憎らしいほど相手を愛しているから奪い合う。



「煩い。」

二人きり。
長太郎の部屋。
部屋に鳴り響くのは、携帯。




そんな事、中学とか高校生活でわかりきっていた事だと思っていたけど、改めて思う。
長太郎は、お人良しだ。

「鳳君って、彼女とかいないの?」

そんな事しょっちゅう聞かれてる事くらい知ってるし、

「恋人はいますよ。」

そうやって言ってる事も中学から知ってるし、

「えーっ!!いるのぉ・・・。じゃぁさっ、ケータイだけ教えてよっ。」

そうやって簡単に切り替えされる事も知ってるし、

「いや、それはちょっと・・・。」

そうやって断ろうとしてるのも知ってるけど、

「ねっ、番号だけ、教えて?」

そうやって結局押し切られて、

「・・・番号、だけなら・・・。」

そうやって教えてる事は聞かなくても判る。
そして、今日も長太郎のケータイは鳴り続けるのだ。




TRRRRRR.... TRRRRRR....

着メロ、なんて言葉は存在しないかの様に、二人の着信音はどちらも固定音。
どちらがどちらのかなんて、判らない。と、お思いになるでしょう。

「長太郎、鳴ってる。」

宍戸は自分の携帯を見もせずに、そう口にする。
どちらのか?なんて、全く持って愚問だった。
こんな時に鳴る方など、長太郎の携帯しかありえないのに。

「は、はい・・・。」

壁に凭れ掛り、雑誌を読んでいる宍戸の表情は、それに邪魔されて見る事が出来ない。
しかし、眉間に寄った皺だけが、雑誌上部の隙間からちらりと覗いていた。

長太郎はそんな自分の恋人に、泣きそうなため息を吐くと、
一呼吸おいて、電話へと耳を傾けた。

「もしもし。」
「あっ、鳳君?ヤダ、ほんとにかかっちゃったぁ!」

電話の向こうからは、数人の女の声が、キャッキャッと効果音つきで聞こえてくる。
そんな受話器の相手に、長太郎は再びため息を零した。

「あの、何か用・・・。」
「それがね、この間鳳君の番号聞いちゃったぁって友達に自慢したら、掛けてっ!
 って五月蝿くってさぁ・・・。」
「てめーが掛けてぇだけじゃねぇかよ。」

マイクから漏れる女の甲高い声に、
壁側から一言そう反抗するのは言わずもがな、鳳の恋人、宍戸亮。
鳳はそんな恋人の一言に、口端を引きつらせながら、
早く会話を終えたいと、必死で電話を切ろうと試みる。

「何もないなら、もう・・・・。」
「えーっ!!もう、切っちゃうの?もうちょっといいじゃないっ。」

こっちの状況を見てからそんな言葉を発して欲しい、
と切に願う鳳だったが、願って伝わるほど、容易な相手ではなく。
長太郎は本日3度目のため息を吐くと、宍戸の方へと微笑みかけながらこう言った。

「恋人が来てるんで。」




電源切っとけよ。

何度そう願った事か。
しかし、大学からの用事も携帯に掛かってくるため、
そういつもいつも、電源を切っておくわけにはいかない。
それにあの女達から掛かってくる時間など、全く持って不特定なのだ。

1年年下なはずなのに、大学に入ってから、長太郎はとても大人っぽくなってしまった。
それこそ、自分が1年年下に見えるくらいに。
どんどん長太郎だけが先へ進んで行ってしまって、
その分だけ少しずつ長太郎と遠くなってしまっているような、
そんな寂しさが、時折自分を襲う。

なんて、悔しいから言ってやらないけど。




「宍戸さん?」

ハッ、として思わず辺りをきょろきょろと見回すと、そこは長太郎の部屋のリビング。
ソファに座っている俺達の目の前には、
よくあるバラエティー番組が、ブラウン管を通してこちらへと音を立てる。

「具合でも悪い?」

まさかお前の事を考えてた、なんて言えない訳で。

「なんでもねぇ。」

先程の考えを振り払うように、心配そうに差し伸べる長太郎の手を自ら振り払う。
行き場のなくなった手に落ち込みながらも、
まだ不安だというように、その眼差しをこちらへと向ける。
捨てられた子犬みたいだ。

「ほんとに・・・なんでもねぇから。」

仕方なく、ため息を吐いてそう答える。
そこで長太郎はどう勘違いしたのか、こんな言葉を口にした。

「もしかして、夕方のあれ、まだ怒ってる?」

それは、強ちハズレという訳ではなく。
かと言って、肯定する程アタリと言う訳でもなく。

「っ・・・。」

次に繋げるセリフが見つからなくて、思わず言葉に詰まってしまう。

「宍戸さ・・・・」

そんな時だった。


TRRRRRR.... TRRRRRR....


俺の眼下にある、ガラス張りの素敵なテーブル。
その上に置かれた音源が、身体を震わせながら着信を示す。

長太郎の不安げな目線も無視して、俺はその音源を見つめ続けた。
ただ、無表情のままで。

長太郎は一つため息を吐くと、携帯へと手を伸ばす。
着信画面を見て、さらにもう一つため息。

「はい、鳳です。」

一つ一つ、言葉を搾り出すように、長太郎はこう電話へ出た。

「もしもし、鳳くん?この間番号教えて貰った愛だけど・・・。」

”はぁ・・・。””はい。””ちょっと、それは・・・。”
長太郎の口から出てくる言葉はこんなのばっかりで。

「ねっ、いいでしょ?」
「その日は予定があって・・・。」

なんだかとても、

「いいじゃないっ、たまには付き合ってよー。」
「でも大事な用事なんで・・・。」

とても、

「ちょ、宍戸さんっ!?」

憎らしくなった。

さっさと断ればいいのに。
さっさと切ればいいのに。

一瞬にして、俺はソファから立ち上がると、長太郎の手からから受話器を奪う。
次にそれを自分の目の前へと翳し、

「ごちゃごちゃ、うるせえんだよっ!!」

叫んだ。

「てめぇ、長太郎が嫌がってんわかんねぇのかよ!」

はっきりしない長太郎が、こんなにも憎らしいのに。

「長太郎が好きなんだったら、もっと相手の事気遣うぐらいしてみろ!」

こんなにも憎らしいのに。

「っつっても、・・・・お前に長太郎は渡さない。」

相手を愛しているから、

「なっ、何、あんたっ・・・。」

プツッ 

奪い合う。

俺の親指が電源ボタンへと手をかけた途端、
受話器には規則的な会話終了の効果音が流れ始める。
先程の台詞を一息で言い終えた俺は、未だ肩で息をしていた。
隣には、呆然とした表情の長太郎。間抜けな面してやがんの。
俺はそんな顔してる長太郎へ、ぐいっと携帯を押し返すと、一言こう言った。

「お前も、嫌なモノは嫌だって言えばいーんだよ。」

ソファから俺を見上げる長太郎は、いつもとは逆の視点。
ゆっくり突き返された携帯を自分の手の中へ戻すと、
その表情には、だんだんと笑みが零れ始める。
初めはクスクスと、次第に声が漏れるほどに。

「宍戸さんっ!あ、あんなに怒鳴んなくてもっ・・・、ははっ・・・。」
「も、元は長太郎が、しっかり断んねぇからわりぃんじゃねぇかよっ!!」

長太郎とは逆に、段々と冷静になっていく俺の頭は、
今更自分がどんな事を仕出かしたのかが判明してきて、途端に顔は赤面状態。

それでも、こんな風に笑ってる方がよっぽどお前らしいから。

「宍戸さん。」

こんな告白の一度や二度、

「あ?」

真っ赤な顔で言ってやる位、

「僕も、宍戸さんが好きです。」

してやるよ。




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