信じて頼る=信頼。




青山は、何時も息子に対する感情を八兵衛に話していた。
その言葉の端々には心配している思いが散りばめられており、普段職場では絶対に見せない青山の人間らしい部分が見れているようで八兵衛はいつも新鮮な気持ちでそれを聞いていた。



最近の市之丞は父親に気取られないようにこっそりと何処かへ出歩いているようである。悪さをするような息子では無いが、いかんせん何も知らないという事は余り聞こえの良い話では無い。
だが当の本人はそんな心配をする父親に見つからないようにと一生懸命になっているのだ。



心配と共に抱くのはいつも寂しさである。問うても答えない、話そうとしても逃げていく一方で。今まで市之丞の気持ちを押さえ込むような育て方はしていないはずだが、本人がどう感じているのかは実際の所分からないのである。
北町の剃刀と呼ばれる青山久蔵だが、息子の事に関してはその切れ味はどうも鈍ってしまっていた。


そしていつも最終的に行き着く場所は決まって八兵衛である。本日も勤めが終わった後二人で居酒屋に呑みに行き、青山は市之丞の事をぼやく様に八兵衛に話していた。

この所毎晩である。


「なぁ、ハチ。あいつが何してるか、見てやっちゃくれねぇかい」

そう八兵衛に頼む青山は苦笑いを浮かべて猪口に最後の酒を注いでいた。

 



八兵衛が定廻りで市中を巡回していると、白衣を着た市之丞が弥生堂へと荷物を抱えて早足で歩いていく姿を見つけた。

何て事は無い。弥生の手伝いをして医者への道を志しているだけなのだ。
だがそれを父親に言えないでいる。心の隅で嫡男であるのに父親の跡を継がない事に負い目を感じているのだ。

それがあるから父親と正面を向き合えない。
一方青山は変な心配を起こさせないようにと市之丞には跡を継がなくて良いと言っている。

二人の心は通い合っているようで、別の方向へと向き擦れ違っているのである。


親子だから似たのか、不器用な所は二人とも同じだ。気まずい雰囲気も、二人が親子であるが故なのだろう。


「二人共素直じゃないからなぁ…」

溜息が漏れた。人ごみの中に消えて行った市之丞とは弥生堂に行けば会えるだろう。悪さ等する訳が無い、青山と八兵衛は無条件で市之丞の事を信頼しているのだ。


「八兵衛」

背後から声をかけられて、八兵衛は振り返った。声の主は孫右衛門である。同じように市中を巡回していたところ、ぼうっと突っ立っていた八兵衛を見つけて声をかけたのである。

「何してるんだ」

「あぁ、ちょっと、青山様に頼まれててね」
「青山様に?」

納得顔を浮かべた孫右衛門はゆっくりと歩き出し、八兵衛もその隣につき止めていた足を前に進めた。


「市之丞様の事なんだけどさ。近頃は弥生堂に医者の修行で通ってる事、青山様は聞いてないみたいでね。心配してるらしいんだよ。親子で互いに話せば済むだろうに」

八兵衛のぼやきとも取れる話に孫右衛門は笑った。だが八兵衛は構わずに続けるのだ。

「青山様も市之丞様の事となるととたんに弱くなっちゃうんだから」

「親一人、子一人だからな。放っておく訳にも行かんのだろうなぁ」
「市之丞様も意地を張るのも良いが、父上の事も考えてやらないと可哀相だよ」

親身に考える八兵衛に、またしても笑いが零れる孫右衛門。先程は気付かなかったが、今回は流石に気付いた八兵衛は、眉をむっと顰めて孫右衛門を見る。怒った風では無く、訝しむように。

「何がおかしいんだい」

「八兵衛。まるで市之丞様の母親のようだな」
「母親? 私が?」
「青山様も、八兵衛程頼ってる人等居ないだろうよ」

「?」

ゆったりと町を闊歩する孫右衛門を何か考えながら見ている八兵衛は、ちょっとだけその視線を空に向けた。
いつも青山と一緒に居る時の空と同じ空である。清清しくて、爽やかで、それでいて暖かい。暖かいのは気候では無い。
常に青山の心だった。

左右に動く目。そして前方を見据え、スっと孫右衛門に向けた。

「八兵衛。それだけ青山様に信頼されてるんだよ」
「…そうなのかなぁ?」

「他の連中には相談どころか、息子の話すらしないさ」
はは、と笑った孫右衛門の笑顔も清清しかった。青山と同じ暖かさを感じた。


自分は信頼という絆で皆の中に存在してる。
そう一瞬だけ思えて、八兵衛の小さな胸はこそばゆさに少しだけ躍った。




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