傍目から見たらとても妖しい。




 ――妖しすぎる。

 疲れのあまり、暫く言葉すら出てこなかった。

「…お前ら何やってんだよ…」
 げんなりした様子でかけられた声につられてそちらを見れば、180センチを越す長身の同級生が脱力していた。
「何、って」
 何を言いたいのだろう、と不思議そうに見返してくる瞳と、問われた事に疑問も持たない瞳が向けられる。
「日直の仕事だが」
「で、俺はそれを見てただけだけど?」
 なのに何でそんなに疲れた様子で言われなければならないんだろう?と二人して顔を見合わせている。それを見て、一はため息をついた。
「そうじゃなくて、さっき二人がした事の方だよ」
「?何かしたか?」
「さあ?恵冬は黒板消しの仕事してたけど、ね」
 にっこりと微笑むその顔はきっとわかっていて言っている。と確信を持ったものの、一は夏威に突っ込むべきか躊躇って、最終的には諦めた。
「……」
「?どうしたの恵冬?顔が歪んでるけど」
「…噛んだ」
「あー。何味?」
「レモン」
「はい、口開けて」
 素直に開けられた口の中には、蛍光灯の光を弾いて鈍く光る半透明の小さな欠片がちらほらと見える。
「思いっきり噛んだんだ。でもまあ傷はないみたいだし。はい」
 ぴりり、と包装を破って中身をつまみ、丁寧にそっと口の中へ放り込む。
 舌を転がって口の中で存在を主張するそれは、さっきと同じ、レモン味。
「ありがとう」
 礼を言う恵冬に笑顔を返す。
「いいえ。あ。そういえば妙瀬田は何しに来たの?」
「……辞書、貸してもらおうと思って」
「英和?和英?古典?現代語?漢和?」
「英和」
「ちょっと待ってて」
 言って席に戻る際、たすん、と教卓に置いていったもの。それに目をやって、一はもう一度ため息をついた。
「飴くらい、自分で食ったらどうだ」
「両手が塞がってる。そうでなくてもチョークまみれの手で食べ物なんか触れるか」
「…まあ有害っちゃあ有害だけどな。でもそんなの、消し終わってから手を洗えばいいだけだろ?」
「尤もだが、夏威が「開けてあげるから食べたらいいのに」と言ったから、それにのっただけだ。別になんでもかんでも夏威に頼ってるわけでもないし強制しているのでもない」
「……………親切通り越してなんか過保護な親ばかみてー…」
「逆なら俺もするからその評価はとりあえず違うと思う」
「……そうか」
「?どうした?顔色が悪いが」
 さっきまで普通だったのに、と怪訝そうに見てくる顔を見返すのも辛くて、一は乾いた笑いを零した。
「妙瀬田、ごめん待たせて。ロッカーの奥の方にしまい込んでて、遅くなっちゃった。明日まで俺達は英語の授業ないし、返すのは今日でなくてもいいから」
「ああ、サンキュ」
 しっかりと落とさないように気をつけて受け取って、一は2−Cを後にした。辞書の一つや二つは大した重さではないが、気分が沈んでいたのでそれに引っ張られる形で力も抜けていそうだったために、念のためという事で注意したのだった。

「……あいつらって、絶対周囲の人間の目とか気にしてねえよな…」

 気にしていたらあんな事できる筈がない。
 夏威は途中で気付いたようだが、恵冬は気づいた様子はまったくなかった。気付かないのもどうかと思うが、気付いても改めようとしないのもどうかと思う。
 二人とも友人としては好きなのに、何故か二人揃っていると疲れる。何故だ。

「…何がまずいって、あれが違和感ない上に自然体だって事だよな…」
 男子校でそれなりに身長のある男子二人がさっきみたいな事をしていても、脱力する事はあっても気味悪がる連中がいない、という事がちょっと問題なんじゃないだろうか。いや俺は別にいいんだけど。ただちょっとあの二人は度を超しているというか自覚がないというか周りに無関心すぎるというか。

 とりあえず、傍目から見たらとても妖しいが、迷惑さえかけられなけりゃ俺はいい。うんそうだ。とりあえずおとなしくしてくれれば、それでいい。




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