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【マウントポジション】裕太-蓮川 …………


「そういえばさ」
 と、裕太は相当に神経を使いながら、実に何気ない様子を装って切り出した。
 蓮川は、ソファに横になってくつろいだまま、雑誌をめくっている。裕太は、ソファのすぐ横で、足の爪を切っている手を止めずに、そのまま言葉を続けた。
「涼子さんって、蓮川のなんなの?」
 声は震えていなかったと思う。声の調子だって、多分、いつもと同じだ。決して、内心の動揺を悟らせるような声音では無かった。蓮川は、ふっと雑誌から目を上げ、一瞬だけ裕太のほうに視線を寄越した。裕太は反射的に顔を上げてしまい、真正面から、視線がぶつかった。あ、しまった、失敗した。顔を上げずに爪を切り続けるべきだった、と後悔したが、もう遅い。多分、巧みに隠した不自然さを蓮川は感じ取っただろう。だが、その裏に潜んでいた思惑を読み取ることは出来たのかどうなのか。
「ああ」
 と、気の無い相槌を打ったきり、蓮川はそれ以上、答えようとはしなかった。
 もう良い、そもそも、腹芸など得意ではないのだから、下手な演技をしても仕方がない。早々に、裕太は開き直ると、少しばかり、苛々とした口調で、
「なあ? なんなの?」
 とさらに問うた。蓮川は雑誌から目を上げない。気がなさそうにページを捲り、3ページほど捲ったところで、
「昔の女」
 と、どこか投げやりな口調で答えた。瞬間、裕太はおもむろに爪切りをテーブルの上に放り投げる。ガチャン、と硝子のそれは大きな音を立てた。蓮川が気に入って買ってきたという、シンプルなデザインのテーブル。傷が付いたかもしれないが、そんなことを気に掛けるほど裕太は冷静ではなかった。派手な音に、蓮川が目を見開いて顔を上げる。少し驚いた様子でも、決して沈着さを失わないその表情が、今ばかりは裕太の癪に障った。
 立ち上がり、無言のままソファの上に乗り上げ、横になったままの蓮川の体を跨ぐ。勢いを付けてドスンとその体の上に勢い良く座れば、ウッ、と蓮川が眉間に皺を寄せた。馬乗りになったまま、蓮川の胸倉を掴み上げる。そのままの体勢で、
「涼子さんって、お前の、なんなの?」
 と、ことさらゆっくりな、はっきりとした口調で裕太は同じ質問を繰り返した。苛立ちと寂しさともどかしさが胸の中にある。けれども、それと同時に、やっぱりか、という思いがあるのも確かだった。半分は予測していた事だった。蓮川が答えた内容を、ではない。『蓮川が本当のことを言わないだろう』という事を、だ。
 訝しげな表情で、蓮川が眉間に皺を寄せる。じっと、真直ぐに、何かを探るように見つめてくる視線。それを逃げることなく、やはり真正面から受け止めて、ただ、じっと裕太は蓮川の目を見つめ続けた。

 『多分、いつまで待ってたって、要はお前に本当のことを言わないと思うぜ? 』
 と言ったのは一志だ。彼が蓮川と半分だけ血の繋がった、腹違いの、一ヶ月だけ年上の兄だと教えてもらったのも、その時だった。
 『それは裕太くんを信用して無いから、とかじゃないの。むしろ、きっと、好きだから言えなかったりすると思うわ。要の性格からすると』
 と言ってくれたのは、たった今、話題に出ている涼子当人だった。だから、裕太はとっくに知っているのだ。涼子が蓮川の何なのか、ということを。

「…誰かに、何か、聞いたのか?」
 訝しげな表情のまま蓮川が尋ねてくるのを裕太は無視する。裕太が知っているかどうか、が問題なのではない。蓮川が本当のことを言うか、言わないか、が問題なのだ。
「だったら?」
 と、裕太が挑発するように答えれば、蓮川は不意に体の力を抜き、ソファにドサリと沈み込む。無造作に雑誌をソファの下に投げ捨てて、困ったように苦笑いを浮かべた。








 ***





「あれー? お前、一宮裕太ー?」
 と突然声を掛けられたのは、とある金曜日の夕方のことだった。裕太は大学からの帰りで、ブラブラと本屋に寄って、講義で使う予定の専門書を探していた途中だった。
 不躾に名前を呼ばれて振り返れば、見たことのある顔が立っていた。会ったのは、たった一度だけだ。それも、顔を見た時間にすれば数分のことだった。それでも、その時の強烈なシチュエーションと、彼本来の派手な顔つきのせいだろう。その顔は裕太の記憶にはっきりと残っていたのだ。
「あの…ええと? ノーマジーンで会った人だよね?」
 確か蓮川が『一志』と呼び、兄だとか、兄じゃないだとか騒いでいた相手だ。込み入った家庭の事情に踏み込むことになりそうで、一体、彼が蓮川の何なのか聞くことを躊躇い、そのまま放っておいた人物。だから、裕太にしてみれば、一志はほぼ知らない相手に近いはずだった。だが。
「丁度良いや。お前、今、暇?」
 あっけらかんとした明るい笑みを浮かべて、一志はそんなことを聞いてきた。暇と言えば暇だ。その週末は、珍しく、蓮川と会う約束もしていなかった。
「はあ、まあ、うん」
 と戸惑いがちに裕太が答えれば、
「メシ食わせてやる」
 と言われて腕をとられ、相当強引に引き摺っていかれ、あれよあれよという間にヘルメットを被せられ、馬鹿でかい単車の後に乗せられて、拉致か、という勢いで連れ去られてしまった。
 裕太は殆どタンデムの経験が無い。こんなに大きなバイク(恐らく7半だろう)に乗るのも初めてだった。だから、正直に言えば、バイクの後ろに乗って走るのがこれほど爽快なものだとは知らなかったのだ。一志の運転は中々巧みで、しかも、裕太を後ろに乗せているからなのか、それなりに安全運転だったから、怖いと思うことも無かった。うっかり、このまま少し遠くまで行ってみたいなあ、などと思っているうちに、見覚えのある場所で降ろされた。忘れもしない。忌まわしい記憶も新しい場所。つい先日、蓮川が『涼子』という女に捕まって、裕太の目の前で熱烈なラブシーン(少なくとも裕太にはそう見えた)を演じてくれた店の前だった。裕太は訝しげな表情を浮かべ、すぐ隣に立つ一志を見上げた。
 一志は、裕太より大分背が高い、ということに気が付いたのはこの時だ。多分、裕太より十センチ以上は背が高いだろう。
 一志は人懐っこい笑顔を浮かべたまま裕太を見下ろし、
「なあ。お前、ホンッとエロ可愛い面してんな」
 と、そんな失礼な事を言った。
「要と別れて、俺と付き合わない? あんなムッツリエロガッパより、お買い得よ?」
 とも、ふざけた口調で言った。だが、なぜだか憎めない。あまりに人懐っこく、邪気が無いせいかもしれない。裕太は怒るよりも、ついつい、噴出して笑ってしまった。
「やだよ。俺、蓮川が好きだもん」
 と笑いながら答えても、一志はさして気分を害した風も無く、
「ちぇ。見る目ねーなー」
 と言いながら、裕太を店の中へと誘った。外装は割と派手なバーだったが、入ってしまえば、案外落ち着いた雰囲気で、どちらかと言えば上品な印象の店だった。だが、まだ、開店していないのだろう。店内には誰もおらず、シンと静まり返っていた。勝手に入って大丈夫なのかと心配する裕太を他所に、一志は勝手知ったる、といった態度で店の奥まで入っていく。
 従業員用、と書いてある扉を開け、少し手狭な通路を進んでいくと、小さなブースがあって、そこには一人の女性が椅子に座っていた。座って経済新聞を読んでいた。膝の上には、何種類かの新聞が乗せられていて、そのうちの幾つかは英字で書かれている。
「おい。涼子」
 と、無造作に一志が呼べば、その女性は鬱陶しそうに顔を上げた。忘れたくても忘れられない。間違いなく、あの日、蓮川に絡んでいた『涼子』という名の女だった。この人が蓮川にキスしたのだと思ったら裕太はムカムカして、無意識に表情を歪めていたのだけれど。
 涼子は裕太の姿を認めた途端、新聞を放り出してしまった。
「わあ! 裕太君! どうしたの!」
 と満面の笑みを浮かべて涼子は立ち上がり、え、と思っている間に抱きつかれ、さらには、チュッと派手な音を立てて唇にキスをされてしまった。
「え? え? は? あの?」
 目を白黒させて裕太が抱きつかれたまま立ちすくんでいると。
「おい。オバハン。それくらいにしとけ。見苦しい」
 と一志が呆れたように言い、ようやく涼子を引き剥がしてくれたのだった。







「ずっと気になってたのよ。私がふざけ過ぎたせいで喧嘩しちゃったって言うし。ちゃんと仲直りできたのかなあって」
 と終始ニコニコと楽しそうに笑いながら、涼子はその日の店のまかないだという料理を出してくれた。隣で一志がそれを豪快にガツガツと食べているのが目に入る。実に気持ちの良い食べっぷりで、裕太は感心してしまった。
「ちゃんと仲直りした?」
 小首を傾げて、心配そうに覗き込まれ、裕太は思わずドキッとしてしまった。他愛ない、些細な仕草が可愛らしいのだ。だがしかし、なぜか、隣の一志は気色悪そうに、
「ゲロゲロ。おい、ユウタ、騙されんな」
 と毒づく。
「そのオバハン、言っとくけど40歳過ぎてるからな」
 と更に続けられて、裕太は思わずカウンターの椅子からずり落ちてしまうほど驚いてしまった。
「嘘! どう見ても、30前半にしか見えないよ!」
 と馬鹿正直に思ったことを口にしてしまったら、涼子はキャーと嬉しそうな悲鳴を上げて、裕太に抱きつき、やっぱりキスされてしまった。それを面白くなさそうな顔で、一志が無理矢理引き離す。
「お前なあ。自分の息子と同じ年の男にキスすんなよ。ったく」
 呆れたように一志が言うので、裕太にもおおよその所は想像できたが、それでも確信が持てない。そもそも、人様の込み入った家庭の事情を他人の自分が聞いて良いのかどうなのか測りかねて、戸惑ったように涼子と一志を代わる代わるに見れば、それを敏く察した一志が、
「俺と、このオバハン、親子。でもって、要は俺の腹違いの弟。このオバハンは、俺達の父親の愛人。要の母親が本妻。了解?」
 と実にあっさりとした口調で教えてくれた。裕太は言葉を失い、ただ、壊れた玩具のように何度も首を縦に振る。
「ちなみに、要の母親は八年前に死んでっから」
「そう。で、八年前から私が要の母親代わりだったのよ。時々、スキンシップ過剰で一志にも要にも叱られるけど、正真正銘の親子関係だから、安心してね」
 と立て板に水とばかりに告げられて、裕太の思考はストップした。情報を一気に与えられすぎて、脳がオーバーフローを起こす。蓮川の口から直接、家庭のことを聞いたことが全く無かったから、尚更だった。

 裕太はごくごく普通の家庭で普通に育ったから、誰に対しても、割合に、何の気なしに家族の話を口にしていた。蓮川に対してもそうだった。他愛なく兄弟のことを聞かれれば、兄と姉が一人ずついるのだとすんなり答えていた。だが、いつからだろう。決して自分の家族について触れない蓮川に気が付き、裕太は意図的に、それを尋ねることを避けるようになっていた。蓮川のことを知りたくなかったわけではない。ただ、無理に言わせるのが嫌だったのだ。蓮川が自分から話したいと思わないのでなければ、聞きたくは無い。そう思っていたはずだった。だが、今、蓮川を取り巻く家庭環境についてのあらましを、蓮川以外の人間から聞いてしまった。そのことの是非を裕太は自分に問う。
「…あの。今の。聞かなかったことにして良いですか?」
 どこか沈んだ声で俯き、カウンターのテーブルを見つめたままふと呟いた裕太に、一志も涼子も、え、と不思議そうな視線を向ける。
「……今まで蓮川の口から、一度も、家のこと聞いたこと無かった。それは、蓮川が聞かれたくなかったからだと思うから。だから」
 聞かなかったことにさせてください、と真摯な口調で裕太が言えば、涼子は驚いたように目を見開き、一志は手にしていたフォークの手をピタリと止めた。
「…なるほどね」
 と、最初に言葉を発したのは一志だ。
「要が執着すんの、なんとなく分かったワ」
 え? と裕太が顔を上げれば、思いの外、真面目な表情で見つめてくる一志の視線とぶつかった。
「俺は、今、決めた。お前が、要と付き合っている間は、絶対、お前には手を出さない」
 なぜ、突然に一志がそんなことを言い出したのか分からずに、裕太は眉間に皺を寄せる。裕太の訝しげな表情に気が付いているだろうに、一志は決してそれ以上は語らず、再びフォークを忙しなく動かし食べ始めてしまった。戸惑ったように、涼子に視線を移せば、これまた、思いの外、優しげな表情で涼子は裕太を見つめていた。
「要、裕太君に何も言ってないんだ。要らしいけど。でも、それは裕太くんを信用して無いから、とかじゃないと思うわ。むしろ、きっと、好きだから言えないんじゃないかしら。要の性格からすると。裕太君、要のこと、よろしくね。意地悪した私が言うのもなんだけど、案外、あの子、誠実なのよ?」
「はあ…」
「要って、ああ見えて、実はマザコンでねぇ。要のお母さんって、要に似て、落ち着いた綺麗な人だったんだけど。すごく芯の強い人で、ロクデナシの旦那が外に何人愛人こしらえようが、犬畜生なことしようが、黙って耐えている人だったのね。要はずっとそれを見て育ってきて、父親を毛嫌いしてるから、浮気とか、基本的に嫌いなのよ。誰か付き合っている人がいる間は、絶対に、よそ見しない子なの。誤解されやすい所があるから、分かり難いかもしれないけど」
 突然に告げられた意外な事実に、裕太は驚いて目を見開く。

 正直、ずっといい加減な付き合いをされてきたと思っていた。何人もいる遊び相手の一人なのだろうと思った事だってある。蓮川が飽きたらあっさりと捨てられる、そんな関係なのだろうと。だが、時々、垣間見える真摯な表情だとか、執着を感じさせるような言葉だとか。それを否定することは裕太には出来なかった。
 別れのシミュレーションをしておくことは、ある種の自己防衛だ。その時が来た時に、余計に傷ついたりしないように。けれども、それは裏返せば相手を全く信じていない、という軽んじた態度に他ならない。真直ぐに相手に向き合っていない。その事に裕太は不意に気が付く。

「その癖ね。ずっと耐えて、ただひたすらロクデナシな男を待ち続けていた母親を知ってるもんだから、変に冷めて臆病なところもあるの」
 臆病、などという言葉は一番、蓮川から遠い場所にある言葉のような気がして、裕太は首を傾げる。だが、涼子は含み聞かせるように、優しい口調で続けた。
「本気で誰かを好きになったりするとツライだけだって無意識に思い込んでたみたい。だから、いつだって、割り切りの良い年上の相手と、半分遊びみたいな付き合いしかしてなかったように私には見えたわ。相手に誠実であることと、矛盾しているようだけど。でも、両方とも、それが要なのね」
 ふふふ、とやはりどこか可愛らしい仕草で涼子は笑ったが、今度は、裕太はドキリとはしなかった。ただ、どこか、自分の母と重なる表情だと思っただけだった。
「だから、ホントはずっと心配してたの。あの子、本当に誰かを好きになったりすることがあるのかなあって。でも、裕太君見て安心しちゃった。面倒な子だけど、捨てないで上げてね」
 涼子は最後にそれだけ言うと、店の準備があるのだろう、裕太と一志の傍から離れ、店の奥に引っ込んでしまった。
 何か、もっと、聞きたいことがあったような気もしたけれど、色々なことが裕太の頭の中で渦巻いていて、言葉にならない。それを察していたのだろう。一志もそれ以上は、決して余計なことは言わず、ただ、裕太が皿を空にするまで待っていただけだった。
 ただ、別れ際、
「暇だったら、気軽に声掛けろよ。要の事、教えてやるし」
 と気軽に笑った。裕太は曖昧に笑い返して、首を横に振って答えたが。
 蓮川が自分から言わないことを、第三者から聞くことはやはり違うような気がするのだ。裕太の迷いを一志は正確に把握していたのだろう。
「多分、いつまで待ってたって、要はお前に本当のことを言わないと思うぜ?」
 とそれを肯定するようなことをあっさりと一志が言い、それを聞いた途端、裕太はひどく傷ついた。それが表情に出てしまったせいか、一志は苦笑いすると、裕太の髪をグシャグシャと乱暴に撫でる。
「あのな。要は、お前に言いたくないわけでも、知られて欲しくないわけでもないと思うぜ? アイツのは単なるええかっこしいなだけ」
「え?」
「弱みとか見せて、同情されんのが嫌なだけ。そういう奴。プライド高いんだよ。だから、気にすんな。俺だって馬鹿じゃねえ。要とは、お前より、ずっと付き合い長いんだ。ホントに要が知られたくないようなこと言わない。じゃあな」
 最後にそれだけを言い残して軽く手を上げ、バイクを発進させた一志の後姿を祐太は見送った。あの日から、祐太はずっと考え続けている。そして、今も答えは出ていないけれど。












 ***




 じっと、自分を見つめ返してくる蓮川の視線から、決して祐太は逃げなかった。ほんの少しの感情の揺れも逃したくは無い。蓮川の目尻の下の泣きボクロに自然と目が行って、その整った顔を見ながら浮かんでくるのは実にシンプルな「好きだ」という気持ちだけだった。
 恋愛なんて綺麗ごとじゃない。独占欲だって、時には嫉妬だってある。相手が相手だから、もしかしたらつらいことの方が多いかもしれない。自分が好きな分、相手にも好いて欲しいという欲求があるのも本当だけれど、それでも、祐太は、ただ自分が蓮川を好きなのだと言う気持ちだけあれば、それで良いとどこかで思っていた。
 相手を知りたいと思う。けれども、無理に踏み込むことはしたくない。それが、蓮川を傷つけるかもしれないことなら尚更。だから、祐太はずっと迷って考え続けている。それだけなのだ。
 蓮川はしばらく、黙ったままそうして裕太の顔を見つめ続け、不意に、困りきったような苦笑いを漏らした。
「もしかして、裕太。お前、俺のこと好きなの?」
 と、いきなり、今更な事を聞かれて、裕太はポカンと間抜けな顔になる。
「……はあ?」
「いや、だから、お前、もしかして俺のこと好きなのかと思って」
 確かめるように同じ言葉を繰り返されて、裕太は絶句した。自分が蓮川のことを好きなのは、一目瞭然だと思っていたし、第一、好きでも無い、しかも男にあれほど好き勝手なセックスをさせるほど裕太は好きモノでもお人好しでも無いのだ。
「…好きに決まってるだろ? 何、今更なこと聞いてンの? お前、ワケわかんない」
 呆れた口調で裕太が答えると、蓮川は少しだけ嬉しそうに笑って、裕太に手を伸ばした。優しげな仕草で、頬を撫でられて裕太は不意にドキリとする。いつもとは少しだけ違う、妙に柔らかい表情で見上げてくるので、違う人のような気さえしてしまった。
「俺は自分じゃ言わないから」
 そして、穏やかな口調でそんなことを言う。
「知られたくないんじゃなくて、自分では言いたくない」
 微妙な言い回しでの答えの真意を、裕太は一生懸命考える。知って良いのか悪いのか。知ることは蓮川を傷つけたりしないのか。そんな裕太の疑問を解きほぐすように、蓮川は、
「お前が、俺以外の誰かから何か聞くのは構わないけどな」
 と付け足すように言って、そっと目を伏せた。その表情がどこか、蓮川らしくもなく不安げに見えて、裕太は尚更ドキリとする。こんな所まで、本当に、毒みたいな、性悪な男だと心の中で文句を言いながら、それでも、そっと顔を近づけて、自分からキスをした。
 唇が離れてから、呆れたように笑って裕太は、
「面倒なヤツ」
 と零してみる。面倒でも好きなことに少しも変わりはなかったけれど。

「ところで」
 と、不意に表情を変えた蓮川の顔は、すっかりいつもの顔だ。その豹変振りに裕太が呆けていると、蓮川はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、裕太の腰を些か強引にグイと引き寄せる。
「今の体勢、スゲエいやらしいって気がついてた?」
 言われて、裕太はようやく気がついた。服を着たままだったので、特に意識をしていなかったが、この格好は、いつも嫌なのに無理やりさせられている体位とほとんど一緒だ。
「ちょ…! 待て! 待てって!」
 と抗議したところで、蓮川が止まるはずも無い。
「待てよ! …ひゃっ!」
「別に、知られて困る事でもないし、何聞いたって怒らないんだけどな。聞いた相手が気に入らない。浮気はすんなって言ったよな? 楠田のときで懲りたと思ったけど?」
「浮気なんてしてない! ってかお前! 誰に聞いたか分かってんのかよ! わっ! 馬鹿馬鹿! そんなとこ! アアッ!」
「しっかしまあ、色んな意味で、お前って学習能力に欠けてるよな、感心するわ」
 口調だけは呆れたように、けれども裕太の体のあちこちで動き回る手だけは実に滑らかに、蓮川は楽しそうに笑っている。







 結局は、いつもと変わらず、良いようにヤられまくった裕太が、後日、心配して損をしたと、思ったとか、思わなかったとか。




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