「うげ! 成績表にアヒルばっかり!」




「うげ!成績表にアヒルばっかり!」
「そういう事を大声で言うな」
 ばこ!っとペンケースで叩かれる。
 くっそう、これ以上脳細胞が死滅したらどうしてくれる。
「大丈夫、今更変わらない」
「笑顔で言うな、つうかそんな台詞じたい言うなっ!」
「「事実じゃん」」
 ……敵は、一人じゃなかった。
「んで?どれどれ?おー、本当に見事にアヒルばっかりだなぁ」
「うわ、まじで?一つくらい3があってもいいだろに……」
 だから、そんな憐れなものを見るような目でみるんじゃない!
 ぷるぷる震えている当人を抜かして、三人は話に花を咲かす。
「いやでも、1があるよりはいいって考えたらまだマシじゃないか?」
「マシ、なだけだろ?うーん、これはまじでやばいぞ」
「進学以前の問題だなぁ。お前進級する気、あんの?」
 つい、と三対の目が一人の少年に向けられる。
 握り拳を振るって、絶叫。
「あああるさ、勿論あるさっ!!ただ、頭がついていかないんだよっ!」
「体育にはさすがに理論的な思考は関係ないと思うけどな?」
 爽やかな笑顔で、こいつはまたっ!!
「美術とか音楽とかでも点数稼げるだろ?まあ受験の科目にはないけどな」
 その一言を皮切りに、三人は頭を寄せ合って、通知表を見つめたまま相談を始める。
「あとは技術家庭とか?て、おーい、書道さえもお前への評価は2なのかよ」
「こりゃあ救いようがないなあ」
「手をつけるならどっからかな?」
「とりあえず体育だろ?あとは音楽とかならいけるんじゃないか?」
「とりあえず、一番大切な5教科は後回しってわけ?」
「だって無理だろ、これじゃ」
「確かになあ。容量が少なそうだし」
 そうして、三人揃ってじぃっと通知表の持ち主を見上げる。
 そして、溜息。
 ――ああムカつく。ムカつくぞお前らっ!
 怒りに震える拳を更にきつく握り締め、少年はぷるぷると震える身体を更に大きく震えさせる。
「でもま、いいじゃん、これも」
 言って、ヒラリと通知表を翻す。
「「「は?」」」
 怒りに震える少年と先程まで相談し合っていた二人の少年の瞳が、一人に向けられる。
それを確認して、にんまり。
「だって、『アヒル』って言い方、かわいいじゃん」
「「「……はい!?」」」
「かわいいだろ?」
 くい、と首を傾けて、再度問う。
「え、いや、あのな?」
「かわいいだろ?」
「や、だからっ」
「かわいいよな?」
「……かわいいとかいう問題じゃ……」
「かわいいよね??」
 にぃーっこり。
「……ソウデスネ」
「よしよし。じゃあ、お前」
 満足そうな笑顔を見せたかと思ったら、アヒルばかりの通知表を持ち主に返す。それを受け取った本人は。
 びしっと、固まった。
 なんだろう。背中がやけに冷たい。
 ――寒いんですけどっ!!
「お前、アヒルまではまだ許してやるけど、俺のプリントを見ておきながらこの成績ってどうなんだ?ん?次の通知表に一つでも1があったり、3以上がなかったりしたら――わかってるよな?」
 ――背後に、般若が見えた。

「あー、あれだな」
「簡単に言うなら、蛇に睨まれた蛙」
「そう、それだ」
「哀れだなぁ」
 ほろりと泣きまねをしているけど。
「……ちっともそう思ってないだろ?」
「あったり前じゃん。アイツ以外のどれだけの奴が、そう、このクラスの奴らがあのプリントを欲しがってると思うよ?あれを見ておきながらオール2はある意味変な才能だ」
 きっぱり言い切るこいつは、やっぱり妬んでいたのか。
 すぐ目の前で固まる友人と、冷気を纏って笑顔で責め立てている友人を見て、更に小気味言いとばかりにニヤニヤ笑っている隣の友人を見て。
 溜息一つ。
 どうしてこう、どいつもこいつも。
「しかし、やっぱりあいつでもオール2は腹に据えかねたか」
「そりゃそうだろ?いつも泣きつかれて仕方なく、それでも寛大な心で見せてやってたのに、その結果がオール2。例えでもなんでもなく、本当にアヒルばっかり。そりゃあ、普段はお優しいあいつでも怒るって」
 いや、優しいとは限らないんだけど。
 という言葉は、飲み込んでおく。本人がすぐ目の前にいるから。
「まあ、な。あと少しやる気を出せば、3や4くらいならいくつか増えるだろに」
「それなのにやらないから、あいつは今ああいう目にあってるんだよ。いい気味だ」
 ふんっ、と拗ねたように吐き捨ててから二人のやり取りを見守る友人に、やっぱり今日も苦笑しか返せない。
 目の前の二人の一方的な睨み合いは、そろそろ決着がつき始めていた。
「じゃあ、お前、この休みは俺の家に来て勉強に励むように」
 自分の通知表を片手に、キラキラしい笑顔で命令。
「ちょっと待て!俺はこの休みは…!!」
 遊ぶんだ!と叫ぼうとした口は、開いたまま動きを止める事になる。
「ん?何だって?この俺が、せっかくの自分の休みを返上してお前の成績向上に努めてやろうと言っているのに、お前はその好意を無碍にも断るって言うのか?ん?どうなんだそのへんは?ああ、言わなくてもわかってる。もちろん、当然、俺の申し出を断ったりなんか、するはずもないよな?欠片も考えてないよな?よし、じゃあお前は明日から俺んちに毎朝10時には来い。昼食持参の事。夕方まで帰れないから、そう思っとけ?もちろん出来が悪かったら夜中まで帰れないからなぁ?いっそ泊り込みとかもいいかもしれない」
 楽しそうに、誰にも口を挟ませる隙すらなく告げる。
 これには、当事者だけでなく、見守っていた二人も唖然と佇んでいる。
 ――これは、思っていたよりも、かなり凄まじい怒りのようだ。
 もはや、親切を通り越して拷問だ。さらさらと風に吹き飛ばされる砂のようになっていく、アヒルの成績の友人。幻覚なのはわかっているが、本当に砂になって風に吹き飛ばされていくように見える。
 それくらいには、哀れだと思う。
 ついでに、そこまで付き合ってやらなくても、と、家庭教師を名乗り出た少年にも、同種の視線を向ける。
 きっと、どこまでいってもこの二人の関係は変わらない。
 きっと、次の成績表もアヒルがたくさん並ぶんだろう。そして、今日と同じ光景が見られるに違いない。



 だって、前の成績表もアヒルばっかりだったんだから。

 良くも悪くも諦めの悪い二人に、見守り役が板についてきた二人は心底同情した。




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