「おはよう、ユーリル!今日もいい天気ね。
こうやってここに寝っ転がってると、とってもいい気持ちよ。」

いつもと同じ花畑の中、そう言って彼女は笑った。 吹いてきた風に薄桃色の髪が揺れる。


忘れられない痛みと、
忘れかけていたぬくもりと


「ねぇユーリル。私達いつまでも、このままでいられたらいいね」
…シンシア?
「何言ってるんだよシンシア、急に。  
僕達はいつまでもこのままだよ。何も変わったりしないよ」
そう、何も変わったりしない。
僕はこの村が大好きなんだ。
ここには父さんや母さんやみんながいる。
ずっとこのままでいたい。
いや、ずっと何も変わらないんだ、きっと。

「私ね、最近夢を見るの。
大人になった私達がね、ずっとこの村で幸せに暮らしてるの」
いつもの、優しい微笑んだ顔。
だけど…どこか寂しそうに見えるのは僕の気のせいなんだろうか。
「ねぇユーリル。私、この村が大好きなの。
ユーリルのこともね、大好きなの」
そう言って彼女は僕に笑いかけた。見る人全てが幸せになれる、その笑顔で。
「僕も…僕だってこの村が大好きだ!シンシアのことも好きだよ。大好きだよ! 
だから…僕達は何も変わらないんだ。このまま…このまま、きっと…」
「そうね。私達、ずっと一緒よね」

そう…このままずっと、大好きなこの村で、大好きな人と―――




「ユーリル!私のことはいいから、早くお逃げ!!」

…母さん…?

「くそっ!もう少しでユーリルを立派な勇者に育て上げられたものを!」

…僕を?…勇者……?

「ユーリル、今まで黙っていたが…私達は、お前の本当の親ではないのだ」

…何?…何を言ってるんだよ、父さん!?

「ユーリル…短い間だったけど…一緒にいられて楽しかった」

シンシア?…どうして泣いてるの?

「私、私ね……」
彼女の細い腕が、僕を苦しい程に抱きしめた。そして、その手は僕の頭を優しく撫でた。
「私…ずっとあなたと一緒にいたかった。
ずっとずっと、ユーリルと一緒にいたかった。
でも、知ってたの。いつかこんな日が来るってこと…」
知ってた?この日が来ることを…?
「私、ユーリルのこと大好きよ。  
だから心配しないで。大丈夫。あなたを…あなたを殺させはしないわ…!」
「……………!!」

僕が…もう一人…!?
シンシア、まさか。まさか―――!?

「さよなら、ユーリル…」

―――シンシア!待って!
嫌だ、そんなの嫌だ!
何も変わらないって…ずっと一緒だって言ってたじゃないか!


「デスピサロ様、勇者ユーリルをしとめました!」

…勇者…ユーリルを………しとめた………?



どうして!何でなんだよ!!
みんな僕を守るために、僕ひとりのために。そのために死んだっていうのか!?
僕が「勇者」だから?
…違う!僕は勇者なんかじゃない!勇者になんてなりたくない!!
僕はこんなこと望んでなんかない!!
僕にはみんなを犠牲にしてまで生きてる価値なんてない!!


僕は、僕は―――!!




「―――さん……。ユーリルさん!」

遠くから聞こえたその声に、僕はがばっと跳ね起きた。

「…った!」
「いってぇっ!!」

………何だ今頭に当たったの!?
頭を押さえながら顔を上げると、顎を押さえてうずくまってる見慣れた顔があった。
しまった、顔面直撃しちゃったんだな…。
「…いたた…。だ、大丈夫ですか?ユーリルさん」
冷や汗をだらだら流しながらも、彼は微笑みながらそう言った。
やっぱクリフトだよな。そういういつも真っ先に人の心配するとこ。
「…ごめん、クリフト。…大丈夫?」
「い、いえ、お気になさらないで下さい。  
それより、随分うなされていましたが…。…何か怖い夢でも見たんですか?」

……夢……。
その時初めて、僕は自分の呼吸が乱れていることに気づいた。
心臓がばくばくと脈打ってる。 背筋を汗が一筋、つーっと流れていく。
「……………」
「……………。  
いえ、すみません。言いたくなければいいんです。  
下へ行って何か温かいものでももらってきますから、その間に着替えてて下さい。 
汗、かいているんでしょう?そのまま寝たら風邪をひいてしまいますから」
彼が部屋を出てったのを見届けてから、僕は大きく溜息をついた。

…また、あの夢か…。

夢。だけど夢じゃない。
大好きだった村。大好きだった父さん、母さん、村のみんな。
そして―――僕の大好きだったひと。
みんな、みんないっぺんになくなった。
忘れたくても忘れられないあの日。
きっと…多分一生消えないんだろうな、この痛みは―――



「ありがとう、クリフト」
部屋で待っていると、クリフトはあったかいミルクを持ってきてくれた。
口をつけると、ほんのりと甘い香りが口いっぱいに広がる。
「おいしい、これ!な?クリフト!」
さっきのことに触れられたくなくて、精一杯に明るく言った。
「神経が高ぶっている時には、温かいミルクがいいそうですよ」
にこにこしながらそう言って、彼は僕の隣に腰を下ろした。 それ以上、何も言わないで。
…聞かないんだな、今のこと……。

―――そういえば、今までみんなにあの日のこと、詳しく喋ったことなかったっけ。
僕はみんなのことを本当の友達だって、仲間だって思ってる。
でも。きっと、わかりはしないんだ。
もしかしたら同情してくれるかもしれない。
「頑張れ」って、「負けるな」って言ってくれるかもしれない。
でもそういう言葉ならもう聞き飽きた。

「頑張って下さい、伝説の勇者様」ってね―――


「…どうしました?」
僕の視線に気づいたのか、クリフトはこっちを向いて微笑んだ。
うわっ、知らないうちにクリフトのこと見てたんだな、僕。
あ……ヤバイ。
折角落ち着いたのに、今度は別の意味で鼓動が早くなっちゃうじゃないか。
きっと誰にも真似なんてできない、優しい笑顔するんだよな。
僕がそれに引き込まれてるなんて絶対気づいてないよな、この激ニブ神官様は。
―――クリフトだったら、何て言うだろ。
やっぱり「頑張れ」って言うのかな……。

「さっきさ、…夢、見たんだ」
用意もしてなかった言葉が急に口をついて出た。
「前、話したよね?  
僕の村―――きっと誰も知らない小さな村だった。  
僕が旅立った日に……なくなったんだ」
さっきの夢が頭の中に蘇る。ズキンって音を立てて胸が痛む。
「デスピサロが…ですね―――」
デスピサロ。二度と聞きたくない名前。自然と握り締めた両手に力がこもった。
「生き残ったの、僕だけなんだよ?  
そりゃあ他の村や街からしたら僕の村なんてちっぽけなもんかもしれないけどさ。 
…でも、僕以外の…全員―――」
死んだんだ、って言おうとしたけど、喉の奥が詰まって言葉が続かない。
「おかしいだろ?こーんなガキんちょ一人が生き残ってさ、あとはみんな…みんな―――」
自嘲気味に笑ってそこまで言って、彼の顔を見た。 さっきの微笑んだ顔はもうそこにはなかった。
「―――何でなんだろうな。何で僕は、勇者なんだろ…」
「ユーリルさん」
「だってさ、僕が勇者じゃなかったらみんなもきっと…死なずに…済んだんだ。 
みんな命捨ててまで僕を守ったりしなくてもよかったんだ。  
―――そうだよ、何であの時僕が死ななかったんだろ。  
僕一人が死ねばよかったんだよな。
別に勇者なんていなくたってその時はその時で誰かがきっと僕のかわりやってくれたんだよ。
別にあの時僕が生き残る必要なんてなかったんだよ!!」
何言ってるんだろう、僕は―――。
こんなことが言いたいわけじゃないのに。
こんなみっともない自分、見られたくないのに――
でも、どれだけそう思っても、自分に言い聞かせてみてもだめだ。
止まらない。怒りが。憎しみが。悔しさが。
自分の運命が、「勇者」って肩書きがどうしようもなく憎い。

「…ユーリルさん、私は」
悲しそうな顔。悲しそうな声。
―――何だ。やっぱクリフトも僕に同情してんだ。
そう思った途端に何故か熱いものがこみ上げてくる。
どんな言葉を期待してたのかなんてわからない。だけどただ、胸が痛んだ。
僕は思わずこぼれそうになってた涙を我慢して、思いっきり笑った。
「あははっ、ごめんごめんクリフト!冗談だよ、冗談。  
ちょっとさ、こう、何ていうの?悲劇のヒーローやってみたかっただけなんだよ。クリフトがどんな反応するかなーって思ってさ」
あっけにとられてる彼をよそに、僕は顔をそらして立ち上がろうとした。
「―――さ、もう寝よ寝よ。明日がキツくなるしな。
クリフトもごめんな、こんな夜中に付き合わせ―――」


立ち上がろうとしたけど、それはできなかった。
次の瞬間、僕の身体はクリフトの腕の中にあった。

「―――クリ…フト…?」
何?―――何?…え?
予想もしなかったことに一瞬だけ頭が真っ白になったけど、次の瞬間にはめちゃくちゃ早くなってる自分の心臓の鼓動が聞こえた。

「ユーリルさんは……頑張りすぎです」
―――頑張り…すぎ…?
「すごいと思います。いつでも前向きに皆を引っ張っていくあなたが。  
あなたは今までに一度だって皆に弱みを見せたことなんてなかった。  
一度だって弱音を吐いたことなんてなかった。 私にはとても真似できません。でも―――」
ぎゅっとその腕に力がこもる。
こうやって人に抱きしめられたの、どれくらいぶりだろう。
ずっと忘れてた気がする。
心の奥まで染み込んでいくような、優しい、人のぬくもりなんて。
…何か…何て言うんだろう。すごく……あったかいんだな……

「でも、いいじゃないですか。  
辛いときは誰かを頼ったっていいんです。泣きたいときは泣いたっていいんです。 
だから・・・そんなに頑張らないで下さい。何もかも自分一人で抱え込まないで下さい……」
「……………」
「私達にはあなたが必要なんです。皆があなたを頼っているんです。  
だから…ユーリルさんも。たまには私達のこと頼って下さい。  あなたは伝説の勇者である前に私達の大切な仲間なんです。――忘れないで下さい」

何だよ。
何だよ…。
何でそんなこと、言うんだよ。
ずっと今まで我慢してきたのに。
あの日から、絶対泣かないって決めてたのに。

クリフトがそんなこと言うから、涙が止まらなくなったじゃないか。

―――あぁ、そうか。僕は。
きっと、ずっと、誰かにそう言ってほしかったんだ。
泣いてもいいって、頑張らなくてもいいって言ってほしかったんだ。

「…私のような未熟者には、大したことはできないかもしれません。
でも―――いつでもあなたの側にいますから」

滅ぼされた村を見たときは涙も出なかった。
今だって、きっと一人じゃ泣くこともできなかった。
自分を消してしまいたかった。自分の運命を恨んだ。
でも。 今なら、前よりもほんの少しだけ、運命を憎まないでいられる気がする。
最初は一目惚れだった。
だけど、今はこの人の優しさにどうしようもなく惹かれてる自分がいる。
だからクリフトに出会えたことは、運命に感謝しなきゃな。
ありがとう。僕を生かしてくれた、大切な人たち。
僕の大好きだったひと。
そして―――ありがとう。僕に居場所をくれた、僕の大好きなひと。



「きゃあっ!」
「ひ、姫様!」
またいつもと同じあの光景。
おーいちょっと待てよ神官様っ!アリーナはかすり傷なの、か・す・り・き・ず!!
ほらこっち見ろよこっちも!僕のほうが傷深いだろ!?
……あーあ。せっかく昨夜はちょっとクリフトのこと見直したのにな。
案外鋭いところあるんだなって思って期待してたけど、やっぱクリフトはクリフトか。
「姫様、大丈夫ですか……?  
………………。  
すみません姫様。少しだけ待っていてください」
あ、あれ?いつもならここでソッコーでべホマなのにな…?
「大丈夫ですか、ユーリルさん。傷、見せて下さい。」
え、うそ、気づいた!?
「…べホイミ」
「…あ、ありがと…」
「いえ。また何かあったら言って下さいね」
クリフトが、クリフトがアリーナより先に僕を治してくれるなんて…。
いや人類皆平等だしこんなこと神官としては当然のことなんだろうけど、いや、でもっ!
「申し訳ありません。お待たせしました、姫様。…べホマ」

「……………」
…やっぱ人類皆平等ってわけじゃないんだな…。
そんな傷にべホマなんて使うなよ!!ホイミで十分だろホイミでー!!
僕にはべホイミだったくせに!MP節約しろよ、この大バカ神官っ!


3歩進んで2歩下がる。こんな調子の2度目の恋。
僕のヤキモチも当分はおさまりそうにないけれど。
いつでも僕の側にいてくれるっていうあの言葉、信じるから。
今まで以上に、もっともっと近づきたいって思うようになった。
前よりずっと、僕のものにしたくなった。
そう思わせたのは自分なんだからな。な、クリフト?


僕の「傷」は消えることはないけれど、痛みもなくなるわけじゃないけど。
頑張るなってそう言ってくれたから、今までよりずっと楽になれた。
同情でもなんでもない。ただ純粋な優しさを、ありがとう、クリフト。

3歩進んで2歩下がって、今回はとりあえず1歩前進。(したんだよな…?)
勇者ユーリル、最終目標は君を手に入れること。
だから首を洗って待ってろよ、鈍感神官クリフト様!