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『034:手を繋ぐ』 ………………………………

 *『泣きボクロ』シリーズ番外@




 別に、最初から裕太は何かを期待していた訳ではなかった。そもそも、蓮川と寝たこと自体なりゆきのようなものだと思っていたし、自分は女の子では無いのだからヤリ逃げされたとも感じなかった。
 裕太は元々はストレートで、男と寝たことなど初めてだったし『突っ込まれる側』だった以上、立場的には女と近いのかもしれないが、それでもやっぱり同意の上での事にとやかく後から文句をつけるのは無粋な事だと思っていた。
 研究室で寝た後アパートまで車で送ってもらい、そのまま蓮川が送りオオカミになった事も意外ではあったが、別段、文句も無かった。蓮川は外見や雰囲気がストイックで淡白そうに見える。だから、あの夜、立て続けにセックスを求められた時には、裕太は多少面食らった。だが、だるさの残る体に情事の余韻が残っていたのは裕太も同じだったので、さほど抵抗無くそれを受け入れたのだ。
 が、一夜明けてしまえばそれで終わりだと思っていた。一夜限りのドライな関係。或いは、そう思い込もうとしていたのかもしれない。本気で入れ込むには、蓮川はタチが悪すぎる。一度寝れば、いくら鈍感な裕太でもそれくらいは分かった。
 なので、正直、二度目に誘われた時には裕太はかなり複雑だった。

 断るべきか、受け入れるべきか。

 かなり悩んだ末に、結局は、裕太は蓮川を自分のアパートに招きいれた。ドツボにはまる、と言う予感はあったが、その綺麗な背中を後ろから眺める事はやっぱり好きだったし、泣きボクロが艶っぽいその顔を見ると、グチャグチャと考える事が面倒になって流されてしまうのだった。
 大概自分は馬鹿だな、と裕太は思う。
 三度目は裕太から誘った。誘う時は結構な勇気が要ったのだが、蓮川の返事は実にあっさりしたもので、ホイホイと裕太の後をついてきた。もう、そのころには裕太は後ろでイく快感を体で覚えてしまっていた。溺れかけているのだろうか、と一抹の不安を抱えながらも、結局は蓮川のなすがままになり一晩で5回もイってしまうという自己記録まで叩き出してしまった。

 なぜ、蓮川は簡単に自分を誘ったり、誘いに乗ったりするのだろう、きっとただの性欲処理なのだろう、と裕太は虚しい自問自答を既にその時から繰り返していた。

 四度目は、蓮川から誘ってきた。最初の三度とは事情が違い、蓮川は裕太を自分のワンルームマンションに誘った。蓮川の住むテリトリーに呼ばれた、と言うだけで裕太は密かに喜んだが、それしきの事でよろこんでいる自分が虚しくて、少しばかり自己嫌悪に陥ったりもした。それでも、結局はいそいそと蓮川の車の助手席に乗ってしまう。俺っていじましいよな、と自分で自分を慰める裕太だった。




「何か欲しいモンある?」
 蓮川のマンションに向う途中、コンビニの駐車場に車を止めて蓮川が問う。
「アイス食いたい」
「じゃ、一宮も降りろよ」
 促されて、裕太は一緒に車を降りた。そのまま蓮川の後ろにくっついてコンビニに入ると、雑誌を立ち読みしていた女の子がチラチラと蓮川に視線を送っているのに気が付いて、軽く落ち込んでしまった。
 蓮川は決して派手な訳では無いのに、女の目を引くらしい。嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいが、それでも平静ではいられない。面白くない気分のまま、ハーゲンダッツのロイヤルミルクティーを乱暴に掴み、蓮川の持っていたカゴの中に放り込んだ。それを見て、蓮川は別段文句を言うわけでもなく、軽く首を傾げてみせる。
「一宮って甘いもの好きなの?」
「別に。今、暑いじゃん」
 そっけなく返事をしても、蓮川はやっぱり大して気にした風もなく
「ふうん」
 と相槌を打つ。そしてそのまま、カゴをレジに持っていくと清算を済ませてしまった。何となく無言のまま車に乗り込み、その延長で車内は沈黙が続く。それが気まずくて、
「車ん中で、さっきのアイス食って良い?」
 と裕太は苦し紛れに尋ねた。煙草でも吸うのであれば、多少、気まずさも紛れるのかもしれないが、裕太は煙草を吸わないのでその手は使えない。とりあえず、何か食べていれば黙っていても不自然ではないだろうと安直に考えただけだったが、蓮川は
「どうぞ」
 と丁寧な口調で答えた。
 ガサゴソと袋を漁り、中からそれを取り出すと一口二口、口に入れる。トロリと口の中に冷たさと甘さが広がって、裕太は無意識に小さな息を吐き出した。
「それ、美味いの?」
 尋ねられて、裕太はチラリと蓮川の横顔を盗み見る。左側の横顔には泣きボクロは存在しないせいで、少しだけいつもと印象が違って見えた。
「俺は割りと好きだけど。蓮川、甘いもん嫌いなの?」
「あんまり好きじゃないな。自分じゃ、殆ど買わない」
「ふうん。でも、暑いとアイスとか食いたくならねえ?」
「いや? 別に」
 否定されて、会話が途切れる。再び車内に沈黙が戻り、裕太はなんだかなあ、と肩を竦めた。
 セックスするだけの関係。会話や、お互いのことを知る事は必要じゃない。そう自分に言い聞かせてはいるが、どこか虚しさを隠しきれない。
 そうこうしている内に、車は蓮川のマンションに到着したらしい。蓮川は車を止め、ギッとサイドブレーキを引いたが、なぜか、エンジンを止めようとはしなかった。
 なんだろう、と思って裕太が蓮川のほうに顔を向けると、予想外に優しげな表情で自分を見詰めていたので思わず心臓が跳ね上がってしまった。
「な・・・んだよ」
 掠れがちの声で尋ねれば、何も答えない顔がゆっくりと近づいてくる。その艶っぽい表情に動悸を早めながらも、裕太は思わず目を閉じてしまった。
 当たり前のように唇が重なる。初めてでも無いのに、何故だか裕太は唇を固く閉ざしてしまい、舌先で軽くノックされてようやく少しだけそれを緩めた。
 自分より体温が高く感じる舌が入ってくる。巧妙に自分の舌を絡め取られて、裕太は無意識に
「ンッ・・・ウンッ・・・」
 と甘ったるい声を漏らしていた。たかだかキス一つで腰砕けになるのは、蓮川のキスが上手だからなのか、それとも、裕太がすっかり蓮川に参っているせいなのか。
 ゆっくりと唇が離れて行き、少しだけバツの悪い気分で裕太が静かに目を開くと、からかうような、それでいてどこかエロティックな微笑を浮かべている蓮川の顔が目に入った。
「一宮って、ほんっとエロいよな」
 そう言いながら、蓮川は楽しそうに笑う。どっちがだよ、と心の中で裕太がツッコミを入れていると、
「俺、甘いのダメだけど一宮が食った後なら大丈夫かも」
 と、性悪な一言をケロリと吐き出す始末。
 半ば投げやりな気分で蓮川を見上げていると、蓮川はエンジンを切って、裕太に車から降りるよう促した。裕太はそれに素直に従って車を降りる。降りた途端、
「ほら」
 と何気なく蓮川に手を差し出されて、裕太は一瞬戸惑った。
 もしかしても、もしかしなくても、蓮川と手を繋ぐなんて初めてだ。
 そもそも、普通の手順も、駆け引きもすっとばして、さっさとセックスだけしてしまった関係なのだ。ましてや普通に付き合っている恋人同士でもないのだから、当たり前だったのかもしれない。
 素直に手を差し出す事に抵抗を感じて、それが照れのせいだと瞬間に自覚してしまった裕太は、自分が正真正銘の阿呆だと思った。
 けれども、結局誘惑に勝てずにぶっきらぼうに自分の手を差し出す。蓮川はその手を少し強引に掴むと、そのまま裕太を引っ張ってマンションの中に入っていった。
 それから、妙に子供っぽい嬉しそうな声で
「こう言うのも良いな」
 と呟く。
 この表情も言葉も計算のうちなのか。それとも素なのか。
 裕太には判断がつかない。
 判断がつかないが、もう、どうでも良い。
 どうぞ、アナタの好きなようになさってください、と言った心境に陥っていた。
 もっとも、そんな事を口に出したなら、どんな無体なセックスを強要されるか分かったものでは無いので賢明にも裕太は無口を突き通す。




 大概自分は馬鹿者だ、と思いつつ。



 『恋は盲目』と言う洒落にならない言葉が思い浮かんでしまう一宮裕太、二十歳の青い春だった。



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