【午睡】



『…呉先生?』 研究室のドアをノックしても、中から返事が帰って来ない。 『呉先生?いないのかね?』 いや、いないはずはない。 『…入らせてもらうよ?』 困った中条は肩をすくませてノブを回した。 静かにドアを開け、室内を見渡すが部屋の主は見当たらない。 シズマドライブの実験装置が規則正しい音を立てているだけだ。 『おかしいな…小外出かな?』 机上に散らばる書類を何とはなしに手に取りながら、ふと空調ではない微風を 感じてその方向を見ると、テラスへの扉が僅かに開いているのを見留めた。 『休憩、か』 それにしても、いくらテラスにいるからと言って人が入って来て気付かない呉学人ではなかろうに。 『呉せん…』 眩しい日射しに一瞬目を細め、其処に居た彼の人の姿に中条はかける言葉を止めた。







テラスと言っても中華風の造りで、模様が刻まれた手すりに縁台からは見事な庭園が見渡せる。 その縁台に、呉学人は眠っていた。 うたた寝なのだろう、柱に寄り掛かり、今にも落ちそうながらも手には扇を持ったまま。 『…随分と無防備な』 休憩のつもりで休んでいて眠ってしまったのか、靴を脱いだ素足を晒して。 (こんな姿を、他の誰にも見せたくないものだ) 自分だけの彼に魅入っていると、手が弛んで扇がぱたりと床に落ちた。 それでも目を覚まさないどころか、体が更に傾いてくる。 中条は、ネクタイを緩めながら彼に倣って靴を脱ぎ隣に座ってそっと彼の頭を自分の肩に乗せた。 寝息が、少しはっとした様子を見せたが起きるまでは至らない。 (たまには、こんな逢瀬もいいものだな…) 目を覚ました彼が真っ赤になって飛び退く姿を想像しながら、中条も目を閉じた。 足音もけたたましい鉄牛と戴宗に見付かってしまい、ドアに鍵を掛けるのを 忘れた事を後悔するのは、もう少し後の事である。






*2004/9/2* ももさんが描いた呉先生を彩色している時に
『これは夕暮れ?』『ううん昼間、昼寝』と
聞いて湧いた小話です。


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