以前のような作り笑いではない屈託の無い笑顔が見られるのなら、蕗原はそれで良かった。
 だが、以前あった壁を少しばかり取り払い、無防備な素顔を覗かせるようになった夏野はどうにも、人目を引いてしまうらしいのだ。もともとが、とても綺麗な顔をしているのだから当然といえば当然なのかもしれないが。
 もちろん、心の底に晴れることなく棲み付いている夏野の翳りのようなものは決して癒されることが無いから、時折、酷く沈鬱な表情を覗かせたりする。それが、また、まずいのだと徹などは腹立たしげに言う。そうだろうなと、蕗原もその点については激しく同意したい。
 物憂げに、時には泣く寸前のような表情で小さな溜息を吐いている夏野は、妙に艶めいていて、何度もセックスしたことのある蕗原でさえ、ドキリとさせられることがある。何も知らぬ人間がそれを見たなら、何をか言わんや。

「だからさ! さっきから二人で何コソコソしてるんだよ?」
 ムッとした表情で夏野は二人をにらみ付けた。当然、目元を赤くしてそんな表情をされても、むしろ煽られてしまうだけだとは、気がついていない。
「前から思ってたんだけど、徹と蕗原って、変なトコで仲が良いよな」
 そして、そんなとんでもないことを言う。蕗原はチキンに伸ばしかけていた手をピタリと止め、徹はシャンパンを飲もうとグラスを持っていた手をピタリと止めた。
「大体、何で、どっちか片方とセックスした後、もう片方にバレてンだよ? 密通してるんじゃないの! ?」
 多分、夏野は、もう自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。夏野が飲んだのは、たかだがシャンパングラス3杯程度で、酒に弱いのにも程がある、とは蕗原も徹も思ったが、だが、それより問題なのは、その発言の中身だった。
「…俺、思うんだけど、日向って時々、ナチュラルに自爆しない?」
「するな、アホだからな」
 微妙に目の据わり始めた二人には気がつかず、夏野は更に、ムッとしたような表情で、
「何だよ! アホって俺の事? 失礼だろ? 徹と蕗原って、そういうトコ似てるよな。ソックリ!」
 と、決して言ってはならない一言を言った。
 『似ている』は禁句だ。お互い同属嫌悪を抱いている二人なのだから。ピシッと音がするほど瞬時に空気が凍ったけれど、夏野は全く気がつかない。普段は人の空気を読むことに、異常なほど長けているのに、全く気がつかなかった。
「…七瀬。お前が今考えてること当ててやろうか?」
 淡々とした口調で蕗原が問えば、
「俺も、お前の考えてること当ててやる」
 と、やはり淡々とした口調で徹は答えた。
「つーか、俺は、最初からそのつもりだったのに、蕗原が横槍入れてきたんだろ」
「まあ、そうなんだけど」
「本当は、絶対にお前と一緒なんて死んでも嫌なんだけどな」
「それは、俺も同感だけど。まあ、今回は仕方ないんじゃないの?」
 面白がるように蕗原が問えば、徹は否定しなかった。この場合、それは消極的な同意になるのだろう。
 自分を他所に会話を続けているのが面白くないのか、それとも、会話の意味が全く分からないからなのか、夏野はやはり、怒ったように、
「何、二人でワケ分かんない事話してるんだよ! そんなに二人で仲良くしたかったら、二人でクリスマスすれば良いだろ!」
 と、とどめのような台詞を吐いた。
「とりあえず、風呂な」
 と、やはり抑揚の無い声で徹は言うと、夏野の両脇に手を入れて、半ば無理矢理、立ち上がらせる。
「え? 何?」
 と、夏野はされるがままで抱え上げられ、不思議そうに徹の顔を見上げた。徹の顔は無表情で、何を考えているのか読み取れない。
「日向は何もしないでいいから」
 とこちらはにこやかな顔で言うと、蕗原は器用にズルリと夏野の着ていた服の下半分だけを剥いだ。
「えっ! な、な、何っ! ?」
 明るいリビングで、目の前にはケーキやシャンパンや料理が並んでいて、たった今まで普通にクリスマスをしていたはずなのに、なぜ、服を脱がされなくてはならないのか分からず、夏野は慌てる。だが。
「お仕置き」
 と、徹は一言だけ言って、夏野はそのまま風呂場に連行された。










「洗うだけな」
 と、蕗原が言ったのは覚えている。
「イかすなよ。後が辛いからな」
 と、言ったのは徹だ。けれども、やっぱり、どうしてこんな状況に陥ってしまったのか、夏野にはさっぱりだった。上半身は徹に半ば拘束されるように預け、腰は蕗原に後から支えられている。シャワーの流れる音と、自分の声じゃないような甘ったるい喘ぎ声が、バスルームの中で反響しているのを夏野は朦朧とした頭で聞いていた。
 酔いが回っているせいなのか、湯に上せているせいなのか、それとも、二人にされていることに溺れているのか、それすらも判断がつかない。
「アアッ! ヤッ! ……ハァ、ア、ア、ヤ、イヤ、アアッ!」
 頭を徹に抱きかかえられているから振り返って見る事は出来ないけど、何度も何度もグジュグジュと音を立ててお湯が入ったり出たりしているのが体の感覚でリアルに捉えられる。もちろん、入ってくるのはお湯だけじゃない。
「ん。大分、柔らかくなったけど。このまま突っ込んでも大丈夫そう」
 奥まで入り込んでいた何本かの指が、グルリと更にそこを押し広げるように回され、夏野は悲鳴のような甲高い声を上げて、腰をビクリと跳ね上げた。
「だから、イかせるなって。後が辛いだろ?」
 と、耳障りの良い声がすぐ近くで聞こえる。夏野の上体をずっと抱きかかえるようにしている徹は、時折、悪戯するように夏野の胸の突起を弄り回したり、髪に、額に、頬にキスしたり、時々は口にキスをして舌を差し入れたりする。だから、嫌だとか、こんな異常な状況はおかしいだとか考える余裕を挫かれて、夏野は二人のなすがままだ。
 むずがゆい、中途半端な気持ち良さが持続して、このままでいたいという気持ちと、さっさと達ってしまいたいという本能がせめぎあう。無意識にユラユラと揺れる腰を蕗原はスルリと撫で、色の白い夏野の尻たぶを左右に割り開くと、真っ赤に熟れてヒクヒクと反応しているそこにヌルリと舌を差し入れた。
「ヒッ…アアッ! !」
 一際甲高い声を上げて、夏野は痙攣するように断続的に腰を震わせて、ハタハタと白濁を風呂のタイルに吐き出してしまう。
「だから、イかせるなって!」
 苛々したように徹は夏野の体を自分のほうに強く手繰り寄せて蕗原から引き離し、腹いせのように夏野にキスをして、舌を深く差し入れた。
「んっ…ふぅっ…んんっ…」
 口の中を嘗め回され、舌を強く吸い上げられ、ただでさえ過敏になっている体が尚更どうにもならないのか、夏野はくったりと徹に全部を預けている。
「ヤるんなら、さっさと移動しろよ」
 と、今度は蕗原が面白くなさそうに促して、夏野は、ただただ、朦朧としたまま、気がつけばベッドの上に放り出されていた。
「どっちが先なんだよ」
 と、威嚇するような尖った声で徹が言っているのが聞こえたけれど、もう、夏野には意味などちっとも分からない。ただ、体のずっと奥、消化しきれずにグズグズとわだかまっている、もどかしさをどうにかして欲しかった。
「お前が先で良いよ」
 と蕗原が言って、良く知った大きな手が夏野の腰を後ろから掴む。この手を夏野は知っている。良く知っているから、反射的に甘えるように強請るように腰をユラユラと揺らしてしまう。
 お前が好きなのは俺だろうと、何度尋ねられても答えられない。それは心も体も全部渡してしまうのが怖いから、と、渡してしまうわけにはいかないから、と両方の理由があるからだけど、でも、こうしてセックスしてしまえば、理性より、頭より、感情と体の方が正直に反応してしまうのだ。
 好きだから、欲しい。欲しくて欲しくて仕方が無い。いけない、ダメだといつでも頭の片隅で考えているはずなのに。
「ヤッ…もう、もう、ヤ……」
 口から溢れる言葉は拒絶の言葉だけれど、本当は『もうこれ以上、待つのがイヤ』だと言う意味だと、いつでも、この幼馴染には簡単に伝わってしまうのだ。
「夏野」
 と、耳元で囁かれれば、もう、何もかもがどうでも良くなって、
「ヤアッ! 早…く…っ…!」
 と浅ましく懇願してしまう。
 十分に柔らかくなっているその場所に、無遠慮に、勢い良くグッと入り込んできた熱が夏野の思考を全部奪ってしまう。けれども、今日は、無理矢理引き戻されるように、根元を塞き止められ、行き場を失った快感を持て余し、夏野は悲鳴を上げた。
「ヤッ! ヤダッ! イきたい! イかせて!」
 首を激しく振りながら夏野は叫んだけれど、すぐに、その頭を前から抱きかかえられ、唇を塞がれた。だから、それ以上の声を上げられず、ただ喉の奥だけで夏野はくぐもった声を漏らす。
「イきすぎると、夏野が辛いから少し我慢して」
 優しげな声音で徹は言う癖に、後から突き上げてくる動きは激しくて夏野は思わずギュッと目を閉じた。どこにも吐き出せない快感が、ただ体の中に留まって、狂ったように暴れまわっている。気が変になってしまいそうで、どうにか逃げようともがくけれど、前と後、両方から押さえつけられているから、どうにもならなかった。
「……七瀬とヤってる時は、こんななんだな」
 と、耳元で声がする。
「そんなに、どこもかしこも性感帯みたいに過敏になってるのって、やっぱり七瀬だから? だったら、妬けるな」
 蕗原の声だというのは認識できても、その言葉の中身を理解することは出来ない。ただ、頭を抱きかかえられて、
「日向。こっち」
 と促されたから、条件反射のように目の前にある蕗原の勃ちあがったそれを口の中に招き入れた。けれども、舌を使い始めた途端、グイと、体を後ろに引かれて、中断させられてしまう。
「…夏野に、そんなことさせるなよ」
 と、背中から唸るような徹の低い声が聞こえて、夏野は口を半開きのまま、蕗原の顔をぼんやりと見上げた。蕗原は、困ったような複雑そうな苦笑いを浮かべて、夏野を見下ろし、その頬を優しく撫でている。
「七瀬はヤらせた事無いのか?」
「あるわけ無いだろ? 夏野に、そんなことさせない」
「でも、俺にはするよ。俺がさせたんじゃなくて、日向が自発的にしてきたけど?」
 と、頭上で取り交わされる会話を夏野はぼやける頭の片隅で聞いていた。ふと、沈黙が落ちる。徹は中途半端に夏野を放り出して動きを止めているから、ずっと体の奥の方がぐずぐずと燻っている。我慢できずに、はしたなく、夏野が自分で腰を揺すると、
「うっ」
 と、徹が呻く声が聞こえた。
「罪悪感が、そうさせるんだろ? 正直言えば、俺も、そう嬉しいわけじゃないけどな」
 と、どこか苦味を感じさせる声で蕗原は言い、結局、徹もそれ以上、咎めなかったから、夏野は、もう一度、促されるまま蕗原への奉仕を再開した。
 後から何度も何度も抉るように穿たれて、口一杯に男の性器を銜えて、体のあちこちを、誰のだか分からない手に弄繰り回される。もう、何が何だか分からず、体と本能が反応するままに、夏野は思考を放棄して体をそのまま委ねた。
 いつ、自分がイったのかも分からない。徹が何度、自分の中でイったのかも分からない。蕗原の吐き出したものを一度、飲み下して、その後、徹にキスされて、蕗原に入れられたような気がする。そこまでは、何となく覚えていたけれど。
 結局、仕舞いには、夏野はどこか壊れてしまって、気が変になったような気がした。









 目覚めは唐突で、パチリとすっきり目を開いたは良いが、なぜ、この天井が見えるのかと夏野は暫く考え込む。周りの状況を確かめようと身じろいだら、凄まじい倦怠感に襲われて、起き上がることも出来ずにベッドに沈み込んでしまった。
「ああ、起きた?」
 と上から覗き込んでくるのは蕗原で、
「体、起こせるか?」
 と脇から抱き起こしてくるのは徹だ。そこで初めて気がついた。支えてもらわないと、体を起こせない。腰に全く力が入らないのだ。
 夏野はパジャマ(蕗原のものだから少しブカブカだ)を着ているけれど、二人とも、もう、そのまま出かけられるほどきちんと身支度が済んでいる。
「……何で、こうなってるの?」
 と、夏野が自分の体の状態に呆然としたまま尋ねると、徹も蕗原も、一瞬だけ絶句したように目を見開き、それから、二人同時に大爆笑を始めた。
「何! ? 何で、急に笑い出すんだよ? 俺、変なこと言った? ってか、昨日、何があったの? 何で、俺、立てなくなってるの?」
 焦ったように夏野は必死に問いかけたけれど。
「夏野。お前、もう、酒飲むの止めた方が良い」
 と徹は答えただけで、
「全くだ」
 と蕗原も同意しただけだった。





 それ以来、夏野は一切、酒を飲んでいない。




indexへ novelsトップへ