それは非常に恥ずかしいものだ。



「じゃーんっ!!今夜は、向日岳人特製オムライスだぁ!」

その料理癖は、自分が引き起こしたと言った方がいいのだろうか?



ほんの数日前。
いつもの様にリビングにて、お気に入りのソファに寄りかかりながら、
不本意ではあるが、恋人:向日岳人と、あるテレビ番組を見ていた。

『今週の何でもTOP10は、男性の好みをテーマにお送りしたいと思います〜・・・』

テレビの前に陣を取り、食い入るようにテレビ画面を見つめている。
まるで穴が開きそうなそれは、まだ買ったばかりの新品。
先輩お気に入りのこのテレビ番組は、
なぜか毎週、かかさず自分も見る様になってしまった。

しかし、この時間はこのテレビ番組、と決まるまで、
大層事がスムーズではなかった事を、私情ながら敢えて書かせて頂きたい。

『TOPは料理の上手な子でしたか〜。やはり、女の子らしさが・・・』

番組も後半。
今週のテーマ、男性の好みのTOPは、どうやら料理の上手な子らしい。
男の好みなんてテーマ、大して興味もなく、頬杖をつきながら、
目の前にある見慣れた赤紫色の頭を見つめていた。
よくもここまで真剣になれるものだ、なんて考えながら。

途端、突然その首が180度回転したかと思うと、
自分の目を見つめてこんな事を言い出した。

「なぁ、日吉のタイプってどんなやつ?」

・・・絶対にくると思った。
あまりにも予想通りの展開に、思わず呆れた様なため息が口を通る。
先輩はそんな自分の態度を見ようとも、
先程と打って変わらぬ真剣さで自分の目を覗き込む。

余談だが、このテレビ番組が終わった後はいつもこう。
なんて事は、もう言わなくても想像つくと思うけど。

「・・・清楚な子。」

律儀にも答えてやる自分も自分。

「清楚ぉ?何、日吉って面食いな訳っ!?」
「・・・清楚の意味、判ってんの?」

清楚ってのは、清らかでさっぱりしてるって事。
キレイとか、清潔とかとはちょっと違うんだけど。

まぁ、当然自分の意見なんてその耳には入ってない訳で。
むーっ!と、頬を膨らましながら、
赤紫君はソファのクッションを握り締める。

「あ!じゃ、じゃぁさ、さっきの料理上手な子はっ?」

何かを思いついたその表情は、怒から喜へと変化して。
握り締めていたクッションを手放すと、出てきた質問はこれ。

それって、質問?だって、普通に考えてみなよ。
嫌いか好きかなんて聞かれれば、好きだろう。
出来ない子よりは、出来る子の方が誰だって好きなんじゃないの?

「別に、嫌いじゃない。」

なんて考えで、後先考えないままに、そう答えたのが宜しくなかった。
宜しくなかった所の話じゃない。
・・・悪かった。





何をどう勘違いしたのか、結局単純な思考回路は、
料理が出来る子が好きと言う結論に達する。
当然ながら、毎日の食卓に並ぶのは、全てが初めてな先輩のファースト手料理。
丸焦げの目玉焼きに、丸ごとの様なレタスの千切り。
なんか変なものが浮いてるコーンスープに、唯一まともなホットミルク。
翌日、日吉・向日家の朝食メニューを事細やかに記すとこう。

当然胃腸薬は必需品。

その日の夕食−オムライスなんか、さらに酷かった。
ケチャップの赤と、コゲの黒が見事にブレンドされた、
見た目どおりの素晴らしさ。
一口食べれば、ほんのり広がる香ばしい焦げ臭さ。
実に、苦い。

「お、おいしい?」

・・・本気で言っているのか甚だ疑問に思う。
それでも、なぜか全部食べてしまったのは、お腹が空いていたから。
決して、他の感情なんてなかった事を強調しよう。

どうやら先輩も食べたらしく、思いっきり吐いた声が聞こえた。
これで少しは懲りてくれればいいんだけど。
なんて考えが甘かったらしく、というか、自分が全部食べたのが悪かったらしく、
先輩の興味は尚更料理一点張りとなってしまう。

なんか自分ってさ、言う事やる事裏目に出てるよね。



その2日後。
自室にて明日までのレポートを終えた瞬間、ふとその静けさに気づいた。
いつもの調理器具の音はおろか、テレビの音一つしない。
終えたレポートもそのままに、疑問を抱えつつそっと部屋を出れば、
リビングのソファに目的の人物は腰を下ろしていて。

「何してんの?」
「わっ!」

ソファの背越しに先輩を覗き込めば、何やら珍しく本などを読んでいる。
ちょっとでも勉強?なんて思ったのが間違い。

「”初心者でも大丈夫、今晩のおかず”?」

思わず先輩の手によって閉じられた、
その本の表紙に書かれている文字を読み取る。
理解するまで、約3秒。

約3秒後。
見つめあう互いの目線。それは決してロマンティックなそれなんかじゃなく。
自分は一体、どんな表情をしていたんだろう。
たぶん、苦味を噛み潰した、もしくは呆れた表情のどちらかだ。

「池袋まで行って買ってきたんだからなっ!」

そんな俺の考えを否定するためか、先輩は訳もわからない反抗に出る。
あぁ、どうりで帰りが遅かった訳だ。

ソファに置かれた一冊どころか、数冊あるその本達をよけ、
自然と先輩の隣に座るような形になり、
話を聞くと、どうやら跡部部長に会ったらしく。

ってか、自分もう一生抜けないだろうな、跡部部長っての。

「わざわざあげた俺って優しくねぇ?」

こういう話題の時。
偶に、ふとした事が引っかかる。

例えば、今。
先輩は自分で買った料理本の一冊を、
跡部部長にあげた事が言いたいのか、それとも、

「これでゆーしも、俺に感謝する事間違いなしっ。」

忍足先輩の事が言いたいのか。

とかね。

思うんだけど、かなり自分は先輩の事気に入ってる。
こんなに・・・多分世間体から見れば、そうでもないのかもしれないけど、
執着心とか沸いた人なんていなかったし。
だから、何となく元ダブルスペアの話が出れば、妙な引っ掛かりが自分を襲う。
大学生といえども、恋だの愛だのに関してはまだまだ子供で。
そういうわけで、子供は拗ねるのと、意地っ張りが大得意。

「あ、そう。」

一言残して自室へと足を進めれば、完全に自分は幼稚園児。
普段からの無表情+無感情が、自分をそんな風には見せないらしいけど。

「おい、日吉っ。」

なんて言葉を無視してしまう自分は、本当に大学生なのだろうか。
何となくベッドに座り込めば、先程の本を思い出す。
幼稚園児なりに、あれは自分のために買ってきたって事など判ってる。
結局は、自分のために料理をしてくれようとしている事も判ってる。

「・・・・・。」

小さなため息を吐くと、なんだか小さな罪悪感に飲まれつつ、
半ば不貞寝状態のまま、自分の身体をベッドへと沈めた。
脳裏にふと浮かんだのは、先程の先輩の顔で。
振り払うように首を振ると、そっと軽く唇をかみ締めた。




「今日は、自信アリっ!!」

そう言ったのは、それから4日後の夕食にて。
出てきたのは、改良型向日岳人特製オムライス。
どうやら本当に本の効果ってのはあるらしく、見た目からして
前よりかなり良い・・・って言うか、まともな感じ。
まずは、一口。

「・・・・・。」

二口。

三口。


ヤバい、・・・ちょっと、美味しいかも。

「ダ、ダメ?」

先輩は食卓に座る俺の横に立ち、不安そうな目でそう俺へと問いかけた。
何だかんだ先輩のペースに飲まれるまま、ここまできたとか思ってたけど、
こういう仕草とか、たまに見せる弱気なトコとか、
やっぱり自分も重症。

こんな時、一言”美味しい。”と、言えない自分はなんて情けないのか。
普段からの無表情+無感情が、こんな所で釘をさす。
やっぱり自分は幼稚園児だから、お礼とか、謝罪とか、
そんな当たり前の言葉を発する事が、非常に恥ずかしいもので。

「日吉?」

だんまりのまま、自分は料理を見つめたまま。
そんな自分に痺れをきらした様に、先輩がこう問いかける。
口を開け、たった一言のために喉を詰まらせる。

「?」

首を傾げ自分の顔を見つめる先輩は、
こんな時ばかりに、稀に見せる素直な表情を作る。

愛しい、だなんて。
この口からは言えそうにないけど。

開かれた口からは、詰まっていた息がそっと吐き出され、
続いてそこからは、小さな笑いが零れる。

そんな大層な言葉は、決して言えはしないから。
だから。

「美味しい。」

これくらいは、自然に、自然に。

「ま、マジ?今、美味しいって言ったっ!?」

何度だって言ってあげるくらい、いいのではないかと。

「だから美味しいって。」

そう思う。
今日、この頃。




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