恋愛を雄弁に語る奴には、恋人がいない。 A大、食堂。 とある一角は、本日もいつもの様に賑わっていた。 今日の話題は「昨日の合コンについて」 「で、どうだったっ?」 合コンには参加しなかった向日が、興味津々といった様子で話の先を促す。 「俺なんか、お持ち帰りしちゃったもんね。」 「全然ダメ。こいつばっかモテてやんの。」 「あの白いジャケット着てた子、可愛いかったよなー。」 等、口々に状況を説明しだす。 どうやら4対4での対談だったらしく。 ちなみに、幹事は彼。 「やっぱなぁ、結局は惚れたもん負けって事だよ。恋愛なんて。」 そんな幹事君の言葉に聞き捨てならないのは、お友達の向日岳人君。 身を乗り出してその言葉を聞こうと必死になる。 なんてったって、自分は惚れた側なもんですから。 「そ、それマジ?」 思わず、冷や汗まで出てきてしまうのは、身に覚えがありすぎるから。 思い出すのは、あんな事や、そんな事や、こんな事。 どう考えてみても、自分の方が好きの度合いが大きい気がしていたのだ。 岳人:日吉=8:2。 それくらい、俺の方が日吉の事を好きだって、変な自信まである位。 すっかりその言葉に影響されてしまった俺は、当然ながらも、家に帰っては悩みっぱなし。 元々ここに住みたいとか無理言ったのは、俺、だし。 で、でも!一緒に住んでるってのはやっぱ、 向こうもちょっとは俺の事を好きだからって訳で・・・。 なんて気持ちが交差して、思考は一向に前に進まない。 とりあえず、 「あのさ、日吉って俺のどこが好きな訳?」 なんて事を聞いてみたり。 これで少し自信がつく言葉が返ってくれば、悩みはそれで解決、だろ? 一方日吉といえば、また始まった・・・。と、ため息を吐いたりして。 常日頃からこんな事で悩むのは、向日の日常茶飯事。 そして自分もそれに付き合わされて、こんな質問を問われる事も日常茶飯事なのだ。 色々思う事はあれども、基本的に嫌いなら一緒になどいないのだ。 なんでも一生懸命にやるトコとか、いつも元気で明るいトコとか、 時たま思い悩んだりして、顔をくしゃくしゃにするトコとか。 それなりに結構気に入っているもので。 とりあえず、そんな事口に出せる程自分は素直じゃないから。 差し当たりないトコで、こんな返答を返した。 「・・・たまに静かなトコとか。」 「へ?」 考えていた言葉とはあまりに違いすぎた日吉の返答に、 向日の頭には数個の?マークが浮かんでしまう。 と、言う事は・・・もっと静かだと、日吉はもっと好きになってくれると、 そういう事なのだろうか。 そう認識してしまった頭は、早速行動を開始する。 いつものハイテンションを抑えて、抑えて。 むやみに日吉に飛びついたりとか、質問攻めにしたりとか、 そういう事を精一杯我慢して。 これなら、もっともっと日吉に気に入ってもらえるって。 そう思ってたんだけど。 数日後。 「最近のあんた、何かつまんないよね。」 なんて言う日吉の一言に、息を飲みその場でノックダウン。 瞬間的に言葉のパンチにやられてしまう。 「ぅ・・っ、・・・うぁーんっ!!」 結局次の日、A大食堂での話題は、向日を慰める会へと変更して。 恋人につまんないって言われた、と周りにいる友達へと話した瞬間、 出てきたのは次の言葉じゃなくって、大粒の涙。 「つ、つまんないって、イタイ一言・・・・。」 「俺もそれはヘコむかもなぁ。」 なんて口々に意見を言う中、再び立ち上がったのは例の幹事君。 「ズバリ、それって倦怠期じゃね?」 「け、倦怠期?」 鼻を鳴らしながら、向日が不思議そうにその単語を問う。 どうやら倦怠期とは、長く付き合いすぎて、相手に飽きてしまうという現象らしい。 付き合って3ヶ月や4ヶ月目で出る事が多く、 その期間に耐え切れず、別れてしまうカップルも多いとか。 「別れっ・・・!」 その言葉に耐え切れず、フッと意識が遠のきかけたその時、 「そういう時ってのは、いつもと違う自分を見せるとこれが上手くいくんだよ。」 という幹事君の言葉に、 「そうかっ、飽きさせなきゃいいんだよな!」 再び影響されてしまう彼のオトモダチ、向日君。 「飽きさせない、つまり・・・一杯話題を振ってみる、とか?」 自室にて。 向日はベットの上で胡坐をかき、腕を組み、“飽きさせない”と“違う自分”をキーワードに再び、 日吉に好きになってもらうぞ大作戦、の案を練りだす。 「よしっ!」 とりあえず、行ってみよう、やってみようって事で行動スタート。 日吉を飽きさせないやつになってやるっ! なんて目標を掲げて行動してみたんだけど。 数日後。 「何か、やっといつも通りになったよね。」 なんて言う日吉の一言に、再び息を飲みその場でノックダウン。 突然襲い掛かった言葉のキックにやられてしまう自分。 「ぅ・・っ、・・・うぁーんっ!!」 結局その次の日、再びA大食堂での話題は、向日を慰める会へと変更して。 いつも通りだって言われた、と周りにいる友達へと話した瞬間、 出てきたのは次の言葉じゃなくって、悲しい叫び声。 「岳人さぁ・・・めっちゃ空回りしてねぇ?」 「・・・あぁ。」 なんて友人が呆れた声まで出す程に、向日の現状は見てて可哀想なもの。 静かになってみれば、ツマラナイと言われ、 飽きさせない自分をアピールすれば、いつも通りだと言われ、 結局、何もかもが空回り。 こんな彼のお悩みを解決! いつでもどこでも幹事君は、やっぱりここで登場する訳で。 「初期の頃を振り返ってみろっ。」 今回の彼のお告げはこれ。 どうやら、付き合った当時のあの頃の自分をもう一度振り返ってみろ、という事らしい。 「何でも、初心に返れって言うだろ?」 そう囁かれれば、再び向日君は立ち上がる。 何時の日か、もっと日吉に好きになってもらうために! 「ってかさー・・・あいつの言葉聞いてからおかしくなってんじゃね?」 「しっ!お前、それ禁句だろ。岳人あんなに頑張ってんだから・・・。」 なんて言う言葉は、もう向日の耳には入らない。 初心。 んー・・・初めの頃は、もっと日吉に我侭いってた様な気がする。 ちょっと我侭になったら良いって事か? あ、反抗心を見せてみるとか。 でも日吉に何か言われたっけ、ヘコむし・・・。 「ねぇ。」 「な、何っ!」 突然俺の部屋に顔を覗かせた日吉の言葉に、異常なまでに反応してしまう俺。 逆に日吉の方が驚いてるし。 「・・・・お風呂、沸いたけど。」 訝しげな視線を向けられて、そう言われれば、 なんだそれか、と思わず苦笑せざるをえない。 「わかっ・・・・、んないっ!俺、入んないしっ。」 「は?」 頷きそうになったその瞬間、思い出したのは、先程の考え。 ----ちょっと我侭になったら良いって事か? 一方、日吉はまた、この人は・・・。と、ため息をつきながら、 どうせ何分か後には直るだろうと、 「あっそ。」 一言呟いて、扉を閉めた。 「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 結局、日吉は俺の事なんて、別に好きでも何でもないんじゃないか。 俺ばっかりが日吉の事を好きで、日吉の好きなんてあっても俺の10分の1以下だ。 もっと好きになって欲しいだけなのに、全部からまわりして。 からわまりして、俺だけがいらだって。 日吉、全部お前の事言ってんのに、聞いてんのかよ? 「日吉のバカっ!バカ、バカ、バーカっ!」 家中に広がるくらい、一杯の声でとにかく俺は叫んだ。 閉めたばかりの扉が、呆れたという様にゆっくりと開く。 「なに・・・。」 「バカーっ!」 日吉が入ってくるなり、俺は手当たり次第、 そのへんに在ったものを掴んでは、日吉に投げつけた。 クッションやら、枕やら、とにかく何もかもを日吉にぶつけて。 「ちょ・・・、いっ・・・・!」 日吉といえば、俺の攻撃を止めさせようと、 腕でガードしながらも少しずつベッドまで近づいてくる。 そして、 「・・・はい、終わり。今回は何?」 さらに布団までも投げつけようとした俺の腕は、 日吉のそれによって、簡単に止められてしまう。 ため息をつきながらそう問う日吉の表情に、何だか思わず泣きそうになってしまった。 「と、友達がっ・・・恋って惚れたモン負けだって、だって、本当にそうだしっ・・。」 力なく俺が布団を掴んだままの腕を下ろしても、 なお日吉は俺の手首を握り続けた。 「日吉は、俺の事たいして好きなんかじゃないっって、おも、思って、・・・。」 結局、泣きそうになってた顔からは、一粒一粒涙が溢れる。 嗚咽が邪魔をして、上手く言葉を発する事が出来ない。 「どこが好き・・て、聞いた、ら・・・静かなトコって、っから・・・ 静かに、した・・っら、つまんないって・・っ!」 「あぁ・・・、あれ。」 偶に自分の言葉の足らなさが、人を傷つける事がある。 中学の時からそうで、思わずクラスの女を泣かせてしまった事もあった。 そして、今も。 つまんないってのは、まぁ結局・・・、 いつもの、いつも通りの、恋人を気に入っているってコトで。 「で、・・と、友達に聞い、たら、・・倦怠、きだって・・・言われてっ、 いつもと違う自分に、し、してみたっ・・・ら、いつも通りになった、て・・・っ。」 あれも、この状態になる一つの原因だった訳・・・。 静かだった相手が、“つまんない”と、発した途端、 いつも通り元気に話しかけてくるもんだから、あぁ言ったまでだったんだけど。 所謂、逆効果ってやつ。 ってか倦怠期って・・・・、中学からの付き合いで、この時期に倦怠期はありえないだろう。 なんて事に、この人は絶対気付かなかったんだろうな。 「いつも、通りだたって、・・・言ったら、付き合った頃の、しょ、初心・・・にっ、 戻る、こ・・とが大事だ・・・て、・・っから、 我侭いってみた・・っら、日吉、かまって、くんな・・い、しっ。」 さっきのも原因な訳? かまってって、本当にこの人って自分よりも年上なんだろうか・・・。 自らの腕の中で泣きじゃくる赤紫君を見ていると、まるで年下の弟みたいで。 「ひ、日吉がっ・・・日吉が、悪いん、だっ・・・からなっ!」 少し上を向いて睨み付けられても、こんな涙目じゃ、なんの効果もないんですけど。 いっつもこんなんに振り回されっぱなしで、呆れる事も多々あるけど、 本当にいつもこの人は、本気でこんなため息を吐くような事に悩んでいる。 こうやって、ポロポロと涙を零す位に。 「・・・・そうかもね。」 結局、空回りしてたのは、自分もって話。 思わず腕に力を入れてしまったのは、自分でもわからない。 ただ、何となく、今はそんな気分だったから。 意外な日吉の同意の返事に、思わず赤紫君が黙ってしまったのは、言うまでもない。 ところで、 「大体、そんな入れ知恵誰に聞いた訳?」 「だ、大学の友達・・・。」 「・・・っくしゅん!誰か俺の噂でもしてんのかな?」 彼の名前は、赤井智仁。 趣味、合コンの幹事。 未だ彼女いない暦=自分の年齢、である。 |