ちょっと変わった雰囲気。 季節はずれの転校生。そんな風に言われる事は最初から覚悟していた。 「じゃあ、わからない事があったらクラス委員に聞くように。藤田!」 「はい」 教師に名を呼ばれて立ち上がった少年は、全体的に少し髪が長い他は取り立てて目立つようなタイプではない。 もう一つ特筆するなら、共学ならさぞ騒ぎ立てられただろう美形というくらいで。 「藤田、軽く自己紹介」 教師に促されて、藤田という少年は穏やかに微笑んで見せた。 (なるほどー、確かにまとめ役には向いてそうな感じだな) 「藤田葉月です。クラブには所属していないけど、だいたいの日は学校に残っているからわからない事はいつでも聞いて」 「藤田ー、それじゃ先生が言った事と殆ど同じだぞー」 「趣味とか彼女の事とか言っちまえ!」 やいやいとクラスメイトに茶々を入れられても笑って流している姿。馴染んでいるようだけれど、どうにも『素通り』している感が否めない。 初対面なのに。 悪いどころか、印象は良いはずなのに何故かしっくりこなくて、坂城は僅かに顔を歪めた。 「じゃーついでだ。副委員長も自己紹介」 副委員長か、と何とはなしに思って教師の視線を辿っていくと、そこにはいかにも元気でクラスの中心にいそうな少年がいた。 こっちはこっちで、委員長の藤田とはタイプこそ違えど、女子に大騒ぎされそうな容姿だ。けれど、男子校ではそんなものは殆ど関係ない。彼は頬杖をついて、教壇の二人を見返してきた。 「葉月だけでいいだろ?」 「いつも言ってるが、お前、教師に向かってその言葉遣いはどうにかならないのか」 「とか言いつつ、諦めてるくせに」 「……暖簾に腕押し、って知ってるか」 「要するにテゴタエがない事だろ?先生」 にーっと笑ってみせる彼に、少しだけ驚いた。 (……これがクラスの副委員長、ねえ…) いいのか、これで?とつい思ってしまったのだが、どうせクラス委員の類は雑用やら面倒な事が多いのだから、別に誰でもいいんだよな、と思い直した。 「で、もう一人……ん?常盤、如月はどうしたんだ?」 副委員長は常盤という名前らしい。そして副委員長はもう一人いるようだ。 「ああ、神奈?神奈なら」 「さっき廊下で水遊びしていた下級生に巻き込まれてずぶ濡れになったので帰しました」 「「「え?」」」 常盤の言葉を奪って、藤田が一息で説明した。内容も内容だが、言う者も言う者だ。 「……帰ったのか」 「いえ、残って授業を受けると言ったんですが、着替えようにも体操着もなかったので強制的に家に帰らせたんです。幸いここは私服校だから、制服を乾かす必要もないので着替えたらすぐに戻って来ると言ってましたが」 「……届けは?職員室に持ってきてないぞ」 「神奈が歩けば歩くだけ廊下が濡れるので、俺が預かってます」 ここに。と言って取り出したそれは、早退届け。早退もなにも、戻ってくるのだが。 「そういう物は早めに…」 その時、ガラリと教室後方の扉が開いた。 「すみません、無断で抜け出しました」 「「「え?」」」 教室中から、間の抜けた声。 だって、戻ってくるには早すぎる。 「……如月。今度からは一言言付けていけ」 「?霜司に頼んだんですが……あれ?ご存知という事はもう伝わってる筈じゃ…あれ?」 不思議そうに首を傾げている彼。 ――彼、の筈だ。と思わず頭を抱えて考え込んでしまいそうになって、坂城は自分の行動に気付いて更に唸った。 「…先生、もしかして」 「ん?ああ。如月、転入生の坂城浩人君だ。お前は副委員長だろ、簡単でいいから自己紹介しろ」 そこでいいから、と言われて、如月は不思議そうに常盤を見つめていた視線を教師へと戻した。 そうして、にこりと微笑んだのだ。 「初めまして。副委員長の如月神奈です。あまり役には立てないかもしれませんが、何かあったら言って下さいね。僕に言い辛かったら、霜司でも葉月でも、言い易い方に言っていただければいいので」 宜しくお願いしますね。と最後に付け加えられて、坂城は内心で思い切り唸った。 どうにも、クラス委員は個性的なのが揃っているらしい。 「……不躾な事、聞くけど」 「?はい?」 にこにこと笑顔で聞き返してくる。その顔はまるで少女で、正直、男だなんてありえないと叫びたいほどの美少女ぶりだ。 なのに、違和感なくクラスに溶け込んでいる。そして、その違和感のなさがまた違和感なのだ。 「…如月、君は、女の子じゃないの?」 女の子にしか見えない。 「え?」 (((うわーっ!ばかーっ!!))) きょとん、とした表情の如月と、一瞬で蒼白になって成り行きを見守るクラスメイト。気のせいだろうか、担任の顔色も少し悪い。 「そう見えますか?よく間違えられますが、男です」 にこにこと穏やかに、変わらぬ笑顔で平然と返された。 (…こいつ、怒ったりしないのか?) かといっていじめられそうな雰囲気でもないし。そういえば委員長ともう一人の副委員長と親しそうだな。だからか? 決定打に欠けるとわかっていながら、坂城は憶測を止める事はできなかった。思考はだんだんと逸れていく。 「……まあ、このクラスにいれば、たいていの厄介事は、向こうから逃げてくさ」 「え?」 ぽつりと無感情に零された言葉に反応して教師を見上げたが、彼はそれ以上続ける事はなく、坂城に委員長の隣の席に座るよう告げた。 そして、なんとか無事に一日を終了した、直後。 「とりあえず、クラス委員の奴らを怒らせるような事さえしなけりゃ、平穏な学校生活送れるから」 慣れればどって事ないよ、あいつら。だから、明日から何見ても、あんまり考え込んだり落ち込んだり、するなよ? 正門を一歩出たところで声をかけてきたクラスメイトの助言に、ぴしりと固まった。 「……逆に、すっげー怖いんですけど…?」 明日から、いったい何が待ち受けているというんだ。逆に気になるからいっそ言わないで欲しかったけど、これはあれか、親切だと思っておけばいいのか? 季節はずれの転校生。それをネタにされる事は今日は一度もなかったけれど、もしかして、ネタにされた方が良かったんだろうか。 「……だってなんか、おかしいよ…」 クラスの空気。 |