Border For Two





 12月31日。残り数時間で日付が変わり、同時に旧き年が終わりを告げようという時刻。
 その日の仕事を片付けた私は、今年最後のお休みの挨拶をしに、お嬢様の部屋を訪れた。
 お嬢様は窓際でぼんやりと窓の外を眺めていたが、私が来たのに気付くとこちらを振り向いた。
 そして、手招き。
「リック、来て」
「はい」
 お嬢様の呼びかけに、私も窓際のお嬢様の隣に立つ。
「ねえ、リック。私、何となく外に出たくなったわ。ちょっと出ない?」
 ここから、とお嬢様は窓のガラスをこんこんと軽く叩いた。
「ここから、ですか?」
「そう、ここから。空を飛んで」
 お嬢様の言葉に一瞬だけ困惑、そして逡巡し――私はお嬢様に素直に従うことにした。
 今日は一年最後の特別な日だ。特別な日には、少々特別な事をしたい気分にだってなるものだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
 お嬢様の差し出した手を取り、開けた窓から二人で抜ける。
 いつかと同じようにお嬢様の腰に手を回し、空に浮いた。
 心地良い浮遊感はほんの数秒。
「今日は寒いから、ここまでね」
 とん、と屋根の上に降り立った。
 そのまま屋根の上に二人で腰を下ろす。
「ここからでも、街の明かりは結構見えるわね」
「そうですね」
「綺麗よね」
「はい、とても」
 あの日、遥か上空から見下ろした街の景色に比べると高度が低い分、あの時感じたような、光の海に圧倒される感覚はなかった。
 それでも、目の前に広がる夜景は十分幻想的な光景で――しばしの間、言葉も忘れて見蕩れていた。
「リック」
 ふいに私を呼ぶ声に、慌てて我に返る。
「は、はい、何でしょうか、お嬢様」
 私の返答に、お嬢様は微笑む。
「私ね、こうして今年最後の時を、貴方と一緒に過ごしたかったの」
 そして、何故だか神妙な面持ちで私を見つめるお嬢様。しばらく私を見つめ――それから、口を開いた。
「今年は、色々とありがとう――リック」
「お嬢様……?」
 思いがけないお嬢様の言葉に、思わず呆然としてしまった。
 そんな私を見て、お嬢様は慌てたような表情になる。
「嫌だ、私今、ものすごく恥ずかしい事を言った気がするわ。お願い、さっき言ったの全部忘れて」
 ぶんぶんと、まるでそうすれば出てしまった言葉が跡形もなく消滅させられると思ってでもいるかのように、激しく両手を振り回すお嬢様。
 表情の方はといえば、どう見ても照れているとしか思えない。
 その表情と仕草があまりにも可愛らしく思えて、思わず微笑を漏らしてしまう。
 しかし。
「いいえ、忘れません。しっかりと覚えております」
 忘れるなど、もうすでに不可能だ。あんなにも嬉しい言葉を言われて、忘れられる訳がない。
 それに、と私は続ける。
「それは私も同じですよ、お嬢様。お嬢様が導いてくださったからこそ、今の私があるのですから」
 一呼吸置いて、私もまた、お嬢様への感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございました――お嬢様」
「リック……」
 お互い見つめ合ったまま、無言の時が過ぎた。聞こえるのは、過ぎる年を惜しむ人々が彼方で奏でる微かなざわめきと、一定のリズムを刻んで新たな年へのカウントダウンを実行している、鐘の音のみ。
 やがて――お嬢様が目を閉じる。
 それに導かれるように、唇を重ねた。

 鐘の音は、いつしか聞こえなくなっていた。


 遥か遠くで響いた轟音は、新たな年の始まりを告げる花火の音。


 今年最後のキスは、そのまま今年最初のキスへ。

 やがてゆっくりと、触れ合った唇は離れる。

――これからも、私の隣にいてくれる?」
 お嬢様の問いは、とてもシンプルに。
「勿論です。これから先もずっと、私はお嬢様のお傍に」
 答える私の言葉も、やはりシンプルに。

「いっそ、このまま朝までここにいましょうか?それで、今年初めの朝日を一緒に見るの」
「それはご勘弁くださいませ。二人共に風邪を引きかねません」
「あら、ベッドの中で一人、孤独に震えながら眠るよりはマシかもよ?」
 くすくす、といつもの意地の悪い笑みを浮かべたお嬢様だが、
「ならば、二人で一つのベッドで眠れば問題ありますまい」
 笑顔の私の返答に、その笑みはすぐさま消える。
 むう、と頬をふくらませ、ついでにその頬をちょっとだけ赤らめるお嬢様。
「……この変態……」
「先に話を振ったのはお嬢様の方からですよ?」

 そんな風に、いつものやり取りが交わされ――
 お嬢様と私の、新しい年が始まる。







もうそんな感じで延々と2人の世界を作ってれば良いよ。