「坊ちゃんもビアンカ様も、お二人のことを本当に愛しておられるのですよ」

今日も、サンチョは僕やソラにそう言った。
でも、「あい」って何なんだろう。あいしてる、って、どんなことなのかな。ねぇ、みんなは知ってる?

お日様のにおい


あいって、目に見えるものなのかな。手でさわれるものなのかな。
どんな形をしてるのかな。どんな色してるのかな。さわると冷たいのかな、あったかいのかな。
僕はどうしても、どうしてもそれが気になって、サンチョに聞いてみることにしたんだ。
あいって何?あいしてるって、どういうこと?って。だけどそうしたらサンチョ、目に涙をいっぱい溜めて
「お可愛そうに…。…このサンチョ、必ずお二人を、お二人をっ……」
って言って、泣き出しちゃった。…変なの。僕、何かサンチョを悲しませるようなこと言ったのかな。
あいってもしかしたら、悲しいものなのかな。
「ごめん。ごめんね、サンチョ。泣かないで」
そうやって言ったけど、サンチョはわんわん泣いてるから、僕もこれ以上聞くことはできなかった。
でもこれじゃ全然わかんないや。だから僕は次に、ソラに聞いてみることにした。


「ねぇ、あいって何?ソラは知ってる?」
ソラはいつもと同じで、部屋で本を読んでいた。ソラはすごいな。僕にはあんなに難しい本、きっと読めないや。
こんなに難しい本をいっぱい読めるソラだから、きっと「あい」って何なのか、知ってるよね。
「どうしたの、テン」
ソラは読んでた本を閉じて、不思議そうな顔をして僕に言った。
「いつもサンチョが言ってるじゃない。お父さんやお母さんは私たちのことを愛してくれてるんですよ、って」
「うん。だから、あいって何?」
「え……」
ソラはちょっと困った顔をした。
あいって、難しいものなのかな。ソラがいつも読んでる本にも載ってないのかな。
下を向いて考えてるソラの顔をじっと見ながら、僕はソラが何か言うのを待った。
そしたら、ちょっとしてから、ソラがぱっと明るい顔になって僕に言った。
「そう!愛してるって、好き、ってことなのよ」
「好き?」
「そう。お父さんもお母さんも、私たちのことが好きなのよ。
私も、テンのことが好き。ゲレゲレ達のことも好き。これが、愛してる、ってことじゃないかしら」
「うーん…」
そうか、「あいしてる」っていうのは「好き」っていうのと、同じことなんだ。
僕もソラのことや、サンチョやゲレゲレたち、お城のみんなのことが好きだ。
サンチョの見せてくれた「しょうぞうが」でしか知らないけど、お父さんや、お母さんのことも、大好き。
それから、それから……サンチョの焼いてくれるケーキも好き、今日の晩ごはんに出てきたステーキも好き、オムレツも好き、それから、ゲレゲレたちと遊ぶのも好き。
「…じゃあ、僕はソラのこと、あいしてるんだ。お父さんや、お母さんや、サンチョのことも」
「うん、きっとそうよ。それが『愛してる』っていうことなんだと思うわ」
「そうか、わかった!じゃあ、僕はステーキとか、ケーキとか、オムレツもあいしてるんだ」
「……え…?」
ソラはまた困った顔をした。さっきよりももっと困った顔だ。
「えっと…ケーキやオムレツのことは、愛してるって言わないんじゃないかしら…」
「何で?だって僕、全部好きだよ。サンチョの焼いてくれるケーキ、おいしいもん」
「……えっと……」
ソラは困った顔をして、また下を向いた。あいって、難しいものなんだな。
ソラがずっと考えてる間、僕もソラと一緒になって、「あい」と「好き」の違いを考えてた。
そしたら急に眠たくなってきて、僕は時計を見た。もう寝る時間だ。もうすぐサンチョがおやすみの時間ですよって言いに来る時間だ。もう寝なくちゃ。
「あい」はわからなかったけど、明日もう一回頑張って考えたら、きっとわかるはずだ。
「ソラ、もう寝る時間だから、『あい』はまた明日考えよう」
僕が大きなあくびをしながらそう言うとソラもそうね、って言ってあくびをした。

ベッドに入ると、サンチョが明かりを消してくれた。うとうとしてきた僕とソラに、いつもみたいにサンチョが優しい声で言った。
―――おやすみなさい、いい夢を。
遠くのほうで小さくドアの閉まる音が聞こえた。
暗くなった部屋のカーテンの向こうに、まん丸なお月様が明るく光ってる。今日は多分満月だ。



それから僕は、夢を見た。
その夢は、お父さんとお母さんの夢だった。


最初、僕とソラと、それからゲレゲレたちは、きれいなお花畑で遊んでた。
あれはどこのお花畑だったのかな。多分、グランバニアじゃないと思う。それはあんなにたくさんのお花があるところは、グランバニアにはないからだ。
そこはとっても暖かくて、空にはお日様が光ってた。雲は見えなくて、いい天気だった。
僕はゲレゲレたちとボール遊びをした。
ソラはお花畑の中に座って、テンにお花の冠を作ってあげるねって言った。こんなにお花がいっぱいあるんだもの、きっときれいな冠ができるわ。ソラは笑った。
だけど、僕たちは遊んでたボールをなくしちゃったんだ。
どこを探しても見つからなくて、どうしよう、どうしようかって、みんなで言いながらお花の中を探し回った。
ソラは途中で、冠の作り方がわからなくなった。いつもあんなに上手に作っちゃうのに、どうして忘れちゃったのかな。
ソラは困って、テン、どうしようって言った。僕もソラに、どうしようって聞いた。
何だか悲しくて、寂しい気持ちになった。たくさんあったお花が、ひゅうっと風に揺れた。

……どうしよう。どうしたらいいんだろう。

僕たちが困って、どうしていいかわからなくなっていたそのとき、僕の肩にそっと手が置かれた。
「ボール、探していたんだよね。…ほら、あったよ」
ソラの手にある作りかけの冠を、そっと誰かの手が包み込んだ。
「作り方、忘れちゃったのね。…いいわ、教えてあげるから、よく見ててね」


「……おとう、さん……」
「……おかあさん…?」


「しょうぞうが」でしか見たことのなかった二人が、僕たちに優しく笑いかけてくれた。
それは、お日様みたいな優しい笑顔だった。優しい、声だった。

「お父さん、お母さん!」
僕やソラやゲレゲレたちは、本当に本当に嬉しくて、二人に抱きついた。
「…テン。ソラ……」
二人は僕たちを抱きしめてくれた。抱きしめて、頭を撫でてくれた。
二人はお花畑の匂いよりも、もっともっと、いい匂いがした。
「大きくなったね、テン、ソラ。びっくりしたよ」
「本当。まだあの頃は生まれたばかりだったものね。二人とも、立派なお兄ちゃん、お姉ちゃんになったわね」
お父さんとお母さんが顔を見合わせて、にっこりした。僕は何だか、優しい気持ちになった。
お父さんやお母さんにもそれがわかったんだと思う。
僕たちのほうを見て、今度はさっきよりもいっぱいいっぱい、抱きしめてくれた。あったかい、甘い匂いがした。


「今は会えないけれど、忘れないでほしいんだ。
いつも、どんなときでも僕たちは、二人を見守っているから。
どんなに離れていても、どんなに遠くても、いつも…――」



夢が終わったとき、窓の外からは明るい光が差し込んでいた。もう朝だ。
カーテンの隙間から、眩しいお日様の光がチカチカ光る。僕はそれをぼうっと眺めて、それから、自分のほっぺたが何かで濡れてるのに気付いた。
それは涙だった。僕はわからなかった。どうして泣いたんだろう。
あの夢には、何か悲しいところがあったのかな。
思い出そうとして目を閉じると、夢の中でふんわり笑いながら、僕とソラを抱きしめてくれたお父さんとお母さんが浮かんできた。そして、僕はまた涙が出た。

―――忘れないでほしいんだ。どんなときでも、二人を見守っているから―――

「……そうか。……ソラ。ソラ、起きて。僕、わかったよ」


夢の中でお父さんとお母さんが、僕たちを抱きしめてくれたこと。
それを思い出したら、涙が出たこと。
何で涙が出たんだろう、そうやって考えてたけど、何となくわかった気がするんだ。

きっとこの涙が、「あいしてる」ってことなんだ。
だって、ケーキや、オムレツや、ステーキは大好きだけど、涙は出ないから。
それから僕がそうやって思ったのには、もうひとつわけがある。
それは、涙がいっぱい出たのに、こんなに心がぽかぽかしてるからだ。
目には見えなかったけど、触れなかったけど、「好き」との違いだって本当はよくわかんないけど。
だけど僕は、みんなを「あいしてる」んだ。お父さんやお母さんを、本当に「あいしてる」んだね。
これがきっと、「あい」っていうものなんだね。

いつか、きっと会えるよね。
だって、お父さんもお母さんも、僕たちをあいしてくれてるから。
何でわかるのかって?…だって、そうじゃないと、あんなに優しく抱きしめてなんかくれないよ。
あったかくて、優しくて、懐かしい匂いがした。
二人に会ったら、最初に言うんだ。
僕、お父さんとお母さんのこと、あいしてるよ、って。
そしたら二人とも、きっとびっくりするよね。
びっくりして、それからさっきの夢みたいに、抱きしめてくれるかな。

そんなことを考えながら、ベッドに顔を埋めてみた。ぽかぽかとあたたかくて、何だかいい匂いがした。
お日様の匂い。夢の中に出てきた、お父さんとお母さんの匂い。すごく、いい匂い―――


「テン王子、ソラ王女、おはようございます。よくお休みになられましたか?」
ドアの開く音がして、サンチョがにこにこしながらそう言った。また、新しい一日が始まった。
そうだ、サンチョにも教えてあげよう。だって僕、すごいことがわかったんだから。
「おはようサンチョ!…ねぇサンチョ、あのね」
僕は走ってサンチョのところに行った。サンチョはにこにこしながら「何ですか?」って言った。
「あのね、僕わかったよ。…あいって、すごく、すっごく、あったかいものだったんだね」
あったかくてね、お日様みたいな匂いがするんだよ。すごく、優しいものなんだよ。
そう言ったらまたサンチョ、また昨日みたいにわんわん泣き出しちゃった。
泣きながら、だけど僕をぎゅって抱きしめてくれた。
サンチョも、あったかいお日様の匂いがした。僕はサンチョのこともあいしてるんだね。
それから、きっとサンチョも僕のこと、あいしてくれてるんだね。


今日もいい天気だ。また、ゲレゲレたちとボール遊びをしよう。それからソラと、塗り絵遊びをしよう。
僕は窓を開けて、お日様にお願いした。
早く、あいするお父さんやお母さんに会えますように、って。



初DQ5話。絵本を意識して書いた気がします。「天空物語」の二人がかなりキャラに影響しているかと。
過去に上げていたものですが、DSリメイク決定記念ということで(笑)再掲載しました。
2007/8/20 再掲載