「……ソロさん、私は―――」

そこから先の言葉を私は口にしたことがない。
一番伝えたい想いは、打ち明けようとした刹那に奪われる。
彼の透明な、紫水晶のように薄く色づいた瞳を真っ直ぐに見据えると、そして言葉を紡ごうとすると
いつもさっと瞳を曇らせて、そして一瞬、ひどく哀しい顔を見せる。
乱暴に自らの欲望を押し付けるだけに思える口付けは、その後に続くはずの私の言葉を拒絶するためにある。私の想いを拒絶するためにある。
そんなこと、もうとっくに気付いているんだ。
…彼自ら口にすることは決してないけれど。


届かない祈りの先に

「俺さ……アンタのこと、犯したくなった」
冷たい笑顔を浮かべ哂うあなたを見る度に、あなたの優しさが胸に刺さる。
私が苦しむことのないように……そうして拒絶し続けるあなたの姿が痛いんだ。


「…もう、やめて……もう…っ…」
荒い口付けの後は、気付けばいつも泣き言を口にしている。
触れられたいはずの手、指先。
交じり合って溶け合って、境界線すらなくなればいいのにと思っていた身体。
望んでいたはずの行為が苦痛に変わるまで、もうやめて欲しいと願うようになるまでは、それは止むことはない。
「暴れると手首に食い込むよ、それ。
 ……いつも言ってるだろ。あんたは俺の言うことだけ聞いてればいいんだって。
 いつになったら覚えるんだろうな。…なぁ、クリフト?」
「―――あ、ぁっ…!」
開かされた両脚の間から入ってくる塊に身体を強張らせて悲鳴を上げた。見上げた彼の口元が冷酷に歪む。
後ろ手に縛られたまま、その日も彼は好き勝手に私の身体を弄んだ。
何度も絶頂へと導かれ、何度も彼を受け入れて。
その間自分からは何もできないようにと、何らかの方法で大抵身体の自由を奪われる。
自分からは何もできないように。……そうすれば、私は罪を感じる必要がない、から。



「やめ………痛…い…」
がくがくと揺さぶられながら、掠れた声で訴える。
情けなくも涙声の混じりだしたその声に、彼の顔が確かに強張った。
あまりの辛さに溢れて頬へと伝う雫を目で追いながら、間違いなく彼は動揺していた。それが手に取るようにわかる。
「……大人しくしてれば痛くないって言っただろ。……力抜けよ」
「……や…っ…」
わかっている。……私の身体を傷つけたくないからだ。
だから大人しくしろと、いつも彼はそう言いながら私を抱く。
けれど限界だった。もうこんなのは嫌だ。
身を捩って抵抗を続けると、結合部に鈍い痛みが走った。そこから何か雫のようなものが滴る。
一瞬歪んだ彼の表情から、それが何なのかはすぐにわかった。
―――血。
それでも抵抗を止めない私に次第に彼の声は焦り、ついには怒鳴り声にも似た声で叫んだ。
「力抜けって言ってんだろ!言うこと聞けよッ!
 あんたは俺の言うことだけ聞いてればいいんだ。俺に逆らうな!
 …あんたの意思なんていらないんだよ、クリフト!」
「……めてください……もう……、…やめて…!!」


もうやめてください。
本当に痛いのは身体なんかじゃない。
あなたの私を見る瞳が、私を弄ぶ指先が、私を辱める言葉が。
ただ一人きりで全てを背負おうとするあなたを見るのが、どんなことより辛いのに。

憎むことなんてできない。
あなたがどれだけ強引に私を抱いても、憎悪の念を抱かせようと仕向けても。
…その度に深い傷を受け続けるあなたを、今更憎むことなどできるはずがないんだ。


年甲斐もなく嗚咽を殺さなければならないまでになった私を見ると、彼は目を伏せたまま腕の枷を外してくれた。
そして何も言わず私の身体をベッドに放って、やけにわざとらしい舌打ちをして。
―――今度は泣いても喚いても聞き入れたりしないからな、あんたの言葉なんて。
見下ろしたままそれだけ言うとくるりと背を向け、身なりを整えるとドアを静かに開いた。



「傷、ちゃんと手当てしろよ。…歩けないって言われても聞かないからな」
それがせめてもの労りの言葉、精一杯の謝罪の気持ち。
……彼はきっと、この後独りで泣くんだろう。
彼の姿の消えた部屋で私は独り、声を殺して泣きながら、祈った。

――神よ。
どうか彼を、救いたまえ。

禁忌を犯した私の祈りなど、神は最早聞き届けてはくださらないだろう。
それでも今願うことは、ひとつしかなかった。


…お願いだから、もうやめて。
私にも、同じだけ罪を背負わせて。
どれだけ罪の意識に苛まれても、それでもあなたに伝えたい言葉がある。


だから、お願いです。
もうこれ以上、言葉の続きを奪わないで―――


ソロ(勇者)×クリフト第二弾。
以前書いたものをベースに、ちょっと付け加えて書きました。「鎖」よりも後の話になります。
一応エロ有りですが、描写がヌルめなので15禁表示で。

2007/04/10