ここは、ミントスの宿。僕たちはここで新しい仲間と出会った。
サントハイムという国のお姫様・アリーナと、お付きの神官・クリフト、そしてお姫様の教育係のブライさんだ。
僕たちがここに着いた時、クリフトは重い病気で倒れてしまっていた。
ブライさんの頼みもあって、万病に効くという植物・パデキアを探しに行った。そして見つけたパデキアでクリフトの病気を治してから今日でもう2日。
クリフトがちゃんと旅ができるくらいに回復するまではここの宿に泊まっていようというみんなの意見も一致して、僕たちはここにいる。


あるヤキモチヤキのココロ


僕にとってそれは結構都合のいいことだったかもしれない。
初めてこの街に来て、彼らに会ったとき。
ベッドで苦しんでいた彼を見た時、 自分の中で何だか変な気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
最初それは彼に対する同情とか、あぁ、気の毒だなとか、そういう感情なんだと思ってた。
けど、何かが違った。僕はシンシアが好きだ。大好きだ。いや、・・・好きだった。
だから、その感情がそういうものだってことに気がつくのはそんなに時間はかからなかった。
ただその相手が男の人だったから、ちょっと戸惑いはあったけどね。
え、どうして僕にとって宿に留まってることが好都合だったって?
だって、もし旅に出たら彼はきっとまたアリーナのことしか目に入らなくなるだろ?
クリフトはアリーナが好きなんだから。それくらいは会ったばかりの僕にだってわかるよ。
けどここにいれば、同じ部屋だし、一緒に話とかいっぱいすることだってできる。アリーナは女の子だから別の部屋だしね。

おかしいと思う?男が男を好きになるなんてさ。
……けど、しょうがないじゃないか。好きになっちゃったんだから。




夜。アリーナは毎日退屈だ退屈だといって一人でトレーニングを積んでいるせいか、夜は疲れて早く寝てしまう。
ブライさんはご老人だからやっぱり寝るのは早いし、トルネコさんは何だかお金の勘定みたいなので忙しそうだ。
ホフマンさんはパトリシアの世話をしてる。
そんなわけで部屋には僕とマーニャさん、ミネアさん、クリフトの4人だけになった。これから旅を共にする仲間だ。
ミネアさんは僕たちにハーブティーをいれてくれた後、ベッドの上のクリフトに、彼の国のこと、今までの旅のこと、色々聞いていた。
マーニャさんは……何か、楽しそう。どう見たって何か企んでますって顔だ。
ミネアさんが横目でマーニャさんを見ながら不安そうな顔してる。
そしたら、案の定。
アリーナの話が出た瞬間に楽しそうだった顔がますます、 というかもう笑いをこらえきれないっていう顔になって言った。
「ところでさぁ、神官くん。………あんた好きな女の子とかっていないわけ?」
瞬間、クリフトの顔が真っ赤になる。…ほらね、こんなんだから僕にもみんなにも簡単にわかるんだよ。
「す、好きな……!?そ、そんなっ!私は神に仕える身ですから、そのようなことはっ!」
「へぇ、あたしが見た感じだと、あんたあのお姫様にメロメロって感じだったけどね。
あたしたちも結構頑張ってあんたのために薬探してきたのにさ、 気がついてもあたしたちなんて眼中になかったじゃない。姫様〜、ってさ。」
「はぁ…あの、その……すみません。」
赤い顔をますます真っ赤にしてうつむく。僕は何だかおもしろくなかった。
「姉さん、ちょっと、もういいじゃない。
あんまり興奮させると、また熱があがっちゃうわ。私達もそろそろ寝ましょう」
必死にその場を取り繕うとするミネアさん。マーニャさんの腕をひっぱって部屋を出ようとする。
…彼女も苦労してるんだなぁ。
マーニャさんはしぶしぶ立ち上がって、けどやっぱりまだ顔をニヤニヤさせて部屋を出て行こうとする。
ドアを開けて部屋を出ようとしたとき、何とも彼女らしい(なんて言ったらマーニャさん怒るかな)セリフを残してった。
「それにしてもさ、あれはびっくりしたたわよね あのお姫様があんたにあんなことするなんてさ。
クリフト、あんた幸せ者ね。じゃ、おやすみ!」
二人が出て行った。何だか台風が去っていったみたいだ。

……あれ、か。
それが何なのかは多分その場にいた人なら誰でもわかるだろう。
知らないのは意識のなかったクリフトだけだ。



「あの……ユーリルさん。」
おそるおそる彼が僕に尋ねた。
「何?」
「その…あなたはマーニャさんが言っていたあれ、というのをご存知なんですか?」
「うん。知ってるけど」
「本当ですかっ!?
あの、教えていただけませんか!?姫様が何をなさったのか!」
ちょっとむっとした。全く、お姫様が絡むとすぐこれだ。
……でも、待てよ。ひょっとしてこれは………チャンスかも。
僕は思わず口の端が緩むのを感じたけど、すぐそれを精一杯感じのいい笑顔に変えて言った。
「いいよ。そんなに気になるなら教えてあげても」
「本当ですか!?」
「じゃあ、そこに寝て。」
「………へ?」
「実演だよ、実演。僕がアリーナのやったこと再現してあげるからさ。」
「あ、はい……」
そう言うと素直にベッドに横になる。
そんなに気になるのか。ちょっと悔しかったけど何も疑ってないみたいだし、まぁいいか。
「あ、ダメだよそれじゃあ」
「え…どうしてですか?」
「だってクリフトはあの時意識なかったんだから。ちゃんと目つむって」
「は、はい。……こうですか?」
目を閉じたのを確認すると、僕の我慢していた口元が緩んだ。
……まさかこんなにうまくいくとはね。
「いい?目開けちゃだめだよ」
そう言うとベッドに横たわるクリフトの体をちょっとだけ起こす。
もちろんこれはあの時アリーナがやったこと。嘘ついてるわけじゃないよ。
ベッドの隣にあったハーブティーを口に含んで……あの時アリーナがやったように(もちろん飲ませたものはパデキアだったけど)その唇につけた。



「――――!!」
突然のことにその目が大きく見開かれる。液体が喉を通るのを確かめて、僕は唇を離した。
あ、ダメだ。固まってるよ、この人。
「………と、まぁ、こんな感じ」
かけた言葉に我に返ったクリフトは、赤かった顔を真っ青にした。
「……な、…なっ……!ユ、ユーリルさんっ……!?」
「これが、マーニャさんの言ってた、あれってやつ」
「あ、あれって……!これは………」
「そ、口移し。」
「…そ、そんな……
酷いですよユーリルさんっ!そんなこと、口で言ってくださればいいじゃありませんかっ!
……ファ、ファーストキス……だったんですよ………!?」
ちょっと涙目になりながら、最後のほうはかなり小さい声で言った。
お堅い神官だと思ってたのに、案外気にするんだ、そーゆーの。
「だから、これはアリーナがやった事の再現だって。だからファーストキスならアリーナだろ?」
途端、また顔が真っ赤になる。コロコロコロコロよくもまぁ。
僕の時は真っ青でアリーナの時は真っ赤かよ。ちぇっ。
「あ、アリーナ様が、私に…っ!?
あ、あの……えぇと………」
「よかったね、クリフト。そろそろ僕ももう寝るから。
あんまり興奮して熱上げるなよ。じゃ、おやすみ」
そう言うと僕は隣のベッドにもぐりこんだ。さすがに心臓がドキドキしてるのがわかった。



僕のさっきやったことはアリーナがやったことの再現。嘘はついてない。
だけど僕は一つだけ嘘をついた。
パデキアを取りに出発する前の日の晩。僕はずっと看病していたブライさんと交代してクリフトの看病をした。
ブライさんにちゃんと休んでほしいって思ったってこともあったけど、 でも、それ以上に少しでも側にいたかったから。
僕も疲れてたけど、一生懸命看病してたんだ。
それなのにうんうんうなされながら、クリフトはずっとアリーナの名前を呼びつづけてた。
もちろん、それがうわ言だってことくらい僕にだってわかってた。
でもそれを聞いてるのがすごく嫌で嫌でたまらなかった。
ムカムカしてきたんだ。聞きたくなかった。
だから、その口を塞いでしまった。自分の唇と、それから―――舌で。
ミネアさんに近寄るとうつるみたいなことを言われたけど、僕にとっては病気がうつるよりもそれを聞いてる方がずっとずっと苦しかったからさ。
だからクリフトには悪いけど、ファーストキスの相手は僕ってこと。
今はまだ内緒にしといてあげるけどね。


ちゃんと元気になったら、覚悟しとけよ!
僕はヤキモチやきだから。アリーナなんかに譲らない。絶対僕のものにしてみせる。

まだ真っ赤になってる純情神官をちらっと見て少し笑うと、僕は眠りにおちていった。