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泣きボクロ X'mas スペシャル ………

 『酒は飲んでも飲まれるな。』

 ありがたい格言である。
 だがしかし。
 新歓だと言っては酒を飲み、暑気払いだと言っては酒を飲み、学会の打ち上げだと言っては酒を飲み、試験が終わったと言っては酒を飲み、忘年会だ、新年会だ、はては誰それの誕生日だ、いやコンパだから、いやいや暇だからと言っては酒を飲む大学生には、あまり意味の無い格言である。

「はーい! それじゃあ、行きまーす! 古今東西山手線ゲーム!」
「おー!」
「がんばるぞー!」
「おー!」
「ファイトーいっぱーつ!」
「おー!」
「古今東西、お姫様の出てくる日本昔話っ!」
「かぐや姫」「浦島太郎」「一寸法師」「あう…も、桃太郎」
「ぶっぶー。桃太郎にお姫様は出てきません。裕太バツゲーム!」
 イチコは嬉々としてグラスに日本酒を注ぐ。ちょっと待て、とクラクラしながら裕太はそのグラスを受け取った。最初はビールだったはずじゃなかったのか、こんなに日本酒を飲んだら、間違いなくぶっ倒れる。ぶっ倒れるけれども、イチコには逆らえない。もはや、酔いで朦朧とした頭のまま裕太はやけくそ気味に日本酒を呷った。
 本日の日本酒は通好みな『〆張鶴』。やはり日本酒は新潟である。だが、今の裕太に味わう余裕などちっともない。そもそも、何でこんなことになってしまったのか。そうだ、イチコだ。イチコが
「せっかくのクリスマスなんだから、研究室でパーティーしようよ」
 などと言い出したからだ。何だかんだといって、こういうイベントを企画するのはイチコで、しかも周りもまんざらでないのかそれともイチコが単純に怖いからなのか、誰も決して逆らわない。何が悲しくてクリスマスイブに大学の研究室で酒を飲んでいなくてはならないのかと思いつつも、市場で買い叩いてきたという蟹はかなり美味かった。一人一杯も食べられるなんて、ある意味かなり贅沢だったし、季節柄、味噌も随分と詰まっていた。鍋も美味い。ビールや日本酒は酒のディスカウントショップで買出ししてきたから、会費も安い。確かにそれなりのメリットはある。
 だがしかし、人目が無い分外で飲むよりも当然箍が外れる。それがこの山手線ゲームだった。
 負けるたびにグラスビール一杯一気飲み。それがバツゲームだったが、とうの昔にビールなど全て空いた。ちなみに、一人瓶ビール二本の見当で買ってきたはずだった。
 そこでやめれば良いものを、所詮酔っ払いに常識など説いても無駄なこと。ブタに真珠、ネコに小判。弘法も筆の誤りに河童の川流れ、ちょっと違う。
 とにかく、ビールがなくなったから日本酒に切り替えるわね、と至極あっさりイチコが言った時に、異論を唱えたものは一人もいなかった。その後の展開は推して知るべしである。最初二十人ちょいで始めたゲームが今では十人足らず。脇にはゴロゴロと幾つモノ死体が転がっている。屍累々とはこの状況だ。
 裕太は決して酒が弱いわけではないが、やはり、脱落者は酒の弱い順序に落ちていく。残りの面子の酒の強さから考えて、そろそろマズイ状況だった。そもそも、こんなゲームどう考えても最後に残るのはイチコだろうと誰もが思ったが、人は死ぬまで挑戦者たるべきなのだ。と、他の連中が思っていたかどうかは定かではないが、とにかくゲームは続いていた。
 まずい、ヤバイと思いながらもリズムに合わせて手を叩く。歴代ノーベル物理化学賞受賞者? 知るか、そんなもの。百人一首の歌人の名前なんてお題は隣のヤツを潰そうとしているとしか思えない。
 こういう種類のゲームは一度負け始めると、もう後が無い。酔いで頭が回らなくなり負けやすくなり、更に酒を飲まされてまた思考が鈍る。悪循環である。
 ちなみに、イチコは未だに一度も負けていない。蓮川も僅か二度負けただけだ。もっとも、酒の強さだけで言うなら蓮川は物凄く強いと言うわけではないが、常に冷静沈着なためこういうゲームには強いらしい。
 ううう、まずい、と思いながら裕太は手を叩く。自分でも何を答えているのか分からない。そもそも、今まで一体どれだけの酒を飲まされたのか。だが、ゲームは無情にも続けられている。
 裕太は酒を飲みすぎても吐くタイプではない。笑い上戸になり、泣き上戸になり、最後は寝てしまう。はたして、それがタチのいい酔い方なのかどうなのかはさておき、今現在は沈没寸前と言う状態だった。ユラユラと頭が揺れる。斜め向かいに座っていた蓮川が、心配そうな顔で自分を見ていたような気もするけど、気のせいだったのかもしれない。
 もうダメ、限界。
 裕太の記憶と視界は、そこでブラックアウトした。







 人の話し声がする。だが、何か幕を隔てたような遠い音だ。すぐ近くで会話している声ではない。ラジオか、でなければテレビの音なのだろう。裕太はぼんやりと目を開き、じっと天井を眺めた。何となく見覚えはあるけれど、だからといって、見慣れた天井という訳でもない。他に視界に入ってくるのは幾つもの本棚と、そこに並べられた学術雑誌や論文集だった。ああ、そうか、ゼミ室かと思ったらサラリと優しい手つきで髪を撫でられた。
「目、覚めた?」
 聞き慣れた声が手の方向から聞こえて、裕太は無意識に満足そうな溜息をこぼした。
「俺、潰れた?」
「ああ。結構もったほうだけどな。結局、俺とイチコと水島先輩以外全滅」
 蓮川は苦笑いをこぼしながら、裕太の髪の毛を撫で続けている。らしくもなく甘ったるい雰囲気に裕太は多少の照れを感じながらも心地よい手を振り払うことは出来ずに、もう一度静かに目を閉じた。
「他の連中は?」
「帰った。復活したヤツは問答無用でイチコに二次会連れてかれたけどな」
 そう言って蓮川は髪を梳いていた手を裕太の頬に移動させる。普段は割と素っ気無い蓮川が、そんな風に甘ったるい行動に出るのが不思議で、裕太は再び目を開いて首を傾げる。蓮川も酔っているのかなと思いながら顔を見れば、妙に優しそうな顔で見詰めてくるので不本意ながらドキドキしてしまった。蓮川がこんな表情を見せるのは大抵セックスの後だけだ。別に今はセックスした訳じゃないよなと、いささか失礼な疑惑を持って体を捩ってみたが、やはり、体は別段なんの異常も訴えてはこなかった。ただ、まだ酔いが残っているのか頭がぼんやりするような気がする。
「…蓮川酔ってる?」
 でなければ、こんな蓮川の態度は説明がつかない。
「結構醒めてるけど。なんで?」
「……なんか、いつもと違う」
 裕太が戸惑ったように言えば、蓮川は口の端をふっと上げて少しだけ困ったような笑いをこぼした。形のいい目が少しだけ細められて、泣きボクロが妙に強調される。こういう表情に裕太はとにかく弱い。意識してか無意識かはさておき、あんまり、こんな風にフェロモンを撒き散らさないで欲しいと思う。
「うーん。まあ、ちょっと」
 そう言いながら蓮川は立ち上がり、ラジオのスイッチを切りに行った。聞こえていた人の話し声はラジオだったのかと、裕太は蓮川の後姿をぼんやりと眺める。ピンと伸びた背中はやっぱりキレイで気持ちが良い。酔いの残った頭で、なんとなくエッチがしたいなあなどと裕太は思いながら戻ってくる蓮川の顔をじっと見詰めた。それに気がついた蓮川は、なぜか眉を顰める。
「…お前、あんまり、そういう顔ふりまくなよ」
「そういう顔?」
 蓮川が一体何を窘めたのかわからずに、裕太はきょとんとした表情をする。蓮川は、ハアと大仰な溜息をついてみせると、
「自覚が無いトコがお前はタチ悪いんだよ」
 と、裕太には意味の分からないことを言った。
「まあ、ユウタに言っても無駄か……どうする? 帰るか?」
「うーん。今何時?」
「2時過ぎかな」
「カンッペキ終電終わってるな。蓮川車?」
「いや、今日は飲むと思ったから置いてきた」
「じゃ、タクシー?」
「しかないけど。この時間じゃ掴まるかどうか分からないな」
「そっか」
 何となく、そこで会話は途切れて気まずい空気が落ちる。裕太は変にソワソワした気分で身じろいだ。古いソファがギシっと音を立て、蓮川は微妙な表情で裕太を見下ろしていた。何だろう、と思いながら裕太はその顔を見返す。けれども、蓮川は何も言わなかった。沈黙に耐え切れず、裕太はウロウロと視線を泳がして、机の上に置かれているキレイな包みに気がついた。
「…それ、俺のヤツ?」
 山手線ゲームの直前に、プレゼント交換をした時に裕太の手元に来た品物だった。大学生にもなってプレゼント交換はどうかとも思ったが、それもイチコが言い出した案だったので、結局まかり通ってしまったのだ。
 ピンクと黄色の可愛らしいチェックの包装紙に包まれたプレゼント。裕太はまだ開けていない。従って、中に何が入っているのか分からなかった。裕太の視線の先に気がついたのか、蓮川はふと振り返り、その包みを手に取ると、ポンと裕太の腹の辺りに置いた。
「多分、ロクなモンじゃないぜ」
「え? 何で?」
「それ、イチコが用意したヤツ」
 裕太はそれを聞いて、あからさまに顔を顰める。よりにもよって、何で俺のトコに来るかな。今年最後の厄払いか? なんて思った。それでも、怖いもの見たさに包みを解いてみる。端を開けて、中を恐る恐る覗いてみて、何が入っているか分かった途端に呆れてしまった。
「何?」
 蓮川が興味ありげに尋ねて来る。裕太は、うーん、これは一つのきっかけなのかもなあ、などと決して素面では考えないようなことを考えた。それから、まあ、良いか。クリスマスだしと開き直る。
 包みを蓮川に差し出して、
「使う?」
 と悪戯っぽく言えば、蓮川は目を丸くして、それから声を立てて笑った。
「裕太じゃないヤツに渡ったらどうするつもりだったんだか」
「イチコなんだから気にしないだろ」
「ま、それもそうか」
 言いながら蓮川は裕太にキスを落とす。裕太は素直に蓮川の首に腕を回してそれに応えた。


 包みの中身は、可愛らしいデザインのパッケージに入ったコンドームとゼリーだった。



「キツイ?」
「や、ヘーキ。増やしても大丈夫」
 年末の雑事で色々忙しかったせいで、意外とブランクがあいていたから、実はセックスするのは久しぶりだった。もっとも久しぶりといっても裕太と蓮川にとっての基準で、実際はたかだか2週間程度しか空いていない。それでも、蓮川は過ぎるくらい慎重だった。
「ンッ…ど…どうでも良いけど、アッ……ンッ…なんか甘い匂いしない?」
 グチュグチュと指で弄られながら裕太はさっきから気になっていた事を尋ねる。
「んー? ゼリーだろ。イチゴの匂いつきとか書いてあったけど」
「…んで……アッ…イチゴッ…?」
「さあ? クリスマスだから?」
 何だ、その理由は、と思いながら裕太は背中をしならせる。狭いソファの上から落ちそうになって、慌てて蓮川にしがみ付いた。
「そういえば…さっき…んで…ウッ…ンッ…んで、変だったん……ッ…」
 後ろを指でかき回され、前は微妙な強さで刺激され、オマケに舌で乳首を転がされて、裕太はかなり限界に近かったが、蓮川はまだ入れる気はないらしい。
「さっき?」
「…レが…寝てたとき…」
「ああ」
 蓮川は素っ気無く返事をすると、ようやく裕太から体を離し、裕太の右足を持ち上げるとソファの背凭れに乗せた。
「ちょ…なんか、この格好恥ずかしくない?」
 大きく足を開かされた格好になって、裕太は思わず赤面する。蓮川が変にゆっくり追い詰めてくるので、裕太にもどこか理性の欠片が残っているらしく、余計に恥ずかしい。
「いや? 絶景」
「バッ! !」
 ニヤニヤ笑いながらからかってくる蓮川に、裕太は更に耳まで真っ赤にした。
 蓮川は自分の前をくつろげると、裕太の残った左足を深く折り曲げて、ゆっくりと先端を埋め込んでくる。久しぶりの圧迫感に、裕太が思わず目を閉じかけると蓮川は顔を裕太の耳元に近づけた。
「何か、感傷に浸ってただけ。そういえば、ユウタと初めてヤったのもここだったなーと思って。同じようにユウタがソファに寝てたなとか思ったら、メチャクチャ、ヤりたくなったんだけど。酔っ払って潰れているヤツに突っ込んだらさすがに人でなしだよなと思ってさ。お前が目、覚めるの待ってたんだよ」
 それで、あんなフェロモン撒き散らすような顔をしてたのか! とユウタは呆れたが、文句を言う余裕は残念ながら無かった。
「アッ! …ンッ! イイッ……ア、ア、ウンッ…」
 口を開けば零れてくるのは自分でも恥ずかしくなるような甘ったるい喘ぎ声ばかり。
 そもそも、裕太だってしたいなと思っていたのだから、蓮川に文句を言う筋合いなどあろうはずもない。
 根元まで深く入れると蓮川は一旦動きを止めて、裕太の中が馴染むのをじっと待つ。その間、片手では裕太の前をやんわりと刺激して、決して熱が冷めないようにしている。
「で、起きたらどう言いくるめてヤろうかなと思ってたんだけど」
 結果としては、裕太が誘うような形になってしまったというわけだ。何となく墓穴を掘ったような気がしないでもないが、気持が良いので、それはこのさい置いておく。
「も……イイ……大丈夫…から、動いてッ…」
 腰を自分でも揺すりながら裕太がねだると、蓮川は薄く笑って目を細めた。
「何か、今日のユウタ、素直でメチャクチャ可愛いな」
「悪かったなっ」
「いやいや、大歓迎」
 そう言いながら、蓮川も腰を揺すり始める。そうなれば、もう、裕太は意味のある言葉など発することが出来ない。餌をねだる猫みたいな声を上げて、蓮川にしがみ付く。
 酔いで理性が飛んでいるせいなのか、それとも、裕太自身も変にセンチメンタルな気分になっているせいなのか、いつもにまして裕太は盛大に甘く鳴いた。




「だからって、ここまでやるかよ…足腰立たねえって」
 裕太が恨みがましい声で言えば蓮川は、はははと他人事のように笑った。
「もうちょっと明るくなったらタクシーで送ってやるよ」
「当たり前だっつーの」
 言いながら、裕太は軽いデジャブを感じる。同じ場所で似たような会話を交わした事があったよなあと。随分と昔のことのようにも思えるし、つい最近のことのような気もする。
 進歩が無いって事なのかなあ、と裕太はソファに体を沈めたまま煙草を吸っている蓮川をぼんやりと眺めた。
 目元の泣きボクロは相変わらずその性悪っぷりを具現化しているみたいだし、その癖にキレイな立ち姿は変わらない。あーダメだ。やっぱり、俺はコイツが好きだと思ったら苦笑いと小さな溜息が同時に零れた裕太だった。





 何はともあれ。
 来年も良い年になりますように。



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