「先生ー! アフロが邪魔で黒板が見えません」




「先生ー!アフロが邪魔で黒板が見えません」
「そんな事先生に言われても困るなー」
 わははははと大笑いして、スルー。
「んな事言ったって、見えないしー。じゃあテストでこの部分が出てもわからなかったら免除とかしてくれんですか?」
「そんなわけあるか」
 今度も一蹴。
「だったらアフロどーにかして下さいよー」
「そんなに気になるなら生活指導の先生に苦情を言えばいいだろう?」
 お前の目の前の奴のは。
 そこでどうして「本人に言え」とは言わないのか?と疑問に思うも、とりあえず周りの生徒は沈黙したまま。
「…せんせーも教師のはしくれっしょ?」
「はしくれだからなー。せんせーはそこまでまともじゃないぞぅ」
「「「……………」」」
(普通、そこで自分のことを「まともじゃない」とか言うか?)
「そう。んじゃあとりあえず俺の目の前のうざい奴は後回しにするとして」
(((『うざい』とか言い切った!!)))
 周りの心情なんてかえりみる筈も無く、教師と一対一でずっと話し続けていた少年はにこりと笑った。それも、かなり晴れやかに。
 そうしてびしっと指をさす。
「せんせーも教師ならさ、とりあえず生徒の勉学の邪魔になるような髪型はやめてくんない?身長はともかく髪型はどうとでもできるだろー?」
 びし、と指をさしたその先には、長身の教師の頭部。
 なぜだかくるくると髪が巻かれているが。
「せんせーのはアフロじゃないぞ?天パだ」
 にっこり。
「うん、天パとかアフロとかどうでもいいからその髪型なんとかして。ボリュームありすぎて字が見えない」
 にこにこ。
「「「……………」」」
 ここまで遠慮も何もないやりとりというのは、どうなんだろう。もう教師と生徒のやりとりじゃなくて、むしろ悪友のやりとりのような。
 しばし笑顔の攻防が続いていたが、生徒側が先にそれをやめた。
 そしてぼそりと。
「つかさぁ、彼女に頼まれたのわかるけど、パーマの実験はどうかと思うよ?前にもカットの練習台にされて、失敗してたじゃん。まあそのあと店長にカットし直してもらったって聞いたけど」
 さらりと、プライベートを暴露。
「俺気になったんだけど、信下はなんでそんなに知ってんの?先生のプライベート」
 目の前のアフロが振り返ったと思ったら、どうでもいい事を聞いてきた。まあいいか、教えてやろう。
「だって、近所のおっさんだし」
「お兄さんと言え、かず」
 むす、とした顔で抗議するその姿は、どう考えても教師というより親戚のお兄さん、という感じで、威厳がない。
 そもそも、悪がきが相手に威厳なんてものを感じているかは甚だ疑問だが。
 そうして、ふと教師が首を傾げた。
「そういえば宮川、お前はなんでまた突然アフロにしたんだ?」
「え?」
 くりんと反対方向へ顔を向けて、宮川は口を開いた。
「罰ゲームです。ちなみに罰ゲームを決めたのは信下で」
 じいっと、クラスの視線が全部信下に集まる。見られている本人は涼しい顔だけれど、クラスの殆どの人間は呆れたような顔をしている。
「自分で出題して自分で罰ゲームまで決めておいて、今日になったら黒板が見えないなんて、お前勝手過ぎるだろう」
 ぼそりと宮川が苦情を言うと、信下はにやりと笑ってこう言った。
「そりゃあ俺だし。つか昨日のうちに実行するとは思ってなかったし。まあ、人間なんて勝手なもんじゃん?」
 けらけら笑ってまともにとりあわない悪がきに、教師は深いため息をついた。
 元々こういう奴だったけど、更に悪い方へと磨きが掛かったような。
 教師の心のうちはわからなくても、ため息を耳ざとく聞きつけた信下は、まったくこたえた様子も無く目の前の少年を指差した。
「だって明日土曜で休みだし、日曜に遊ぶ約束してたからその時に見れるだろうと思ってたのに、こいつ意外に対応が早くってさ」
「そんなの知ったこっちゃないよ」
 むす、とした顔で宮川は黒板に向き直って板書を再開する。いつまでもこの馬鹿話に付き合っていると内申にも響くだろう。まあ話している二人のうち一人は教師だからそこまで大袈裟に響きはしないだろうが。
「まあいいか。とりあえず宮川、この休みのうちにアフロから戻しておけよー」
「はーい」
 災難だったな、とか、うわー、美容院代勿体無いなあ、とか、アフロって短い髪でできるもんだったっけ?とか、エクステでなんとかなるもんなんじゃないか?とか色々クラスの連中が騒いだけれど。



「…カツラ、なんだけどね…」
 そんな、一日でそこまで髪をいじれるわけないだろう。
 という蘭の呟きは、どういうわけだか誰にも聞かれる事は無かった。




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