俺が見るこの世界はとても滑稽で、もう治せない割れた鏡のようだと思う。
 最期まで俺は俺でいられたと、信じている。



首に手を掛ける




 無色の鏡は、いつの間にか風景の色に馴染んでいた。
 空の蒼でもなく、炎の紅でもなく、森の翠でもなく、雷の金でもなく、星の銀でもなく、光の白でもなく、闇の黒でもない、俺という色に鏡は染まっていた。
 鏡の正面には俺がいる。
 俺をそのまま映し出したもう一人の俺が俺をじっと静かに見ている。
 正面にいる俺が右腕を挙げれば、奥の世界の俺は同じように右腕を挙げる。
 正面にいる俺が表情を作れば、奥の世界の俺は同じような表情を作る。


 酷似した動きを行う同じ世界の俺は、自然とその鏡に手を伸ばしていた。
 触れた部分も、触れたときの想いも、触れた感触も、全て同じ。
 少なくとも鏡の正面に立つ俺はそう考えていた。だってあちらの世界の俺も俺なのだから。


 自然と動く自分の腕。まるで自分の腕ではないような。不思議な感覚が躰を通して繋がり、交わっていく。
 行き着いた先は、終焉。


 そして首に手を掛ける。
 俺が望んでいたことではない。
 向こうの俺のことは知らないけど。


絞められて堕ちていく精神。
途切れていく思考朦朧とする意識見えなくなる視界感じられない
切望満たされていく恍惚。


俺は俺の手によって俺という存在を終わらせた。
首を折るという行為によって、俺の生命活動は見事停止した。


無論、それは自殺であるということを忘れてはならない。




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