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『044:バレンタイン』 ………………………………

 *『カモネギ。』番外@




 佐々木と喧嘩した。
 あまりに頭にきたので容赦なく蹴りを入れてやったら、佐々木は大袈裟に横倒れになって、
「酷いわ! カモちゃん! アタシのこと愛してないのね!」
とかなんとかシナを作りながらのたまっていた。これで、口にハンカチをくわえてキーッとかやったら、ギャグとしては完璧だったのかもしれないが、いかんせん、俺は腹が立っていた。
 なので、ツッコミを入れる余裕もなく、
「うるせぇ! お前なんか、もう知るか! !」
と捨て台詞を投げつけて、佐々木の部屋を飛び出してしまった。












「…別にさ、ケンカすんのは良いんだワ。まあ、普通付き合ってりゃケンカくらいするしな」
 問題はそこじゃなくて、とマナトは呆れたように、俺にコンビに弁当を差し出した。マナトはコンビニでアルバイトしているのだが、こうして、時々余った弁当を貰ってくるらしい。とりあえず、差し出されたそれを受け取って、けれども、封を開けることもなくじっと見つめていたら、マナトは、
「あ、賞味期限切れてるけど大丈夫だって。多少余裕見て設定してある期限だし」
とか暢気に言った。それくらい知ってる。安全率っつーもんがあって、実際の賞味期限は、その安全率を掛けた期間なんだ。って、別に弁当の話はどうでもよくて。
「ケンカするたびに、カモちゃんが俺ンちに逃げ込んでくるのが問題なワケ。分かる? 俺ンちは駆け込み寺じゃないんだよ?」
 あんだーすたん? と、マナトはインチキくさい英語で俺の顔を覗き込んだ。
「だって…他にゲイの知り合いいねーんだもん。こんな悩み、他のヤツに相談できないし」
「それは分かるけどさー。俺が、恋人連れ込んでたらどうすんだよ?」
「え!? マナトって恋人いるの!?」
 俺が心底驚いたように尋ねたら、マナトは腐ったような顔をした。
「…カモちゃんて、時々、ナチュラルに失礼だよな…俺だって、恋人くらいいるよ」
「…………男?」
 遠慮がちに尋ねてみたのだが、マナトはなんの躊躇も無く頷いて見せた。そうか、コイツもやっぱりゲイなのか、と、今更のように納得したのだが、ふと、疑問が浮かんだ。だが、それを率直にマナトに尋ねていいものかどうなのか図りかねて俺は口ごもる。そう言えば、佐々木とのケンカの原因も突き詰めれば、ソレに近いのかもしれない。
「…何? 人の顔色伺って。何か言いたいコトでもあンの?」
 マナトが訝しげに眉を寄せる。俺は意を決してソレを口にすることにした。
「…や…その…マナトって…どっち?」
「は? どっちって? 何が?」
「だから! …その…エッチの時……たっ…タチなのかネコなのか…」
 俺は結構真面目に尋ねたのだが、マナトは一瞬ポカンとした表情になり、それからすぐにゲラゲラと声を上げて笑い出した。
「やー、カモちゃんも成長したよなあ。『タチ』とか『ネコ』とか言う言葉使えるようになったなんて。感慨深いなあ」
 人が真剣に聞いているのに笑うとはお前のほうがナチュラルに失礼だ、と、俺はムッと口を引き結んだ。だが、マナトは俺の威嚇なんて少しも気にしていないようで、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。
「ここで、俺が『ネコ』とか言ったら、カモちゃん、またグルグルすんだろうなー」
「何でだよ?」
「だって、柔、バリタチじゃん。もしかして、昔、俺と柔がエッチしたコトあるんじゃないかーとか、下らないコト考えそー」
「!? あんの!?」
 俺が仰天して思わず身を乗り出すと、マナトはやっぱりおかしそうにゲラゲラと笑った。
「ねーって。それに俺もタチだもんよ」
「そ、そうか」
 思わずほっと安堵の息を零すと、マナトは今度は苦笑を浮かべて、アツイネーとか何とかほざきやがった。ケンカの真っ最中の俺たちのどこが熱いって言うんだ、と俺は少しムカついたけど。今は、マナトにケンカを売りつけている場合じゃない。
「ま、それより、何よ。何が原因でケンカしたって?」
「………………チョコ」
 口に出すもの腹立たしく、けれども、仕方がないので早口に単語だけを述べると、マナトは意味が分からん、というように眉間に皺を寄せた。そりゃそうだ。
「チョコ? チョコが何?」
「バレンタインに、佐々木がチョコくれって」
 俺がそう答えると、やっぱり、何を言っているのか分からない、とマナトは大きく首を傾げた。
「それで? それがケンカとどう繋がるって?」
「チョコだぞ!? バレンタインだぞ!? 俺、女の子じゃないのに……なんで、俺が佐々木にチョコやるんだよ! 変じゃねーか!! そりゃ…そりゃ、俺は、え、え、……エッチの時はネコだけど…でも、女じゃねーんだ!!」
 そう叫んで俺がドンとテーブルの上を叩いたら、封を切っていないから揚げ弁当が跳ね上がった。マナトは、ポカンとした顔で俺を見ている。
「…え? 何? それでカモちゃん怒ったの?」
「…ああ」
「で、佐々木を蹴り飛ばして出てきたの?」
「…そうだ」
 改めて確認されると、なんとなく馬鹿馬鹿しいような気がしてきて、少しだけバツの悪い思いで俺は俯いた。けれども、マナトは俺を馬鹿にしたりしないで、なぜか腕を組んで難しい顔をする。何かを考えているみたいに、宙を睨んでうーっと唸り声を上げていた。
「……カモちゃんって、やっぱ微妙にノンケなんだな」
「なんで? 佐々木と付き合ってるんだから、俺もゲイじゃねーの?」
「うーん。つーか、カモちゃんの場合、柔の存在がイレギュラーと言うか。例えばさ。もし、柔と別れたりしたら…」
「ケンカしてるけど、別れるつもりなんて俺ねーぞ! ? 別に、佐々木のこと嫌いになったワケじゃねーし!」
 妙なことを言い出したマナトに焦って、俺が慌ててそう言えば、マナトは苦笑して、
「あーはいはい。ラブラブだね」
と言った。
「カモちゃんと柔がラブラブなのは分かってンの。仮定の話だって。で、カモちゃんが柔と別れたとしたら、次は絶対に女の子と付き合うと思うんだよな、何となく」
 そんな仮定の話は想像したくなかったが、でも、確かにそうかもしれない。
「カモちゃんの佐々木への気持ちがいい加減だなんて思わないけど、何つーのかなあ。ネコに回ること自体にはやっぱり抵抗あるんだろうなーって、そんな感じ」
「…でも、ちゃんと俺、佐々木のことは好きだよ? エッチだってしたいと思うし……でもって、俺、佐々木に突っ込みたいとか思わないし、絶対無理だと思うからネコに回んのは当然じゃねーの?」
「あーそうね。てか、タチネコ逆転したらキミタチ犯罪だよ、犯罪。視覚の暴力だね、ソレは。精神的過失傷害って感じ」
 そう言いながら、マナトは冷蔵庫から取り出してきたビールを一口あおった。
「や、脱線したけど、要するにカモちゃんの頭の中ではネコ=女役みたいな図式があるんじゃない? で、そこに抵抗感じるってのがノンケっぽいんだよな。だから、腹立ったんだと思うけど。でも、柔はそんなつもりじゃなかったと思うよ?」
「そんなつもりって?」
「分かんねーけど、多分、柔は柔でカモちゃんにチョコ渡すつもりだったんじゃないかなあ」
「……そうなのか?」
「多分ね。あいつ、純粋にイベントごと好きなヤツだし。それに、時々カモちゃんの気持ち確認しないと不安なんだろ。もともと、カモちゃんはノンケだったわけだしな」
 その辺、理解してやったら、とマナトは軽い口調で言った。そう言われてみると、俺も何となく悪かったかなあって気になってくる。基本的にマナトはノリが軽いので何か言われても押し付けがましく感じない。だからと言って、軽薄そうとか無責任に見えるとかってことは無いんだけど。
「カモちゃんもある程度は分かってると思うけど、意外と柔って繊細ヨ?」
 ビールを飲みながら、チラリとこちらを見るマナトに、俺はますます萎れてきてしまった。佐々木は基本的に怒らない。大抵、いつもニコニコ笑っている。オネエ言葉でふざけたように見せかけてるけど、実は他人にはものすごく気を使うヤツなのだ。それは知ってる。俺が一番知ってるんだけど。
 でも、やっぱりバレンタインに佐々木にチョコを上げるっていうのは抵抗を感じる。くだらない男としてのプライドなのかもしれないけど。
 俺がしばらくそうやって悶々と悩んでいると、ピンポーンとマナトの部屋のインターフォンがなった。
「マナト、カモちゃんいる?」
 そう言って佐々木が顔を出す。俺がこんな風に怒って飛び出しても佐々木は絶対にすぐには迎えに来ない。俺がマナトにブーブーと愚痴る時間を与えてから来る。それは、佐々木が計算高いとかそういう事ではなくて、要するに俺の気持ちをよく考えてくれているせいだと思う。
 何だか、一方的に甘やかされているみたいで情けない。俺の方がイッコ年上なのに。
「いるよー。さっさと引き取って帰れ」
 マナトは素っ気無く言って俺の方に顎をしゃくる。
「カモちゃん、まだ怒ってる?」
 苦笑交じりの優しげな笑顔を向けられて、俺はバツが悪いやら自己嫌悪やらでむくれてしまうんだけど。
「怒ってない」
 それでもブスくれたままそう答えると、佐々木は俺に手を差し出して、
「じゃ、一緒に帰りましょ?」
と言った。
 気持ちはすぐにでも飛びついて一緒に帰りたいくせに、それでも変な意地を張って渋々腰を上げる振りをすると、マナトが手土産に弁当を二つくれた。

 帰り道、深夜に差し掛かってるせいで人気の少ないのを良い事に手を繋いでいると、佐々木は、
「カモちゃん、もうチョコ頂戴なんて言わないからアタシからのチョコは受け取ってね」
と軽い口調で言った。こう言うトコが男として、いや人間としてなんだか佐々木に負けているような気がして、悔しいやら、嬉しいやら、自己嫌悪やらで複雑な気持ちになってしまったけど。
「ん」
とぶっきらぼうに短く答えたら、佐々木はスッと触れるだけのキスを早業で俺から盗んで、結局その話はそれで終わりになってしまった。








「…で? 今度は何ヨ? またケンカしたって?」
「してない」
 マナトの部屋のコタツで突っ伏してると、粗大ゴミみたいに蹴りを入れられた。でも、それに反抗する気力も残っていない。無謀な試みと、その失敗により心身ともに疲れ切ってへこんでいたからだ。
「じゃあ何よ?」
 心底鬱陶しそうにマナトが聞いてくる。最近、しょっちゅうマナトのうちに逃げ込んでくるので、いい加減呆れられているかもしれない。でも、やっぱり、こんなこと相談できるのマナトしかいねーんだもん。佐々木本人になんて言えないし。
「……あれから俺も色々考えて」
「あん?」
「……俺も、ちゃんとチョコ、上げようかなとか思ったんだけど」
「うん?」
「………それで、今日、チョコ売り場に行ってみて」
「ふんふん?」
「………買えなかった………無理。俺には絶対無理。あんな女の子ばっかりの場所でチョコなんて絶対買えない」
 そう言って俺が大きなため息を一つ吐くと、マナトは目を真ん丸く見開いて、驚いたように俺をじっと見つめてたけど。
 女の子って凄いと思った。あんな甘ったるいにおいが充満してて、変な熱気でみんなテンション上がってて、どっか鬼気迫ってるような雰囲気の中でチョコをあーでもない、こーでもないなんて選べるってのが。俺には無理。足を一歩踏み入れるのも無理だった。
「や……カモちゃん、チョコやる気になったん?」
「うん。何か色々考えてみて。下らない意地張ってるより、大事なことあると思ったし」
 はあ、なるほどねえとマナトは茶化すでもなく相槌を打つ。
「カモちゃんのそういう真っ直ぐなとこが、柔は好きなんだろうなあ」
 マナトは何だか嬉しそうな顔をしてそんな事を言った。何が嬉しいんだか俺にはよく分からなかったけど。
「まあ、じゃあ、解決策を授けてあげよっかな」
「解決策」
「そ。大丈夫、大丈夫。その気になればチョコなんてどうとでもなるって」
 マナトはおどけた様に、俺にウインクをして見せた……つもりらしいが、どうも片目を瞑るのが苦手らしく、眩しいのを我慢してるようにしか見えなかった。















「はーい! カモちゃんどうぞ〜!」
 そう言いながら、佐々木は俺の前に立派なチョコレートケーキを差し出した。フリルつきのエプロンがはっきりいって気色悪い。ものすごく気色悪い。けど、慣れてしまったので敢えて突っ込まなかった。それよりも。
「…佐々木、コレ、手作り?」
「そうよ。自信作よ」
 いや、佐々木が結構料理上手いってのは知ってたけど。ケーキまで作るってどうよ。いや、でも、せっかくの好意なんだから茶化しちゃダメだよな。とりあえず、
「…ありがとう」
 と、照れ隠しにぶっきらぼうな口調でお礼を言うと、佐々木は全部分かっているみたいにどういたしましてって嬉しそうに笑った。こんなこと位でそこまで嬉しそうにしてくれる佐々木を見てると、チョコを買う恥ずかしさぐらい我慢すれば良かったかなあとちょっとだけ後悔したけど。でも、やっぱりチョコなんかやらないって言った手前、バツが悪くて、俺はふくれっ面で、
「佐々木……コレ」
って紙袋を差し出した。あんまり高級そうでもない洒落っ気も無い普通の紙袋。
「カモちゃん、これなあに?」
「チョコ」
 俺が不機嫌そうに答えると、佐々木は物凄く驚いた顔をした。きっと、本気で俺がチョコなんて準備しないと思ってたんだろう。期待されてなかったんだと思ったら、申し訳ないような、理不尽に腹が立つような気持ちになった。でも、すぐその後に佐々木が本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、
「ありがとう、カモちゃん。凄く嬉しいわ〜」
って言ったから。何もかも帳消しになってしまった。俺って単純。でもやっぱり照れくさくて、
「あんまり、高くないヤツだけど」
とかボソボソ言い訳がましく言ってしまう。でも、佐々木はちっとも気にしていないみたいで、
「値段なんて関係ないわ。カモちゃんがアタシの為にチョコを買ってくれたってコトに価値があるんだもの」
とニコニコしっぱなしだった。
 実は、チョコも自分で買ったんじゃない。や、金はちゃんと自分でだしたけど。さすがにバレンタイン用のチョコを買う勇気は最後まで出なかったから、マナトがコンビニで売ってるチョコを取り置きしてくれたのだ。でも、こんなに喜んでいる佐々木に水をさすのは嫌なので、それは内緒にしておくことにする。
 男同士でバレンタインなんて馬鹿馬鹿しいし、陳腐だって今でもちょっとは思うけど、でも、佐々木がこんなに嬉しそうにしてくれるんなら、そういうのもアリなのかなあと殊勝なことを考えていた。
 そこで終われば、それなりにそれなりのバレンタインだったんだろうけど。
 唐突に佐々木は、
「でもぉ、カモちゃんがチョコを用意してくれたって事は、コレは無駄になっちゃうのかしらー?」
と言いながら、どこに隠していたのか大きなリボンを取り出してきた。
「……何だよ? コレ?」
「ええぇ? だってカモちゃんがチョコくれないって言ったからぁ」
「…………………………だから?」
「チョコはいらないから、カモちゃんを食べさせてねって、カモちゃんにリボンを掛けようと思ってたんだけど」
 いけしゃあしゃあとそんなオヤジなんだか変態なんだか分からないことを言い出した佐々木に俺は絶句した。思考が停止して眩暈を感じていると、佐々木は尚も、
「ね? カモちゃん、ちょっとで良いからお洋服脱いで、コレ巻いてみない?」
といそいそと俺のシャツに手を掛けたけど。
「ふ…………………ふざけんなー!!」
と俺はやっぱり佐々木に容赦ない蹴りをお見舞いして、佐々木の部屋を飛び出した。














 その後、マナトの部屋に逃げ込んだら、マナトの恋人がタイミングよく来ていて、俺はマナトの部屋に一ヶ月の出入り禁止を食らってしまった。
 結局、その日も迎えに来た佐々木に連れて帰られて、なんのかんのと言いくるめられて仲直りエッチをする羽目になったけど、断固としてリボンを巻くのだけは拒否した。
 佐々木とエッチしながらも、俺は絶対来年は何もしないと心に固く決心した、踏んだり蹴ったりのバレンタインだった。



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