愛するもののために死ねるか。



映画も終盤。
腐った科白が飛び交う中、一人真剣なヤツ。
忍足、侑士。



「景ちゃん、決めたん?」

とある大型ビデオレンタル店。
音楽関係のDVDを見ていた所に、数本のそれを抱えた忍足が現れた。
特に興味があって見ていた訳じゃなく、加えて借りたいと感じさせられた物もなく。

「別にない。」

そう答えて、忍足の手元を覗き込んだ。
そのタイトルをちらりとみた瞬間、呆れた様にため息を吐いた、俺の気持ちも判って欲しい。

”シーサイド・ラヴストーリー”
”ロマンティックロサンゼルス”
”涙のセレナーデ”

どれもこれも、度が過ぎる程の恋愛映画。
本気で全部見る気かよ・・・・。


週末金曜の夜。
なんとなく、DVDを見たいなんていう話になって、やってきたのはここ。
見たいっつったのは俺だけど、これといって気になる映画もないし。
結局借りたのは、忍足選出恋愛映画数本。

どれもこれも少し前に流行った、アメリカとかフランスとか、
そんなどっかのジャケット見るだけで顔が引きつりそうな映画が、忍足は好きなのだ。

俺といえば、恋愛映画っつーもんは好きになれない部類に間違いなく入る。
現実味のないタイミングの良さとか。
現実味のない科白の小奇麗さとか。

大体、他人の恋愛見てなにが楽しいんだか。
全くもって、ツマラナイ。



っつってんのに。

「これな、CMで見て絶対見よう思ってたん。」

忍足は嬉々とした様子でDVDをセットする。

帰宅早々、気分は映画の事にしか向けられていないらしい。
ご丁寧にも、アイスティーまで用意する始末。
返事を返すでもなく、俺はどっかりソファに腰を下ろし、なにげなくアイスティーへと手をかけて。

灯りを暗くし、再生ボタンを押せば上映会開始の合図。
ソファに座り、足を組み、頬杖をつけば、忍足は完全に鑑賞体制。
そして俺は、・・・暇になる。

『It is on the side for a long time and it wants.』

どこぞかのジェントルメンな男が、女へとそう語りかける。
場所はおそらく男の家だ。まるで宮殿の様な、立派なお城。
ライトは仄かに明るく、バルコニーを照らすには丁度よい明るさ。

ムードは満点。雰囲気も上々。

女はそんな言葉を確かめるように、”really?”なんて呟いて。
二人の間には沈黙が訪れ、見つめ合った視線は逸らす事をしらない。
そっと互いの距離が近づけば、待っていたかの様に甘くて深いキスが繰り広げられる。

忍足の女に対する台詞の半分は、こういう科白から来てるんじゃないかと時々思う。
まるで映画の様に、ロマンティックなムードに誘われて、落ちた女は数知れず。
”女はロマンとムードを心底大事にする種族である。”と、そう俺の辞書には記されてある。
よって結論を言うと、それを知り尽くした男には心から魅力を感じてしまうのだ。

いや、その結論はちょっと早まったんじゃないだろうか?
ここで一番ロマンを求めているのは、女の方じゃない。
むしろ、それを知り尽くしている男の方じゃないか。

よって結論を改正しよう。
女がロマンとムードを求めるのは、
求められた男の方がロマンとムードを求めているからである。

・・・まぁ、結局の所、
誰もかれもがその場の雰囲気、というものに弱いのだ。



いよいよ映画も終盤。
そっと抱きしめあった女と男は、素敵な科白を囁きあう。

If being for you, it doesn't care even if it dies.
(君のためなら、死んだって構わない。)
It is foolish.
(ばかね。)
Only to be foolish, it love you.
(ばかさ、それだけ君を愛してる。)
I, too, am ・・・.
It is good even if it dies if being for you.
(私も、・・・あなたのためなら死んだっていいわ。)


顔も引きつるこの1シーン。
眉間に皺を寄せ、ふと自分の横を向けば、
一人真剣なヤツ、忍足侑士。

映画より、こっちの方がよっぽど面白い。
シーンの度に少しばかり表情を変えては、また元に戻り、まるで百面相。

こうやって改めて見る忍足の顔は、思っていたよりもずっと端整で。
今更ながら、こいつとそういう関係になってんだよな、なんて思い返したり。
無意識と意識は、たったそれだけの感じ方の違い。
思ってしまえばそれからは、考えずにはいられなくなるのだ。




「景ちゃん?」

ふとこちらを向いた忍足と視線が重なる。
途端、腕で顔を覆ってしまったのは、そんな自然の摂理。
聞こえてきたBGMはその映画のテーマ曲、つまり画面はスタッフロール。

「お、終わったのかよ・・・。」
「ついさっき。」

ゆっくりと忍足はソファから立ち上がり、DVDを取り出しながらそう言った。
残った音は、よくあるTV画面特有の電子音。
真っ黒な画面が俺の目の前に広がる。

「やっぱ期待してただけあって、えぇ映画やったなぁ。景ちゃんはどやった?」

振り返ってそう尋ねられれば、
お前の顔の方が面白かった、なんて言えるハズもなく。

「・・・ま、ぁまぁ。」

戸惑いがちに、それだけ言葉を発して視線を外す。
忍足は”さよか。”と、軽く相槌をうつと、突然こんな事を口に出した。

「景ちゃんは、愛しとる人のためやったら死ぬ?」
「あ?」

あまりにも突然の話題に、自分の眉間には皺までよってしまって。

「や、この映画のコンセプト。」

そういえば、主演らしき男もさっき、そんな事を口走っていた様な。
あれは一番の見せ場だったのか、等と見終わってから気付く事実。
あの時は確か、女も”死んでもいい。”なんて言葉を発していた。

忍足と視線をあわせたまま、数秒間の沈黙が訪れる。
俺の答えは・・・、

「誰が死ぬか。」

だ。

「あっ・・・そ。」

忍足は苦笑しながら、取り出したDVDをケースにしまう。
その表情には、どこか残念そうな憂いも滲み出ていて。
ケースをテーブルの上へと置くと、テレビを消し、再び俺の隣に腰をおろす。
そして、

「てめぇ一人残してったって、どうせ後追い自殺とかするだろ。」

ふと聞こえてきた台詞は、紛れも無い愛の言葉。
愛するもの=お前、なんてまるで当たり前の様に言ってくれる。
この意地っ張りな恋人は、そんな事に気付いているのだろうか。

思わず口元には笑みが零れて。
言葉はぶっきら棒に、それでもこれが、
自分に向けられた、台本なんかじゃない愛の科白。

「で、どうなんだよ?」

次に問いかけられたのは、自分の方。
”愛しとる人のためやったら死ぬ?”なんて、先ほどの言葉を思い出す。
顎に手をあて、再び数秒間。
出てきた言葉は、

「However, if being for Keigo, it doesn't care even if it dies.」
(それでもやっぱり、景吾のためやったら、死んだって構わへん。)

学年TOPクラスの頭脳は、こんな英文程度簡単に聞き取ってしまったに違いない。
それは、ほら。
この表情が、答えてくれて。

「・・・・バーカ。」

出てきた言葉は、たったのこれだけだったけど。

二人は小さく微笑みあう。
ふと、沈黙が訪れ、見つめ合った視線は逸らす事をしらない。
そっと互いの距離が近づけば、待っていたかの様に甘くて深いキスが繰り広げられる。

現実味のないタイミングの良さとか。
現実味のない科白の小奇麗さとか。

それは映画なんかじゃない、現実の1シーン。




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