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正しいネコの躾け方-クリスマス番外 ……………
 気休めに流していたラジオから「雨は夜ふけすぎ〜に〜雪へと変わるだろ〜」などとヤマタツの歌が流れてくる。ただでさえ、精神的な疲れが溜まっているのに、余計に肩が重くなるような気がしてブツンとラジオのスイッチを切れば、どこからともなく、はあ、と溜息を吐く音が聞こえて来た。
「・・・あ〜雪降ってきちゃった〜」
と、平山さんがぼんやり窓から外を眺めながら呟いた。
「どうしよう、結構酷い降りだから電車止まっちゃうかも・・・」
 どこか意識が飛んでいるような遠い目をしながら平山さんが更に続けたので、
「平山さん、大丈夫。電車止まるも何も、終電終わってるから!」
と、ヤケクソな気分で明るく言ってやったら、平山さんもあはは〜と虚ろな笑いを浮かべながら、
「そっか! 大澤君ってばさっすが〜! あったまいい〜!」
と、こちらもヤケクソな明るい声で返された。隣で、佐藤技師が、
「お前ら、そういう虚しい会話やめろよ〜」
と、今にも沈没しそうな声で訴えてくる。どんよりとした空気が蔓延しているそんな場所で、鈴木主任だけは、いつもと全く同じ調子で、
「こっちの単位テスト終わった。追加は?」
などと尋ねてきて、次の瞬間、二課の全員が口をそろえて、
「ありません!」
と答えた。あっても、誰が追加するかっての! いい加減にしろよ! この仕事のオニ!
 心の中で叫んでも、本人には絶対に言えない、情けない俺だった・・・。




 現在の時間は午前2時。しかもクリスマスイブ・・・正確には日が変わったのでクリスマスの午前2時だ。
 一体、何が楽しくてイブの夜から徹夜して、二課の全員で詰めてなきゃならないんだと言ったところでどうにもならない。所詮は会社なんてそんなもんだ。上が「こうしろ」って言ったら従うしかない。それが、例えFIX(完成の意味)寸前だったソフトに突然「新しい機能を追加してくれ、しかも二週間で」なんて無茶苦茶な命令でもだ。
 二課全員で取り組んでいたそのソフトは、とある中堅企業から受注していた経営管理システムで、そう難しいものではなかったはずだった。鈴木主任も(珍しく)割と余裕を持たせたスケジュールを組んでいて、クリスマスには定時に上がれるかもね〜なんて、平山さんが少しだけ浮かれたように言っていた位だったってのに。
 製品が大方出来上がり、β版が上がった頃になって、突然クライアントから
「電子帳簿で確定申告ができるようにして欲しい」
とか言われたのだ。電子帳簿ってのは読んで字のごとく、紙面の書類ではなく、電子データーを税務署に提出して確定申告する方法なのだが、そのシステムを作るのはそう簡単ではない。いや、最初から、電子帳簿の申告が出来る事を前提にして仕様書を作成していれば、そう難しくはないのかもしれないが、俺達が作っていたシステムはもちろんそんな事を前提にはしていない。
 電子帳簿申告で最も重要なデータレイアウトと履歴の保存、という機能なんて付けているはずも無い。絶対に無理だと最初は鈴木主任も言い張っていたのだが、そのクライアントが常務の知人だったせいで断りきれずに、結局、こんな無理難題を引き受けるハメになってしまったのだ。
 ちなみに、それが二週間前。その日から今日までの二週間の間、二課全員、日付が変わる前に家に帰れた試しが無い。中村技師補なんてこの間、久しぶりに子供の顔を見たら
「お父さん、いらっしゃい」
と言われたと泣いていた。
 ついでに言えば、この一週間は俺は、3時よりも前に家に帰れたことが無い。睡眠時間は平均3時間程度だ。死ぬっつーの。みんなそんな状態で、寝不足と疲れのせいでかなりヘロヘロになっている。
 が、鈴木主任だけはいつもとちっとも変わらない。いつも一番最後まで会社にいるのに、だ。つか、この人、おかしいって。人間じゃねえって。
 そう思いながら、鈴木主任をぼんやり見ていたら(もう、寝不足でまともな意識なんてあるわけない)、ふと、こっちに視線を寄越されて目が合った。
「なんだ、大澤。暇だったら、マニュアルの最終チェックな」
 慈悲もへったくれもあったもんじゃない言葉を投げられて、俺は倒れそうになってしまった。




「・・・それにしても、検査課の連絡遅いですね〜」
 平山さんが時計を見ながら、そんな独り言を漏らす。システムは、奇跡的にほぼ完成の状態になり明日の納期に何とか間に合いそうな感じだ。検査課に最終テストをしてもらっている最中で、それが無事通って検査課のオッケーが出れば、ようやくこのソフトはFIXする。

 そういや検査課の女の子達は俺達より悲惨かも。検査課はトップの北爪主任以外は全員20代の女の子だ。そんな若い女の子がクリスマスイブに、何が悲しくて残業してなくちゃならないんだか・・・。でも、もっと悲惨なのは北爪主任かも。最近、俺達のあおりを食らって残業続きなのを女の子達によってたかって凄く責められてツライって、喫煙所で愚痴こぼしてたのは一昨日の事だ。話聞いてると女ばっかりの課ってのも大変そうだ。男には使わなくてもいい気を使わなくちゃならないし。

「バグでも出たんじゃないのか?」
 鈴木主任がしれっと言って、皆がヒィ! と悲鳴を上げて顔面蒼白になる。縁起でもないこと言うなっつの! ホント、この人顔に似合わず無神経だよ。セックスする時もデリカシーやムードってもんに著しく欠ける。向こうから誘ってくる時も、
「あー何か溜まってるわ。やろーぜ」
とか平気で言うし。その度に、俺達二人の関係は一体何なのだろうかと悩んでしまう繊細な俺だ。一応、付き合ってんだよな? いや、未だに、ソース3本につき1回とか言われてるけど。
 そういえば、ここ二週間で大分貯金が溜まってる気がする・・・。これがFIXしたら一晩中ヤりっぱなしとかさせてもらえなきゃ割に合わねえっつーの。
 そんな風に、とても本人には言えない(この辺りが情けないが仕方ない)事を考えていたら、プルルルと内線の音が聞こえて、鈴木主任が電話を取った。
 もう、その瞬間二課の全員が鈴木主任に目が釘付け。耳はダンボ。

「はい。鈴木です、ああ、はい。ええ、ええ、そこはそういう仕様です。はい。はい。・・・・そうですか。ありがとうございました。いえ、こちらこそ。はい」

 一通り会話を終えて、鈴木主任はゆっくりと受話器を置く。それから、両手を万歳みたいに挙げて、
「FIX〜。お疲れ〜」
と間延びした声で言った。
「良かった〜!」
「うお〜! 寝れる〜! !」
と、皆が机に突っ伏しながら歓声を上げて、一気に緊張していた空気が解けた。いや、ホント良かったよ。やっと寝れる。寝れるよ・・・。
 そんな風に、皆が安心して少しハイになっている状態だったってのに。
 鈴木主任は突然、
「まだ、帰るなよ。仕事が最後に残ってるからな」
って、変に冷静な声で言って、皆の歓声がピタリと止まる。そりゃそうだろう。やっと終わったと思ったのに、まだ何か仕事をさせるのかと、さすがに俺も絶句した。けれども、鈴木主任はそんな皆の様子なんてお構い無しで、平気な顔をしている。シーンと静まり返ったフロア内で鈴木主任は一人立ち上がると、何かの紙切れを配り始める。
 なんだろう、と思って、自分の机の上にも置かれたそれを見たら、それは『代休届け』だった。皆がそれを見ながら驚いたような顔をしていると、鈴木主任は、ニヤッと笑って、
「明日は、全員強制代休な。それ書いてから帰れよ」
って言った。

 ああ! もう! こういう所だよ! こういう所があざといっていうか。いや、正直に言えばスマートで格好良いんだけど、あんまりスマートすぎて認めたくない所っていうか。
 二課は残業も休日出勤もメチャクチャ多い。でも、付けれる残業時間は上限があるし、代休なんて仕事の忙しさを考えたら絵に描いた餅で殆ど取ることが出来ない。サービス残業が当たり前、って課だ。第一、鈴木主任自体が、一番作業時間が多いくせに、絶対に代休を取らないから、他の皆も取りにくいってのはある。いや、別に鈴木主任は代休取ることに何も言わないんだけど、何つーか、鈴木主任が頑張ってるのに休めないっつーか。いや、俺だけが勝手に思ってるだけかもしれないけど。
 いずれにしても、二課の人たちは代休が溜まりまくってても殆どと言っていいほど休まない。それが分かってるから、鈴木主任はわざと「強制代休」なんて言って休ませようとしてる。
「鈴木主任って、ホントに飴と鞭の使い方上手だよねえ」
って、平山さんがヒソヒソ声で俺に話しかけてきて、俺は思わず苦笑いしてしまった。
「そうっスよね。でも、それが分かってて踊らされちゃうんスよね」
「ね」
 悪戯っぽく笑いながら平山さんはさっさと代休届けに名前を書いて鈴木主任に提出する。その足で「お疲れ様〜」と、フロアを出て行った。他の皆も同じように届けを鈴木主任の机の上に置いて出て行く。でも、俺は何となく立ち上がり難くて、意味も無くネットを見たりして時間を潰していた。で、いつのまにか、フロアには俺と鈴木主任の二人だけになって。
「大澤」
 急に呼ばれたんで顔を上げて鈴木主任の方を見る。
「代休取らないのか?」
「あーっと、鈴木主任は取るんですか?」
 俺がそう聞き返すと、鈴木主任は少しだけ照れたように苦笑いした。その顔が少し子供っぽくて俺はドキッとしてしまう。こういう、不意に見せる素の表情ってのに俺は滅法弱い。俺と二人きりの時にしか、鈴木主任がこんな無防備な顔を見せないからだ。
「お前は、ほんっと変なトコで気を回すようになっちまって。俺は休まねえよ。二課が全員休みだと、サポートから電話来たとき困るだろ?」
 苦笑いしながら、鈴木主任は俺が予想していた通りの答えを返した。
 サポートはユーザーサポート部の事。その名の通りユーザーからの質問やクレームを受け付ける部署だ。一般的な質問やマニュアル化されているトラブルならサポートで十分対応できるが、それでもシステムの専門的な部分に関する事は対応しきれないからこっちに電話が回ってくる。そういう意味で、二課の全員がいないという状況はあってはならないのだ。
「じゃあ、俺も代休取りません。別の日に取ります」
 俺がぶっきらぼうに言うと、鈴木主任は首を少しだけ傾げて悪戯な笑いを浮かべる。上目遣いの、例の眼差し。俺が絶対に逆らえない必殺技を使いながら、鈴木主任は、
「じゃ、泊まり来るか?」
って軽く言う。
 俺が、手のひらの上でクルクル回っているのを完全に楽しんでいる。それが分かっているのに、惚れた弱味で、結局はアホ犬みたいに尻尾振ってついていってしまうから始末に終えない。
「行くっス」
 それでも踊らされているのが気に食わなくてぶっきらぼうに答えると、チョイチョイと指で呼ばれた。
「何スか?」
 席を立って鈴木主任の机の横まで行ったら、突然、グイっと首の後ろに手を回されて引っ張られる。そのまま下から覗き込まれるみたいにキスされた。もちろん、すぐに舌が入ってくるようなネチッこいヤツ。一瞬、うわ、やられた、って思ったけど、そのまま鈴木主任の腰に腕を回して座っている鈴木主任を椅子から引き上げるみたいに抱きしめた。
 口先に、鈴木主任の煙草の香り。俺より重たい煙草を吸ってるから、苦味が強いけど、この味が俺はスキだ。
「・・・ン」
 鈴木主任の喉から、くぐもった甘い声が聞こえる。久しぶりだったから、そんな些細な事で俺の節操の無い下半身は直撃を受けてしまう。反応しかけているソレを鈴木主任に押し付けるみたいにして更に強く腰を抱き寄せると、急に、物凄い力で耳を引っ張られた。

「いってー! !」
 俺がでっかい声で抗議すると鈴木主任は声を立てて笑った。
「お前、神聖なオフィスで何する気だよ」
 って、アンタが先に手を出してきたんだろうが! ほんっとムカつく!
 俺が恨めしそうに睨みつけてやっても、鈴木主任は楽しそうに笑い続けてて、俺は腹が立つというより脱力してしまった。はあ、って大きな溜息を吐いてやると、今度は、にっこり綺麗に笑って、
「続きはウチ行ってからな」
って言う。悪魔か、アンタは。
「・・・鈴木主任、寝不足じゃないんスか? スキっスね」
 せめてもの仕返しに嫌味を言ったってのに、鈴木主任は、
「や、でも、寝不足の時とか、疲れてるときって勃たねえ?」
って。
 ・・・スミマセン。この人に、情緒ってモノを求めた俺が間違ってました。つか、これから鈴木主任ち行ってヤるって事は、完全に徹夜して出勤だよ。まあ、別に良いけど。





「・・・そういや、今日ってクリスマスなんスよね。俺、プレゼントとか用意してないっス。すんません」
 ベッドに入ってから、俺が何となく思いついて謝ると鈴木主任は、凄く優しい目で笑って見せた。俺が一番好きな表情。猫目が細くなって実際の年齢より幼く見える。その癖、ベッドの中で見たりすると変な艶があったりして。
「そんなもん用意する時間どこにあったよ。俺だって用意してないって。別に良いよ。俺はプレゼントは『お前』で」
 茶化しながら、半分俺をからかうつもりで鈴木主任は言ったんだろうケド。単純な俺は、それだけで物凄く舞い上がってしまった。でも、それを表に出すと更にからかわれると思ったから、仏頂面で、
「そうスか。じゃ、俺もプレゼントは『鈴木主任』で良いっス」
って答えたら、やっぱり何もかも見透かされてるのか声を立てて笑われた。別に良いけどな。
 一通り笑うと、鈴木主任は急にニヤッと人の悪い笑みを浮かべて俺の耳元に顔を寄せる。
「じゃ、今日はお前の好きな体位何でもヤっていいぜ」
 なんて、ほんっとに悪魔みたいな人だよ。分かってるのに、いつも引っ掛かって振り回されて、でも、それが楽しいなんて感じてるから始末に終えない。
「じゃ、上に乗って」
 意地悪のつもりで言ったんだけど、鈴木主任は
「いいよ」
って、簡単に俺の上に跨る。そうでした。この人の情緒だの、羞恥心だの求める俺が間違いでした。
 十分俺が解していたので、鈴木主任は何の戸惑いも無く、俺のを掴んでソコにヒタリと宛がう。目を閉じて、ハアと深く息を吐きながら、それを飲み込もうとしている鈴木主任の顔を見ていたら、急に興奮してしまった。
 だって、スゲエ、エロい表情してんだもん。で、その、溜まってたせいもあって、更に大きくなってしまったらしく。
「ばっ! アッ! ・・・入れてる最中に大きくすんなっ! ンッ!」
 鈴木主任が珍しく動揺して喘いでるのを見たら、もう、我慢できなくなって、俺は少し乱暴に鈴木主任の腰を下から掴むと自分の方に引き寄せた。グチュリと音を立て、結構な勢いで奥まで入り込む。
「アアッ! ヤダッ! ダメッ! お・・・さわっ!」
 そんな甘ったるい悲鳴を聞かされたら止まるわけない。ただでさえ、寝不足と仕事が無事に一段落着いたせいでハイになってるってのに。後先考えずに、ガンガン鈴木主任の一番弱い場所を突きまくったら、鈴木主任は本当に珍しく、切羽詰った悲鳴を上げ続けた。
「ヤッ! ・・・アッ、アッ! アアッ! ダメッ! ・・・そんな・・したら、もたなっ・・・」
 ギシギシとベッドの軋む音と、グチュグチュという湿った音、それから鈴木主任の滅多に聞けない余裕の無い喘ぎ声を聞いて、ますます興奮してしまった。多分、いつもより、イったのはずっと早かったと思う。それでも、先に音を上げたのは鈴木主任だった。
 自分で制御できなくなってしまったみたいに、目尻に涙を溜めて先にイってしまった鈴木主任に、キツイ位に締め付けられて、俺も我慢できなくて結局イった。
 が、それが、鈴木主任のプライドを傷つけてしまったらしく。
「ムカつく! 大澤、もう一回ヤれよ!」
「でも・・・寝る時間が・・・」
「煩い! 上司命令だ!」
とか無茶苦茶なことを言われるハメになったのだった。






 結局、次の日、俺は久しぶりに太陽が黄色いと言う体験をしてしまった。自分の体力が思ったよりあったことを図らずも確認する事ができて、俺もまだまだ若いなと思ったけど、やっぱり寝不足でセックスするのは暫くはよそうと誓った。
 ちなみに、鈴木主任は仕事中は俺よりもケロッとしていて、この人はやっぱり仕事の鬼なのだと背筋が寒くなった25歳のクリスマスだった。



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